ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」再三の「愚痴」・・・


2月12日 「ネパール通信」再三の「愚痴」・・・



はじめに、山村学校(スリーサルソティー中学校)への日本語先生の派遣は
長い時間が掛かるが、長く継続させる事に意義があると考え実施に踏み切った。
しかし、なかなか先生を「やってみよう」と言う方がおみえにならないのが現実である。
先生が来るまで、門戸は何年でも開けて待っている。

今回も、当方の心の痛みを和らげる「愚痴」をお伝えしたい。


1:土足で部屋に入って来る。

新しい靴や洗ったばかりの靴やスリッパの場合には、部屋の中へ入って来 
るのは当然と言わんばかりに入って来る、新しい靴を見せたいのか脱ぐの
が面倒なのかは定かでない。
自分たちの部屋でもおなじである。


2:ネパール人の殆どが、お金を借りる時には1時間でも早く借りたい。

しかし返す時には1時間でも遅く返す。これが普通である。
もし、返す機会を失った場合にはラッキーと考え
1年でも2年でも返さない。
自分の手にしたお金は余程の事が無い限り出さない。
人のお金は借金でも早く借りたいのがネパールマインドである。
くっそ~「俺のお金を」さっさと返せ~!
こんなトラブルは何時もである。
貸したあんたが悪い!と言われる事必至!とほほ・・・



3:ローカルバスの急ブレーキや急発信は当たり前で、

パンクや故障は日常茶飯事。故障しない方がおかしい。
衝突事故や故障は頻繁に起こっていて、
それで渋滞が多いのがネパールである。
ましてや、死亡事故ともなれば「道路閉鎖」も行われ、
1日中通行出来ない事もしばしばある。
これの他にも、政府に対する抗議行動などの「道路閉鎖」は
ネパールの名物?でもある。



4:ローカルバスでは座席に座ると、膝は手すり代わりで、

若い女性から老女まで、自分の手足同様につかまってくる。
揺れがおさまっても手を離さず、しばらくはそのまま摑まっている。
そのくせ、「男性が女性に触れると怖い顔をして睨むから始末が悪い」
バスが揺れるときはお互い様なのに・・・なんちゅう神経しとるんや!


5:ローカルバスの扉は何時でも開けっ放し!

夏のシーズンはいいが、冬は寒いから閉めて欲しいのに警察の前だけ閉め
るのがルールのようである。(罰金があるから)



6:大切な仕事があっても、自分の生活リズムは変えない。

渋滞で仕事に遅れて「クビ」になっても、凄い剣幕で怒り出すが仕事は無くなる。
遅れる前の対策が出来ないのである。
そんな「あらかじめ」と言う習慣はないのがネパールである。
しかし「プライド」は天下一品。
このプライドに支えられているから、
貧困な経済の中でも生きる事が出来るのである。

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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。

では次回「ネパール通信」まで






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  1. 2018/02/12(月) 23:06:50|
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「ネパール通信」山村学校の日本語先生募集について

1月30日



「ネパール通信」山村学校の日本語先生募集について



前回は、先の山村学校における校長先生からの要請を
そのままお伝えして小学校や中学校で日本語の先生をやってもらえる方々を
募集したが、今回は先生をやってもらえる方々に「何をするのか」を具体的に示したい。


さて、今までのいろいろな山村における情報は流してきたが、それは
山村における、生活習慣や生活そのものについてお伝えしてきた。
今回は震災の被災者となった村人の今をお伝えして、
多少前回と重なる部分もあるがお許しいただき、ご理解を得たい。


事の起こりは、あの突然起こった「震災」からである。
震災の直後、山村(ラムチェ村)は完全に崩壊し、ガレキから数少ない
家財道具や種籾、穀物を引っ張り出すのに一生懸命であった。
雨期も近く寝る場所を確保するのに必死で作った「コテージ」は
隙間だらけの「掘建て小屋」である。

牛や山羊、ニワトリも一緒に生活する毎日が約1年半。
そんな中で、日本からラムチェ村へ多くの救援物資を運んで下さった方々は、
乾期雨期に関わらず100人を越える人数となり、村人の目は
「日本人によって救われた」との思いを強くした。
日本人との出会いが多いラムチェ村の校長先生は、
何度も「是非、日本語の先生を学校に」派遣して欲しい旨要請されたが、
準備に手間取りなかなか「ネパール通信」での依頼が出来なかったのが本音である。
前置きがながくなったが、具体的な山村学校の内容をお伝えしご理解を得たい。


日本語の教育について

はじめに、

目的:山村の子供たちの雇用機会の創出。

対象:ラムチェ村の小中学生

教員:日本で480時間の教員養成の勉強をされた方々、並びにそれに順ずる方々。
または、山村で先生をやってみよう!との志のある方々。

ビザ:ツーリストビザで最大5ヶ月まで(2~3ヶ月で次の方へ引き渡す形で続ける)
教員の雇用形態:純然たるボランティアとする。

宿舎:モデルハウスで寝泊りし、食事はミナのお母さんが作る。
(食費とは毎月1万Rsお母さんに支払う)寝袋は宿舎にある。

教育期間:小学生から中学高校までの12年間とする。

教育の形態:一般教育と同様にカリキュラムに組み入れる形を取り、試験も行う。


教育の開始時期:小学生の2年生から始め、日本語を聞く・話す事から開始する。



先生は自主的な教育内容とするも、「みんなの日本語」を機軸に個性的に進めて
いただき、子供たちが「日本語を好きになるよう」進めていただければ幸いである。



添付写真は教科書とする「みんなの日本語」と「ラムチェ村の子供たち」である。



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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで






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  1. 2018/01/30(火) 22:38:08|
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「ネパール通信」命 再び・・・

1月20日

「ネパール通信」命 再び・・・



今回は、以前にも同じテーマで記載したが、やはり重いテーマであり再度記載したい。

「鶴は千年亀は万年」 と言われるように、
めでたい長生きの言葉があるように、長寿は「めでたい」のである。

しかし、この世に生ける動植物、細菌やバクテリアに至るまで全て寿命はある。

それぞれの寿命には長短はあるが、それが定めであろう。

さて、そんな中での人の寿命はというと結構長い方である。
最近では80年以上にもなり、そんなに生きなければならない人生とは、
自分に目的もなしでは生きるのに難しいのではないだろうか?

ただ「生きてる」だけの人生もあるが、「つらい」事この上ないであろう。

「喜怒哀楽」の伴う人生ならば、80年の人生も生きがいがある。

最近、日本のお年寄りの間では何か「人の役に」と望む方が結構ふえてきている。

今まで十二分に社会で働き、やっと自分の時間ができたのに
再度「社会参画」を望むのは、やはり社会の一員であることが、
生きるためには必要なのである。



ここネパールでは、震災以降、多くの日本のみなさんの支援を受けて、
子供たちの「日本語」ブームとはいかないまでも、結構「教えて欲しい」との思いもあり、
現在支援活動を実施しているスリーサルソティー セカンダリースクールの校長先生から
「是非、日本語の先生を派遣して欲しい」旨の要請を受けている。

もし、読者の方や知人の方の中に「ネパールの山村での日本語教師」
をやって下さる人が居れば、当方まで連絡いただきたい。

日本の国家試験が合格していなくても、問題なく山村での教師が出来る。

ただ「山村での生活」になるため、多少の生活必需品の準備や
食事代などは自費負担とさせていただきたい。

つまり、ボランティアでの対応である。


教員資格など不要、「みんなの日本語」を教科書にしての指導となり、
正規の教育でなく、予備知識としての「日本語」の勉強を教えていただきたいのである。

この基礎が出来ていれば、12年生卒業後カトマンドウの
「日本語学校」に行っても容易にN4やN3の資格を取ることが出来、
直ぐに日本への橋を渡る事ができるのである。

その基礎知識の日本語の勉強を教える教師を募集!
今回はお願いの部分が多くなったが、将来のネパールの若者(山村での)に、
少しでも雇用の創出になればとの思いからのお願いと捕らえていただければ幸いである。

添付写真はパシュパティナートの荼毘風景である。

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  1. 2018/01/20(土) 23:10:29|
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「ネパール通信」新たな年に・・・

2018年1月9日(火)



「ネパール通信」新たな年に・・・



長い間休ませていただいたネパール通信をやっと始動する事が出来た。
当方のメールアドレスが一時使えなくなっていたため、
大変なご迷惑をお掛けした事をお詫びしたい。


今回は、そろそろ終活に入ろうかと言う年代に至り、

では何からすればいいのだろうか?
今までやってきた事は一応ピリオドは打って来た。
しかし、まだまだ時間はある。
やらねばならない仕事は山積している。


であれば、一つひとつを完結しながら作業を進める以外に方法はない。

・銀杏旅館の運営と完成に向けた建設
・メールダラから来た二人(サルミラ・パルミラ)の日本語勉強支援
・スンダルの家族(夫婦と子供)の今後(別の生活と言う選択はあるのか)
・アシスの日本派遣は如何に
・ラスミの今後は
・ミナ自身の今後はなどなど


身内の仕事もあるが、ラムチェ村の修復は、大きな仕事である。
・地震の時に逃げる場所の確保(シェルター)は如何に
・コミュニティーセンターは如何に
・農作物の収穫量の向上のための「土」の改良は如何に
・山の斜面の薄い土の層を確保するための樹木の植林は如何に


これも考えれば切りが無いが、やれるとこまではと考えている現在である。


こうした仕事の他に、自分の健康管理を含めた生活リズムもあり、
食事の工夫や新たな料理への挑戦も楽しみながら出来ればと考えている。
今、挑戦しているのは「とんかつ」(みそかつ)である。
ここの豚肉は、結構歯応えがあり食べづらい。
それを柔らかくして「かつ」を作り「みそかつ」にする事が直近の目標。
結構楽しいものである。
パパイヤの実を薄く切って生肉をサンドイッチ状態でタッパーに入れて
冷蔵庫に2日ほど保管。
これで柔らかい度合い(好みに応じた)を探ろうと挑戦している。
全て手探り状態が楽しい。


さて、2018年は寒気とともにやって来て、
北の脅威を持ち越した形で迎えた年明けであった。
先の通信でも記載したが、今の世界は何処でも人種差別や経
済危機を抱えていて、人類は何処へ行こうとしているのだろうか?
なぜ「優しくなれない」のだろうか?
国民一人ひとりが、考えるべきである。
他の人がやってくれるから・・・ではなく、「自分はどうしたい」と明確にすべきである。
中国では何千万人もの人々が殺戮や貧困に喘いでいて、
世界にはその情報は流れない。


国は国民の「諸外国への移民」を奨励しているし、
現実多くの中国人が世界に移住している。
これでは国としての機能を果たしていないのではないか?
土を汚し、空気を汚し、水を汚し、海の水まで汚し、
人の心まで汚してきた中国は一体何処へ行こうとしているのだろう?
南米・アフリカ・ヨーロッパ・ソ連など中国を含め
「生きるのに必要なだけ」の糧であれば充分あるのに・・・・


添付写真は、新年を迎えた銀杏旅館とリビング(こたつの部屋)や
アッサンバザールの賑わい、そして初日の出。

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では次回「ネパール通信」まで

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「ネパール通信」世界がバランスを求めて…

12月4日


「ネパール通信」世界がバランスを求めて・・・


今回は、全世界で起こっている暴動・争そい・紛争が「生きるための糧を
求めて争っている現状を見て、思う事をお伝えしたい。


現在、争いの無い国は「南太平洋島国」ぐらいで、ここでも一部
では大国に依る搾取が起こっているが、暴動までには至っていない。
また、中国においてはこうした島国への移住政策も積極的に行われていて、
人口の少ない島国では島民より中国からの移民の方が
多い島国も出来つつあるのが現状である。


しかし、中国の大国に押し寄せられては南太平洋の島国では
手の打ちようが無いのも理解できる。
この中国の「民族大移動」は長年の国策でもあり、13億とも16億とも
言われる人口が世界を食い荒らすのではなく、
共に生産して暮らしていけるならそれも良いかもしれない。
しかし彼らに共に生産し、共存共栄を図る考えなどあるはずも無く、
何れは「食い荒らされる」運命にある。
「イナゴの大群」と同様で彼らの去った後には何も残らないのが今のアフリカ諸国である。
アメリカのような大国でも然り、州ごと中国・韓国と言った州も少なくない。


一方、ここネパールに於いても同様で大きな町には
必ずと言っていいほど中国の方々が居る。
彼らは観光ではなく、そこに住み着く人々である。
中国の人々にはネパールのビザが不要で、
何年でも住み暮らす事ができるのである。インドの人々も同様である。
しかし、彼らは山村に入って農業や林業、畜産などする人は全く居ない。
町でのビジネスに限られる。



今やネパールの大きな町特にカトマンドウやポカラ、
ルンビニーと言った所には大きな中華街が出来つつある。
確かに中国の観光客も多い、しかしネパール人からすれば
彼らの多くは価値観の違いから一部の物価を高騰させたり、
通常価格を下落させたりと今までのカトマンドウの物価を乱しているのも現実である。
多くの諸外国の観光客は勿論、ここに住む私たち日本人も、
少なからずその影響を受けている。



しかし、全てはバランスなのである。
何れ落ち着く時期は必ず来るが、1年先か2年先かは分からない。
ネパールの方々の考え方も当然変化しなければ、この時代を生きていけないのである。
しかも、急速に変化する時代にである。
ここで考えたいのは、個人の心のバランスである。
私たち外国人の心のバランスも、そのあり方が問われているのである。
自分たちだけが「気分よく」奉仕活動が出来れば良いのでは駄目で、
ボランティアされる側の心のバランスも考慮しなければ、
その場限りの活動に終わってしまい、子供たちの育成や
現地の山村の活性化を図るどころか、彼らの自主性を削いでしまう事となるのである。



以前この通信でお伝えした「私の考え違い」について再度お伝えしたい。
今から25年ほど前、ランタンのトレッキングに行った私は
ドンチェと言う部落の民家に宿泊させていただいた。
当時はゲストハウスなど全く無く、小さなチェックポストがあっただけの山村であった。
そこの民家の若いご主人が自分の子供に「下の部落までお使い」に行きなさい。
と言って、まだ6~7歳の女の子を送り出したのが、
まだ薄暗い冬の朝であった。往復で1時間ほどの道のりである。
女の子は素足でゴムのスリッパで出かけた。
道にはうっすらと雪も見られ、女の子は渋々歩いて「お使い」に行って
帰ってきた時には「小さな足が赤く腫れ」ていたのが
「痛々しく」思われたのを今でも覚えている。

その民家を出発する時には「心の中で来年は靴を持ってきてあげよう」と密かに思っていた。
そして、翌年の冬、同じ時期にその民家を尋ね女の子にと「靴」を手渡したが、
女の子は父親に貰ってもいいか?と聞くような眼を父親に向けて聞いていたが、
結局父親が「靴」を手にして何処かにしまったようであった。
翌朝、私がトレッキングに出発する時部落の野菜市場に、
何と手渡したはずの「新品の靴」が野菜と一緒に並んでいるではないか。
私は女の子の父親に「何で子供に履かせない?」と聞くと
彼は「貴方は毎年この子に靴をくれるのか?」と聞かれ「なぜか?」と聞くと
父親は「この子の足は毎年大きくなる、今鍛えなければ弱い足になってしまう」と言われ
「唖然」と同時に自分の「驕り:おごり」に気が付いた。
父親に衣類なら良いか?と聞くと、
「衣類は幾らでも欲しい」と言って笑顔で答えてくれたのを今でも思い出す。

自分の心のバランスを求めて、今でも修行である。

添付写真は銀杏旅館からのサンライズとマナスル・ヒマルチュ
さらに肉にされる水牛である。

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では次回「ネパール通信」まで



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  1. 2017/12/04(月) 21:31:44|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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