ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」続・日本の憂い

4月11日


「ネパール通信」続・日本の憂い


今回は、以前にも記載したが最近の日本の就職の動きに
憂いを感じてあえて記載したい。



*その前にちょと「愚痴」を・・・
パタンへ車でいった時の事、道路工事で一方通行に導かれた先で
車高の制限のある場所に入り動けなくなり、
無理にユーターンして戻ろうとするとポリスが来て
「交通違反」の切符を切り出した。そんな詐欺まがいの取り締まりである。



*食べるものは食べる直前に購入・・・
これから食事の準備という時になって、
「食べ物が無いので買ってくるからお金を下さい。」と言う。
なぜもっと早く言わないのか!



*ローカルバスが上下一車線の道で対向車と話をしている。
このため、上下線とも渋滞を起こして
約5分もの間ストップしていたのである。
乗客はというと、???なぜ止まっているのか?
と言った感じさえなく、ただ黙って待っているのである。
しかし5分である。この間に10台ほどの車が停止して話の
終わるのを待っている形である。・・・・ムムムム・・・・なんで??



*ローカルな食堂でテーブルが汚れていると言うと、
そのテーブルより汚れた「布巾」で拭いてくれ、何も言えなかった。
言うんじゃなかった。




さて、本題に入ろう。

最近の大学生の就職率は過去最高との話も聞くが、内情は複雑である。
多くの奨学金の返済を抱えての就職で、晴れがましいはずの就職も
喜んでばかりは居られないのが現実のようだ。


その上、自分の好きな仕事を目指す多くの学生さんたちは、
就職浪人にならないよう仮の就職先を見つけて、
当分(好きな仕事が回ってくるまで)働くつもりで就職される。
企業の方もそうした学生さんたちを、歓迎しているようである。???
そうした環境では、奨学金の返済などは無理なのは
分かっていても、やはり好きな仕事を目指す方々は多いようである。


では、今までに好きな仕事に恵まれた方々は一体どれくらい居るのだろうか?
殆ど居ないと言っても過言ではない。
仕事は辛いもの。
その対価が生活の糧となるのである。
ゲットした仕事を、好きに成るしかない!
これが、今までの考え方であった。


そんな大切な生活の糧となる仕事を「好き・き嫌い」で決めていいのだろうか?
好きな仕事で生活の糧が得られるのは、芸術家ぐらいなものであろう。
でもこれは、直ぐには生活の糧とはならない。
なが~い下積みの生活に耐えてやっと手にする糧は、
もう余命いくらも無くなってからしか入らないのである。
好きな仕事は、自分で作り出す以外にないのである。
「人のふんどしで相撲をとる」根性では絶対に無理なのである。


まだ間見合う!

自分から好きに成るよう努力する姿勢があれば、
仕事は容易に見つかるはずである。
それにつけても、大学を出ても400万~600万円も
の借金を抱えての新入社員は「哀れ」でしかない。
今からでも遅くない!借金返済のための就職を目指さねば、
自己破産が待っているだけである。


確かに国の制度の問題もあるが、安易に借りる側にも問題がある。
国の政策制度は一機には変えられないとなれば、
自分が変わるより他に道はないのである。

今回は、昨今の就職事情の内面にある、
悲しいまでに追い詰められた若い学生さんのほんの一面を考えてみた。


添付写真はネパールでの蜂の巣
バンジージャンプの降下ポイント
さらにモデルハウスを後にする学生ボランティアの方々
濁流から出てきた家である。

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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで



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「ネパール通信」二つのダサイン(お祭り)


3月29日



「ネパール通信」二つのダサイン(お祭り)



今回はネパールの行事である「ダサイン」についてお伝えしたい。
先日、「明日は買い物に行こう」と言うと
「お祭りだからお店がやっていないよ」と言う。
どんなお祭り?
と聞くと「ダサイン」だよ。と言う???
だって、ダサインは毎年秋だろう?
と言うと年に2回あるんだよ。とのこと。これは知らなかった!!
パトネのお嫁さんである「ウルミラ」も竜馬をつれて
里帰りの準備に忙しそうであった。
しかし盛大な祭りではなく、儀礼的におこなわれている祭りのようである。



通常、どこの国でもその国のお祭りがあるが、
ここネパールでは宗教毎に祝日があり、
ヒンズー教・イスラム教・キリスト教・仏教と異なった休みが存在する。
特にヒンズー教・仏教おいては古い日程で(今年は3月25日)が
ダサインとされて来たが、このシーズンには疫病や食べ物が腐る季節である事から、
お祭りには適さないと毎年「秋」の採り入れの季節に設定されるが、
その日にちは毎年変わる。なぜなら国の行事を決めるのは、
特別な(占い師)が居て彼がその設定をするまでは??なのである。
昨年などのダサインは、例年のそれより約1ヶ月近く早く設定された。

これも月齢によるネパールの暦から設定されるため、西暦で表現さていない。
だから、ネパールの暦には太陰暦と西暦が併用して表記されているのである。
ここで不思議なのは、古い行事を変更して新しいものに変えても、
以前の行事の祝日が残っていることである。
だから銀行や主だった店などは休みになる例が多い。




話題を換えよう。

名前って何だろう?なぜ必要なんだろう?
相手を呼ぶためのもの?
所有物の権利を他人に対し明確にするため?
単なる印(しるし)?記号?識別?
日本でも同姓同名の方は結構見聞きするが、ここネパールでは日本の比ではない。
同じ村でも4~5人は同姓同名が居る。
なぜなら、殆どが神様の名前だからである。
または、綺麗な(ネパール人にとって)名前だからである。


では、改めて「名前ってなんだろう?」
以前、阪神淡路大震災の折に神戸の「本山第二小学校」の避難所へは
2月1日から支援活動に入った。

この時には、会社名や自分の名前を伏せて(登録事務所事務所には正式な届出を
行ったが)避難所活動をやっていたが、何の問題も起こらないどころか反って気
楽な身分で活動が出来たと思っている。



ここで働いている仲間たちからは「ネパールさん」と呼ばれていた。
こんな事もあり、仮名の方が動きやすい事は間違いない。
みんなが同じ次元の身分になれるのである。
会社の重役もやくざ屋さんもアウトローの若者も坊さん崩れの青年も、
これらが一線(同じ次元)で活動するのである。

以前の肩書きなど何の意味もない、ただ今の行動が必要なだけである。
「避難所の生活向上」に向けての活動ただ一つの目的に向かって。
では一体なぜ名前を必要とするのか?
ビジネスのために使う名刺のため?

確かに仕事には名前は必要である。
しかし、仕事を離れた場合はどうか?
ニックネームでも問題無いのではないだろうか?
不要なところでは、無くした方が住みやすい場合もある。


添付写真は実りはじめたネパールのコーヒー・ホーリー祭で楽しむ
学生さん・ラムチェ村のビックストーンで遊ぶ学生さんたちである。

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「ネパール通信」ポカラの貧富


3月17日



「ネパール通信」ポカラの貧富


今回は、当方の体調不良から通信が遅配した事をお詫びしたい。

3月に入り「右の肩こり」が酷くなったため、友人のラムさん
(以前のアニールモモのご主人)に紹介していただいた方を
訪ねての訪問であったが、以前から疑問に思う事のひとつに、
豪邸の隣に作られた「ブロックとトタン」だけの幅2m長さ4m高さ2m
あまりの住まいに暮らす家族6人~8人ほどの人々の生活が
何十年と変わらない事であった。(写真は控えたい)


場所は以前アニールモモのあった場所の直ぐ隣にある。
トイレも水場も居間もすべてが狭い場所だけである。
とても人の住む環境とは思えない狭さである。

ラムさんに聞けば、何十年もあの環境で生活し、結婚・出産を繰り返していると言う。
当方が疑問に思ったのは、世界には多くの貧民街はあるが、
お金持ちの家の隣に極貧の人々が「バラック」を建てると言う、アンバランスである。
多くの貧民街は何十件も固まって建てられているのが通常であるが、
ここでは貧しい生活と富裕層の生活が、隣同士でおこなわれているのである。


昨年5月にもここに来たが、その時には2mもある「へび」がその
「バラック」から「にょろにょろ」と外の道(どぶ川をセメントで蓋をした道)
に出て来てびっくりしたのを思い出した。
こうした貧民街は世界中何処にもあるが、ここは特別目立つのである。


カトマンドウのタメル地区でも、旅行者の方々には目に付かないような、
一歩裏側の建物に行けば、2m四方の貸家もあるほどで、
夜の仕事をしている女性たちの住みかは、一つのベッドに子供と母親の4人が
一緒に寝るだけの住まいで、シャワーなどは外で共同の井戸水で済ませるのが一般的である。
それでも毎月3000Rs程度は家賃を支払っていると言う。
食事もベッド上、子守もベッドの上、昼寝も勿論ベッドの上。
全てがベッドの上だけの生活である。


以前、夜の酒場へ連れて行かれた折に知り合った女性が、
一度家を見てほしいとの事で、昼間連れて行かれた住まいは、
先に記載した間取りで一家4人が暮らしていた。
そんな、住まいが集まって一つの集落のような生活である。
私が入って行くと、彼女の母親が外のガスコンロでお茶を沸かして持っ
て来てくれて、ベッドの上で飲むことになるのである。
子供は女性の母親の背中に背負われて、ベッドの上で暴れないように気を使ってくれていた。
ネパールの「夜の蝶」の住みかは、日本の「夜の蝶」とは大きくかけ離れているのである。
結婚したが、ご主人に逃げられたとか、騙されたとかが殆どで、
何処の世界でも同じような原因が見られる。


20分ほどの滞在で、女性の母親に3000Rsを握らせて住まいを後にしたが、
来るんじゃなかったと思う「やるせない気持ち」で一杯であった。
賑やかな夜のタメルの酒場は、こうした極貧女性たちの街でもある。


このポカラ行きの帰りには正に不幸中の幸いと言った事故が発生。
朝7時30分に出発したポカラからのツーリストバスは、
約2時間ほど走ったドライブインで止まってしまった。
原因は運転手の高血圧(260)による、運転不能によるもので、
代わりの運転手を送り出すのと病院へ入れる仕事で、
約4時間のタイムロスとなり、結局カトマンドウに着いたのは午後8時であった。
しかし、そのまま運転されていたらと思うと寒気がして来る。


添付写真は私の行きたい「回転ずし」・冬虫夏草・マンゴウの実である。

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「ネパール通信」鈴鹿西ロータリークラブの山村訪問


2月26日(月)



「ネパール通信」鈴鹿西ロータリークラブの山村訪問



今回は、三重県の鈴鹿西ロータリークラブの柴田会長さんによる、
ラムチェ村訪問とやっと始めた「土」の改良をお伝えしたい。
2月の8日、会長さんの宿泊先である「ホテルチベット」へ迎えに行った。
予め時間指定をしての訪問であったが、ここはネパール、
何時どんな事故が起こるのか予測すら出来ない。
従って、私だけが予定より1時間ほど早くホテルに到着。
会長さんたちは予定通り、15時にはホテルのロビーに来られたが、
肝心の車が来ない。
携帯で現在位置を確認すると、ティミで起こった「人身事故」で大渋滞を起こしている。
もし、この時バスに乗り込んでいたらと思うと
「予め」の行動が如何に大切かを知ることとなった。
ネパール人のドライバーである、ミナの弟のパトネはしっかりこの
渋滞にはまって、「30~40分は到着が遅れる」事を伝えて来た。
仕方なく、柴田会長にその報告をしてしばらく待っていただく事になった。


ほぼ、予定より40分遅れて車が到着。
多くの荷物を小さな車に「ぐつぐつ」に詰めて「いざ銀杏旅館へ」出発。
一方、今回のラムチェ村訪問を楽しみにしていたもう一人の日本人の
「あやさん」は仕事に追われて午後6ごろ徒歩で銀杏旅館へ合流。
夕食時には今回の参加者全員が揃った。


翌日9日は、朝食後午前8時ごろには銀杏旅館を出発。
今回は4WDのジープなので、5人は余裕で乗って行けた。
ただ、後部座席は若干座席が高くなっていて、
頭が天井につかえる感じで乗ってもらう事になった。

途中、ドラルガルで野菜や果物を購入して約30ほど走り、
ブランチ場所であるレストランに到着。
魚のフライや鶏肉のダルバートでお腹を満たして、再び出発。



途中、スクテやジュレ、バラビシを経由して今回の目的地である
ラムチェ村に向かうも、柴田会長やあやさんにとっては始めての「悪路」であり、
慎重に運転して1時間後にはラムチェ村のスリーサルソティー中学校に到着。
多くの子供たちに囲まれて、歓迎式典の後今年の支援児童への文房
具の配布を鈴鹿西ロータリークラブの柴田会長に行ってもらった。
最後に全員で記念撮影。

この日は、モデルハウスでの宿泊が初めての民泊である。

大きな環境の変化にもめげず、今のこの山村を満喫されたようであった。

標高1400mのラムチェ村。
空気や景色は抜群なれど、足元が???

舗装された道などあるはずもなく、土と岩の山道は車の幅いっぱい
のハイウエィ?の他には30cm程度の道幅の「あぜ道」しかなく、
ちょっとそこまで・・・
でも、足元に注意して歩かねばならない。
夜はそれぞれのベッドで休んでいただいたが、やはり夜具が心配で
持参した寝袋で休んでもらった。




翌朝午前7時、朝食前に今回持ってきた「菌」、
納豆菌・ドライイースト菌を使って、土の改良をする試験を実施。
ミナのお父さんに畑を3平方mを20Cmほど掘ってもらい、
中に「米わら」をひいて、その上に水に溶かした「菌」をまいた。
さらにその上に土を3Cmほど被せて完了。
2週間ほどこのままにして、菌の成長を見守って行く。
ちょうど1週間後には再びここにくるため、いいタイミングでもあった。



「土」改良の仕事を終えてモデルハウスに戻り、軽い朝食をとり
再びジープに乗り込み「いざカトマンドウヘ」と出発。
岐路、「あやさん」はカリチョールで下車してトウロパカルの村へ移動。
彼女はこの村で編み物の仕事を村人にやってもらい、
賃金を支払ってくれている、大切な方なのである。
彼女にこの村紹介して欲しい旨、相談された時には正に「渡りに船」の状態で、
本当にありがたい方であったが、どれくらい続くのかが心配であった。
村で現金収入の得られる仕事が出来れば、村の生活向上につながる。
彼女にとってもデザインの流出が防げる、ウインウインの状態があった。

しかし、あれから6年あまり。
もう十分起動に乗っている様子に、安心したのも事実である。
「あやさん」に感謝しきりであった。



添付写真は学校での活動風景と完成したモデルハウスである。

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「ネパール通信」再三の「愚痴」・・・


2月12日 「ネパール通信」再三の「愚痴」・・・



はじめに、山村学校(スリーサルソティー中学校)への日本語先生の派遣は
長い時間が掛かるが、長く継続させる事に意義があると考え実施に踏み切った。
しかし、なかなか先生を「やってみよう」と言う方がおみえにならないのが現実である。
先生が来るまで、門戸は何年でも開けて待っている。

今回も、当方の心の痛みを和らげる「愚痴」をお伝えしたい。


1:土足で部屋に入って来る。

新しい靴や洗ったばかりの靴やスリッパの場合には、部屋の中へ入って来 
るのは当然と言わんばかりに入って来る、新しい靴を見せたいのか脱ぐの
が面倒なのかは定かでない。
自分たちの部屋でもおなじである。


2:ネパール人の殆どが、お金を借りる時には1時間でも早く借りたい。

しかし返す時には1時間でも遅く返す。これが普通である。
もし、返す機会を失った場合にはラッキーと考え
1年でも2年でも返さない。
自分の手にしたお金は余程の事が無い限り出さない。
人のお金は借金でも早く借りたいのがネパールマインドである。
くっそ~「俺のお金を」さっさと返せ~!
こんなトラブルは何時もである。
貸したあんたが悪い!と言われる事必至!とほほ・・・



3:ローカルバスの急ブレーキや急発信は当たり前で、

パンクや故障は日常茶飯事。故障しない方がおかしい。
衝突事故や故障は頻繁に起こっていて、
それで渋滞が多いのがネパールである。
ましてや、死亡事故ともなれば「道路閉鎖」も行われ、
1日中通行出来ない事もしばしばある。
これの他にも、政府に対する抗議行動などの「道路閉鎖」は
ネパールの名物?でもある。



4:ローカルバスでは座席に座ると、膝は手すり代わりで、

若い女性から老女まで、自分の手足同様につかまってくる。
揺れがおさまっても手を離さず、しばらくはそのまま摑まっている。
そのくせ、「男性が女性に触れると怖い顔をして睨むから始末が悪い」
バスが揺れるときはお互い様なのに・・・なんちゅう神経しとるんや!


5:ローカルバスの扉は何時でも開けっ放し!

夏のシーズンはいいが、冬は寒いから閉めて欲しいのに警察の前だけ閉め
るのがルールのようである。(罰金があるから)



6:大切な仕事があっても、自分の生活リズムは変えない。

渋滞で仕事に遅れて「クビ」になっても、凄い剣幕で怒り出すが仕事は無くなる。
遅れる前の対策が出来ないのである。
そんな「あらかじめ」と言う習慣はないのがネパールである。
しかし「プライド」は天下一品。
このプライドに支えられているから、
貧困な経済の中でも生きる事が出来るのである。

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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