ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

ネパールで感じたこと・・・

3月14日(木)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:50%


はじめに、長期に於いて「ネパール通信」を配信出来なかった事をお詫びしたい。

今回は、私の山の先輩でもあり、岐阜大学を10年前に退職された「藤井洋先生」の
ネパールで感じたことを掲載させていただく。
以下は藤井先生の原稿をそのまま掲載。


連れ合いの香代と二人で、約ひと月の予定で銀杏旅館にご厄介になっています。
筋田さんの活動を多少とも理解することと、ヒマラヤの麓をトレッキングするという目的です。

まず、筋田さんが支援しておられる小学校を訪問し、いったん帰ってから
筋田さんとミナさんのお二人にご案内いただきアンナプルナ方面のトレッキングに行き、昨日帰ってきました。
そのトレッキングの様子と、歩きながら考えたことについて、以下にご報告します。

カトマンズからバスを乗り継いで、3日目の午前11時頃にはムクティナートに着いてしまいました。
一昔前までは考えられなかった便利さだそうです。
(ただしポカラからのバスは、日帰りの地獄体験ツアーみたいなものです。)

アンナプルナ周回トレッキングルートの北の起点に当たり、6000mから8000mの山々に囲まれた美しい所です。
ここに、お釈迦様がご飯を炊いた火が今でも燃えているのだというので有名なお寺があり、
その横に筋田さんが山仲間の堀越さんを偲んで建てたお墓があります。

まずはそのお墓にお参りし、あくる日は20cmから40cmのシャーベット状の雪の上に付いたトレースを辿って、
トルングパスに向かう道を登りました。

ミナさんの発案で、大岩によじ登り、宿で作ってもらったお昼ご飯をいただきました。
丁度4,720mの等高線のあるところにあたり、蒼い空と黒い岸壁が頭上に迫り、
ヒマラヤの迫力満点でした。

我々のトレッキングはここからジャルコット、ジョムソン、トゥクチェ、レテ、と泊まりながら
ひたすら下って行くという楽々コースで、ムスタングに源を発し、
アンナプルナとダウラギリの間を流れるカリガンダキ河に沿って歩きます。

ジョムソンからは左岸の道を選び、5㎞位ごとにある小さな村を通って歩きました。
車が走れる道は全くない僻遠の地ですが、家々の周りは綺麗に掃除され、
松の林に囲まれた美しい山村風景でした。

このような所を我々4人は、あちらで迷い、こちらで聞きながら、ゆっくりと歩いてきました。
歩いている間はずっと冗談を言って笑っていて、
夜は遅くまで、ミナさんの生い立ちと村での生活の様子を聞き、
これからのネパールについて考えるという実に楽しい数日を過ごしました。


【本題】
しかし、楽しいとばかりは言っていられない。
バスが走っている右岸のジョムソン街道に出るとまず目に付くのが、夥しい子供の数である。
この子供達のほんの一部だけしかこの地で暮らせないことは明らかだ。

300mもある斜面の上の方まで僅かでも畑が出来るところは見渡す限り耕作されつくされている。
ほとんどの子供たちは、職もなく、土地もない貧しい労働者として、都会に出て行かざるを得ない。
しかしその都会には毎年数十万人も増え続ける人口に提供できる職場は無い。

かくして、ポカラに、カトマンズに、掘っ建て小屋が立ち並び、みじめな暮らしを強いられる人々が満ち溢れる。
これは何もネパールに限ったことではなく、世界中の開発途上国に共通の問題で、
数億人もの人々がアメリカ、ヨーロッパ、イギリス、そして日本に移住して働くことを望んでいる。
この数は、じきに数十億人に達するのだ。

ネパールには、筋田さんの献身的な支援活動や、安倍先生の私財を投げうった造林活動をはじめとして
多くの支援が個人レベルで行われている。

しかし、ここでネパールの人口爆発を押し留めなければ、
これらの支援がザルから漏れる水のように、いつまで経っても貯まらない。

日本も、そして他の多くの援助国も、
「国としてのODAは、人口増に歯止めをかけるような活動にしか金を出さない」くらいの方針に
切り替えなければならないのではなかろうか。

今一つ、ここで書いておきたいことはミナさんのことである。
ミナさんのお父さんお母さんは、自分の畑が無く、畑を借りて耕して、収穫の半分は地主に収めて生活していた。
そのお二人の間にできた三人の男の子と、二人の女の子の第一子として生まれたミナさんは、
下の子供たちの面倒を見ながら育った。

弟が病気になった時には、1歳しか歳が違わない弟を背負って、
2時間かけて麓の病院へ診てもらいに行き、また背負って帰ってきたこともあった。

学校へ行ける余裕もなく、2年も遅れて学校へ通い始めた。
学校では先生にとても可愛がられ、今でも、村に帰ると先生たちが家まで会いに来てくれる。

14歳のころには、村の主婦たちの相互扶助グループのまとめ役をやり、
その活動が認められて、そのグループに政府からの援助金を得た。

生命保険の勧誘員もやり、上手に話さないと人を説得できない事を学んだ。

私は、このミナさんにネパールの総理大臣になって欲しいと思う。
これから故郷のラムチェ村を中心に、多くの専門家の意見を聞きながら、
いろいろなプロジェクトを実施していったらどうだろうか。

ミナさんは人の話の要点をつかむのが実にうまい。
しかも明るく聡明な女性である。

村から町へ、そして州へとその活動の場を広げながら地域に貢献していけば、
みんなが国会議員になってほしいと言い出すに決まっている。

小さい時から苦労して育ってきて、学費が払えないので大学へは行けなかったというのは
人々の共感を呼ぶだろう。

その第一歩として、私は明日からミナさんの弟のパトネ君とラムチェ村に行く。
先生たちにお会いし、ミナさんが働ける就職場所がどこかにないか考えてもらう。

同時に、作物と家畜の写真を撮りまくる。
これらの写真と、気候や地質の資料を集めて、今夏、ミナさんが来日される時、一緒に大学の専門家を訪ね歩き、様々な可能性を検討してもらう。

ヒマラヤの麓の小さな小さなラムチェ村が、支援や援助を受ける村でなく、
ネパールが誇る山村のモデル村となって、
世界中の小さい村に暮らす多くの貧しい人々の希望になることを夢見たい。

この「ネパール通信」をお読みになっておられる方々のお知恵も拝借したいものである。








トロンパス基部にてIMG_0663.jpg
IMG_0674.jpg
IMG_0678.jpg





では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
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  1. 2013/03/14(木) 13:39:00|
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コメント

生命保険

ネパールにも生命保険があるのですか!?

日本人である私でもその保険に入れますか?

ネパールの土質はアルカリ性で、ごぼうは生育が悪く、ほうれん草は生育がよいそうですよ
師であるグレイト農民が仰っていました
  1. 2013/10/24(木) 18:54:07 |
  2. URL |
  3. パーフェクト農民 #-
  4. [ 編集]

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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