ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「迷い」と「決断」

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冬季オリンピックも閉幕した日本列島では、また何時もの忙しい生活に

追われていることと推察する。

さて、今回お伝えしたいのは人の心に潜む幾多の思いから「迷い」が起

こるが、果たして誰もが「迷う」のだろうか?

反対に決断するために必要な要素とは何だろうか?

少々抽象的な感を拭えないが、こらえていただきたい。

ここネパールで活動をはじめて、はや5年が経過した。

「活動」の中では「迷い」はない。

しかし生活は別である。

活動には「目的」があるが、生活の目的はといわれると「生きる為」と

しか答えようがない。

だから、どんな生活になるのかは、それぞれの「考え方」により変わる。

今まで生きてきた過程の中で「育まれてきた」「生き方・考え方」なので

ある。

この「考え方」「生き方」が全く新たな局面にぶつかった時に「迷い」

が生じる。

ここネパールでの生活は、たかが5年。

30数年前からちょくちょく来ていたが、「生活に必要な情報」は全く

ない。

この5年でどれだけの情報が「考える基準」として育まれてきたと言う

のだろうか?

殆どないに等しいと言える。

毎日が情報収集であるが、周りの敵(前回の表題の通り:騙す・脅す・

盗む)もあり、思うようには収集出来ないのが現実である。

でも、日本にいての「迷い」は違う、なぜなら既におおくの情報を収集

しているからである。

にも拘らず「迷う」のはなぜか?

多くの人の場合、「誰かの歩いた道」「誰かと一緒に」「誰か・誰か」を求

めて、誰も居ない時に「迷う」。

誰かの道ではない・誰かの生活ではない・誰かの意思決定ではない。

自分の意思決定が必要なのに、「それが出来ない。」なぜ?

一人での決断が出来ないのである。

しかし誰かを見つけても結果は同じである。

そこに「自分の意思」は無いからである。

迷わないが、自分の「決断」ではない処に「逃げ場所」を作っていると

しか言えない。

こうした考え方の日本人の方々が多いのも事実である。

企業においても同じことである。

責任あるポストになればなったで、それなりに大きな「決断」を要求さ

れるのが企業社会であろう。

私自身、現役時代かなり反省しなくてはならない場面があった。



ではなぜ「決断」しないのか?

実に簡単な話である。

「決断に伴う責任」を回避したい、と考えているからである。

政治家(自分で決断しない政治家も居るが)や会社幹部などの「決断を

仕事」としている人たちの批判は出来るが、自分自身の生活となると

「決断」が出来ない。

なんと「情けない」事だろう。



長年、会社において多くの決断をされてきた方々の中には、退職後「も

う決断はいい」と考えておられる方の多いのも事実である。

これには一理ある。

なぜなら「決断は疲れる。」

しかし、今まで時間管理という部分は会社がしてきたが、退職後は自分で

管理する必要性が生じてくる。

これが、なかなか難しい。自分の努力でしかない。



一方、若い方で「決断」の出来ない方はやはり、「責任の回避」でしかない。

誰かの責任にする、自分は悪くない。

こうした考え方は、ここネパール人の考え方と全く同じである。

野生の動物は違う、何時も決断の連続である(決断しなければ生きていかれ

ない)のに対し「動物園の動物」のように最初から、なにも選択の余地のな

い生活をさせられている。

つまり、自らの決断の不要な人生(決められた線路を、ただただ歩けば

いい生活)を過ごしている人々が多い日本である。

少し比喩が過ぎる点はお許し願いたい。

しかし、自分の生活は別であるが、これも出来ない人々が多い。

決断することに、ある種の「ためらい」がある。

政治家や会社幹部の批判は出来ても、自分の事となると思うように決断でき

ない。

決断をする生き方をしてこなかった事が原因であろう。

ある意味、自分に対して「卑怯」であるばかりか「可愛そう」な人たちであ

る。

少しきつい話ではあるが、今の揺れ動く日本経済の中では、特に必要な事で

はないだろうか。

ネパールの習慣:習慣とは少し異なるが「嘘」は普通につく。

例えば、物を壊しても誰かがそばに居なければ、その場では何も言わない。

数日過ぎてから、使う時になって「誰が壊した?」と聞いても。「知らない」

と言う。壊した現場を見られていない限り「私が壊した」とは言わない。

だから、必要な時に使えない事がしばしばあるのが、ここでの生活である。

これは、大人・子供を問わず同じである。



添付写真は現在のネパールの小学校で教えている日本の生活と現在の

ネパールの生活(私に牛乳を沸かしてくれているところ)

よく似ている点が面白い、しかし昔の生活である。

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  1. 2010/03/10(水) 23:47:38|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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