ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

貴方は「どんな選択」を・・・・・

6月6日(水)天気:晴れ 気温:24℃ 湿度:50%


6月4・5日と支援先のトゥロカル村へ行ってきた。
今回は、半年分の文房具に制服・スリッパなどの配布に加え、
先般学校から依頼のあった「始業時のベル」
さらに「沖縄のあゆみさん」に運んでいただいた「リコーダー」を3本持っての訪問であった。
この報告は、次回「ネパール通信」でさせていただきたい。

さて今回は、特に日本の深刻な「憂い」について問題提起したい。
現在の日本では、晩婚をはじめ多くの理由があるが、目に見えて人口の減少が著しい。
インド・中国では、反対に人口の増加が顕著である。

ここネパールでは、政府の指導の下「産児制限」、特に「避妊」に力を注いでいる。
国道をバスで往来すると「避妊具」の使用を呼びかける大きな「看板」を目にする事ができる。
しかし、多くのネパール人にとっては「何の目的か」理解されていても、現実的でない訴えとしか考えられていない。

なぜなら、出生率の低いネパールでは「何時子供が亡くなるか」全く分からない環境であり、
何人もの子供を生む女性にとっても「体力的」に問題があり、2人~3人の奥さんを持つ村人が多い。
(法律上は一夫一婦制)

もし、子供が生めない奥さんの場合、
多少のお金があればすぐに第二夫人を迎えるのがネパールの山村の常識である。
男子の出生率が少なく、特に第一子が生まれても亡くなる場合がかなり多く、女子の出生率が幾分高い。
貧困の中での生活するための「神の知恵」であろうか?

死産や生後1ヶ月以内で亡くなる子供も数多く居る。
これは、妊婦の肉体的重労働が起因するところが大である。
さらに、原因は分からないが「みつくち」の子供が生まれるのも多い。
そんな背景で「産児制限」は無意味であろう。

もちろん「エイズ」などの病気を防ぐ意味合いもあるが、
それより「家族」を増やす事が、その家の発展に繋がるとする考え方が普通であり、
山村では避妊具の普及は皆無である。
産児制限の看板はあっても村々では「子供がいっぱい」である。
しかも2~3歳の子供が元気に飛び回っているが、影で亡くなっていった子供も多い事を知っていただきたい。

街では精々1~2人の子供しか生まない。(日本同様)
そして「いい学校」に就学させ、将来に備える。

しかし、「カレッジや大学など高学歴」の子供たちでもネパールでは就職する仕事・職場が極めて少ない。
大学を出ても「観光ガイド」や「医者や看護師」または「銀行業務」と言った仕事で、
給料は1ヶ月7千~3万5千Rsと言った給料しかもらえない。
特に医者や技術者は、収入のいい外国に出て行ってしまうのも事実である。

お金持ちの家庭では、外国で仕事や就学をしている子供が一人や二人は必ず居る。
村人の中にも外国へ「出稼ぎ」に行っている人が多い。
何処のお金持ちの親に聞いても「子供は高学歴で外国へ」と望んでいる。

例外としてネパールでなければと言う人も居るが、極僅かである。
街の若者の中には外国人と結婚して、外国で暮らしている男女も極めて多い。

一方、山村では学校に行かせる「お金」が無いため、高校やカレッジを出ても村に居るだけで、
技術を必要とする仕事が出来ない状態である。
工業製品の修理屋さんはいたるところにあるが、生産工場は殆ど無いのがネパールである。

村の仕事では農作業や家畜の世話が主な仕事で、男にとっては仕事がないのが普通である。
よく山村へ出かけると「男性は遊んでいて」と言う言葉を聴くが、これは「仕事がない」からに他ならない。
ここでは男性の仕事と女性や子供の仕事が分けられていて、
女性の仕事、例えば畑や田んぼ・家事全般の仕事を男性がすることはないが、子供は別。
(牛を使って畑を耕すのは男性がする)

道路工事や家づくりと言った仕事には男性も働くが、普段の仕事には全く手を出さない。
カーストによっても仕事が限られる。

しかし、子供は逞しい!

ある日本人の医者の方の話では、ここネパールでは出生率が悪い分、
育った子供は「日本人や外国人」に比べて「強い」遺伝子の持ち主しか生きていない。
だから「丈夫に出来ている」。
しかし、日本人は未熟児も大きく育てる事の出来る医療技術があり、発育はするが「弱い」のであろう。
納得である。

日本の現在の状況は、「将来が怖くて生めない」のが現実であろう。
汚染された土壌や空気で「遺伝子」が破壊され、
チェルノブイリのような惨事を恐れる「心理的要因が少子化」に拍車を掛けている。
しかもその症状が出るのは1~3年も経ってからであり、その時には「もう遅い」事になる。
チェルノブイリでは現在もなお、汚染地域の洗浄が進まず
そこで暮らしている人々の細胞を「放射能」が破壊し続けている。

アメリカでも「ウラン発掘現場」が放置され、原住民が放射能で汚染された土や水で生活をしている実情から
「使うだけで後始末」のされない地域が、まだまだ多く存在する事が分かる。
子供も居なくなる時代が、すぐ目の前にあると言うのに・・・・

地球上の生き物全てが、地球環境に大きく影響し動植物を問わず「自然淘汰」されていく現実は、
避けることの出来ない「生物の摂理」であろう。

人類も例外でなく、「自然淘汰」と言う「理念」の中で考えねばならない。
自ら招いた「災い:原発事故」もその一つである。

「パンドラの箱」を開けた人類は、「多くの災いの最後に残った希望のみ」を支えに生きるのが人類である。
人類は「滅亡」の危機を抱え「どんな選択」をするのか?

現在、チェルノブイリで被爆したウクライナの市民は、当時子供であった市民が結婚して子供を作る世代である。
しかし、生まれてくる子供は「甲状腺ガン」の手術を受けなければならない子供が沢山いる。
ウクライナで原発事故当時、18歳未満であった6049人も「甲状腺ガン」の手術を受けたが、
結果生まれて来る子供も同じ症状である。
しかも、政府の補助も受けられない子供たちが「甲状腺ガン」の手術を待っている。

1986年の原発事故から25年以上経っても「災い」は去らない!
人類が手を触れてはならない「錬金術:核」である。

現代の「パンドラの箱」とは「核エネルギー」である。

ウクライナでは、多くの支援団体が拠出した支援金にも25%もの税金がかかり、
支援すればするほど政府には「お金」が入る仕組みになっている。

「チェルノブイリの傷跡」とは子供たちの甲状腺ガンの手術をするための、母親たちで作られた支援団体で、
日本の「チェルノブイリ子ども基金」も彼らからの呼び掛けに応えた。
(甲状腺ガンの手術後に出来る傷跡:団体の名前の由来)

25年前には「放射性ヨウ素治療」が唯一「甲状腺ガン」に利く治療であったが、
この税金制度のため義援金を寄せてくれる団体も少なくなり僅か3年で会は解散した。


こうした税金の仕組みからチェルノブイリの支援を打ち切らざるを得なくなった支援団体も数多く、
同じ原発事故の「福島県民」だけではなく、日本国民全体に何らかの影響がでることは、避けられないのが現実である。
世界は数多くの原発を抱えているが、特に日本では小さな国でありながら、
諸外国に比べて遥かに多くの原発(54基)を抱えている。

貴方は「どんな選択」をされますか?

ネパールからの提案!
電気に頼りすぎた日本に、「個人住宅の自主停電」の実施を!
【冷蔵庫のみ通電】(ここでは冷蔵庫も止まる)
この夏場に、是非やってみていただきたい!
それに必要なものは「ろうそく・ガスコンロか炭の設備のみ」
ガスコンロは携帯用のものがある。(乾電池は別)

「電気を使わない日」を各自で設定して実施すれば、計画停電も「怖く」ない。
きっと出来る!
その上で町内や街ぐるみで実施、そして県全体で実施すれば「電力会社の言っている、電力の不足という嘘」は暴かれる。

まずは「貴方から」!
ここでは「毎日」やっている事である。

今回は少し「きついテーマ」になったが、今だから間に合う「問題提起」とさせていただいた。





6月4日に支援先のベランダ?で帽子の中で遊ぶ子猫IMG_3321.jpg

IMG_3324.jpg




では次回「ネパール通信」まで。


HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita





スポンサーサイト
  1. 2012/06/06(水) 22:07:30|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0
<<一時帰国を前に・・・ | ホーム | 生きている実感・・・・・>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://nepalnepal.blog25.fc2.com/tb.php/147-d5fcee9a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【貴方は「どんな選択」を・・・・・】

6月6日(水)天気:晴れ 気温:24℃ 湿度:50% 6月4・5日と支援先のトゥロカル村へ行ってきた。今回は、半年分の文房具に制服・スリッパなどの配布に加え、先般学校から依頼のあった「始業時のベル」さらに「沖縄のあゆみさん」に運んでいただいた「リコーダ?...
  1. 2012/06/09(土) 02:42:37 |
  2. まとめwoネタ速neo

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (323)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード