ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

トゥロパカルⅡ

トゥロパカルⅡ 030

2月26日(土)天気:曇り 気温:16℃ 湿度:45%



今回は、先日訪問したトゥロパカル村についてお知ら

せしたい。

2月20日~21日にかけてトゥロパカル村を訪れ、以

前から依頼のあった「学校からの支援要請」について

具体的に話を進める(何が出来て何が出来ないのか)

のと、バレーボール用のネットを届ける事にあった。

当初、2月初めの出発予定が天候や来客などで遅延

し出発の2~3日前に降った雨のお陰で日程がずれ、

20日になったのだが「徒歩での訪問」のため、道の安

全を考えての日程変更であった。

バスを降りてから麦畑の「緑」を眺めながら、約1時間

半ほどの道のりを3人(私・ミナ・太田さん)で歩く。



歩きながら、これから話し合うポイント(最終着地点:決

着内容)を考え、前回来た時の景色との違い(緑の多く

なった景色)を思い出していた。



今回は以前ミナが日本でお世話になった「太田さん」も

同行してのトゥロパカル訪問で、彼女は初めてのネパー

ルで観光よりも「自分磨き」の目的であり、この訪問は

絶好の機会とのことであった。



学校が近くなったあたり(約10分ほど手前)から子供た

ちが出迎えて(多分先生からの指示であろう)いて、一

緒に学校に向かった。

学校では既に、歓迎セレモニーの準備が整い多くの父

兄や先生と子供たちで一杯であった。

我々がテーブルに着くと早速歓迎の花束贈呈があり「踊り」

を披露してくれ、先生が前回学校に贈ったマドラーを使

いリズムを叩き、数人の子供たちが歌い、2人の子供が

踊ってくれた。

この踊りがとても「子供の踊り」とは思えないほどの「色

気?」のある踊りでついつい見とれてしまう。

今の季節はラリグラス(ネパールの国花)が咲き、ここの

花の色は真っ赤な色であった。

余談ではあるが、ラリグラスは赤色だけではない。黄色

やピンク・さらには白色などさまざまである。



またこの花をネパールの人々は「薬代わり」に食べる。

何に利くのかは知らないが、やはり「苦い」花びらである。



さて、歓迎の踊りが一段落したところで私たちの持って行

った「キャンデー」を配ったのであるが、一人2個ずつ配り

はじめて残り11人ほどになったとき「足りない」事に気付



別のキャンデーを買いに走ると言ったハプニングもあった。

先生と事務所に向かい本題に入る。

はじめに、私が「前回頂いた要求内容は金額的に無理で

あり、

クリニックの代わりに救急箱を設置してはどうか?」と提案

これを、ミナが通訳して先生に伝えた。

先生方は互いに相談して「それでいい」との返事である。

必要な薬を銘記して欲しいと言ったら、薬の名前が分から

ないので、病状を書くのでそれに利く薬をお願いしたい。

との返事であった。

それを持ち帰りパトネちゃんとミナと3人で検討した結果、

子供たちにはない病気もあり、重複する薬もありで、携帯

電話での話し合いで先生から「任せる」との返事。

要求内容には「永続的な子供の支援」と言う項目もあり、

今年はさらに10人の子供たちを支援する事を伝え、子

供の氏名・年齢・親の名前と住所を明記するよう依頼す

る。

現在は29人であるが今度は39人となり、ここの子供の

約半数を支援する事となる。

まだまだ始まったばかりのトゥロパカル村支援であるが、

これから「自立」を如何に進めるかが頭の痛い問題である。



ネパールの習慣: 自分に不利な事、例えば先日サンガ

ゲートから我が家に戻る途中で「野菜を買の忘れた、ミナ

戻って買ってきて欲しい」と言ったら「両手を頭まであげて

振り下ろし」同時に

「イーッヤ!」と言う掛け声を発した。これにはお腹を抱え

て笑ってしまい、怒る事を忘れてしまう。日本語と似ている

が日本語ではない。でも似すぎている。

結局ミナは野菜を買いに戻ってくれ、私は途中で待ってい

た。

これはラムチェ村だけの習慣なのかは定かでない。

スポンサーサイト
  1. 2011/04/30(土) 17:39:35|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<シバラトリーとネパール人 | ホーム | タイトルなし>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://nepalnepal.blog25.fc2.com/tb.php/99-567e22b7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (318)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード