ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

臨時報告(Ⅱ)躊躇と迷い、そして決断!

5月23日(土)天気:晴れ 気温?湿度:?


今、この通信を「癌センターの待合室」で書いている。
5月20日(水)ドクターによる処置が言い渡された。
現在のキャンサーはかなり大きいが「初期」のものであり、他への転移も見られない。
従って、放射線治療と投薬により、キャンサーそのものを小さくする方法で処置をスタートする。(ミナの通訳)
そのための、手続きにかなりの時間が掛かったが、ミナの奮闘で1日で終えた。
小さくしたキャンサーは手術も出来るし、そのまま続けて消し去る事も可能との事。
ただし、期間が何ヶ月掛かるのか??

今回の体調不良で「改めて思い起こした事」は、私自身の「ネパール支援」に対する姿勢である。
当初ここに来た時から「彼らネパール人と同じ目線に立った活動」をする為には、
自分が彼らの位置に居ない事には何の問題解決にもならないと言う事であった。
つまり、「驕り」があってはならない。と言う事である。

「誰が作ったのか分からない、でも毎日使っている」こんな施設が一番いい。
この場合にも同じ事が言える。
日本人だから高度な医療設備の恩恵を受けられるから安心してネパールで活動が出来る?
しかし、これは彼らと同じ目線での活動にはならない。
自分は安全圏内でネパールの人達を見下ろして「手を差し伸べている」事とおなじである。
「溺れている人を、岸から手を差し伸べても届かない事と同じ」である。
自ら濁流に飛び込む、勇気と機転が必要である。

そのためには「まず人一倍泳げる事」である。
自分も「ネパール人同様の医療設備で、生きなければ」彼らの思いは理解できないし、理解してもらえない。
日本とネパールでは医療の点ではかなりの差があり、その分リスクを背負うが、
「ここで治さなければ、と決めた自分に負けたくはない」ただそれだけである。

さらに、決断を促したのは、ミナの「お父さんは日本人だから、日本へ行って早く治してから戻って来て」と言う
ミナの瞳が光っていたのが、私の手術をここでする決心をさせたと言える。
辛かった・・「対岸の火事の心」を完全に読まれていた事に脱帽である。
例え何ヶ月掛かってでも、ここネパールで「癌の完治」するまで治療する!

もう一つの大きな理由はここに居れば、支援活動の動きを詳細に知る事が出来、
パトネちゃんやラスミに仕事の依頼が出来る事である。
この時携帯電話は、非常に便利である。
昨今の携帯はパソコン機能も有していて、極めてコンパクトな優れものである。

5月21日には治療のプランニングが行われ、どんな周期で放射線治療をしていくのかをドクターと話し合った。
結果、月曜日~木曜日までの毎朝、当面3週間やって血液検査でチェックしながら、
さらに1ヶ月と言う具合に進めて行く事になった。

そうなると、長期治療に備えるためにも居住環境の改善とネット環境の確保が必須条件となり、
明日(5月23日)からそうした環境の家に移ることとした。

ミナの努力で一泊300Rsだがバストイレが付いていて、冷蔵庫やキッチンも自由に使え、
さらにリビング(同じフロアー)にはワイファイも完備。抜群の借家である。
屋上に屋根のあるオープンスペースがあり、おまけにベッドまで準備されていたのは驚いた。

「これも使っても良いのか?」の質問にオーナーさんは「何時でもOK」との事。
これで安心して「放射線治療」に専念できる。
1日10分程度の治療で、後はのんびりとネットで仕事が出来る。

一方、避難した子供たちの「寄宿舎」をバネパの町で捜索中であるが、
なにせ、震災に被災した家屋の中での捜索はかなり難しい事である。
ネパールの人はクラックの入った家では「安全でない」との考えが殆どで、
あの地震でクラックの入っていない家は少ないからである。

現在、カトマンドウではパトネちゃんに、ラムチェ村から避難した子供たちの親さんに呼びかけを開始するようお願いした。
初めての取り組みに、幾許かの戸惑いはあるが「やろう!」と決めた以上進むのみである。
村人の「自立支援」なれば・・・・・
ゆっくりではあるが、確実な動きをしていきたい。
チトワン癌センター近くのネット屋さんから配信。

添付写真は、2度目の地震で宿で滞在していた観光客や店主が、広場を探して集まって来たところ・
癌センター近くの町の様子とライチやマンゴーの林。

同じような病状の人達が居て、いろんな意見が聞けて飽きない。

井戸の外からネパールの習慣は、しばらく休ませていただく。



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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2015/05/25(月) 19:43:58|
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  4. | コメント:1
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コメント

筋田さん、頑張ってください。
小生も、妻が肺がんの末期にて、毎日の生活がお守りです。
バイラワに建てた複数の小学校のことが、心配です。2校には日本の「みすゞ」の名前が入っております。情報が得られたら、教えてください。
  1. 2015/05/26(火) 06:04:42 |
  2. URL |
  3. Yoshinobu Ogino #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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