ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

ネパールの出稼ぎ事情

4月8日(金)天気:晴れ 気温:20℃ 湿度:30%
めちゃめちゃな乾燥状態である。



今回は、ネパールで頻繁に行われている「海外への出稼ぎ」事情についてお伝えしたい。

事の起こりは、次男のサロジ君が軍隊を辞めてから起こった。
銀杏旅館の近くアサブリからも数年前に女性が2人、同じ学校へ「研修目的」で出稼ぎに行き、はや3年の月日が流れた。

この間、結構仕送りもあり新築の家を建てている人も少なくない。
北九州のとある「自動車の整備やモバイルの組み立て修理」などの研修学校である。

2年半ほどは1日4時間は学校で研修し、その後その職種の現場で学校から推薦されたアルバイトと勉強の生活である。
一部屋6人で寝泊りし、全てネパール人自炊である。
労働時間は1日12時間をこなし、8時間を越えると残業となり月収にも大きな差が生じる事となるため、
多くのネパール人は必死で働く。月収16~17万は普通だと言う。

サロジ君がこれに応募し、合格を得た後「お父さん入学費用を貸して下さい」との連絡は3月中ごろであった。
日本語学校や車の運転免許などの資格を取得した後の事である。
既にその学校からの彼に対するビザ申請もあり、残るはお金だけであった。

一人ざっと、120万ルピーである。
私の定期預金を解約して作った。
勿論「借用書」は書いてもらったが、
これは気休めで本当に働いて返却出来れば幸い位の気持ちで書いてもらった「借用書」である。

2年半が過ぎても、本人の意向で最大10年間ほどの労働が可能であり、
この間の給料が、借金の返済に回せれる事が多い。
2~3年に一度はネパールにも戻る事の出来る「就労ビザ」である。

最近特にネパール人の日本行きが多くなった一つの要因が、「難民申請」である。
これにより、在留期間が無くなったネパール人たちはこぞって、
この「難民申請」を行う事で結論の出るまでは働く事の出来る権利を得る事になるからである。

しかし、この方法にも限界があり、日本政府からは「一切の難民申請の受け付けはしない。」方針を固めたとか聞く。
中での「サロジ君の日本での研修労働」なのである。
複雑な気持ちで4月12日に送り出す事になった。

先般も名古屋の大須ロータリーの皆さんが来られた折、ある一人のメンバーの方から、
「ネパールから労働者を派遣して欲しい」がどうすれば良いのか分からないので、力を貸して欲しいとの
問い合わせがあり、当方も「高い派遣費用」にはうんざりしていただけに、
「渡りに船」とばかりに了解して、こちらネパールサイドのする仕事についいて調べ始めたところである。

せめてこの半額の60万ルピー位で派遣が出来れば、もっと多くの若者を日本に送り、
日本の優れた技術を勉強して来て、ここネパールで仕事が出来るのにと何時も考えていた。

具体的には、ネパールでの「人材派遣業」には政府の認可が必要で、
派遣先の国の言語や身元保証が主な仕事となるも、日本語学校や日本とのコンタクト
特に日本の受け入れ先の環境整備には、日本政府の厳しい管理下に置かれ、
よほど「本腰を入れて」掛からないと挫折する事は目に見えている。

しかし、やっている業者や学校がある以上は出来るのである。
この事を念頭に置き「やるのみ」と意志を強くした。

年間36万人の「海外出稼ぎ労働者」を抱えるネパールでは
日本の受け入れ先さえ「しっかり」していれば簡単に「日本のビザ」が降りるようである。
この数字が増える事はあっても、減る事は考えられない今のネパール出稼ぎ実態である





先般の日食
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カラス
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スルジェビナイトの果物屋
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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。







では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/04/09(土) 10:15:38|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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