ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

2011活動総括

8月4日(木)天気:雲の中 気温:24℃ 湿度:63%


~はじめに、このたびの3・11東日本大震災において、被災された方々に対し、
 遠くネパールの地からではありますが、心からご冥福をお祈りすると共に、お悔やみを申し上げます。~



9月5日にネパールを出国するにあたり、昨年10月以降の活動の総括をお伝えしたい。

【活動全般】
ラムチェ村に一応の区切りを付け、一昨年から取り組んだトゥロパカル村では、
小学校・中学校がそれぞれ分かれていて、小学校の生徒数は定まっていないと言うのが現実である。

当初、予算との兼ね合いから18名の子供を支援する事にしたが、直ぐに11名の追加、さらに昨年暮れに
10名と、合計39名の支援となった。

昨年はマオイストとのトラブルもあり、思うように仕事が進まなかったが、
学校の修復と共に39名の子供たちに学校へ通ってもらえた事は評価したい。

事務局長と一緒に福井の山口さんご夫妻と弟さん、さらに由美さんが来られ、賑やかにトゥロパカル村を
訪問出来た事は、多くの方々に活動内容を知っていただくのに、最善の方法かと考えている。

今後も多くの皆さんがトゥロパカル村を訪問され、山村の生活実態を知ってもらう事が出来れば幸いである。

年をまたいで、2名の日本女性(まりなさん・恵子さん)がトゥロパカル村を訪れ、
村人並びに子ども達との友好が図れた事も付け加えておく。

また、今回はトレッキングをメインに来られた大井さんご夫妻の来訪もあり、シーズン中は結構な賑わいであった。

他に1名の女性(ちひろさん)が「銀杏旅館」に1週間ほど滞在された。
彼女は東南アジアからインドへ到着され、滞在していた時の疲れか体調が悪く、私がカトマンドウで見つけて
休養のため「銀杏旅館」に連れてきた。
彼女は大学で「哲学」を勉強されているが、1年休学して「旅」をしているとの事。
1週間後、元気に陸路で再びインド経由ヨーロッパへと旅立って行かれた。

さらに、我が家の近郊(カトマンドウ・バクタプル・ドゥリュケル)で活動されている
「JICA」のみなさんも時折「銀杏旅館」に来られ「骨休め」。

久しぶりの日本食やDVD鑑賞・村の散策をされて帰っていかれる。
銀杏旅館からの景色だけでも、結構安らぎを感じて帰って行かれる方も多い。

彼らの活動は、ネパール国民の「生活向上」のために大切な仕事の数々であり、
「銀杏旅館」が彼らの活動の潤滑剤の役目を担えれば幸いである。

学校からの要求に「日本語の教師」を派遣して欲しい旨連絡を受けていたが、
長期間の村での生活を強いる事となるため、なかなか見つける事が出来なかった。

しかし、名古屋の(一宮)女性(恵子さん)がわざわざ「銀杏旅館」を探して尋ねてきてくれ、
長期の講師を引き受けていただいた。

5月29日から3週間の予定で、トゥロパカル村へ行ってもらえた事は正に幸運であった。
彼女は学校から「感謝状」を頂いてきて「大切に日本に持って帰る」との事。

一方自立支援の方はと言うと、2ヶ月ほど前からカーペット織り機の調査をしていて、
1台1万Rsほどで購入出来る。
作った製品は1枚が約1ヶ月ほどで出来、4000~6000Rsで売りたいが、販売先については未定である。
(因みに同サイズのもが最低7000Rsでカトマンドウのカーペットショップで販売されている:日本では2万円以上)

これを村人に貸し与えカーペットを織りを練習後、カーペットを織り、カトマンドウに売りに行く仕組みを作っているところである。また、別なルートでの販売も検討している。


【次期支援先の情況】
チョウタラ村の村長さんからは何度も来村の催促の電話があり、先般2泊3日の日程で訪れ、村と小学校を視察。
ここも貧困家庭が多く、小さな子どもたち(小学生)が畑で遊んでいる姿が目に付く。
村の子どもの50%近くが、登校拒否または親が行かせていない。
特に女の子の就学率が極めて悪い村である。

来年になれば、トゥロパカルの子どもの内18人は支援対象から外れるため、
その人数はチョウタラで支援が可能になる。
しかし、学校に通ってくれるかどうかは、これからの話し合いである。

ダサインの後で伺う事を約束して帰ってきたが、まだどんな形での支援が出来るのか模索中である。
現場での話し合いの後、進めて行きたい。
「どこまで続くぬかるみぞ」である。

ネパールの山岳民族は、総じて貧困そのものであると言える。
貧困の中でも「田んぼ」のある村人と小作人の村人では貧富に差が生じるのは仕方のない現実である。
しかし「驚くほど貧しい」
家財道具は、家族で担いで行かれる程度しかない。
これでテントでもあれば何時でも引越しが可能である。
でも「美しい自然」


【子どもの考え、親の考え】

子どもたちは、そんな山での生活から抜け出す事を考えているのである。
具体的にはカトマンドウや大都市である。
現実にはなかなか生活は難しく、多くの子どもたちがタメール地区(外国人用の繁華街)に溢れ、
路上生活をしているのを目にする。

先日も街の中で、ラムチェ村から逃げ出した子どもを見かけ村へ帰るようにミナが話したが
「親が認めている」との事。
何たる事だ!
親も産児制限など無視して、生まれた子どもに仕事を強いる。
仕事が無ければ、近所の家で食事をさせてもらうよう勧める。

街で「間借生活」をする人々も多いが、借りている部屋が狭すぎるため、(日本の六畳間程度の広さで7~9人が寝泊りする)そのため、2~3人は何時も友人の家を転々として居候して回る。

子どもを捨てる?親も見かける。
つまり、育児放棄である。
この場合、子どもが子どもを背負い「お腹を空かせて」近所の家々を回り食事にありつくよう努力をするが、
3食?まともに食べる事は無い。
悲惨!の一言。

何時も下痢の状態で「やせ細っている」。こうした子どもが街に逃げ出す。
バス代も持たず、「無賃乗車」である。
時にはトラックで、時にはバスや徒歩で街に向かう。

その子は4年生で、まだまだこれから大切な時期を迎える年齢であるが満足に食事すら出来ず、
路上生活を続けている。

カトマンドウに行く度に会うので、(彼が追いかけてくる事もある)時々は20Rsか30Rsを与えてくるが
「砂漠に水の如し:何も成らない」である。

でも与えてしまうのは「顔見知り」と言う一点だけである。
「顔見知り」でなければ絶対に渡さない。
何とも後味の悪い「ドネーション」である。

やりきれない思いと悲壮感が混ざり合った気持ちを今もなお、整理出来ずに引きずっている。
我々には何も出来ないだけに 「辛い」の一言である。

でも、学校に通ってくれている子どもたちは「元気そのもの」
何時でも訪問者の心を「笑顔で洗い流して」くれる。


【費用対効果】
この1年の費用対効果を考えれば、極めて効率の悪い活動であった。
しかし、こうした活動に費用対効果を求めるのは、極めて疑問に思う。

時には全く効果がない場合もあり、時には村人自らが動いてくれる場合もあり、
そこに「ある種の信頼関係に似た感情」が見出せれば成功ではないのだろうか?



【活動の姿勢】

ただただ、村人の手助けになれれば「良し」としたい。
例え、利用されたとしても、嫉妬されたとしても・・・・・

「村人との話し合い」を最優先し、彼らの要求を聞く事からはじめている。
時に騙され、時にはいやな陰口を耳にしても、この考え方は今後も同様である。
決して、お仕着せでは「活動にならない」事を知っているつもりである。

私たちの活動は、彼ら(村人)が立ち上がる時に一緒に「荷?」を担いでやる事と同じだと理解している。
我々だけで「荷?」を担ぐ事はない。




{Om Namah} _
「 オーム」
~オームとは「全宇宙の全ての均衡を司る真理」であると理解している~



ネパールの習慣: 今回も割愛させていただく。




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  1. 2011/08/04(木) 16:27:59|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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