ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

人間の基本的『欲求』

10月9日(火)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:60%



今回は一部の方々には「耳の痛い」話になるがご容赦願いたい。

「衣食足りて礼節を知る!」

「人に認めてもらいたい!」

「人の心は善から始まる!」

これは社会人・学生・子供に至るまですべて同じであろう。
しかし、退職後の生活はどうだろう。
それでも同じ考えの方々は多い。

しかし、退職していて「人に認めてもらう」にはどうすればいいのか分からない人も多いのではないだろうか。
長い会社生活で「疲れきった・汚れきった」心のまま退職!
もう「人に認めてもらう事を諦めて」いる方も多いのではないだろうか。

地域社会と離れて数十年「会社人間一筋」・「出世一筋」の方が地域で活躍の場を見出すのは至難の業である。
退職後数年経過すれば、隣人とのお付き合いも生まれる方もあるが、やはり本人の人間性であろう。

特に「会社人間」にとっては、退職前10年間ほどの期間の自分の「性格や肩書き」をそのまま「引きずって」
退社する事になるため、地域社会とのコミュニケーションが難しい。
つまり、「現役時代の鎧(よろい)」が脱げない。

一方奥さんはと言うと、長年地域社会での人間関係を築いてきただけに、
何の問題もなく「ご主人の退社後」も近隣との人間関係が続く。
奥さんに誘われても一緒に行けない。
この違いも「家に閉じこもる」原因に成りかねない。

何をすれば良いのかさえ分からないのが実情ではないだろうか。
自分一人で「楽しみ」を見つける人、人に付いて「一緒に楽しむ」人、
さまざまだが、やはり「自分で楽しみを見つける」人が多いのは「人間関係に」疲れているからかと考える。

「社会貢献」
これは誰にも出来る「人に認めてもらう手段」としては最適であろう。
でも、なかなか着手出来ないのが現実である。
現役時代の「肩書き」を、そのまま地域社会に持ち込む方が多いのも仕方のない事実である。
「鎧」を着たまま「社会貢献」すれば地域から疎まれる結果となり、家から出なくなってしまう。
裸になれない人々である。

一方、ここネパールでは「人に認めてもらう」と言う考えが全くない。
「認めて貰う」事、すなわち「収入が増える」事に他ならない。
収入にならない事は「意味」がないのである。

勿論、以前にも記載したが、ここでは「社会貢献」を行うネパール人はいない。
(社会貢献を無償でお手伝いするネパール人はいるが少ない)
極まれに一人二人はいるらしいが、未だお会いしたことはない。

自らの「お金」を10万円20万円と出して「他人を助ける」人を、見聞きしたことがない。
我々の支援活動でも然り、支援を助けてくれる人は全て「お金」が目的で集まってくる。
中には数百万・数千万円の寄付をするネパール人もいると「ある日本人」に聞かされたが、私の身近にはいない。

インド人は別である。
お金持ちであればヒンズーのお寺に多額の寄付をする。
また、自分の敷地内にヒンズー神話の「博物館?」を作り、無料で見学や食事をさせてくれる所も多い。
しかし、これは自分の「功徳」と考えての行為である。

インドでは貧困に喘ぐ人々もネパールの比ではない。
ところが「飢え死に」する人はいない。(60年ほど前には居た)
その前に「ババ:お坊さん・修行僧」になれば「衣類・食事・寝る場所」には事欠かないのである。

ちょっと離れて「タイ国」でも同様、家族に一人は「お坊さん」にするのが一般的である。

インドでは現在でも建築中の「私設博物館」は多く、200~300の私設博物館は現在も建設中である。
広いインドを旅された人も多いと思うが、
こうした「私設博物館?」の見学や無料の食事を目的に行かれた方も多いと思う。
私もその一人である。
お金の無い日本の若い「旅人たち」も相当、無料宿泊所?の「ごやっかい」になっている。

ネパールでは、お寺の改修や新築の場合、昔の日本と同じように「お坊さん」が寄付を集めてまわる。
支援する人々より、遥かにお金持ちがいっぱいいるネパールであるが、
寄付行為をするネパール人は極わずかである。
道端の「乞食」に寄付する金額、「2~5Rs」程度であれば、殆どのネパール人がするが、
何百万円の寄付は有り得ない。

そうしたお金持ちが、我々を見つけて「部落や人」を「助けてやってくれ」と依頼される事はしばしある。
私たちより「遥かにお金持ち」だが「自分のお金」は決して使わない。
従ってネパール人から、我々の事は「クライアント」と言われるのである。
因みに、「銀杏旅館」から見える「ヒンズーの神:シバ神」もインド人のお金持ちが作ったものである。

「我が家・銀杏旅館」から見える「シバ神」
DSCF0607.jpg

こうした社会環境の中、人に認めてもらう事より、
自分が自分を認める事の難しさを日々噛みしめている私がいる。

次回「ネパール通信」は、
今期からの支援部落であるスクテ メールダラ(sukute mel danda)からの調査報告である。



どうしても我慢できないネパールの習慣:
役所や政府の要人との間で「ボリ:明日」と言う言葉をよく聞く。
しかし、この「ボリ」は「明日」ではない。
断る時の言葉と認識した方がいい。
「明日かもしれない」程度だと知るべきである。
明日と言われて「その気」になって出掛けると、
また「ボリ:明日」と言われビザの申請に来た外国人がよく「口論」になっている光景を目にする。
この場合、「袖の下」が少ないため「ボリ」となる。
これが原因でネパールを去る支援団体も数多くいる。

また、ここイミグレーションではエントリービザ料金を「米ドル」で表示してあり、
それをネパールルピーで支払うと換金レートが「めちゃめちゃ」悪いため
最初から「米ドル」を準備して出かけた方がいい。






露店で「たばこ」を1本(2円)買った時に「ライターを貸してくれ」と言ったら「火縄」をくれた
IMG_0003.jpg
hinawa.jpg





では次回「ネパール通信」まで。


HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita








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  1. 2012/10/09(火) 15:40:33|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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