ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

福井の山口さん一家のネパール訪問記!

12月29日(月)天気:星空 気温:10℃ 湿度:60%



今回は「ネパール通信」の配信が当方の都合で大変遅くなった事をお詫びし、
福井のみなさんの訪問記を今年最後の「ネパール通信」とさせていただく。

今回は昨ミナが日本でお世話になった「山口さん一家」のネパール訪問を受け、
ミナと私のガイドでの「旅」の報告をさせていただきたい。
以下は山口さんによるネパール訪問記である。
記載内容は、全く変更することなく掲載させていただいた。


再度の訪問を終えて

私達PTPI福井メンバー10名{と言っても気心のしれた夫の兄弟、
姉妹夫婦に私の息子、英語スクールの先生で}暮れもせまった12月14日~22日まで、ネパールに行ってきました。
これも、昨年私の家にホームステイされた、ネパールのミナさんの人柄に好かれての事、大です。
私達夫婦と義弟は、2010年に次いでの再度の訪問でした。


14日
福井出発の際には、天気予報は、雪マークがずらり、早朝4時の予定を3時半に繰り上げての出発でした。
名古屋セントレヤ空港で、筋田様の奥様がすでに、
用意され空港に送られていた、支援物資1個23キロ、10個受け取り、機上にと。

上海、広州経由にて一路カトマンズと思いきや、カトマンズ空港の霧が深く欠航とのとのお知らせ、
広州1泊にて出るも、また1時間の延長。

幸先不安を感じながらも、お昼ごろカトマンズに到着。
筋田さん、ミナさん、パトネさんたちが車の手配をして待っていてくださる。
私の最初の杞憂は、お迎えの、その笑顔と青空にいっぺんに吹っ飛ぶ。


16日
チトワンナショナルパークにて象にのりジャングルウオーク、身近に来る綺麗な子鳥たち、
木立の間に見え隠れする動物たち、岸辺にゆったりと甲羅干しているワニを横目に丸木船にて川下り。
ターザンにでもなった心地してはしゃぐ。

夜は村の経営する館にて、ネパールソングに乗り々、皆で踊る、色々な人種の人たちが一つ舞台で踊るさまは、
まさに平和交流そのもの。
またホテルの庭でフヮイヤーを囲み、ホテルのスタッフも交えての、歌合戦。
朝は庭にてラジオ体操、けげんそうに見ていた現地の人達もいつの間にか仲間入り。


17日、18日ポカラへ
これがネパールと言わんばかりのヒマラヤの山並、日の出、日の入り皆寝るのを惜しむかのように、
早朝から夜更けまで、ポカラの自然を楽しむ。
同行の先生に日本では見れないと言う、天の川を教えていただく。
この先生は、天文学にも詳しいので、夜空の楽しみも大いに味わう。
又憧れのパラグライダーにのりヒマラヤ絶景を楽しむ。夕食は日本料理の”桃太郎“にて貸切のような宴会。


19日
いよいよ待ちに待った“銀杏旅館”4年前に来た時より、増改築により、
すっかり様変わりしている、部屋ごとのシャワー、トイレ付き、まさにホテルである。
市場で、野菜、肉、果物などの買い物をすませ、女性総勢8人で料理つくり、
皆さん手馴れたもの、ネパールのミナさんの妹、いとこ、友達も言葉は通じなくても、すぐに理解し手伝ってくれる。

そして夕餉の宴その賑やかさは,ミナさん曰く“お母さん福井でのお盆思い出すね”とのこと。
夜も更けて一時又星の観察。


20日
朝食は朝日輝くヒマラヤ山脈を眺めながら、銀杏旅館の屋上にて。
なんと贅沢なこと。


21日
ネパールのミナさんたちに後ろ髪惹かれる思いで、又の訪問を約束し機上に、24時間後無事我が家に到着。
今回の訪問は観光が、主でしたが次回は子供達が待っている、山の学校を是非訪ねたいと、皆さんの意見でした。
又今日の福井新聞に、2015年は”国際土壌年“とあるでもすでにネパールで筋田さんは始められている仕事なり、
一人の地味な活動が、沢山の人に波紋していくことを願う。

そして私達は、それを見学しているだけでなく、自分たちに出来ることをやっていきたい。
それは支援ではなく、自分の生きる道として進みたいと新しい年に向って願う。
最後に筋田様、ミナさんの家族、友人、そして今回の旅にかかわった多くの人々に感謝します。

2014年12月28日
山口 喜代子

井戸の外から&ネパールの習慣は、今回は割愛させていただく。






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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/12/30(火) 21:00:14|
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どんな明日が来るのか楽しみ・・・

12月7日(日)天気:晴れ 気温:14℃ 湿度:50%



今回は、今取り組んでいる「堆肥」の普及活動を紹介しながら、人生の楽しさを知っていただけたら幸いである。

今月から始めた「堆肥の普及活動」は、当然はじめからスムースに事が運ぶとは考えていない。
集合時間は守らない・責任感はまるで無い・他人の為には何もしない・
こんなマインドの中で行う「堆肥の普及活動」は「忍耐と笑顔と努力」なくして出来ない仕事である。

でも、これが面白い!
無から作り出す「形」こそ、「喜び」であり「ごみ」から「宝物」を作り出すのである。
これは、野菜くずから作る「堆肥」であり、原材料となる「野菜くず」が重要なポイントとなる。

培養する「菌」はヨーグルト菌・地酒を造る酵母菌など何でもOKであり、入手可能な「菌」ばかりである。
これに「砂糖」を加えて「培養」し、もう一つは野菜くずに「塩」を入れて同じように培養するものと2種類作る。
今までは、野菜くずを集める工夫をしていたが「現地で作っては?」との助言から、
まさに「目から鱗」のような発想であり、はてさて山村の「あぜ道」で「野菜の種」を蒔くことになろうとは、考えもしなかった。

しかし「発芽」したものを蒔けば、同時に成長し歩留まりも小さくて済む。
とにかく「やってみる」事である。
百姓「ばんざい!」である。



さて、今回の活動でもご理解いただけると思うが、「作り出す喜び」は正に生きる喜びである。
若返りの方法をお伝えしたい。
既に多くのみなさんがご承知だと考えるが、
現実には読んだだけで終わり実行に移されていない方が多いのではと記載するに至った。


『 青春 』  サミュエル・ウルマン
第二次世界大戦中に、マッカーサー元帥が座右に置いていたという、アメリカの詩人、
サミュエル・ウルマンの詩をご存知の人も多いだろう。

青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞(たくま)しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却(しりぞ)ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こういう様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときにはじめて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
とにかく「やってみる」事である。



【井戸の外から】

12月に入り、日本列島は「寒気」に覆われて九州でスキー場がオープンしたとか、
車が積雪で動けなくなり自衛隊による強制撤去までされていると言う。
何と「自然の偉大な力」の前には全く無力な人間である。
この寒さの中、選挙戦が繰る広げられているが、
「争点のない選挙」だの「無駄な選挙」と言う前にまず「投票」に行く事をお勧めしたい。

現在、香港では学生たちによる「自由立候補制度&選挙のありかた」について
政府との間で激しい権利の主張をめぐる戦いが繰り広げられている中、
投票率が50%を切るような事では、義務も責任も果たしていないと考えられても当然であろう。

それで代えられなければ、他には方法がない。(クーデター以外には)
選挙に行かない人が、クーデターに参加するはずもなし。
愚痴は無用、選挙結果に民意が反映されるのは「民主主義」の世界であれば何処の国でも同じであろう。



【ネパールの習慣】

使った物を元の位置に戻す、と言う習慣が全くない。
小さなものは「針と糸」のようなものから、歯ブラシやペースト・大きなものはベッドや寝具に至るまで全てである。
それを「指導?」するのは「至難の業」でもある。
だから、はじめはキッチンの道具からの指導であるが、定位置を決める事からはじめるが、先が思いやられる。






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では次回「ネパール通信」まで。



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災いの「根源」を正す勇気を!

11月28日(金)天気:晴れ 気温:14℃ 湿度:55%



はじめに「SAARC会議中の交通規制」があり、
今週はほと んど 一般の公共交通機関は「麻痺状態」であることをお伝えする。
停留所の変更などがあり、出て行けば極めて不便なことこの上な い。

ただ、カトマンドウ市内での会議であればここサンガまでの影響は少ないののだが、
すぐ近くのドウリュケルでの開催ではまともに影響を受け、身動きが出来ない。
生活必需品や生鮮野菜などはサンガの町にあるので問題は無い。

各国首脳が集まる会議では、こうした交通規制は昔からあり、 昨日や今日始まったわけではない。
しかし、日本ではあり得ない事である。

昨今の日本に於ける「毒蜘蛛やエボラ・エイズ」などへの対応や、
世界中で起こっている戦闘行為に対し日本国民の悪い部分「島国根性」と言った
醜いところが「世論」と言う形で出てきている。

例えば世界中で起こっているあらゆる戦闘行為に対し、
「国境無き医師団」のような動きにも、彼らは「好きでやっている」との声さえも聞く。
前回の「通信」でも記載した「ボランティアはやる人の勝手」である。との意見の方々である。

しかし、この医師団には世界の医師に混じって、日本の医師も含まれている事はご存知だろうか?
国境なき医師団についてお伝えしておきたい。(MSF紹介のHPより)

国境なき医師団(Medecins Sans Frontieres=MSF)は、
中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体である。
1971年に設立し、1992年には日本事務局が発足。
MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的とし、
紛争や自然災害の被害者や貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、
その対象は多岐にわたる。

MSFは世界各地に28事務局を設置し、主な活動地はアフリカ・アジア・南米などの途上国である。
2013年は3万6000人以上の海外派遣スタッフ・現地スタッフが、約70の国と地域で活動を行った。
MSF日本からは71人をのべ96回派遣し、24の国と地域で活動した。
MSFの活動は、ほぼすべて民間からの寄付で成り立っている。
また、活動地へ派遣するスタッフの募集も通年で行っている。
さらに、活動地の現状報告や患者の方々の声を届ける証言・広報活動も重視している。

現地に居なければ、その状況は分からないし手当ても出来ない。
それが活動の原点と考える。
その意味においては、私たちの活動も同じである。

彼らは地球そのものが舞台で活動している団体であり、
戦場であれ汚染地域であれ「災いの根源」を正すと言う「信念」の基に活動している。
そこには、「命の補償」などという「俗世界」の考え方はない。
ただ「根源を正す」これだけである。

ボランティア元年と言われて久しい「阪神淡路大震災」から、
既に20年が経過しようとしている現在、「ボランティアの何か」が変わってきている気がする。
災いの根源に行く前に「命の補償」を議論する「時間的余裕など」ない!
刻々と災いが襲い掛かっているのである。
何もしないでただ見ているだけの、国になって欲しくはない。

さらに、エボラの対応も「目に見える毒蜘蛛さえ通す」入国管理の国なのに、「見えないウイルス」が防げるはずもない。
何も無い平常時に「どうするのか?」を国会で議論して決めておき
「災害発生時」にタイムリーな支援の出来る国にして欲しいものである。

戦争に行く窓口ではない。(中にはそんな馬鹿な輩もいたが・・・)
発生地域での活動に全力を尽くす事こそ真っ先に必要な事であろう。
アメリカからは「もっと多くの国からの支援金や医師の派遣を」と呼びかけがあり、
何が出来るのかを議論している暇などない。
遅い決断ではやっている行為の意味が半減する。
日本はタイムリーな救援活動が望まれる災害復旧活動は「得意ではなかったのか?」

選挙で忙しい事は分かるが、消え行く命に時間はない。
何とも、はがゆいばかりである。
こうした協力に慣れないと日本は、世界の一流には決してなれない。
少し愚痴になったが、情けない話は疲れるばかりである。

日本国内で頻繁に起こる「地震」も新たな地域で発生している。
ここネパールでは近年天候の不順が続いている。
ダサインを終えた時期に雨が降ったり、曇りの日が続くのは過去殆ど例が無い。

何かが変化している事が分かるのだが、どんな「災い」なのかは見えない。
そのためにも・・・・
添付写真は「癒し」になれば幸いである。

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【井戸の外から】

*私自身が、いろんな意味で「焦って」いる。

*特に急速に進む「円安」は年内には150円:ドルになる勢いで、 留まる事を忘れたかに思えるほどである。

*中韓の問題などにかまけていては、本来やらねばならない事が出来なくなる。

*日本の足を引っ張る彼らは「置いておいて」先に進める事が山ほどある。

*某二ヶ国を除き多くの国から支持されている現政権に対し、選挙後の政府に 大いに期待したいものである。





【ネパールの習慣】

お金を渡して買い物を依頼すると、催促するまで「おつり」は返さない。
例え何千ルピーあっても同じである。
買い物だけではない、彼らにお金を預けたり握らせたりすれば「返してくれ」と言わない限り返さない。
さらに、1万ルピーも持たせると必ず「お札を勘定」を始める。
財布を持った事の無い(大金を持った事の無い)彼らは、紙幣をく「しゃくしゃ」にしてポケットに入れて持ち歩き、
頻繁にお金を落とす。
山岳民族の特徴かもしれない。
当方も結構お金を拾った経験がある。
だから、持たせないのが賢明である。










では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/12/03(水) 11:57:46|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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