ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」一人で憤慨する「から回り」・・・

「ネパール通信」一人で憤慨する「から回り」・・・

11月7日(月)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:55%




今回は、何時も悩まされるネパール人のマインドとの虚しい戦いについてお伝えしたい。

ダサイン&ティハールを終えて「やっと仕事が出来る!」と考えていた矢先の出来事である。
事の始まりは、ティハールの始まった初日であった。

家の中に神様をお迎えする、「砂曼荼羅」を「色粉」で書き、
それに蝋燭や供物を備えて家の中までラインを引いて「神様」を家の中に誘導する。

そこには紙に印刷された「シバ神」やヒンズーの多くの神々が居る「神殿?」が
玩具の(失礼)ような日本の神棚の感じで描かれているのである。

これ自身には、ここの文化なので問題はないがその場所である。

今年は「キッチン」の中に神様を祭ってあったのである。
キッチンはヒンズーの神様をお祭りする場所ではなく、食べ物を扱うところなので、「他へ移せ!」と指示。

さらに、彼らのトイレの大きなガラスの窓が割れていたのである。
「誰が何時」やったのか?と聞いても、みんな「知らない」の一点張り。

1時間ほどやり取りしていたが「シバの神殿を他へ移動するまで家出をする!」
と言って、カトマンドウに3日ポカラに3日の1週間の家出となった。
ポカラへは撮影の目的もあった。

問題は、その間のカトマンドウの宿泊先と食事である。

ダサイン&ティハールの最中はカトマンドウ市内は何処も「休み」で、
ある意味ストライキの時に近い状態である。

安宿(お湯のシャワーのない)を2軒ほど周り、スーパーで水とクッキーを購入して空腹を紛らわす。
何とも「惨め」な気持ちであった。(これがネパールマインドに対する抵抗?)
幸いネットは何処でも大丈夫で、ユーチューブを見て一人の夜長を絶えた。


3日目にはカレンキーまでマイクロバスで出かけ、そこからは再度長距離のマイクロバスである。

しかし、このマイクロバスは通常のツーリストバスより、2時間近く早く目的地に到着。

途中から古い友人である「河本さん」に連絡し、「明日お伺いします」と伝え定宿のビューポイントに到着。
朝も昼も大した物を食べていないため、日本食レストランへと直行。
(レストラン青空の揚げ出し豆腐は、すきっ腹に旨かった)

宿へ戻る途中でカメラの乾電池を購入し、部屋へ戻り暖かいシャワーを浴びてベッドでごろ寝。
何時間か眠ったようで、またまた空腹を覚え夕方5時ごろに外出し、今度は近くの「フジヤマレストラン」で
「餃子と素うどん」を食べ、腹ごなしにフェワレイクに出かけた。

夕方の湖畔では多くの観光客が散歩を楽しみ、釣りをやっている人を見ていた。
時々連れる獲物は4~5cmほどの小魚で、大物は掛からない。


翌朝午前6時に、ボートの乗り場にでかけ、予約しておいたボートに乗り込み早朝の撮影に出発。

幸い風は無く、絶好の撮影日和であった。

撮影を終えて、馴染みのブラック&ホワイトに行くもまだ早かったため、、近くのコーヒーショップに入り、朝食。

しばらくすると、日本人の二人が入って来て席を探していた。

私の前の席を示し「どうぞ」と言うと「日本人の方ですか?」と聞かれ
「そうです」と答えると、相手がじ~と私を見ている。
日本人には見えないのかなぁ~と思い、「筋田と申します」と言うと
「やっぱりそうですか」と懐かしそうに挨拶をされた。

もう4~5年も前に岐阜の美濃太田で活動されていた「青山さん」と友人の方であった。
1時間ほど一緒に朝食をとり、それぞれに別れた。


そこからは、レンタル自転車を借りて(1日500Rs)河本さんの家に急いだ。

彼は脳の手術をしてから足の具合も悪くなり、鎮痛剤を飲んでは、
ゆっくりと部屋を歩いているようで、「歩けなくなれば終わり」なのだが頑張って歩かねば。
とシッタの夫である西島さんと一緒に生活しているのであった。

まあ一人ではないだけ良いのか?と早々に引き上げ、インドのプライミニスターが来ると言うので
警備の警察が監視している中を、自転車で駆け抜けた。

家出5日目に携帯のスイッチをONにしたら、直ぐにミナから連絡が入り、
「今何処にいるの?身体が心配だから早く帰って!」と言って来たが、
キッチンを綺麗にしないと帰らないと言うと「綺麗にしたから」との返事。

「明日帰る」と電話を切り、またまた「ごろ寝」。

久しぶりの自転車にちょっと疲れた感じであった。

翌日は通常のツーリストバスに乗りカトマンドウへ戻るも辺縁8時間半の道のりは大変である。
タクシーとバスを乗り継ぎ、7日ぶりの銀杏旅館に戻った。

神様は撤去されていた。




添付写真は晴れた空に突き出たアンナプルナⅡ・夜明け前のフェワレイク
さらにティハールの準備で賑わうアッサンバザールである。

DSCF1801.jpg



IMG_1864.jpg

IMG_1899.jpg

IMG_1854.jpg


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。





では次回「ネパール通信」まで



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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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