ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

トゥロパカル村での滞在を終えて(Ⅰ)・・・

6月20日(月)天気:曇り後晴れ 気温:25℃ 湿度:56%


今回は5月29日から3週間の予定でトゥロパカル村へ「日本語の教師」に行っていただいた
川端恵子さんの教師体験記を掲載したい。



今回、5ヶ月の日程でネパールを旅行中だった私は、縁あって筋田さんと出会い、トゥロパカル村に3週間日本語を教えに行くという予想外の機会に恵まれた。

雨期に片足を突っ込んだ5月29日、集中豪雨とヒルの吸血という大歓迎を受けて村に到着した私は、翌日から
早々に日本語の授業を開始することとなった。

学校はトゥロパカル村の中のバガンという地域にある全校児童50名弱の小さな学校であった。
下は3歳から上は12歳までの全5クラス。


恵子さんのカメラ 004
トゥロパカル村の子供たち


日本の学校のように1つのクラスの児童が皆同じ年齢ということはなく、入学する年齢も卒業する年齢も人それぞれである。
私はこのうちの上位3クラスを教えることになった。

授業1コマは45分間と一応決まってはいるものの、早く終わろうが延長しようが誰も気にする者はいない。
先生方の教室移動もかなり適当で、45分という時間に縛られることなく、なんとなく自分なりに区切りのついた
ところで授業を終えて次の授業の教室へ移動する。

朝10時15分に始業し(といっても先生方が職員室から教室に移動するのが10時半過ぎ・・・)、
立て続けに4コマ。コマとコマの間のトイレ休憩などはない。
行きたくなったら先生に一言断って授業中に行く。
4コマ終わったあと1時15分から2時までカジャ(おやつ。1日2食のネパールではたいていの人が午後に一度
カジャを食べる。)休憩。

学校のオーナーの70歳前後であろう老夫婦が毎日カジャを準備してくれていた。
ジャガイモや豆のタルカリ(カレー味のおかず)、チャウチャウ(ネパールのインスタントラーメン。
これまたカレー味。)、セルローティという米粉の揚げパンなど、かなり充実した質と量だった。

毎日50人分こしらえるだけでもかなりの手間である。
給食の時間のようで楽しいひと時であった。
ちなみに、子供たちは使った食器を自分たちで洗ってキッチンに返却しに来るよう教育されていた。

さて、前置きが長くなってしまったが、私は今回3週間というごく短い期間で日本語の‘に‘の字も知らない子供たちにこれを教えるにあたり、日本語会話‘を教えるというスタンスで授業をしようと決めた。

つまり、文法やライティング中心の内容でなくスピーキングを主とした内容である。
いずれにしても日本語の全てを教えることは不可能。
どうせならば活きた、使える言葉を教えたいという思いがあったからである。
そしてその方が学ぶ側もきっと楽しいということを私自身も知っていたからである。

昔、中学生時代の英語の授業で、’This is a pen.’などという日常生活でいつ使うの?というような紙の
上のみの英文や文法ばかりの授業に飽き飽きしていた折、アメリカ人の先生が英会話を教えに学校へやってきた。

たった数日だったが、挨拶や簡単な日常会話をネイティブの発音で教えてくれ、
また間違ってもいいからどんどん話すように促してくれた。
楽しかった。

そして習ったばかりの言葉を使って短いながらも先生と会話ができたときはうれしくて仕方なかった。
ネパールの子供たちにもそんな気分を味わってほしいと思ったのである。

そんなわけで、私の授業では漢字はもちろんひらがなやカタカナも一切使わなかった。

’KON NICHI WA‘というように、既に子供たちが読むことのできるアルファベット(ローマ字)を使って全ての文章を表し、
発音を教え、何度も復唱してもらい、ひたすら話し続けてもらった。

毎回授業の始めに、前回の授業の内容を覚えているかどうかを復習がてらチェックしていたのだが、これがなかなか難しく、
1日経つと子供たちの記憶がおぼろげになっていることがほとんどであった。

しかし、根気強く「日本語の朝の挨拶はなんて言う?」などと毎日毎日尋ねることで「おはようございます!」と力強く答えが返ってくるようになり、さらには私が教室に入ると立ち上がって「おはようございます」こんにちは」と時間帯に合わせて挨拶してくれるようになった。

授業後には帰宅しようとする私の背中に向かって、遠くから恥ずかしそうに「さようなら」と言ってくれるようになった。
笑顔で手を振って「さようなら」と返事をしながら、心のでガッツポーズした。

次回「ネパール通信」に続く・・・・・
川端恵子



恵子さんのカメラ 002
トゥロパカル村での授業風景



ネパールの習慣:毎朝顔を洗う時、両手に水を受けうつむいたまま両手の水を顔にかける。
このとき周りに一杯水が飛び散る。
洗面台の周りは水浸しとなるが、彼らは洗面台に飛び散った水滴を拭くことはない。
我が家でも同様で、何度も「顔の洗い方」を教えたが辛抱強く教える以外にない。




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  1. 2011/06/22(水) 09:24:13|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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