ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

抗がん剤と白血球

6月23日(火)天気:快晴 気温:めちゃ暑い湿度:??


今回は、初めて体験している「闘病生活」で感じた、身体と心の中での「闘い」についてお伝えしたい。
放射線治療を始めて1ヶ月が経過した。
週5回の放射線治療に加えて、「抗がん剤の点滴投与」が1日あり、これの繰り返しである。

「抗がん剤の点滴投与」は事前に血液検査を実施して、白血球の量をい確認しながらの投与である。
その許容範囲は4000~10000であり、「抗がん剤」を投与したりすると「白血球」が少なくなる。
すると、白血球が回復するまで抗がん剤は投与できない。
さりとて、白血球は如何にすれば基準値が確保出来るのか?
これが難問である。

ネットでの検索でもはっきりした答えは無く、それでも「何か無いか」と探す。
「バナナ」が有効であろう?「とうもろこしのスープ」が良いかも?と言った
「過去の経験」から聞いた「いいであろう」とする事を全て取り込んで白血球の増量に神経を傾注。
さらに、こうしたゲストハウスには自然の癌治療薬もあり、3~4種類の「漢方薬」を併用して飲んでいるが実情。
治っても、どれが効果があったのか判らないであろう。

そして、再度の血液検査。
結果良ければ「抗がん剤の点滴投与」となる。

そんな毎日で「大事件!」白血球の値が2900と急激なダウン。
病院から血液検査の結果を持って来た「ミナ」は顔がひきつっていて
「お父さんがジュースや水を飲まないから、白血球の数字が大きく下がった!」
何時もの「抗がん剤点滴投与」が出来ない!と言って泣きながら訴えた。

放射線治療で「のど」をやられている私にとって、水やジュースは「痛みを伴う」苦労である。
「お父さんも一生懸命飲んでいる」と訴えたがミナには聞こえない。
一種のパニックである。

「のどの粘膜が柔らかくなり、ゴムのように延びちじみが容易でない」状態では食べ物にも「悪戦苦闘」する。
さらに、当方の上の「入れ歯」にクラックが出来、暫くは両方の病院へ通う事になった。(泣きっ面に蜂状態である)

ゲストハウスのオーナーさんが、「こんな事は何時でもある」心配しなくても良い。と言ってくれてやっとおさ治まった。
こうした毎日で「ミナの顔がパニポット:水のポット」に見えるから不思議?
それくらい、顔が合えば「水・水・水」と言う彼女の声を聞く度に思い出す。しかし明日は「血液検査」の日である。
どうなる事やら、「バナナやトウモロコシのジュース」は嫌と言うほど飲んでいるが、結果オーライである。
どれだけ飲んでも「結果が全て」結果だけである。辛い事この上ない。
でもやるっきゃない!

この間、ネパールの友人であるラムさんやCBラマさん、元JICAのスタッフのスシールバッタチャンが
遠くカトマンドウから見舞いに来てくれた。本当に嬉しい限りである。

ラムチェ村・マテ村の状況は後日画像報告。

井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。




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病院でドクターの診察を待つ患者
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ここチトワンで始めて見た電気自動車
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当方の昼ご飯(リンゴ・ザクロ・チキンギョウザ・お粥)
これに水やジュースを飲まねばならないのが辛い

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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2015/06/23(火) 17:38:51|
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仮設教室の着工!

6月11日(木)天気:曇天 気温:酷暑! 湿度:??


今回は、先の「ネパール通信」でお知らせした活動に若干の訂正をさせていただき
適切でタイムリーな働きをするためにはフレキシブルな行動が必要であることをである事を理解していただきたい。

今回の地震では、子供たちにも大きな影響を与え、中には恐怖から「精神異常」を起す子供も出ている現実を見ると、
被害は自然や建物だけでなく、人の精神までも破壊した事が伺える。
日本のようにほぼ毎日起こる地震と80年に1回の地震では受けるショックも相当異なる事は明白であろう。

2度目の地震5月12日以降、村人の動きが分かり難い状態、であったため、
「今何が必要なのか?」が的確に見えていなかった。と言うのも、
当方自身がチトワンと言うシンドパルチョークとは250K以上離れた場所に居て、
唯一携帯電話だけが頼りの活動であり、ミナの弟であるパトネちゃんに動いてもらう以外方法がない。
さらにネットワークが悪く、なかなか携帯電話が通じない状態が地震の影響で特に悪くなっている。

こうした中で、先般パトネちゃんがチトワンまで見舞いに来てくれてラムチェ村の状況を説明してくれた。
それによると、後1~2年には政府による学校建設が始まり、個人の家についても、
全壊した家の人には雨露をしのぐ「個人の小屋」を作るための費用が15000Rsほど渡されると聞いたが、
誰に渡すのが良いのか行政が迷っているそうである。
と言うのも、中には「お酒」を飲んでしまう人も多いため配布に苦慮していると聞いた。
学校も半分の教室(テント)しか無いが始まるとの情報に「急いで仮設の教室を作らねば」雨期が来てしまう。
この事が一番心配であった。

パトネちゃんにトタン板や鉄骨・セメント・合板・ペイントなどの購入と建設を含めて依頼。
設置場所は以前の校長先生の畑をつぶして、8教室作ると言う計画である。
10年生までだが、1~3年生は同じ教室でもOKとの事。急いで作るようお願いした。

一方政府の支援体制もやっと動きを見せ始め、被災の大きな地域から手がけるようで、
奥地から先に着手するとの事だが、始まってみないと分からないのがネパールである。

今年の9月には国の大きな会議があり、そこで「何処へ・何時・どんな」援助を行うかを決める予定との事。
勿論、被災地の状況によって復旧規模や期間が異なるが大まかな日程などを取り決めるそうである。
でも実態に合わせた復旧となるとかなり難しいのが現実。

そうした中でも外国からの救援活動で、日本の自衛隊のみなさんの活動が大きく評価され、
諸外国の救援隊のみなさんからも評価された新聞記事が大きな見出しでだされたのは流石である。
中でも日本の自衛隊の人命救助・救急活動は目覚ましく、諸外国の活動を大きくリードしているとの定評である。
日本国内で慣れているとは言え、大きく環境の異なる国での活動には大きな負担もあると考えるが、
日本人として嬉しい限りである。

仮設教室の設置を急ぐと同時に、日本の太陽光発電の協会から
今回の地震でネパールの被災地にソーラーシステムの支援オファーがあり、正に「神の導き」のような問い合わせであった。

さて、ラムチェ村の学校であるが、そろそろ勉強も始まる予定でありSLCの準備に忙しい先生方であるが、
地震の被害の大きかったシンドパルチョークではLCSの日程が若干れが出る予定である。
それはそれで仕方の無いことである。
学校が無く勉強に遅れが出ても止む終えないと言う考えである。



今の私の生活環境で撮影IMG_5279.jpg

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               【感謝とおねがい】

ネパールにおける4月25日・5月12日の2度に亘る地震の被災地、
ラムチェ村の復興支援はまだ復興計画は始まったばかりです。
もちろん、政府の動きはいまだ無く、我々民間レベルでの動きです。
震災当時のネパール支援に対し、日本全国又は海外在住の日本人の方など、
多くの皆さんの「心を集結」させていただき、本当にありがとうございました。
まだまだ先の長い活動となります。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

ネパールの被災地でも、その被害の最も悲惨な「ラムチェ村」の復興開始時期を「余震の終った時点」と定め、
それまでに子供たちが「勉強が出来る環境整備」を整えたいと考えています。

具体的には一時的集団転校に依る「寄宿舎」の設置を考えていましたが、2度目の地震以降、
余震が少なくなり、村人が家財道具や家畜を放置したままの村に戻ってきたため、急遽方向を変えて
仮設校舎の作成の取り掛かる事が賢明と考え着工を決めました。

ラムチェ村の殆どの家が戻って来て「コテージ?」で生活を始めた今、学校もそろそろ始まる。
テントでの勉強を余儀なくされているが、少しでも「学び舎」の環境が良くなるように、仮
設教室の着工に取り掛かり「質素でも雨露のしのげる学び舎」を目指し行動を開始します。

さらに、復興支援事務所の建設を行い「現地訪問」の出来る環境を整備いたします。
尚、こうした支援団体をネパールで集結して大きな力とし、復興支援をするために、
多くの団体の参加を心よりお待ちしています。



                    【復興支援の考え方】

*決して「驕り」でなく、「させていただく」と言う気持ちで実施していきます。
*常に「同行二人」の私たちです。「自分に負けないよう」努めます!

この考え方には「失敗がありません」新たな支援方法が待っているだけです。
同時に村人からの「見返りも・感謝も・お礼も不要」です。
なぜなら、全て「自己研鑽」でしかないからです。


支援金の振込み先は「岐阜ネパール会」のHP「お問い合わせ」から事務局へお聞き下さい。よろしくお願いいたします。
                                                                       すじた





井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで



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  1. 2015/06/11(木) 18:26:15|
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ネパールでの「癌」治療

6月4日(木)天気:曇りのち快晴 気温:昼間はめちゃ暑い 湿度:?

今回は、ここネパールに於ける「癌」の治療状況についてお伝えしたい。
人口、2800万人と言われるネパールであるが、ネパールに数少ない「癌」専門の病院となると、
ここチトワンの国立がんセンターが有名である。

さて、今回は私が通院している「がんセンター」での1日をお伝えしたい。
早朝5:30
起床(屋上の蚊帳の吊った簡易ベッド)し、朝の美味しい空気を腹いっぱい吸い込む。(適当な風も吹き、快適な寝心地である)
シャワー(水の)と洗顔を済ません、ミナの準備したお粥を食べコーヒーを入れて一日の始まりである。
ゆっくりと朝日の昇るのを見ながら飲む本格コーヒーは、抜群に旨い!

6:30 
病院で必要な書類を一つのバッグに入れて「いざ出陣!」
本来の入り口ではなく反対側の入り口から行った方が「放射線治療」をする病棟に近いため、裏口入門となる。
そこへは10分程で到着するが、道々にはいろんな花々が咲いていて楽しませてくれる。(時計草・おじぎ草などなど)

6:45
「放射線治療」病棟のドアーの前には既に5~7人の順番待ちの人々が待っている。
それぞれの「放射線治療計画」の種類には決められた時間がマジックで記載してあり、
大体その時間に受付の机に置いて行くと「技師」が来てそれぞれの名前を呼び出し治療室へと案内する。
そこでも、10名くらいに順番があり、当方はその技師とは日本人と言うこともあり、
面識もありお茶も飲んだりしているので何時も一番早く名前を呼んでくれて、治療室へ案内してくれる。

7:00
やはり一番先に「スジタマサノリ」と呼んでくれて「こっちに来て待っていなさい」と言ってコンピューターのセットをしてから
治療台に案内してくれ、位置決めを行い(最初に何処を治療するのかをタトゥーでマーキングしてある)約4分ほどで完了。
既に次の人が治療台に横で待っている状態であった。
これで、今日一日は開放!
とは言っても猛暑の中、さっさと家路につく。

これから食事の準備をして11時ごろにブランチを食べ午後7:00には夕食の準備となる。
ここでも結構美味しい料理を作って食べている。
昨日などは、ここの大家さんと一緒に「日本のカレー」を作って食べた。
初めての味だが「旨い・旨い」を連の発、ここでもいい交流が出来たようである。

ここチトワンがんセンターの出来る前には、約25年前日本の農業支援により
広大な土地に「マンゴーやライチの植林とお米」の作り方などの指導をして今では「大きな森と広大な田んぼ」となった。
さらに、毎晩のように村人との交流会を開催して、日本の映画やスライドさらには運動会などもやったそうである。

こうして村人との関係改善に努めたと、ここの住民たちは言っている。
この果物の収入でこの街がかなり潤っている事はたしかである。

今でも日本人の作った家が3棟ほど残っていて、使われているそうである。
しかし、中国の建設したこのがんセンターの事はどうもあまり喜んでいないようである。
原因は、中国人は建設工事に中国から連れてきた中国人を使いネパール人を使わなかったので、
村にお金は一銭も入らなかったと怒っていた。
病院の中の機器類は全てネパール政府ががいこくの支援で揃えたものであるとの事。
中には寄付された物(機器)もあるようだが少ないとの話であった。
こうした生活環境で残りの1ヶ月間を「がんばり」ます!

                             
今間借りしているゲストハウスの中と外の様子
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               感謝とおねがい

ネパールにおける4月25日・5月12日の2度に亘る地震の被災地、
ラムチェ村の復興支援はまだ復興計画は始まったばかりです。
もちろん、政府の動きはいまだ無く、我々民間レベルでの動きです。
震災当時のネパール支援に対し、日本全国又は海外在住の日本人の方など、
多くの皆さんの「心を集結」させていただき、本当にありがとうございました。
まだまだ先の長い活動となります。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

ネパールの被災地でも、その被害の最も悲惨な「ラムチェ村」の復興開始時期を「余震の終った時点」と定め、
それまでに子供たちが「学校へ通える環境整備」を整えたいと考えています。
具体的には一時的集団転校に依る「寄宿舎」の設置です。
同時に、学校の修復を開始し「質素でも雨露のしのげる学び舎」を目指し行動を開始します。

さらに、復興支援事務所の建設を行い「現地訪問」の出来る環境を整備いたします。
尚、こうした支援団体をネパールで集結して大きな力とし、復興支援をするために、
多くの団体・個人の参加を心よりお待ちしています。
支援金の振込み先は「岐阜ネパール会」のHP「お問い合わせ」から事務局へお聞き下さい。
よろしくお願いいたします。    すじた


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。








では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2015/06/05(金) 19:31:35|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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