ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

日本語教師をトゥロパカルへ・・

日本語教師をトゥロパカルへ 007子供たちに「挨拶」する恵子さん


5月31日(火)天気:曇りのち快晴 気温:21℃ 湿度:65%


今回は、雨期に入った直後のトゥロパカル村へ「日本語教師」(恵子さん)を送った報告をしたい。

5月29日(日)午前7時40分にサンガの銀杏旅館を出発、バネパでバスを乗り継ぎ、
タトパニ行きのバスに乗り込む。
ミナは例によって「車酔い」で始終「ふらふら」の状態であった。
約2時間半後カリチョウークに着き下車。

ここで何時ものようにブランチ(朝昼食)を食べ(ダルバート)、それが終わると、私が荷物の番をしてミナと恵子さんが、今回お世話になるミナの親戚の家に持っていく「野菜」を購入。

キューリ・トマト・マンゴー・とうがらし・キャベツ・なすび・インゲンなどを仕入れ、「ジリ行き」のバスに乗り込む。

ここからは一気に400m近く高度を上げるため、バスは「あえぎながら」ゆっくり登って行く。
30分後、目的のトゥロパカルへ到着。

下車して荷物を点検していたが一つの荷物(野菜の一部)をバスに置き忘れた事が分った。
どうしようもない。

この時期午後になると定期的に降る雨を心配して、早々に出発を促すも「ゆっくりお茶を飲んでから」と約1時間ほど休憩してしまい、ミナも荷物を忘れた事を気にしてなかなか動こうとしなかった。
それでも、私が出発すると渋々付いてきた。

ここから目的の学校までは徒歩で約1時間半の距離である。
途中、なかなか来ないミナと恵子さんを休憩しながら確認しては先に足を進めた。

歩き始めて50分位の所から「ポツポツと雨」が降り出し、5分もすると「土砂降り」の雨となった。
道は濁った川になり、山側からは幾つもの「滝」が出来た。
普段は簡単に渡渉出来る浅瀬も、ひざまでの濁流が流れていた。

傘は恵子さんが持って来た小さな傘が1本だけで3人は無理。
私の小さな荷物はミナが持ってくれたので、残りの道を私が走り「助っ人」を呼んでくるのが懸命と考え
「私一人傘なし」で先を急いだ。


日本語教師をトゥロパカルへ 013「豪雨」の村


約20分後(午後2時ごろ)学校の近くの御茶屋に到着。
「二人の女性」がここへ向かっている。

傘が無いので誰か迎えに行って欲しい旨を伝え、一人の若者が出発した。
私はパンツ一つになり、雨で濡れた衣類を「絞って」再び着た。

約50分後ミナと恵子さんが到着。
二人とも「びしょぬれ」の状態で「暖かいお茶」を飲み、ビスケットを口にして一息ついたが
寒さは堪えきれないので、雨が上がったのを機にミナの親戚の家に急いだ。

お茶屋から徒歩で10分ほどの、今晩の宿泊先である「ミナの親戚」の家に到着、直ぐに荷物を「干し」、
濡れて冷えた身体を太陽にあてて「暖めた」。

この日の雨は1時間半ほどで止んだ。

昨年は、私とミナだけでこの時期トゥロパカルへ出向いたが、
水量が多く「渡渉」を断念して引き上げた経験がある。

夕食までの時間を家の畑に一杯なっている「プラム」の実を取って食べたり、近所の子供が遊びに来たりして
身体を暖めて一息つくころには、「夕食」の準備が出来て「空腹」を満たしてくれる旨い「ダルバート」にありついた。

夜も7時半を過ぎたころ、庭には「一杯の蛍」が乱舞。
しばし「心の休憩」を取る。



日本語教師をトゥロパカルへ 001ミナの親戚の家での朝食



翌朝、朝食の(ダルバート)を頂き、学校へ向かう。
今日は新たな10人の子供に支援物資を渡すのと「自立支援」の方法を話し合う予定であった。

先生と相談の結果、支援物資と「自立支援」の話し合いはダサイン後にした方がいいとの結論になり
(後3週間で学校は長い休み:農繁期休み・ダサイン・テゥハール休暇になる)

恵子さんは「日本語教師」として3週間ここに滞在し、日本語を教える。
期間的に3週間では「あいうえお」からやっていたのでは話せない事から
「挨拶・会話」を主に各クラスに教える事にした。

その後10時ごろ、私とミナはバス停までの帰路を急いだ。
しかし、バス停の手前10分くらいの所で急に雷雨が来て、急いで民家に身を寄せた。

1時間後、雨が小降りになったのを見計らいバス停に急いだ。

今日は少し早く「雷雨」が来たようである。
途中バネパで下車し、軽い食事をしてサンガに戻った。

3週間後が楽しみである。




日本語教師をトゥロパカルへ 005トゥロパカル村の学校の先生と「日本語教師」の扱い方法を相談



ネパールの習慣: 以前にもお伝えしたが、ここネパールでは「特に山村」では一夫多妻が多く見られる。
目的は子供を沢山作ることにある。
なぜなら、「子供は労働力」だからである。
従って兄弟姉妹でも、顔かたちが全く違い我々外国人からすれば「不可思議この上ない」。
一つ屋根の下に、二人の奥さんが同居するのは決してめずらしくもない。





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  1. 2011/06/04(土) 09:09:16|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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