ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

大学生のメールダラ現状報告(Ⅰ)

9月30日(水)天気:晴れ 気温:22℃ 湿度:58%


今回は、何度も土砂崩れで寸断されているジュレの村を超え、
バラビシに至るカラニコハイウエーの状況とラムチェ村の生活状況をお伝えしたい。(Ⅱ)で掲載

雨期も終わりに近い昨今、カリガンダキの流れるベニに於いて大きな土砂崩れが発生、
大量の水が塞き止められている状態で決壊が怖い。
これが決壊すれば、ベニの町は一挙に流されてしまう事になる。
さらに、先日も配信した日本大使館からのメールの通り、
ガソリンや石油・プロパンガスの不足は日増しに顕著になってきた今日この頃である。

さて、本題に入ろう、日本の大学生が始めて入ったネパールの山村メールダラでの生活実態を体験した
女子学生に記載していただいたので、そのままを掲載させていただきたい。
以下は「体験談そのもの」である。



「メールダラの世帯調査を終えて」



私にとって2回目の世帯調査が9月6日から始まった。
去年の8月初めての世帯調査ではグループに分かれての調査のため全ての家を訪問することが出来なかったため、
今回は自分の足で50世帯の家を回りたいという気持ちが強かった。

何度も村で活動している私にとって、ハイキングに近い調査は苦では無かったが、
地震後土砂崩れが起こった道や、一歩踏み外すと下に落ちてしまう道など、
間違えれば怪我に繋がりかねない道を子ども達に手をとってもらい調査を終えることができ感謝の気持ちで一杯である。

地震後、家が崩れた者もそうではない者も皆仮設の住居に住み、
立派な家に住んでいた村長さんも、貧しい家の家庭も「みな同じ」状況下で暮らしていた。
地震の影響でいつ家が壊れてしまってもおかしくないということで、
もともとあった家のそばに土地がある者はその隣に主に木で作った家を建て
(余裕がある者は家畜のフンと土、水を混ぜ家の内装を塗っていた)さらに、
Impact NepalというNGOの組織が一家に一つトタン屋根の家を寄付したようで数多く見られた。

もともとの家に仮設住居を建てる場所が無いものは、
村の中心部(ただ他の場所に比べて家が多いというだけで呼んでいる)に仮設を建てたためちょっとした住宅街になっていた。

調査を進める中で、以前よりも確実に電気が通っている家が増えたということに気が付いた。
学校と何軒かの家々には電気があり、裕福な家にはテレビやパソコンなどが置いてあったが、
電気の普及率もほぼ8割近く、ガスコンロの使用者もわずかではあるが増加し便利になっている。
それに伴って彼らの生活も変わった。

私は村に滞在中、管理人さんのお宅にお世話になっており、そこには電気があればDVDを見ることが出来るテレビがあった。
主に子供たちだが、電気があればよその家の子も一緒になって家の中でぎゅうぎゅうになりながらDVDを見る。
DVDの数も多くないため、同じDVDを何度も何度も見る。
もちろん、家の仕事が終わり友達と外に駆け回り遊ぶ子どももたくさんいるが、それでもDVDの威力はすごい。

1日のうち電気が来るのは主に夕方からだ。電気が割と多く供給されるときもあれば、1日、2日来ない日も珍しくはない。
電気が来たときには、子ども達は皆神様に感謝する。
まるで、一昔前の日本をみているようなそんな気分になった。
ご飯を食べるときはテレビを消し家族団欒を楽しむのだが、
子ども達だけのご飯になるとどうしてもテレビつけっぱなしのご飯が始まってしまう。

DVDがここまで受け入れられるのであれば、英語のDVDも見る彼らにDVDを使った教育支援ができるのではないかとも考える。
生かすも殺すも彼ら次第だが、現代の日本の子どもようにはなってほしくないと願うばかりである。

世帯調査は、英語が堪能な中学生をつけ村の人の情報を集めてもらった。
中学生が村人に情報を聞いている間、私は自分の目で家の中を見て
何を感じるのかに集中した。

また更に、普段なかなか話すことが出来ない村人たちと直接話をする機会だったため、
少ないネパール語のボキャブラリーから必死に言葉を紡ぎだし会話をした。

実は、村の人は英語が話せる人が少ないため1人で村に残っている際にたくさんネパール語を学んだ。
会話をする中で多かったのが、地震のことに関してだ。

ある目が不自由なおばあちゃんが、地震で家が崩れてしまったが、歳をとっているから何もすることが出来ないのだよ、
と私の手を取り自分の年老いた腕に触らせた。
そして、何度も何度も地震で家が崩れてしまったと嘆き、その度に私の顔をさすった。
もちろん、彼女が言っていること全てが理解できたわけではないが、言葉は分からなくとも、
彼女が私に伝えたかった「気持ち」は最大限に伝わってきた。

さらに、今は住めなくなっている彼らのもともとの家に誇りを持っている村人がたくさんいた。
今は、仮設住宅に住んでいるけれど、地震が起こる前までは立派な家に住んでいたのよ、と。
やはり彼らにとって住みやすい家はもともと住んでいた家なのである。
そのことを強く感じた。

しかし、私が生活してみて、確かに昔の家よりもスペースは狭くなっているが、
衛生環境面的には今の方が住みやすいのではないだろうかと感じることが多々あった。
4年後、5年後きっと今の仮設住居に住み続けている村人はきっと多いだろう。

どこの村でも起こっているだろう、村人の高齢化問題。ここ、メールダラにおいても同じことが言える。
調査をしてみると10人家族だけれども、両親の2人しか村に住んでおらず、
他の家族は皆カトマンズに住んでいる、外国に出稼ぎに行っているという村人が実に多かった。

日中は農作業がある彼らにとって、両親だけで暮らしている家(ましてや、おじいちゃん、おばあちゃんだけ)の
生活環境が整っていない家が多いと感じた。
家の中にはトウモロコシや荷物が無造作に広がり寝るベッドをなんとか確保している。

もちろん、私の感覚なので彼らにとってはあまり不自由ではないかもしれないが、それでも、衛生環境は良くない。
今回の世帯調査で前回よりも深く密接に関わることが出来た。
普段、子ども達と関わるだけでは分からない彼らの生活を体験し改めて生活スタイル・考え方「これがネパール」だと強く感じた。

そこには、ゆったりとした時間の中で、強い人々の繋がりや村人みんなが一つの共同体として子育てなど
すべてのことに取り組む姿があった。

地震後、良い環境で暮らしているとは言えないが、
そこにはたくさんの笑顔があり復興に向け力強い原動力を感じた。(Ⅱに続く)








【感謝とおねがい】

ネパールにおける4月25日・5月12日の2度に亘る地震の被災地、
ラムチェ村の復興支援はまだ復興計画は始まったばかりです。
もちろん、政府の動きはいまだ無く、我々民間レベルでの動きです。
震災当時のネパール支援に対し、日本全国又は海外在住の日本人の方など、
多くの皆さんの「心を集結」させていただき、本当にありがとうございました。
まだまだ先の長い活動となります。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

ネパールの被災地でも、その被害の最も悲惨な「ラムチェ村」の復興開始時期を「余震の終った時点」と定め、
それまでに子供たちが「勉強が出来る環境整備」を整えたいと考えています。

具体的には一時的集団転校に依る「寄宿舎」の設置を考えていましたが、
2度目の地震以降、余震が少なくなり、村人が家財道具や家畜を放置したままの村に戻ってきたため、
急遽方向を変えて仮設校舎の作成の取り掛かる事が賢明と考え着工を決めました。

ラムチェ村の殆どの家が戻って来て「コテージ?」で生活を始めた今、学校もそろそろ始まる。
テントでの勉強を余儀なくされているが、少しでも「学び舎」の環境が良くなるように、
仮設教室の着工に取り掛かり「質素でも雨露のしのげる学び舎」を目指し行動を開始します。

さらに、復興支援事務所の建設を行い「現地訪問」の出来る環境を整備いたします。
尚、こうした支援団体をネパールで集結して大きな力とし、復興支援をするために、多くの団体の参加を心よりお待ちしています。




【復興支援の考え方】

*決して「驕り」でなく、「させていただく」と言う気持ちで実施していきます。
*常に「同行二人」の私たちです。「自分に負けないよう」努めます!

この考え方には「失敗がありません」新たな支援方法が待っているだけです。
同時に村人からの「見返りも・感謝も・お礼も不要」です。
なぜなら、全て「自己研鑽」でしかないからです。
支援金の振込み先は「岐阜ネパール会」のHP「お問い合わせ」から事務局へお聞き下さい。
よろしくお願いいたします。     すじた




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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。








では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita






















              








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  1. 2015/10/04(日) 18:15:37|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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