ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」カトマンドウの道路事情

10月27日(木)天気:晴れ 気温:22℃ 湿度:55%

今回はネパールの幹線道路についてお伝えしたい。



さて、当方の癌検診で通っているサンガからカレンキー経由
チトワンへの行き来で得た情報である。(運転手や乗客から)



一昨日、午前中にリビング建設のための機材を購入し
銀行の定期預金の期限が切れるため、更新手続きを済ませ
その足でカレンキーからマイクロバスでチトワンに向かったが、
そのカレンキーの交差点が高架工事のため陸橋が解体され
市内から外に出るためには今までの交差点を左右に折れて、
さらに元の道に出なければならず、タクシーなら最低でも30分はこの交差点で渋滞する事となる。

中国の工事だが、期日までに出来るのかどうか極めて疑問である。

話を聞けば、中国の工事着手した会社は理由は定かではないが、帰ってしまった。との事。
しかし、工事は誰がやるのか???

世界中のあらゆる工事が「頓挫」しているのが、
世界の常識に成りつつある中国経済の状態である。

さらに、カトマンドウからポカラ・チトワン・インドとの国境の全ては
この街道を使う以外方法は航路のみである。


この街道ではチトワンとポカラの分岐点「ムグリン」から
チトワンへの道路は散々な悪路で、幾つもの渋滞がある。

中国は困った国である。


多くの国で頓挫している工事がここでもカトマンドウの街や
幹線道路を破壊したままにしている現実が目の前にある。

カレンキーからバグドールを経由してコテショールに至るリングロード(幹線道路)は
3年は掛かっている拡張工事でこれまた中国の業者がやっているのだそうだが、
これも工事は中断に近い状態で働いている業者の姿は見えない。

また、一昨年まで工事をやっていた日本のODAで建設していたアラニコハイウエィは
カトマンドウ市内からスルジェビナイトまで完成し、
ネパール人たちからは「とっても素晴らしい道路」と好評である。

しかし、そこからコダリボーダーまでは中国がやる事になっていて、日本の工事ではない。
何時から着工するのかも???

ネパールのような極貧国での工事までも食い物にしている中国には、
ほとほと愛想が尽きたのは私だけでないようである。

ネパール人の多くが嫌う国民となってしまったようである。



添付写真は地震のおかげで、初めて多くの観光客の目に映ったタメル地区のお寺と
テハール前の市内の様子・チトワンを走る省エネタクシーのいろいろである。
さらにナベサダのジャズコンサートである。


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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。








では次回「ネパール通信」まで



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  1. 2016/10/27(木) 20:51:06|
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「ネパール通信」ダサインのネパールから

「ネパール通信」ダサインのネパールから




10月14日(金)天気:晴れ 気温:20℃ 湿度:60%




少しばかり、配信日が遅れたが祭りの真っ最中である事での
遅配となった事をお詫びしたい。


ネパール最大のお祭りダサイン、そしてティハールが
10月初めから11月初めまでの一ヶ月間続く。
途中2週間ほどは普通の日があるが、殆どは働かない日々が続く。
天候も落ち着いた最近では朝晩のヒマラヤが見られる機会がある。


さて、日本語学校の設立について現状をお伝えしたい。


日本国内では、年々学校の設立が厳しくなり多くのハードルが
「クリアーは無理」と思うほどの最悪条件が乱立する中。
やっと漕ぎ着けた学校の設立である。



しかし、日本政府の考え方;
外国からの若い労働力を受け入れ、国内の景気回復を図ろうとする
安倍総理の考え方。
一方、国内に入る外国人の労働力を、限界まで制限しようとする
「入国管理事務所」との考え方の違いが極限まで乖離。
どちらもその理由は理解できる。


でもそれでは日本の企業にとって、
ほぼ絶望に近い日本の法律は「鉄壁」の如く立ちはだかる。
こうした、政策制度の食い違いにより、
日本の物流企業・介護・サービスなどの業種による人材不足は慢性化してきている。

残された手段は、非合法的な労働力の確保、
つまり、一度日本に入った外国人労働者を「とことん」使って
「使い捨てる」方法が横行する事となる。

一度、入国管理事務所に摑まれば、二度と入国できない外国の若者たち。
母国に戻っても借金だけが残り、生活苦は必死。


こうした悪循環をなくし、日本企業が正常に稼動できる環境整備こそ、
「今求められる政策制度」であろう。
当方も今現在、ネパールにおける日本語学校の設立に動いているが、
日本の環境に幾分左右されながら動き始めた。


と言うのも、日本の日本語学校を終了した後の、
大学進学率が激減している現在(入学金が支払う事が出来ない、日本の労働条件)が
邪魔をして減っているのである。

もっと単純に考えられないのだろうか?


日本は若い労働力が欲しい。
海外では若い労働力が余っている。

だったら、この間だけでも(日本の労働力が戻るまででも)
緩和策を実施する政府行政のてこ入れがあっても良いのではないだろうか?


世界での労働力のアンバランスを調整するのは
極めて難しい事は理解するが、それを「やる」のが行政や政府の仕事であろう。
今回は、「自分に出来ない歯がゆさ」から、愚痴になった事をお許し願いたい。




下記に示したのは、「私の好きな、そして信じる生きさま」である。


人がどんな評価をしようと
何をしたかでなく、何のためにそれをしたか。
が大切である。
結果は後から着いてくるもの。


だから決して諦めない!




添付写真はダサインの際、決まって村人たちが養っている家畜(この場合は豚)を殺して、
食べる肉を配分しているところ(これで豚汁)を作った。と、
道路の側溝にはまったバスで、渋滞が発生。


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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


では次回「ネパール通信」まで





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  1. 2016/10/14(金) 19:36:09|
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命の価値?とモデルハウスの現状

「ネパール通信」命の価値?とモデルハウスの現状



10月2日(日)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:68%




今回は、ペティスキャンの結果報告のために、チトワンの癌ンター
まで出向き、「癌が完治」している事の確認と新たな出来物?の処置のために出かけた。

今後4年間ほどはチトワンに通って、
再発チェックをしなければならないが、致し方が無い。



さて、「命の価値」と記載した今回の通信は、
当方のぺティスキャンに掛かる費用(7万ルピー)と
ラムチェ村の2歳半の少女の薬代、
3000ルピーが無いために失われた命、
私に7万ルピーの検査が必要だったのだろうか?


極めて不平等な現実に、心が痛む。

一方、昨日(1日)から今日に掛けて、
ラムチェ村のモデルハウスの現状を確認してきた。

同行者に「チャリティーサンタ:慈善団体」の方を案内し、

ラムチェ村に出発。

朝7時に銀杏旅館を出発して、
サンガでバラビシ行きのバスを捕まえた。

しかし、ものの10分も行かない内にバスが接触事故を起しストップ。

10分・20分と時間は経過するが、
当人同士の話し合いは堂々巡りである。


場所は、丁度サンガ警察の前であったが、
ただ見守っているだけの警察では、何の役にも立たない。

30分後ようやく示談が成立し、
バスで待たされたお客も「ほっと」している。

定刻より30分ほど遅れてバラビシに到着。

さっそく昼食を食べて、買出しを済ませ、
いざ、ラムチェ村に出発!

午後12:10に到着し、まずは「お茶」を一服。

その後モデルハウスの現場確認と資材確認を済ませ、
後の工事を確認したが、今回の雨と以前の雨で車の走る道が崩壊。


これを直すまでは砂や機材が運べないため
工事は一時中止せざるをえない。

その後、ラムチェ村の絶景ポイントである「ビッグストーン」
に出向くが、訓所の子供たちが集まって来て、賑やかなビックストーンであった。


畑はお米の緑色が一面に広がり、「瞑想」には最適な場所である。


子供たちが、家から「ボコテ」(かんきつ類のザボンのような果物)
を持ってきて厚い皮をむき、塩と唐辛子を付けて食べるのだが、
塩は良いにしても唐辛子は「辛い」。


散々写真の撮影をせがまれ、
やっと開放されたのはそろそろ薄暗くなりかけた頃であった。

その晩には通常のダルバートとディロとシスノーの
スープであったが、結構旨い。

食事を終えたころから振り出した雨は、次第に強くなり雷雨をなった。

ミナのコテージでも「床下浸水」が発生。

翌朝7時に徒歩でバラビシまで下るが、
途中昨夜の豪派雨で土砂崩れが発生して2軒の家が流され、3人の命が亡くなった。


その捜索現場の「ぬかるみの中」を捜索する人々を横目に通り過ぎて行った。

辛い!の一言である。

あの泥水の中の人は真夜中(午前2:30)の土砂に押し流されて、
軽いコテージもろとも、泥水のなかに埋まったようである。

そんな事故現場を通過するも予定通りの時間でバラビシに到着。

ここでも、問題発生。

バラビシから20分ほどのジュレでも土砂崩れがあり、
バスが立ち往生している。

バスを下りてユンボの工事を見ながら「ぬかるみ」を進む事30分。

やっと次のバスに到着。

これで、銀杏旅館に帰れる見通しがついた。

12:30分銀杏旅館着。

ミナとチャリティサンタの方は昼食後すぐに待たせてあった

ジープでカトマンドウへ急いだ。




添付写真はモデルハウスとビックストーンのミナ・土砂崩れの現場である。




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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。





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  1. 2016/10/02(日) 20:23:59|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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