ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

メールダラの現状報告(Ⅱ)

9月15日(火)天気:雲の中 気温:22℃ 湿度:65%


今回は、チトワンでの「癌再発検査」を終えて再度向かったメールダラでの子供たちの様子をお伝えしたい。

今回は、前回持って行かなかった文房具を配布するために出かけたが、
学生さん(お二人)の内一人は最初から通して村に滞在。
残る一人の男子学生さんを連れてのメールダラとなった。

9月10日チトワンの「がん検診」を8~9日に無事終え、学生さん(女性一人)の待つメールダラへ出発。
午前8時、何時ものジープで出発し、
サンガゲートで待っているはずの学生さん一人をミナが探しに行ったが見当たらない、
仕方なくバネパまで先の行く事にした。

子供たちの学用品を購入している最中にミナの携帯に連絡が入り、
「サンガゲートで待っている」との学生さんの声、
ミナが「そこからバスに乗ってバネパまで来て下さい」と伝え待つ事10分、やっと予定の人員が出揃った。

いざ出発!
途中、先般の体調不良で下山した経過もあり、
ジープの中で男子学生さんの体調が心配で確認したが「問題ありません」との事で一安心。

昼食(魚のダルバート)を食べて(学生さんは絶食)、今回はスクテまででジープを乗り捨てた。
前回、通常のジープでは無理な坂があり、やはりボレロのジープでないと駄目な事を知っていたからである。
サンガからスクテまでのジープ代を支払い帰ってもらった。

スクテでは数人の村人が乗り物を待っていたが、中にメールダラの「ブッダ」の父親をミナが見つけて話し込んでいた。
聞けば、トラックもあるが通常のバスが160Rsで行っているとの事。
カトマンドウ発10時半ごろの1日1便のバスである。

スクテで待つ事約2時間(午後1時ごろ)、やっとバスが来た。
見れば中は荷物や乗客でいっぱいの状態。
何とか当方一人の座席は確保出来たが、ミナと学生さんは通路に置いてある荷物の上に座る事となった。

出発までの30分間ほどはバスの中は蒸し風呂のように暑く、
学生さんが喫煙のため外に出たが、「外の方が涼しい」と言って中に入って来ない。
ミナが「バスの屋根に乗ってもいいよ」と言うと「そうします」と言って上がって行った。

さて、いよいよ出発。
屋根に居る学生さんを気にしながら「ぐらぐら揺れる」バスに「しっかり摑まっていてくれるかなぁ~」と心配になる。
トラックでも結構揺れる上り坂を、車高の高いバスの屋根ではもっと揺れる道理である。
1時間後、目的地のメールダラに着く。

直ぐにバスを下りて屋根を見上げると、結構元気そうな学生さんの顔が見え一安心。
バス停には「管理人さん」や村の子供たちさらに、
一人の女子学生「海さん」も迎えに来ていて、重たい荷物を運んでくれた。
聞けば、我々が10日にメールダラに行く事を当日教えてもらったとの事。
日本人一人での村での生活で「一回り」大きくなった感じのする「海さん」であった。

荷物は管理人さんの「農薬店」に置いて、
翌日配布する文房具以外の食料を持って管理人さんのコテージに急ぐ。
見慣れた「棲家」にほっとする。

留守の間の5日間は彼女にとって「大きな収穫」があったようである。
翌日、午前10時から子供たちへの文房具の配布を学生さんや先生・管理人さんで手分けして配る。

前回は「かばん」があったのでその中に入れて配布したが、今回は間に合わなかったたため、バラで配布。
その後、「海さん」たちによるゲーム(シッポ取り)やシャボン玉に興じ、午後2時半ごろ終了。
コテージに引き上げる。

「海さん」たちの主目的である「家庭調査」の50軒も順調に進んでいて、残り僅か数件との事。
ただし、引越しされた家2軒と遠い1軒を除き2日間で完了。
予定していた15日前にメールダラを下りる事になった。

13日の朝、管理人さんの弟さんが勤務するNGOの車(ボレロの新車)で
サンガまで5000Rsで送ってもらうことになった。
重い荷物での車の乗り降りは大変である。

当初、カトマンドウまで学生さんたちを送ってくれるとの事であったが、
10時までにパーチカルまで戻る仕事があり、カトマンドウまで行っていると本来の仕事ができなくなるので、
やはりサンガまでとしたそうである。
でも、新車はいい。

今回のメールダラでの目的は「ほぼ達成」であった。




崩壊したカトマンドウタワー

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メールダラでの子供たちの様子
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【感謝とおねがい】

ネパールにおける4月25日・5月12日の2度に亘る地震の被災地、
ラムチェ村の復興支援はまだ復興計画は始まったばかりです。
もちろん、政府の動きはいまだ無く、我々民間レベルでの動きです。

震災当時のネパール支援に対し、日本全国又は海外在住の日本人の方など、
多くの皆さんの「心を集結」させていただき、本当にありがとうございました。

まだまだ先の長い活動となります。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

ネパールの被災地でも、その被害の最も悲惨な「ラムチェ村」の復興開始時期を「余震の終った時点」と定め、
それまでに子供たちが「勉強が出来る環境整備」を整えたいと考えています。

具体的には一時的集団転校に依る「寄宿舎」の設置を考えていましたが、2度目の地震以降、
余震が少なくなり、村人が家財道具や家畜を放置したままの村に戻ってきたため、
急遽方向を変えて仮設校舎の作成の取り掛かる事が賢明と考え着工を決めました。

ラムチェ村の殆どの家が戻って来て「コテージ?」で生活を始めた今、学校もそろそろ始まる。
テントでの勉強を余儀なくされているが、少しでも「学び舎」の環境が良くなるように、
仮設教室の着工に取り掛かり「質素でも雨露のしのげる学び舎」を目指し行動を開始します。

さらに、復興支援事務所の建設を行い「現地訪問」の出来る環境を整備いたします。
尚、こうした支援団体をネパールで集結して大きな力とし、復興支援をするために、
多くの団体の参加を心よりお待ちしています。



【復興支援の考え方】

*決して「驕り」でなく、「させていただく」と言う気持ちで実施していきます。
*常に「同行二人」の私たちです。「自分に負けないよう」努めます!

この考え方には「失敗がありません」新たな支援方法が待っているだけです。
同時に村人からの「見返りも・感謝も・お礼も不要」です。
なぜなら、全て「自己研鑽」でしかないからです。

支援金の振込み先は「岐阜ネパール会」のHP「お問い合わせ」から事務局へお聞き下さい。
よろしくお願いいたします。           すじた




井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。







では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita






















              







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  1. 2015/09/15(火) 18:34:45|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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