ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

トゥロパカル村訪問(事務局長一行)



今1月15日(土)天気:満天の星空 気温:8℃ 湿度:55%
前回に引き続き「事務局長一行」のトゥロパカル訪
問記録をお伝えしたい。

今回のネパール訪問参加者は福井の山口ファミリー、そして2度目の訪問となる早川さん、4度目の訪問となる私の5名。日本から、古着の子供服、ノート、鉛筆をあわせて40キロを各自のスーツケースに分けて入れ、支援先のトロパカル村へ届けた。12月18日セントレア空港10時発、香港で4時間の待ち合わせの後、ドラゴン空港へ乗り換え、途中、バングラディシュのダッカ空港でストップし、カトマンズトリバブン空港についたのは、夜11時。筋田さんとミナに出迎えられ、ジープ天井にスーツケース5個をくくりつけ、完成した銀杏旅館へ。約30分で到着。翌日からは、初訪問グループは、カトマンズのチベット仏教寺院、スワヤンプナート、ヒンズー教寺院パシュパテナートなどを見学、私たちは、ミナの案内で、付近をトレッキング。3日目の朝、一路、トロパカル村へ向けて出発した。銀杏旅館では、朝は、屋上から遠く7000mの山を眺めながら、日本から持参したお餅で一足早いお雑煮を頂いたり、炭のこたつに入って、筋田さんお手製の日本食をいただいた。
トロパカル村は、エベレスト街道からわきにそれた山道を歩きなら2時間余りの標高2000メートルにある。周りは、棚田で覆われている。ここで、子供たちのマリーゴールドのレイによる大歓迎をうけた。今回は、日本からの支援物資以外に、あらたな支援児童11名に、真新しい制服、カバン、サンダルを送った、そして、1年分の学用品や試験代金が一人5000円くらいで、合計100、000円分を送った。これで、昨年から支援する児童とあわせ、29名の支援をすることになった。この小学校は、全校生徒約90人で、3分の1が、貧困で学校へいくことができない。それを先生から相談を受け、岐阜ネパール会で支援することに決定した。ただし、一人の児童は最長3年までとした。あとからあとから成長し、弟や妹が入学してくるにつれ、同じ児童を支援し続けるわけにはいかない。
式典は続き、子供たちが民族舞踊を踊ってくれ、最後は全員参加の踊り大会となった。踊りは、ネパール人のもっとも楽しみのひとつである。
この式典に先だち、壊れた校舎や水回り施設の工事も支援した。
夜は、教室にテントをつくり、寝袋にくるまって休んだ。翌朝、村人たちがヤギの乳をしぼってもってきてくれた。何もお礼はできないというが、彼らの心は優しい。
山間部での文盲率は50%をこえるという。しかし、こうして、学校へいきことができれば、文字が読め、書くことができるようになる。初等教育の充実が、新しい共和国ネパールの再生の一歩だ。
残りの期間は、ふたたび、観光・土産物購入などをした。食事は、ダルバート以外に、カトマンズ市内で、日本食(日本そば、天ぷらうどん、かつ丼、すき焼きなべ)を堪能した。これで、1食300円で足りるから、物価は安い。しかし、このところの、日本では無縁となった年10%のインフレと1日8時間の停電に悩まされている。1週間の滞在の間、日本で3か月の研修生活を送ったミナが、世話をしてくれた。また、筋田さんには、いつもながら、心温まるもてなしと、興味深いをお話をたくさんいただいた。25日の夜、再開を約し、一同、空港をあとにした。

日本では、すべてのものが手に入るし、便利である。ネパールには日本にあるような文明の利器、ビルや高速道路、新幹線はない。ひとつのことをするのに時間がかかる。食事の準備をしたら、1日が終わってしまうほどだ。生きるのに精一杯である。日本では、時間があまりすぎ便利すぎ、子供のいじめや、自殺をうみだした。そして、親や社会への感謝の気持ちを忘れて、利己的な社会になってしまった。解決方法はある、われわれの生活を不便に戻せばいい。そうすれば、助け合う気もちが生まれる。自然もよみがえるだろう、われわれれは、まったく、先進国でなはない。ネパールが、自給自足し、家族愛に満ち、幸せな国である。兄や姉が弟、妹の面倒をみる。ここには、ゲームのとりあいやそれをめぐっての事件もないのだ。なんと幸せなことか。
ネパール人のすべての発想は、ヒンズー教徒や仏教からきており、それらの神への畏敬の念である
われわれは、ずべてを征服できると思い、自然への畏敬の念を失ってしまった。
年頭にあたり、日本人がすこしでも、ネパールの生活をマネしてくれたらと思うのである。

岐阜ネパールでは、2011年も秋にネパール訪問を予定しています。ぜひ、みなさんの参加をお待ちしています。
(参加費用 航空券13万円、滞在費7万円、エベレスト遊覧飛行を含む)














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  1. 2011/04/30(土) 17:30:57|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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