ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

仮設教室の着工!

6月11日(木)天気:曇天 気温:酷暑! 湿度:??


今回は、先の「ネパール通信」でお知らせした活動に若干の訂正をさせていただき
適切でタイムリーな働きをするためにはフレキシブルな行動が必要であることをである事を理解していただきたい。

今回の地震では、子供たちにも大きな影響を与え、中には恐怖から「精神異常」を起す子供も出ている現実を見ると、
被害は自然や建物だけでなく、人の精神までも破壊した事が伺える。
日本のようにほぼ毎日起こる地震と80年に1回の地震では受けるショックも相当異なる事は明白であろう。

2度目の地震5月12日以降、村人の動きが分かり難い状態、であったため、
「今何が必要なのか?」が的確に見えていなかった。と言うのも、
当方自身がチトワンと言うシンドパルチョークとは250K以上離れた場所に居て、
唯一携帯電話だけが頼りの活動であり、ミナの弟であるパトネちゃんに動いてもらう以外方法がない。
さらにネットワークが悪く、なかなか携帯電話が通じない状態が地震の影響で特に悪くなっている。

こうした中で、先般パトネちゃんがチトワンまで見舞いに来てくれてラムチェ村の状況を説明してくれた。
それによると、後1~2年には政府による学校建設が始まり、個人の家についても、
全壊した家の人には雨露をしのぐ「個人の小屋」を作るための費用が15000Rsほど渡されると聞いたが、
誰に渡すのが良いのか行政が迷っているそうである。
と言うのも、中には「お酒」を飲んでしまう人も多いため配布に苦慮していると聞いた。
学校も半分の教室(テント)しか無いが始まるとの情報に「急いで仮設の教室を作らねば」雨期が来てしまう。
この事が一番心配であった。

パトネちゃんにトタン板や鉄骨・セメント・合板・ペイントなどの購入と建設を含めて依頼。
設置場所は以前の校長先生の畑をつぶして、8教室作ると言う計画である。
10年生までだが、1~3年生は同じ教室でもOKとの事。急いで作るようお願いした。

一方政府の支援体制もやっと動きを見せ始め、被災の大きな地域から手がけるようで、
奥地から先に着手するとの事だが、始まってみないと分からないのがネパールである。

今年の9月には国の大きな会議があり、そこで「何処へ・何時・どんな」援助を行うかを決める予定との事。
勿論、被災地の状況によって復旧規模や期間が異なるが大まかな日程などを取り決めるそうである。
でも実態に合わせた復旧となるとかなり難しいのが現実。

そうした中でも外国からの救援活動で、日本の自衛隊のみなさんの活動が大きく評価され、
諸外国の救援隊のみなさんからも評価された新聞記事が大きな見出しでだされたのは流石である。
中でも日本の自衛隊の人命救助・救急活動は目覚ましく、諸外国の活動を大きくリードしているとの定評である。
日本国内で慣れているとは言え、大きく環境の異なる国での活動には大きな負担もあると考えるが、
日本人として嬉しい限りである。

仮設教室の設置を急ぐと同時に、日本の太陽光発電の協会から
今回の地震でネパールの被災地にソーラーシステムの支援オファーがあり、正に「神の導き」のような問い合わせであった。

さて、ラムチェ村の学校であるが、そろそろ勉強も始まる予定でありSLCの準備に忙しい先生方であるが、
地震の被害の大きかったシンドパルチョークではLCSの日程が若干れが出る予定である。
それはそれで仕方の無いことである。
学校が無く勉強に遅れが出ても止む終えないと言う考えである。



今の私の生活環境で撮影IMG_5279.jpg

IMG_5266.jpg

IMG_5277.jpg

>IMG_5289.jpg

IMG_5288.jpg

IMG_5286.jpg

IMG_5287.jpg

IMG_5285.jpg

IMG_5281.jpg

IMG_5275.jpg

IMG_5273.jpg








               【感謝とおねがい】

ネパールにおける4月25日・5月12日の2度に亘る地震の被災地、
ラムチェ村の復興支援はまだ復興計画は始まったばかりです。
もちろん、政府の動きはいまだ無く、我々民間レベルでの動きです。
震災当時のネパール支援に対し、日本全国又は海外在住の日本人の方など、
多くの皆さんの「心を集結」させていただき、本当にありがとうございました。
まだまだ先の長い活動となります。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

ネパールの被災地でも、その被害の最も悲惨な「ラムチェ村」の復興開始時期を「余震の終った時点」と定め、
それまでに子供たちが「勉強が出来る環境整備」を整えたいと考えています。

具体的には一時的集団転校に依る「寄宿舎」の設置を考えていましたが、2度目の地震以降、
余震が少なくなり、村人が家財道具や家畜を放置したままの村に戻ってきたため、急遽方向を変えて
仮設校舎の作成の取り掛かる事が賢明と考え着工を決めました。

ラムチェ村の殆どの家が戻って来て「コテージ?」で生活を始めた今、学校もそろそろ始まる。
テントでの勉強を余儀なくされているが、少しでも「学び舎」の環境が良くなるように、仮
設教室の着工に取り掛かり「質素でも雨露のしのげる学び舎」を目指し行動を開始します。

さらに、復興支援事務所の建設を行い「現地訪問」の出来る環境を整備いたします。
尚、こうした支援団体をネパールで集結して大きな力とし、復興支援をするために、
多くの団体の参加を心よりお待ちしています。



                    【復興支援の考え方】

*決して「驕り」でなく、「させていただく」と言う気持ちで実施していきます。
*常に「同行二人」の私たちです。「自分に負けないよう」努めます!

この考え方には「失敗がありません」新たな支援方法が待っているだけです。
同時に村人からの「見返りも・感謝も・お礼も不要」です。
なぜなら、全て「自己研鑽」でしかないからです。


支援金の振込み先は「岐阜ネパール会」のHP「お問い合わせ」から事務局へお聞き下さい。よろしくお願いいたします。
                                                                       すじた





井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで



HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita




スポンサーサイト
  1. 2015/06/11(木) 18:26:15|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<抗がん剤と白血球 | ホーム | ネパールでの「癌」治療>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://nepalnepal.blog25.fc2.com/tb.php/263-9573b3b6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (318)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード