ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

やはり(野に置けレンゲソウ)

3月18日(日)天気:曇り 気温:18℃ 湿度:50%


今回は、先日3月15日に来た友人(森本雄志君:アメリカ国籍)と「孤児院の運営方法とあり方」について
どんな形が良いのかを話し合った。

彼は5年ほど前に私とポカラで知り合い、当時の支村であったラムチェの学校へ「英語教師」として3ヶ月ほど
協力してくれた青年である。
彼は、現在パタン市の教会がやっている「孤児院」で、ボランティアとして活動しているが、
「本当?」と疑問を持ち始めていた。

孤児にもいろんな経緯があり、
・親が亡くなった子供
・親から捨てられた子供
・親戚から捨てられた子供(親はその前に亡くなっている)
・自分で村を捨てた子供などなど・・・


ただ総じて言える事は全て「育った村がある」と言う事である。
現在ネパールの「孤児院」では組織的・個人的に問わず、多くの孤児院があり、
その運営内容は「まちまち」で、ネパール政府からの補助を受けている所もあれば、無い所もある。
そして、多くの国々の方々によって彼らの衣食住が支えられている。
もちろん、そこで働くスタッフの給料もである。

ここで問題になるのは、「村から子供を連れて来て孤児院での生活をさせる」と言うことである。
孤児院のある場所は「都市:カトマンドウ市内近郊・ポカラとその周辺・チトワン・ルンビニーなど」に限られ、
子供の衣食住全てを支援している。

035.jpgスワイアンブナートの孤児院


しかし、年齢制限もあり20歳を過ぎてもこうした施設に居られる子供はほとんど居ない。
街の中での生活を、自分でやっていかなければならない。
通常の男性でも「仕事を見つける」事は極めて困難な社会状況であり、
多くは仕事を探すのを諦めて村へ帰るか、外国への出稼ぎとなる事が多い。
多くの子供は、「強盗や殺人」と言った犯罪に手を染めていく結果となり、
中には大きな「組織」で犯罪を犯す事もある。

現在の政党に「入りきれなかった若者」たちも、こうした「孤児院出身者」と一緒になり
「犯罪」を犯す例も多い。
この組織は、中核団体があり、その周りには幾つかの青年部のような若者の組織がある。
もちろん、この青年部にも派閥?があり勢力争いが何時も発生している。
こうした青年部には中核団体から幾らかの「活動資金」が下りてきている。

ネパールで発生する「ストライキ」などを実施したり、デモや抗議集会などの開催にも彼らが動いている。
もちろん、その他の組織団体が起こす事もある。
こうした組織に入れなかった「孤児院出身者」たちは、自分たちで小グループを作り、
「犯罪」に走る例も多いと聞く。

こうした背景から、以前彼も知っている私たちの支援で「ブッダ:仮名」や二人の「姉妹」を村の有力者にお願いして、
衣食住と学校へ通わせてもらった経緯を思い出し、
「あの時の支援方法こそ、本来の支援ではないだろうか?」と提案してきたのである。

我々も、その後の追跡調査は行っていないが、「村での生活」は町での生活に比べて容易である事には間違いない。
この提案を受けて、近日中に3人の追跡調査をはじめる予定である。
理想的は孤児院の後、職業訓練を経て就職していく形が望ましいが、
就職するにも工場も働く場所もない現状では職業訓練だけでは「育たない:自立出来ない」事は明白である。

「森本君」は来月にはアメリカに帰って仕事を始めるが、ここでの活動で感じた「矛盾」を
何とか解消してから帰りたいと言っているが、それは時間的に無理な希望である。

ここでは矛盾が「正規」にまかり通っている社会であり、それを本来の形に置き換えるには、
ものすごいお金と時間が必要になる事だろう。

今回の「通信」は問題提起だけに終わった形だが、近日中に行う「追跡調査」の結果によっては、
今後支援する村での「孤児」に対する支援方向が固まるのではと期待している。


私のポカラ紀48
ポカラから見た「美しい」フェワレイクに映るアンナプルナ山群
なのに「問題山積」の国民







ネパールならではの「おみやげ?」:今回は、少し大きいものだが「ネパールのヤクウール」で作った
絨毯(じゅうたん)を紹介したい。
大きさ:3フィート×6フィート厚み7~9mm
重さは5~7Kgほどで、ここネパールでの価格は10000rsほどだが、店によってはその倍も違うから要注意。
しかし、これを作る人の「賃金」は1枚で2000Rsほどで20日ほど掛かり、
労働日数に比べて極めて安い賃金と言わざるを得ない。

IMG_2969.jpg




では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita








3月18日(日)天気:曇り 気温:18℃ 湿度:50%


今回は、先日3月15日に来た友人(森本雄志君:アメリカ国籍)と「孤児院の運営方法とあり方」について
どんな形が良いのかを話し合った。

彼は5年ほど前に私とポカラで知り合い、当時の支村であったラムチェの学校へ「英語教師」として3ヶ月ほど
協力してくれた青年である。
彼は、現在パタン市の教会がやっている「孤児院」で、ボランティアとして活動しているが、
「本当?」と疑問を持ち始めていた。

孤児にもいろんな経緯があり、
・親が亡くなった子供
・親から捨てられた子供
・親戚から捨てられた子供(親はその前に亡くなっている)
・自分で村を捨てた子供などなど・・・

ただ総じて言える事は全て「育った村がある」と言う事である。
現在ネパールの「孤児院」では組織的・個人的に問わず、多くの孤児院があり、
その運営内容は「まちまち」で、ネパール政府からの補助を受けている所もあれば、無い所もある。
そして、多くの国々の方々によって彼らの衣食住が支えられている。
もちろん、そこで働くスタッフの給料もである。

ここで問題になるのは、「村から子供を連れて来て孤児院での生活をさせる」と言うことである。
孤児院のある場所は「都市:カトマンドウ市内近郊・ポカラとその周辺・チトワン・ルンビニーなど」に限られ、
子供の衣食住全てを支援している。

(添付写真はスワイアンブナートの孤児院である)



しかし、年齢制限もあり20歳を過ぎてもこうした施設に居られる子供はほとんど居ない。
街の中での生活を、自分でやっていかなければならない。
通常の男性でも「仕事を見つける」事は極めて困難な社会状況であり、
多くは仕事を探すのを諦めて村へ帰るか、外国への出稼ぎとなる事が多い。
多くの子供は、「強盗や殺人」と言った犯罪に手を染めていく結果となり、
中には大きな「組織」で犯罪を犯す事もある。

現在の政党に「入りきれなかった若者」たちも、こうした「孤児院出身者」と一緒になり
「犯罪」を犯す例も多い。
この組織は、中核団体があり、その周りには幾つかの青年部のような若者の組織がある。
もちろん、この青年部にも派閥?があり勢力争いが何時も発生している。
こうした青年部には中核団体から幾らかの「活動資金」が下りてきている。

ネパールで発生する「ストライキ」などを実施したり、デモや抗議集会などの開催にも彼らが動いている。
もちろん、その他の組織団体が起こす事もある。
こうした組織に入れなかった「孤児院出身者」たちは、自分たちで小グループを作り、
「犯罪」に走る例も多いと聞く。

こうした背景から、以前彼も知っている私たちの支援で「ブッダ:仮名」や二人の「姉妹」を村の有力者にお願いして、
衣食住と学校へ通わせてもらった経緯を思い出し、
「あの時の支援方法こそ、本来の支援ではないだろうか?」と提案してきたのである。

我々も、その後の追跡調査は行っていないが、「村での生活」は町での生活に比べて容易である事には間違いない。
この提案を受けて、近日中に3人の追跡調査をはじめる予定である。
理想的は孤児院の後、職業訓練を経て就職していく形が望ましいが、
就職するにも工場も働く場所もない現状では職業訓練だけでは「育たない:自立出来ない」事は明白である。

「森本君」は来月にはアメリカに帰って仕事を始めるが、ここでの活動で感じた「矛盾」を
何とか解消してから帰りたいと言っているが、それは時間的に無理な希望である。

ここでは矛盾が「正規」にまかり通っている社会であり、それを本来の形に置き換えるには、
ものすごいお金と時間が必要になる事だろう。

今回の「通信」は問題提起だけに終わった形だが、近日中に行う「追跡調査」の結果によっては、
今後支援する村での「孤児」に対する支援方向が固まるのではと期待している。


ネパールならではの「お土産?」:今回は、少し大きいものだが「ネパールのヤクウール」で作った
絨毯(じゅうたん)を紹介したい。
大きさ:3フィート×6フィート厚み7~9mm
重さは5~7Kgほどで、ここネパールでの価格は10000rsほどだが、
店によってはその倍も違うから要注意。
しかし、これを作る人の「賃金」は1枚で2000Rsほどで20日ほど掛かり、
労働日数に比べて極めて安い賃金と言わざるを得ない。



では次回「ネパール通信」まで

HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/
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添付はポカラから見た「美しい」フェワレイクに映るアンナプルナ山群。

なのに「問題山積」の国民。

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  1. 2012/03/19(月) 10:21:06|
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筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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