ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

先の見えない燃料問題と活動

1月26日(火)天気:曇り 気温:11℃ 湿度:48%


今年に入っても天候の不順は続いている。
ここばかりでなく、世界中で気候変動?
兎に角、毎年この時期には見えていた「山が見えない」のである。
今回も「愚痴」になってしまうが、ご辛抱いただきたい。

雨の降りそうな雲行きにもかかわらず、「ちょろっと」しか降ってくれない。
今までは、雨さえ降れば季節が変わる。
誰が悪いわけでもない。

いや、人間が破壊した大気汚染が地球の温暖化を引き起こし、局地の氷が氷河が、崩壊して来ているのである。
それによる海流の塩水濃度の変化から来る、海流の変化が大きな気候変動を起している。
ここでも、雨さえ降れば、寒い冬の季節から春に向かうのであるが、それがなかなか来ない。

何処かの映画で見たような事がするが、現実になりつつある。
停電は確実に予定より多く実施してくれるから頭が痛い。
今も電気が来ていない、本当は電気のある時間帯なのに・・・
予定が立たないのである。

活動と同じで、燃料不足から来る諸物価の値上がりは、例年の値上がりに比べて確実に大きな幅で値上がりが感じられる。
通常であれば、年間10~15%の物価上昇であるが、このところ20%以上の値上がりである。

燃料も今は完全にストップした分けではなく、輸入のバルブを今までの10分の1にまで、絞られた状態で半年あまり経過。
長い間燃料不足による「活動の停止」を余儀なくされ、やっとここにきて
通常の価格に近い値段(本来105Rsであったが150Rs近い値段)に落ち着いてきたようで、
荷物の運搬が可能になりそうな雰囲気が見え隠れしている。
来月には再度政府高官とインド政府による話し合いがされるそうだが、結果は期待できない。

一時は政府が「元の値段で販売しなさい」との指導であったが、
業者が勝手に値段を上げて販売、この値段は政府の補助もあり業者は消費者と政府の両方から利益を得ていたことが判明。
早速是正され「元値」での販売が実施されつつあるも、ガソリンスタンドが決まっていて、
今までのような具合に簡単に補給が出来ないが「ゆっくり」と正常の方向へ動きつつある。
手始めに、購入してある鉄筋やその他の建築材料の運搬を急いで進める事としたいが、
まだまだ運賃が高いため遠方への運搬は出来ない。

従って、銀杏旅館の修復から手がける事にしたが、リビングと私の部屋さらに物置を再建しなければ、
客室が3部屋も少ない状態で営業しているため、手狭な事この上ない。
来月には着工したいと考え、毎日その準備に頭が一杯である。

さて、先の「通信」でもお伝えした通り、ラムチェ村での復興支援に向けて調査測量を急いでいるが、
何せ斜面の多い山村であり平坦な場所を確保するにも「山を削る」事になり、人海戦術での敷地確保である。
物資を送り込む前に、整地や水まわりなど先に出来る事から進めているのが現状である。
当然、銀杏旅館とラムチェ村の平行作業になるが、ラムチェ村はパトネちゃんが指揮し、
銀杏旅館はミナがマネージメントする形で動く。

今現在もラムチェ村での整地作業が行われていて、ここには次男のサロジ君が村人を指揮して作業にあたっている。
兄弟が多いと、多方面の仕事が同時にできるからいい。

ここで、みなさんにお伝えしておきたい重大な事柄を記載したい。
それは、ここネパールに於ける地震予測である。
アメリカの地震研究チームによれば、今後20年以内に
先の地震より大きな「阪神淡路大地震」と同じ位の地震が「カトマンドウ直下型」で来るそうである。
75周年周期の地震予測とは別にである。

このニュースはネパール全土に流れているが、「誰も何もしない」ばかりか、
カトマンドウの市街では新たに建設されている家屋が多い。
政府指導の家を作れば、20~30万ルピーの政府補助が頂けるそうであるが???

もちろん、修復もされているが、今までと同じような作りで「これで大丈夫か?」と首を傾げたくなる家屋も多い。
寺院も修復されているが「どうなる事やら??」
日本でも「東南海地震」や「南海地震」が来ると言っておきながら、何も動いていないのいは同じであろう。

果たして、本当にこれでいいのだろうか??
人類が増えすぎた?
世界がやっていることを、神がお怒りになって?
あまりに、自分勝手な事ばかりをしていると神でなくても「鉄槌」が下る事は確かであろう。







本来見えていたヒマラヤと現在の状況
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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。






では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/01/26(火) 15:45:50|
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一念発起!

1月16日(日)天気:闇夜 気温:? 湿度:?
(カトマンドウのゲストハウスから配信)

今回は、過去10年間に及ぶ山岳民族の村々での「教育支援」に大きな打撃を受けた、
昨年の地震による活動の変化についてお伝えしたい。

支援部落の学校が全て破壊されてしまった。(ラムチェ・トゥロパカル・メールダラ)
この地震で、今までの支援活動をやってきた村々が大きな被害に見舞われ、一時期は勉強どころではなくなっていた。

しかし地震から8ヶ月、少しづつではあるが勉強の場が確保されつつある。
粗末なコテージではあるが当面の学び舎としては十分である。

私たちの活動にも変化が出てきた。
昨年まで支援活動をしてきたメールダラでの活動を止め、
10年前の活動現場であるラムチェ村のスリーサルソティーセカンダリースクールのプライマリークラスの
支援活動を再開する事とした。

その理由として、第一に今回の地震でラムチェ村が最も大きな被災を受けている事。

第二に、メールダラには既に4年間の支援活動を終って5年目に入っていて、
新たな地域への支援活動を考えていた時であった事。

第三に、支援者の方によるメールダラの校舎修復作業もほぼ終了し、式典を目前に控えていた折の地震であり、
地震の被害もさほど酷くはなく修復可能と判断し、その修理依頼までしていたが
村長さんの意向(多少の破損があっても修理でなく新校舎を作りたいとの思い)から
全てを撤去することになり、最初から作ってきた当方への連絡も無いままに撤去されてしまった。

そこへ我々の手で新校舎再建をとはとっても考えられず、
村長さんは学校再建に向けた動きをされているようなので、これを期にメールダラから撤退する決意をした次第。

メールダラの校舎修復費用を拠出して下さった、
日本の支援者やベルギーの支援者のみなさんには何とお詫びしていいのか分からない。
フェンス・ゲート・水道などは健在である。
しかし、修復を手がけた私にとって、「城が崩されると同時に我が身を削られる」思いであった。

この時の落胆が「撤退」を決断させた事は確かである。
一時期「村長憎し」の一点で2~3ヶ月すごしたが、憎んでも何も進まないばかりか、
自分にとっても憎んでいては辛いだけであると知り、思いを打ち切った。

過去にも同じような思いをした経験が思い出されて、
「これがネパール」なのだと納得する以外に自分を静める方法は無かった。
ただ、怒りはないが「無念さ」だけが残った。

この40年あまりは、「無念さ」の繰り返しでもある。
「驕り:おごり」を捨て、「させていただく」気持になるにはまだまだ程遠い、殆ど成長していない自分に気づく。

でも、子供たちとの別れは惜しい、しかしまた新たな出会いを求めて活動を展開して行く事になる。
それも楽しみである。

ラムチェ村では10年前に支援していても「子供たちは違う」
初めての出会いである。

2016年新規まき直しの初めに当たり、過去10年の活動で「一番辛い2015年」であったことだけは確かである。
ラムチェ村の復興支援は、学校再建もさることながらコテージで我慢してもらい、まずは村人の住む家である。

2016年1月8日ごろから気温が下がり、トリスリの奥地であるゴルカでは
過去に降った事の無い「雪」が積もってコテージで生活していた村人の多くが凍死したとのテレビニュースを見た。

早い時期に取り掛かりたい「モデルハウス」の建設ではあるが、肝心のガソリンが不足して、
車が手配出来ない状態なのである。
無理に手配すれば出来ない事はないが、通常の2倍から3倍の料金を取られる事となるため、
燃料の流通の良くなるのを待つより仕方がないのが現状である。







「いも祭り」1月15日を前に賑わうアッサンバザール
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修復中のダルバールスクエアー
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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。








では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/01/23(土) 16:03:51|
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省エネで移動を最小限に・・・

月7日(木)天気:快晴 気温19℃ 湿度50%

今回はここでの燃料不足による、交通事情はじめ生活実態をご紹介し、エネルギーの重要性について理解を得たい。

ガソリンもプロパンも、今まで同様に使えるようになる見通しは全くない。
従って、唯一の自衛手段は「極力使わない」事であろう。
電気は今年から24時間中13時間以上の停電が実施されているが、
我が家はソーラーシステムとインバーターで何とかこなしている。

大使館から配信されたサンガの停電計画(1月4日から)

Su 04:00~12:00 16:00~22:00
Mo 04:00~11:00 15:00~21:00
Tu 05:00~14:00 18:00~22:00
We 11:00~19:00
Th 03:00~10:00 14:00~20:00
Fr 06:00~15:00 19:00~23:00
Sa 10:00~16:00 20:00~24:00

ここに示した時間帯が停電である。
これから毎月のように停電時間は長くなる。(最大で18時間/1日)

プロパンの代替燃料は「薪」である。
しかし、この薪が問題である。
国有林の伐採や植林地域の伐採など、勝手気ままな行動が目立つ。
ここでは、効果的な「かまど」を準備して廃材などを使っての食事の準備である。

この効果的な「かまど」はここサンガで作っていて中型が5000Rsほどするが、
極めて簡単に薪に火がつくから凄い。
かまど入り口が桟で仕切ってあり、自動的に下から空気が入る仕組みである。(添付写真参照)


街では、あれだけ走っていた車が激減し、排気ガスも少なく
いい環境が戻ってきたように感じるが、カトマンドウのタメル地区では相変わらず観光客の姿は極僅かしかなく、
ホテルや食堂も閑散としているのが現状である。
店主の中には「もうやって行けない」と言って店じまいするネパール人も多い。
貸し店舗では仕方の無い事実であろう。
家賃だけ支払って収入がゼロでは、「砂漠に水」の状態で収入にはならないのである。
こんな状況が半年以上続けば、大半の店は赤字でやっていけないのが本音。

国民の唯一の移動手段でもある「ローカルバス」は動いているものの台数が激減し、
何処で乗っても何時も満員状態で、以前は禁止されていたバスの屋根に乗る事も「黙認」されている状態である。
安全より、利用者の意向を考えての事だそうである。

日本とは大きくかけ離れている。

少し前になるが、日本の若者をバネパからバラビシまでの約2時間半をバスの屋根に乗って旅をしてもらった。
彼曰く「とっても面白かった!」との事。でも危険・・・・・

我々もよほどの事が無ければ移動する事を避けて、家で待機しているのが安全である。
全てに安全第一が優先する日本では、絶対にありえない事である。

新しい年「2016年は確実に動き出したが、ネパールの経済は
まさに「亀」の如くビスターレ・ビスターレ(ゆっくり・ゆっくり)と移動を始めたようである。

1月18日からはネパール政府の仕事で、ミナが地域の代表として1週間ほど「バングラデッシュ」に視察の出かける。
全てバスでの移動で、「車酔い」が心配なミナである。
酔い止めの薬をしっかり持たせる予定であるが、忘れずに飲んでくれるかどうかが問題である。

正月早々、良いニュースの何も無いネパールに唯一明るいニュースは、「ミナの視察研修旅行」である。
精精お年玉を奮発して持たせてやらねばと考えているが、
ミナは「お金は要らない、政府が出してくれるから」と言っても1万や2万は持って行かねば不安であろう。



井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。





「かまど」で揚げ物をする商店
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我が家の「かまど」
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2016/01/08(金) 19:41:43|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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