ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

ネパールにおける結婚とは

2月7日(木)天気:晴れ 気温12℃ 湿度:60%


中国の汚れた空気が日本列島にまで飛来して来て、
驚く日本では「核汚染」は忘れられた過去になりつつあるのだろうか?
「核汚染」だったらとは考えないのだろうか?

今、世界最大級の「原発建設」を国が決めて推し進める中国のエネルギー政策は、
不完全な技術や粗悪な部品の寄せ集めで建設され、極めて隣国の日本にも確実に影響を及ぼす。
自ら招いた禍と、隣国から来る禍に「正に挟み撃ち」の日本列島である。

誰も止めることが出来ない隣国と自国の「原発建設」、
さらに「汚染物質」の処理は、如何に処分すれば良いのか、見通しすら立っていない。
残念であり「愚か」の一言である。



さて、今回はミナの弟のパトネちゃんの結婚に伴い、家族関係の大きな変化と経済的効果を通して、
見えてくる彼らの「結婚観」についてお伝えしたい。
これは日本でも「大きな行事」ではあるが、昨今「地味婚」とか「本人たち」だけでの結婚が目を引く。
これも不況の影響なのか?

ここネパールでは、一つの「結婚」が大きな家族構成を率いての結婚となり、
一度に30~50人の「親戚?」が発生するのが通常である。
特に山村では、集落はそのまま「親戚関係」と言っても過言ではない。

先般パトネちゃんの結婚に伴い、今までの親族関係が一気に広がり、
「誰が誰なのか?」全く分からない状態である。(やっと覚えた家族関係なのに・・)


結婚式の風景DSCF0475.jpg
DSCF0587.jpg
DSCF0483.jpg
IMG_0205.jpg


そんな中、いきなり「銀杏旅館」に新婦のお母さんや兄弟8人が「自家用車」で訪ねてきて、
ウルミラちゃん(パトネちゃんの奥さん)の親戚とのとこと。
ミナは慌てて「お父さん外に出てこないで!」と言い残しゲートを開けに行った。

全員を屋上に案内して、サロジ君がテーブルや椅子をセットしていた。
こうした光景はここでは当たり前の事で、事前連絡などと言う近代国家の習慣はない。

しかし、ここではこうした「親戚関係」が将来の仕事に大きな意味を持つことになる。
異なるカーストとの結婚の場合には、相互の家に入る事ができないばかりか、
その後の生活にも影響がでるのが通常である。

「銀杏旅館」のすぐ下にある家の娘さん「ランジュさん」は、
一つ下のカーストの男性と結婚したため(10日間ほど家出して結婚して来た)新郎も家には入れず、
20mほど離れた所で「ウロウロ」して、新婦ランジュさんを待っている姿を目にした。

この場合、子供が出来ても同様で決して「子は鎹:かすがい」にはならない。
日本であれば「子供が出来れば許しあう親戚関係」(出来ちゃった婚が)殆どであるが、
ここネパールの場合には「厳格」に守られている。

従って多くのネパールの女性が「恋愛結婚」に躊躇する事となるが、
最近ではこうした「家出結婚?:駆け落ち?」が結構多いと聞く。(血縁関係の弊害防止?)

ネパールの人にとって「結婚」は「子孫繁栄」ばかりではない。
しかし、子供が出来ないと2番目の奥さんを貰う習慣も実在する。
この場合、最初の奥さんは別の家に移り一人で生活するのが普通で、
勿論生活費は、ご主人が毎月か半年毎に支払うと言う。

別の家の無い場合もあり、「銀杏旅館」のすぐ下の家などは1軒の家を半分にして、
一人ずつ奥さんを住まわせている。
この家の場合は「生まれてくる子供」が「全て女の子」だったため、
2番目の奥さんを貰ったが「やはり、女の子」ばかりで、合計5人の女の子が出来てしまった。
ミナでさえ「可愛そうに:ビツアーラ」と言っているのを聞いて「笑い出したい」のを堪えた記憶がある。

ネパールでの「男尊女卑」の考え方は昔の日本そのままである。
出来た子供も別々の部屋で生活しているが、やはり奥さん同士は仲がよくないのが普通で、会話も殆どない。
でも相互の子供たちは一緒に遊んでいる。
何とも「奇妙」な関係であるが、彼らは普通に生活しているように見えるから不思議である。

起業するにしても、商売をするにしても「親戚関係」のコネクションしか「頼るところ」がない。
他の仕事となると「賃金は格安」で「重労働」が普通である。
特に女性の仕事は皆無に等しい。

農作業か家事手伝いぐらいが通常で、会社の事務や銀行業務、
さらには医者や看護婦になれるのは、極めてラッキーと言える。
外国人の支援で「医者や看護婦」になっても、ネパールで働く人は極めて少なく、
ほとんどが外国へ出てしまうのが通常である。

なぜなら「投資した金額に見合う収入」が得られないのが大きな理由であり、
外国の方が遥かに「高級」が得られるからに他ならない。

私の友人でもある元JICAのスタッフであった「スシルバッタチャンさん」は、
自分の娘さんを外国(バングラディッシュ)で勉強させ、現在はネパールで医者をやっている極稀な方である。

これも需要と供給のバランスから言って仕方のない事なのだろうか?
かく言う私も、その安い医療費で治療してもらっている一人である。

政府の補助など一切ないここネパールでは、こうした技術者?医者は育たないのが普通である。
これも仕方のない事実である。

ここでも「土地」を持っている者が極めて強い力を持つのは日本と同様であるが、
最近の日本では「税金」のため「土地」を手放す人も多いと聞く。

しかし、ここでの「固定資産税」は極めて安く、日本とは比べ物にならないほど安く、
因みに「銀杏旅館」の固定資産税は年間「15ルピー」で、
支払いに行くバス代が往復で30ルピーと、バス代の方が高い。
山村では、10年も20年も税金を支払っていない家もあると聞く。

それより何より「税金って何?」と言う村人も、かなり居るのが実態である。
田畑の無い人々にとって「田んぼや畑」を借りて作物を作り、収穫の半分を地主に支払うのが普通で、
いわゆる「小作人制度」である。

銀杏旅館に居るミナの兄弟も同様で、農繁期には村へ帰り、田畑を借りて作物を作って居る。
一昨年、日本の方々の援助で「少しばかりの田畑」を購入できたが、
1年中の主食を得るまでには至っていないのが実情。
しかし、以前に比べて遥かに豊か?になった事は確かである。



ミナの田畑DSCF1379.jpg




では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita







スポンサーサイト
  1. 2013/02/07(木) 13:41:44|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<一歩前進・半歩後退の繰り返し! | ホーム | ネパールにおける計画停電の実情>>

コメント

大変興味深く読ませていただきました

最後の棚田の写真は私の故郷の石川県能登半島の先っちょを思い出させる。

私の夫はパンジャビで土地などを所有している家庭で、海外に移民している親戚など多いですが、
やはり元々のパキスタンの村もこんな感じです。

面白い記事をありがとうございます。
  1. 2013/02/08(金) 13:43:36 |
  2. URL |
  3. SHAZIA #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://nepalnepal.blog25.fc2.com/tb.php/168-0a25206a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (330)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード