ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」ネパール支援の多様性


「ネパール通信」ネパール支援の多様性

12月9日(金)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:45%




今回は、ここネパールにおける「支援のあり方」についてお伝えすると同時に
ある若き支援者に的を絞って、具体的な支援のあり方をお伝えしたい。


はじめに、支援のあり方には「多様性」があり、
支援をする方の「勝手」的な要素が多分にある事も認識しなければならない。
ヨーロッパの方々の多くは、団体で来てはいるが極めて個人的な支援方法で、
一人の支援者が一人の孤児のスポンサーとなり、
毎年通ってきては孤児院と自分の担当する孤児に対し支援活動を実施している。



中には、団体で孤児院を経営して、そこへのボランティアを母国で募集し出かけて来る。
そこでは、母国で販売するワイン袋(ワインを入れて贈り物とする袋)や
施設内でミシンを使い小物を作成して母国へ運び、販売してその利益を施設運営に使っている団体もある。



基本的にネパール人の経営している孤児院では「ビジネス」として営業している施設が殆どで、
そうした施設に日本から「ボランティアをやってきました」的な「証明書」を発行してくれる施設が数多く存在するのも、
基本的に「ビジネス」だからボランティアの募集目的に行われている実態が多い。



日本人の若い人(特に学生さん)などは、学校で「単位」が貰えるのか知らないが
その「ボランティアをやってきました」と言う証明書が欲しいために、
10日間を孤児院で無償労働して「感謝状」を手にして得意顔で帰国される方々も残念だが多い。


一方、多くの方が僅かな日程(1週間以内)で多くの施設や学校を廻り、
日本から集めて来た支援物資を寄付されている実態も見逃せない。


こうした団体は日本において、幅広い宣伝活動で支援物資や寄付金を集められて、
手当たり次第に配って行く方々であり、何年間も奥深く村人と関わって行く方法ではない。


これらの方々は「もし震災が無かったら」ここネパールに来てもらえたのだろうか?
それは無理なことであろう。
しかし、形は違うがこうした方々も決して否定できない。

無くてはならない!

例え短期間であっても、多くのこうした団体に来てもらう事で、
政府の支援の手が届かない山奥の山村に行き渡ればいいのである。


ここで「ボランティアの形」など不要なのである。


まだ、たった2年しか経過していないネパールの被災地では、政府の援助は全く無く、
こうした短期間のボランティアの皆さんに支えられて山村の村人たちは生活出来ている現実は見逃す事は出来ない!
ありがたい事である。


長年ネパールで支援活動をやっている私たちにしてみれば、素晴らしく大きな「力」で、
スコップとシャベルローダーの違いほどであると言っても過言ではない。


これからは、どしどし活動の輪を広げていただき、「日本とネパールの大きな架け橋」とならん事を祈るばかりである。



さて、こうしたなかにありながら一人の学生さんが、村で生活する「少女の障害者」を救おうを立ち上がった。

その障害を持つ少女は14才で、後天的「聾唖者」である。
つまり、生まれて何年か後に事故で「難聴」になり、
言葉を覚える前に難聴になったために、大きくなった今でも「会話」が出来ないのである。


そこでネパールの「耳鼻科」に行き、補聴器の使用を薦められ、
数万円もする補聴器を彼女に使ってもらう事として、3ヶ月!
瞬く間に言葉を覚え会話に参加出来るような状況にまで回復した。



しかし、本人は今までの静かな生活から「雑音?」の多い「今の生活」が「嫌?」なのか、なかなか補聴器をしてくれない。



先日もテレビを見ていて、テレビの音が出ていない事に気付き、「補聴器は?」と聞くと、
指で置いてある場所を指して「あそこにある」と言うような仕草で答えた。

テレビは彼女にとっては、唯一の「娯楽」であり、サイレントで見ている画面は夢のような世界なのであろう。


でも、本当は彼女にとって補聴器の無い世界では「言葉を覚えられない」ため、
例えテレビでも補聴器を付けて声を聞きながらテレビを見るよう指導している毎日である。

それが、彼女にとっての将来を少しでも明るくする教育だろうと考えている。


これから、聾唖学校の調査に行き具体的な指導が出来ないかを調べて実施に移す方向で検討しているところでもある。
何れにしても、先の長い支援活動になる事は間違いない。


若き支援者に心から激励のメッセージになればと、みなさんにお伝えした次第である。





添付写真は「若き支援者:あやさん」とラムチェ村のモデルハウス建設現場である。



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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。





では次回「ネパール通信」まで



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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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