ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

山田親子のネパール滞在記

1月17日(火)天気:快晴 気温:11℃ 湿度:60%

今回は、年末年始を我々の支援先であるトゥロパカル村の小学校へ、今までで初めて
3歳の子供を連れて来て下さった「山田ともみさん親子」の滞在記をお伝えしたい。


10年ぶりのネパール(2011/12/27~2012/1/7、12日間)

年末年始の休暇を利用して、3歳の娘と一緒に、ネパールを訪れました。
10年前、一人で訪問した際はJICA現地スタッフのかたのお宅に滞在、
今回は銀杏旅館に滞在しました。
人々の生活・街は、色々なところで確実に近代化?していましたが、
街の騒々しさと、美しい山並は変わっていないなぁ、と感じました。

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トゥロパカル村での「ゆく年くる年」

銀杏旅館で村へ持っていく子供服や鉛筆等の荷造り(お手伝い)をして、
12/31の朝、いよいよトゥロパカル村へ向けて出発!
途中の街で休憩や食事、野菜・果物等を購入して、
最後はでこぼこの山道に激しく揺られながら約5時間で目的地へ到着。
2011年最終日(大晦日)は、ミナさんのおじさんのお宅にお世話になりました。
「寝袋に”スポっ”って入って寝るの~」と娘は嬉しそうに生まれて初めての寝袋で眠りにつきました。

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夜は娘と一緒に早々に寝てしまい、年越しはあっけなく(^^;
そして2012年元旦、小学校でのセレモニー(物資贈呈式&歓迎会?)。
ネパールの新年は4月に始まるため、元旦はいつもどおりのようで、
先生が「Japanese New Year!」と子どもたちに説明していました(笑)
子どもたちから歓迎の花飾りを娘にもたくさん掛けてもらい、娘もとっても嬉しそうでした♪
私は「大きな栗の木の下で(ネパール語直訳版)」を日本で準備して覚えていき、振りを付けて、
みんなに一緒に挑戦してもらいました。
子どもたちは一生懸命真似してくれ、先生も身体を動かしながら一緒に覚えようとしてくれました。
(先生は携帯で歌の録音もされていました。)
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。
次回また訪問できるなら、もう少し長く滞在して子どもたちと交流したいなぁ、と思います。

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3才児の適応力

もともと「よく食べ」「よく寝る」わが娘。
ネパールでも、その能力を十二分に発揮!
ダルバート、ナン、モモ、チョウメン、ラプシーにスンタラ(果物)、お菓子(マサラ味)等々、
いつもモリモリ食べて「ミト・ツァ(美味しい)」を連発。
現地の言葉も滞在中に少しずつ覚えて、「ナマステー」「ボーク・ラギョー(おなかすいた)」
「アミロ・ツァ(酸っぱい)」「プギョ(おなかいっぱい)」「ニンドラ・ラギョー(眠たい)」等と言っていました。
そして、「マンパレ・マンパレ・マンパ~レ♪サ~ライ・マンパ~リョ~♪」と流行りの歌も歌っていました。
わが娘ながら、その適応力には感心させられっぱなし。
筋田さんのことを「おじぃちゃん、おじぃちゃん」と、本当のおじいちゃんのように呼び、
ミナさんやサンタさん等にも優しくしていただいて、すぐになついて、和やかに過ごすことができました。
帰国後は「またモモ食べたいなぁ~」っと言っています(笑)

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ドライヤーとお肌

普段、お肌のお手入れなんて「超適当(最低限)」な私。
ネパールに着いてからも、そんな調子でいたら・・・
すぐにボロボロになりはじめ、皮が剥けてしまいました(;;)
旅の後半は、洗顔後に念入りに乳液をつけてなんとか復活。
洗髪後は、いつもドライヤーで髪を乾かすのですが、ネパールは停電時間も長くて使えないことも多い。
筋田さんの助言で、陽のあたる屋上で乾かしてみると・・・
なんとなんと意外とちゃんと乾くし、気持いい♪
ネパールの乾燥と日差しの強さを実感したのでした。


3才児とネパール?

「なぜ3才の子供を連れてネパールなんかに?」っと思われる人が、日本には多いと思うので、ちょっと説明。
去年3月に発生した東日本大震災、そして7月と9月に自分自身が入院・手術を受けることになり、
今後、万が一、自分の身になにか起こったとして、「子どもに何を残しておきたいのか」を考えてみた。
私は、資産よりも、母親として、一人の人間として、「なにを考えて、どう生きたか」を子供に残したいと思った。
(もちろん学費貯金もしているし、保険もかけているけど。)
今回の旅行のこと、私の考えかた・生きかたが、子供の自己形成の上で、
何かしらの意味を持ってくれたら、嬉しいなぁ、と思う。
もちろん日々の生活の中で伝えておくことも沢山あるのだけれど、
日常生活では、ついつい日常の物事に忙殺されてしまうので。。。
そして12日間の旅を終えて、いろんなものを見て、経験できて、
子供とずっと一緒にいられて、本当に良かったと感じています。
産後1年で職場復帰してから、来春で丸3年。
朝から晩まで、毎日ずっと保育園に通っているわが子。
こんなにも娘と長時間一緒に過ごせたのも久しぶりでした。

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最後に

「豊かさってなんだろう、幸せってなんだろう。」
この疑問は、いつも私の心の中にある。
銀杏旅館のお隣さんは、屋上で、おじいちゃんが竹で籠を編む仕事をしたり、
おじさんはミシン掛けの仕事をしていたり、
奥さんも洗濯を干したり、農産物の整理?等をしていて、
子どもや鶏もその空間を歩き回っていて、 家族がみんなが一緒に過ごしている。
雨が降れば、仕事は中止。
(村の男の人同士は集まって博打をしているらしい)
トゥロパカル村で滞在したお宅では、朝から晩まで農作業(棚田)に出かける大人たちの代わりに、
自分より幼い子の世話を子どもたちがお互いに自然とみている。
中学生くらいのお兄ちゃんが、2歳半の妹の鼻水をなんの抵抗もなく
素手で拭いてあげていたのをみて、ちょっと感動。
(・・・自分の子でもちょっとためらう、私。)
おなかがすいたら、なっている木の実(ラプシー)に 棒を投げて落として食べたり、
日が傾いて寒くなってきたら、大きい子が焚き火をたいて、 芋を焼いて食べたり。。。
こうして、自然と生きることを習得していくのだと思った。
ネパールで滞在した村には「金銭的」豊かさはないかもしれないが 「虐待死」もありえない(信じられない)そう。
毎日、朝から晩まで仕事へ行って、 共働きだと昼間は家に誰もいないことが当たり前の日本。
忙しさに追われて、心に余裕がないときがあったり、 都市部では隣人とのかかわりもあまりない日本。
金銭的な豊かさはあるかも知れないけど、 なくしているものも、相当大きいと思う。
まぁ、なにはともあれ、 無事に帰国できて、よかったよかった。
そして、私の幸せ探しの旅(人生)は続いていく。。。
今回、私と娘の旅にご協力いただいた皆様、そして理解・協力してくれた家族に、心から感謝しています。
本当にありがとうございました!
   
山田ともみ






ネパールの特産物?(お土産):今回は、以前日本でも一時ブームにもなったヒマラヤの岩塩」を取り上げたい。
これは、ピンク色と黒色があるが、ピンク色の岩塩は粉末にすると白くなり、
黒色の岩塩は粉末にした時薄いねずみ色になる。
これらにはミネラルが豊富に含まれていて、特に黒色の岩塩は硫黄成分が多く、
「ゆで卵」にかけると「温泉卵」に早代わりする。
店で売っているのは「塊」と粉末があるが、塊でも白いものがある。
しかし、これは岩塩ではなく「アロエの結晶」で床屋さんなどではこれを「シェービンローション」として使っている。
3種類の同じような「塊」があるため間違わないよう購入する事である。


岩塩 135









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  1. 2012/01/18(水) 11:12:03|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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