ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

日本の憂い(そのⅠ)若者の悲劇

4月26日(火)天気:晴れ 気温:25℃ 湿度:40%


今回は、今の若者の7割以上が高学歴(大学・院生)を目指して勉学に励んでいる日本の若者の現状を見聞きするにつけ、
胸が痛む現実が存在する事を知り「何かが間違っている」と感じた事をお伝えしたい。

昔は(当方の時代:今から50年前には)こんなに多くの高学歴の若者は居なかった。
家が裕福な家庭か、とっても優秀で国からの援助金か大学費用の要らない若者が大学に行っていた時代では、
今と反対の数字であった。

しかし、今は大学の数も増え大抵の若者を受け入れるだけの数が出来たし誰もが入れる仕組みになった。
結果、国から受ける融資(奨学金制度)は何時かは返済しなければならず、
高校の成績で金利も変わってくる借金では、大学を出て就職が出来ても既に400万円近い借金を抱えての就職である。

就職が出来ても、「喜んでばかりはいられない」のが現実であろう。
まして、結婚や遊ぶお金など何処から出てくるのだろうか?ある訳がない。
だからお酒もタバコも異性交流も「我慢」する若者が増えて当然であろう。
無気力な若者が増えるのは当然と言わざるを得ない。

そんな若者も、「外国へ行けば何とかなるかなぁ~」と考え出て行かれるが「遊んで」しまう場合は逆効果で、
借金も減らないばかりか、反対に増える事にもなりかねない。
では、なぜそんなにまでして「大学」なのだろう?

企業も無名大学を出たばかりの若者では使うわけにはいかない、
入社早々高校時代の「応用の利く」勉強を再教育している会社も少なくない。それでは採用も控えていまう。

一方外国の若者は、極めてハングリー精神旺盛で、同じように
入社試験をパスする日本国内の外資系企業にどんどん入社している。
反対に高学歴を隠して就職活動をしている若者もいるし、「就職浪人」と言う言葉さえ「耳慣れた」ことになりつつある。
さらに、それが分かっているから就職をせず、「何かを探しているふり」をしながら外国で時間を潰している現役の学生も多い。

結果1~2年を外国で遊び再び学生に戻るのであるが、結果日本の社会に馴染めない若者が増えて再び外国に飛び出す。
でも仕事はない。
親の居るうちは良いが、無くなれば生活費にも事欠く始末であろう。

30歳を過ぎても学生をやっている人にもお会いしたが、学校には顔も出さないで「身分」だけが学生だそうである。
本当にこれでいいのだろうか?
決してよくは無い!

何時収入を得る時代がくるのか?
何時企業出来るのか?
日本の社会を軽んじている現実に唖然となる。

ネパールでは就職する企業が無い。
だから海外に出稼ぎに行く。
それも、大きな借金を抱えてでも、出稼ぎに行く。
必死で「働こう」とする姿勢が見て取れる。

日本人で50代になっても就職できずにいる青年?も居た。
働いた事が無い方である。
親のお金(年金)で生活して来た方であるが、最近親が入院して危篤状態との事。
なぜ?
妹さんに看病を任せ来られている。
そんな方が、ネパールに来られるのである。

逃げてきただけではないのか?
なぜなら、生活費が安いから少ない親の年金でも長期間生活出来るからだそうだ。
これもまた「極端」な話である。
でも現実である。

親が無くなれば「お金も」無くなる。
自分も入院しようか?と笑っておられた。
だから「親は何時までも生きている」事になる。

何かがおかしい?
日本の仕組みがおかしい?
人の考え方がおかしい?
同じ日本人でも幾つになっても、現役で働く方も居ると言うのに・・・

今回は日本の社会のもつ大きな「憂い」の一部を紹介したまでであるが、事実である事には間違いない。
そんな社会で18歳からの選挙権付与の実施・・・・・
うまく運んでくれればいいのだが・・・・

「憂い」が残る。







バスに必死で摑まる乗客
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咲きはじめたジャカランダの花
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マンゴウ
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事故補償の不満から座り込む人々(1日通行止め)
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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。






では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/04/28(木) 09:56:18|
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遼子さんが観て感じたネパール

4月18日(月)天気:晴れ 気温:25℃ 湿度:20%


はじめに、今回の九州(熊本地震)の地震でお亡くなりになられた方がたに対し、
心からご冥福をお祈りすると共に被災された皆様に対し、一日も早い復興に向けた行政の働きを願って止みません。


この時期には珍しくもないが、極端な乾燥状態が続き暑い時期だが汗もすぐに乾いてしまう。
洗濯物などは1時間で確実に乾くほど乾燥している。

今回は、先般東京の女性が突然銀杏旅館を訪ねて来られ、
「右も左も分かりません、筋田さんの活動されている所へお連れ下さい。」との依頼から、
他の男性とお二人を連れてラムチェ・やツゥルチェ・グレなどの村々を巡り、多くを観察して来られた。

以下はその彼女からの「感じたまま」を掲載し、少しでも多くのみなさんに「この感動」を分かち合いたいと考え
「通信として配信」したい。

前回の彼女の原稿は、現地レポートであったが、今回は「考察」である。



【ネパールで気づいたこと】

今回の旅行で普通のネパール観光では見られない部分をたくさん見せてもらった。
とても貴重な体験で、ネパールの文化をいっぱい知る事が出来た。

民族・カースト・難民・昔ながらの場所に近代文明がおもちゃ箱をひっくり返したみたいに詰め込まれた
古い都市・大国に挟まれ、山に囲まれ、決して独立した経済は望めない国。
それはなぜ起きていいるのか?
疑問が「ふつふつ」と湧き出てきた。

しかし、それについて私は何も知らないのだと気づかされた。
特に世界経済については、今まで気にもとめていなかったから、自分の無知が恥ずかしかった。
経済が動けば人も動く。

ネパールでは出稼ぎのために人が「わんさか外国に出て行く」。
ラムチェ村の近所のお母さんも、子どもと離れて女性の身でありながらサウジに働きに出ている。
出稼ぎの中には日本もある。

それは日本が今の世界経済の中でなんとか頑張っているからで、こんな小さな島国で、
その島の外に出たら日本が世界のどこに立っているのかを考えるようになった。
そして観えた。

ネパールがそれを考えるきっかけになった。
ネパールに関わる人達
旅は大好きで、いつも色んな人に出会える。
人の考え方や独特な文化がたくさんのことを教えてくれる。
そしてなにより、自分がどういう人間なのかが見えてくる。

いったい何が好きで、何が許せないかが。
物事が起こった時にどうするのかが、少しづつ理解でき出来てきた。

しかし、毎回「ひとつ賢くなったなぁ~」と思って日本に帰るが、何かが引っ掛かっている。
それは、何事も自分自身が受け身で終っている事ではと気付いた。
「あ~そうなんだ、ふ~ん。」と終るのもいいが、何時も最後に虚しさがが残っていた。

理由は、私には人の役に立つ知恵も力もないと気付く。
これを機に自分を変えたい!そんな意欲が湧いてきては「あっと言う間に」慣れ親しんだ日本の生活に消えて行く。

ただ、今回はネパールに行った事で「自分を見直すチャンス」を貰った。
ネパールのために、ではなく「自分磨き」のために活動している筋田さん・将来家族の生活が向上するよう
勉強して行動しているミナたち・女性でありながら自分だけの力で逞しくビジネスをする「あやさん」など、
魅力的な人たちに出会えた。

正直、自分の無能さに落ち込んだが、それより何より「私にも何か出来る可能性がある」と思い
始められた事は大きな収穫であった。
現在の日本人でいる事がどんなに恵まれているのか、それを理解すると今まで見てきた視界がぐっと広がった。
可能性があるのにそれをしなかった自分に、「もったいない」事をしたと後悔している。

帰国してから、目線を変えて地元の「吉祥寺」を歩いてみると、
ネパールで陶器のフェアトレードを一人でマネージメントして活動している若い女性に出会ったり、
ネパールでお会いした「あやさん」のデザインしたバッグや衣服が店頭に並べられたりと、
意外に間近に同年代でしかも女性で活動している人が居る事に驚いた。
ネパールと日本のつながりがどんどん見つかって、本当に私は何も知らなかったと思う反面、とても面白いと感じた。

最後に、今回の「ネパールへの旅」が「自分で行動する私のエンジンに点火」してくれた事に感謝したい。

                                                        遼子









現在のカトマンズ市内の復旧の様子
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バネパの街で見かけた肉屋さんと看板代わりの水牛の頭(これも売り物である)
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/04/28(木) 09:41:48|
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ネパールの出稼ぎ事情

4月8日(金)天気:晴れ 気温:20℃ 湿度:30%
めちゃめちゃな乾燥状態である。



今回は、ネパールで頻繁に行われている「海外への出稼ぎ」事情についてお伝えしたい。

事の起こりは、次男のサロジ君が軍隊を辞めてから起こった。
銀杏旅館の近くアサブリからも数年前に女性が2人、同じ学校へ「研修目的」で出稼ぎに行き、はや3年の月日が流れた。

この間、結構仕送りもあり新築の家を建てている人も少なくない。
北九州のとある「自動車の整備やモバイルの組み立て修理」などの研修学校である。

2年半ほどは1日4時間は学校で研修し、その後その職種の現場で学校から推薦されたアルバイトと勉強の生活である。
一部屋6人で寝泊りし、全てネパール人自炊である。
労働時間は1日12時間をこなし、8時間を越えると残業となり月収にも大きな差が生じる事となるため、
多くのネパール人は必死で働く。月収16~17万は普通だと言う。

サロジ君がこれに応募し、合格を得た後「お父さん入学費用を貸して下さい」との連絡は3月中ごろであった。
日本語学校や車の運転免許などの資格を取得した後の事である。
既にその学校からの彼に対するビザ申請もあり、残るはお金だけであった。

一人ざっと、120万ルピーである。
私の定期預金を解約して作った。
勿論「借用書」は書いてもらったが、
これは気休めで本当に働いて返却出来れば幸い位の気持ちで書いてもらった「借用書」である。

2年半が過ぎても、本人の意向で最大10年間ほどの労働が可能であり、
この間の給料が、借金の返済に回せれる事が多い。
2~3年に一度はネパールにも戻る事の出来る「就労ビザ」である。

最近特にネパール人の日本行きが多くなった一つの要因が、「難民申請」である。
これにより、在留期間が無くなったネパール人たちはこぞって、
この「難民申請」を行う事で結論の出るまでは働く事の出来る権利を得る事になるからである。

しかし、この方法にも限界があり、日本政府からは「一切の難民申請の受け付けはしない。」方針を固めたとか聞く。
中での「サロジ君の日本での研修労働」なのである。
複雑な気持ちで4月12日に送り出す事になった。

先般も名古屋の大須ロータリーの皆さんが来られた折、ある一人のメンバーの方から、
「ネパールから労働者を派遣して欲しい」がどうすれば良いのか分からないので、力を貸して欲しいとの
問い合わせがあり、当方も「高い派遣費用」にはうんざりしていただけに、
「渡りに船」とばかりに了解して、こちらネパールサイドのする仕事についいて調べ始めたところである。

せめてこの半額の60万ルピー位で派遣が出来れば、もっと多くの若者を日本に送り、
日本の優れた技術を勉強して来て、ここネパールで仕事が出来るのにと何時も考えていた。

具体的には、ネパールでの「人材派遣業」には政府の認可が必要で、
派遣先の国の言語や身元保証が主な仕事となるも、日本語学校や日本とのコンタクト
特に日本の受け入れ先の環境整備には、日本政府の厳しい管理下に置かれ、
よほど「本腰を入れて」掛からないと挫折する事は目に見えている。

しかし、やっている業者や学校がある以上は出来るのである。
この事を念頭に置き「やるのみ」と意志を強くした。

年間36万人の「海外出稼ぎ労働者」を抱えるネパールでは
日本の受け入れ先さえ「しっかり」していれば簡単に「日本のビザ」が降りるようである。
この数字が増える事はあっても、減る事は考えられない今のネパール出稼ぎ実態である





先般の日食
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カラス
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スルジェビナイトの果物屋
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  1. 2016/04/09(土) 10:15:38|
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自分につく「嘘」

3月27日(日)天気:晴れ 気温:20℃ 湿度:52%


強くなければ「優しくなれない」だから体を鍛え武道に精進した。
お陰で、武士道の生き方を学ばせていただいた。

小さいころから、父親には「負ける喧嘩はするな・喧嘩は必ず勝って来い」
「自分より弱い相手と喧嘩するな・相手に怪我をさせるな」と教えられた。
一見矛盾したような話ではあるが、そうではない。策つまり、戦術を考えれば可能である。

感情の高ぶった時の喧嘩は必ず「負ける」、冷静に策を講じて戦えば必ず勝てる。
勉強をしなさいとは「一言も」聞いたことがなかった。
心に「ゆとり」がなければ「包容力」は生まれない。

だから、決して背伸びしたり、無理のある生活はしない。
自分だけで出来る事をすればいい。と考えている。


今回は、「飾る」事の意味を考えてみた。

世間には「粉飾決算」とか「飾り立てる」など、決して良い意味での言葉ではない言葉が横行している。
しかし、人は「飾りたがる」のはなぜだろう?

つまりは、虚栄やカモフラージュのようなことではないだろうか?
自分につく「嘘」である。

人間社会で生きる以上、ある程度の常識や正装があるのは仕方が無い。
でも、度を越した「飾り立て」は返ってその場に居る人々に不快感を与えるのではないだろうか?
つまりは「厚化粧」と同じである。
本人はそれを知らないのに・・・・

一方、では本当の自分を見出すにはどうすればいいのだろうか?
私は何時もこんな事をやってみる。

具体的には、日常の生活ではあまりに見慣れていて現実を観ても何も感じないばかりか、
嫌悪感さえ覚えるので「旅」などに出た時にやってみると、より具体的に見出せる。

例えば、農家の作業を観ていて(牛を使って畑を耕している場面など)感じた事をメモにしておき、
後で「なぜ」を3回ほど繰り返してみる。

感じたこと:機械に頼らない農作業って素敵だなぁ~
なぜ?:時間がゆっくり流れていくから・・・

なぜそれが素敵なのか?:忙しい雑踏の毎日から開放されている自分が分かるから。
なぜ開放されないと駄目なのか?:時間が自分を見つめる時を奪っていくから・・

そうすれば、日本における自分は時間に追われている生活の毎日であり、自分を見つめる何て出来ないから・・・となる。

ゆっくりと「瞑想」するなどは「夢のまた夢」であろう。
時間に流されて押し出される人生には、「自ら作り出す喜び」などない。
ただ既製品の自分があるだけである。

自分らしい自分を作り出すには、時間に流されない自分が必要である。
忙しさの中にあいた「ゆとり」の時間で「瞑想」する。
例え10分でも20分でもやってみる。

心の中を「空」にする。何も考えない・・・・・
自然の「さえずり」のみ耳にする。雑踏がうるさければ耳栓を使用。

ネパールで生きるためには、周りが嘘と騙しと泥棒の世界であると知る事からはじまる。
そこには、驕りや見栄など何の役にもたたないばかりか、返って災いを呼ぶ事が多い。

しかし、人々は飾り、嘘八百・騙しや盗みは日常茶飯事である。
そんな中だからこそ「学べる」事も多い。
裸の自分も見える。






昨年の「夏の安曇野」でのミナとラスミ
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安倍先生の家族
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少しでも癒しになれば・・・
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  1. 2016/04/09(土) 09:59:55|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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