ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ありがとう」と「ごめんなさい」

1月31日(土)天気:快晴 気温:14℃ 湿度:52%


「ありがとう」と「ごめんなさい」は、感謝の言葉と謝罪の言葉であるが、
現代の人々からは「忘れ去られた言葉」のようである。
この言葉なくして、人間関係などあり得ない。

人は不完全な生き物であるが故に、自分に出来なかった事を誰かにやってもらって「ありがとう」の言葉があり、
不完全だからこそ過ちもあるから「ごめんなさい」の言葉が必要になるのだが、
これが使えない人たちの多い事、多い事。
まるで「全知全能の神」でもあるかのような方々である。

自分は間違っていない!
相手が間違っている!
ここネパールと同じである。
文明社会の日本なのに・・・・・
残念だが現実である。

以前にも同じような「心構え」を記載したこともあったが、
今回は、ここネパールにおける「ありがとう」と「ごめんなさい」に触れながら日本を観てみたい。

一般に先進国?と言われる国々では、「ありがとう」と「ごめんなさい」は至極当然のように使われているが、
インド・ネパールでは全くと言って無いのが普通であり、望む事が宗教的にも「間違い?」のようである。
一応言葉としては存在するが、個人的には聞いたことがない。
公の演説などでは別である。

では、なぜそんな国での活動をするのか?
それは、「ここだからこそ出来る活動」だからである。
お礼も言われず、感謝もされず、事故や失敗があっても「ごめんなさい」の言葉もない国だからこそ
「自らの忍耐力」を培う事ができる。

一方、近隣諸国(中国・韓国)との関係も最悪の状態で、日本の立場は「何処へ」行くのだろうか?
立場の主張は、相手を刺激するだけで何も実りがないばかりか、嫌国意識を増幅させるだけである。

どうして分かち合えないのだろうか?
利権と見栄がそれを拒んでいるのだろうか?
奪い合うだけが「生きる道」なら、「正に動物以下」の考え方であろう。
歴史認識もさることながら、人としての生き方に大きな違いがあるように思えてならない。
そこには「ごめんなさい」も「ありがとう」も存在せず、
ただただ「憎しみ・恨み・嫉妬」などの「汚れた言葉」だけが渦巻く修羅の地獄が見えるだけである。
ここネパールでの活動において、ただただ「許す」事のみが前進出来る活動方法でもあると、最近特に痛感する。


最近「銀杏旅館」に来られれた方で「何かお礼を」と言われた事があったが
「山村の子供たちにしてください」とお伝えしたばかりである。
私は「子供たちから」十二分に「真心」を頂いているからである。
添付写真はメールダラの子供であるが、こんな子に「睨まれては」何でも許せるのに・・・・

今日もミナの兄弟喧嘩のおかげで、自分で昼飯を作って食べている。
トホホ・・・・



IMG_2016.jpg




では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/02/02(日) 11:20:07|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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