ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

同行二人

文字色10月30日(金)天気:星なし 気温:16℃ 湿度:70%


前回、それぞれの心の中には、必ず「善悪」を抱えて生きていて、常にお互いが心の中で戦っていると記載した。
その後、ある読者から(仏門の方)仏教の言葉に置き換えての教えをいただいたので、
自分だけでいい子になっていては申し訳ないと考え、今回記載させていただいた。
以下はその抜粋である。

人間には本来的に仏性と言うものがある。
赤ちゃんは生まれたときには何の善悪判断もせず、ただ母親のおっぱいを吸って、泣き、寝る。
何のためらいもこだわりも無い。

育つにつれて人見知りを覚え、いたずらを覚え、悪さをする。
悪句、雑言、虚言、犯罪に手を染める輩も出る。

この仏性は「善根」とも言い換えられ、人によってそれがお釈迦様であったり、阿弥陀様であったり、
観音様であったりするわけである。

しかし、現実の人間は煩悩を抱えて生きている。
事実、煩悩なしでは生きられぬという現実と、この善根と煩悩の二者が常に人間に同居している。

これをさして「同行二人」という。
死ぬまで(涅槃寂静)これは変らない。

言い換えれば善根だけになるときは即、成仏する時のみ、
二人のハザマで悩むのは生きている証拠である。
大いに悩むべし!(良い意味で)



もう一つの悩みについて聞いていただきたい。
現在銀杏旅館をリニューアルしている事はお知らせしている通りである。

学校は建てて来たが、自分たちの住む、そして営業する旅館を建設するのは、日本人としても数少ない。
長い改修期間にはさまざまな「葛藤」があり、その中での出来事を少しお伝えして、
ここでの「家の建設」の難しさをご理解いただければ幸いである。

はじめに、工期についてである。
今年2月にはじめたのには理由があった。

家の建設には多くの水が必要であり、水の多くある時期にセメント工事を進める必要から2月のスタートとした。
約11ヶ月の工事期間であるが、これが大変な仕事である。
なぜなら、建設工事に必要な材料は全て自分たちで購入し、搬入しなければならないからである。

ネパールでは、材料調達は施工主の責任で行うのが通常、
従って、何時どんな材料がどれだけ必要なのかを作る人に確認してから購入となるが、これがまた、また大変である。

店によって値段が「まちまち」であり、かなり広範囲に探さないと
とんでもない値段の材料(セメント・砂・ジャリ・鉄筋・ペイント・木材など)を買う羽目になる。
購入時期が遅くなれば、値段も上がるから始末に悪い。

工事もいよいよ終盤となれば、電気のセットや壁の仕上げ(プラスター)、はたまた、階段のタイルや
手摺の着手にペイント工事などなど、言い出せばきりがない。
そんな「ごちゃごちゃ」の中で工期の管理は「とっても難しい」のがここネパールでの工事である。

予定はあるが、決定ではない。
だから「何時工事が終るのか」さえ分かりかねるのが、ここでの家作りである。
焦れば焦っただけ工事が遅れる事につながり、悪循環の繰り返しでもある。

文句を言っても聞いていないし、反発してストライキでもやられたら新しい工事をやってくれる人を探さねばならず、
また工期が遅れるため「堪える」のみ。
こんな毎日は、精神衛生上極めてよくない。

先日もペンキの工事をやってくれている若者が、パトネちゃんのギターを持ち出してきて弾き語りをはじめ、
他の人は仕事をしているが、彼はギターをやっている。
私が「ギターは好きか?」と聞くと「ギターは命」とまたやりはじめた。
そこで、「そのギターはパトネちゃんのだから、仕事をしてくれ」と言うと、黙って出て行ってしまい帰ってこなかった。

休まる暇がないし、寝れば頭の中には、次にやる工事の買い物や店の場所を思い浮かべては、
機材購入の作戦を考える毎日である。
ミナに言わせると、仕事をしないから「代わりの人を探した方がいい」と言って「けっろ」としている。

自分で空回りしているのが「鈍感な私でも分かった」
ワッ!!っと大声で叫びたい気持ちを抑えて、また作業の進捗状況を視察?? 
胃が痛む・胃が痛む・・
こんな家作りはこれが最後と踏ん張るが、胃が痛む毎日。

嫉妬から起こる工事妨害
この村サンガに来て6年になるが、多くの嫉妬を感じてきた。
以前の「銀杏旅館」建設時には道具類の紛失や工事の遅れが頻繁に起こり、
今回も先日10月20日ごろから始まった。

工事のための「水」を引いているパイプを持っていってしまい、水が来ないようにしてしまう。
こんな「いやがらせ」が何時までも続くから「辛い」。
早く銀杏旅館を完成させないと、精神的にも「やりきれない」毎日である。

夜中に点検に行くも、既にパイプを撤去(持っていかれた後)された後で、何ともならない。
新品のパイプは2回ほど購入し設置、ミナの兄弟が必死で修理して水の確保は出来ているが、
今後どうなることやら・・・とほほである。

日本はとってもいい国である!!











ルンビニーでの日本寺
ルンビーの日本寺
古城さんの写真 117
古城さんの写真 126
古城さんの写真 127












ルンビニーでの野鳥
古城さんの写真 130










木曽駒ケ岳夕焼け・・・・・心安らぐように
古城さんの写真 131








井戸の外から・・・(今回からこんなタイトルを設けた)

*エボラ出血熱やデング熱、さらにはエイズと言った難病が世界を駆け巡っている。
*中国は急激に経済成長を鈍化させ、韓国を一緒に不況へと引きずり込 んで行く。
*東南アジアの経済バランスが、大きく変化しようとしているのが見える。
*韓国は米国との同盟を自ら断ち切ったようで、中国との同盟関係にある。
*現政権の支持率が下がった。しかし現政権以外に誰がこれだけの外交交渉ができるのか?彼以外に誰もいない。
*中韓が自ら作り出した「四面楚歌」振り向けば「誰も居ない」現状。






【ネパールの習慣】

突然の行動、前日までは全く何事もなく過ごしていても翌朝突然
(私には突然に思える)「村へ帰ってくる」と言ってさっさと行ってしまう。
今日は久しぶりにカトマンドウへ出かけようと考えていても留守番が居なくなり出かけられない。
こんな事が何時もある。
先日各自の明日の行動予定を「白板」に書いておくように連絡したが、なかなか守らない。
今も一人で留守番である。
ペナルティーでもと考えるが、彼らにどんなものがペナルティーになるのか???
彼らも決して思いつきではないが、「ほうれんそう」の習慣がないだけである、と思うより救いはない。 
だってネパールだもん・・・・・










では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita
















スポンサーサイト
  1. 2014/10/31(金) 17:45:55|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

自分に負ける?

10月20日(月)天気:星空 気温:18℃ 湿度:70%



今回は「自分に負ける」とはどういう事なのか?についてお伝えしたい。

はじめに、10月13日~14日にかけてのネパール全土を襲ったサイクロンは、
風の影響より「雪崩や凍死」による死者がでる程酷い積雪が相次ぎ、吹雪の凄さを知った。
村では落雷の死者も出ていた。

一夜明けた15日未明には、満天の星空にひまらやのシルエットが輝き、汚れた空気を一掃してくれた感じでもある。
日本と同様に「大荒れ」の2日間であった。
この嵐でマナン(アンナプルナ周遊コース)では大雪になり、トレッキングのポーターが3人ほど寒さで亡くなり、
多くのトレッカーも巻き込まれていた。

このルートへは300人を超えるトレッカーが入域していて消息が確認出来ていない。
この中で日本の方を含む数十人の亡くなられたトレッカーもあり、過去に例を見ない大きな災害となった。

また、ムスタン(ローマンタン:現在500㌦の入域料金が必要)では
70人以上が足止めを余儀なくされ死傷者の有無は不明で、停滞状態とか・・・
ダサインの終った時期にしてはかなり異常な気候でもある。

インドの巨大サイクロンの影響である事は明白であるが、それにしてもスケールが「でっかい!」
何せ全インドを包み込むようなサイクロンは、過去に聞いた事がない。

ネパールなんて小さな国とは違い、何十倍の大きい国を覆ってしまう大きさ何て凄いの一言である。
勿論インドではかなりの死傷者も発生したが、広くて情報が伝わって来るのに時間がかかるため、
被害状況がわからないのが現状である。


もう一つの出来事

私がミナの兄弟と一緒に「銀杏旅館」で暮らしている事は既にご承知であろう。
話は14日の嵐の真っ只中、蝋燭での夕食の準備中にかかったモバイルからであった。

ミナのお母さんからの電話で、お父さんの悪口を延々15分も娘に話す母親、
またそれを聞いて10分も母親に「お説教」する娘、共に「根気」のいる作業であろう。

30分くらい相互に話し合い、最後に「父親に代わって」とミナが言うと、
父親も「裁判官のミナ」よろしく「オー」と電話に出て、ミナの言う「判決」に耳を傾けている。

もう一度母親に電話を代わり、判決内容を伝えると「ありがとう」娘に言って電話を切った。
一件落着!
で・・約45分は夕食の準備が遅れ、全員が「お腹を空かせて」待つ事1時間、やっと夕食にありつけた。

しかし、ごはんは冷たくなり、おかず(タルカリ)は半分だけ調味料が入った状態で、
味見をしながら再度作り、「ダル」が一番最後になってしまった。

通常なら一番先に作るのだが・・・喧嘩のお陰で手順が狂ってしまったとミナがぼやいていた。
ミナに夫婦喧嘩の原因は何?と聞いても「お父さんには分からないくても良いこと」と言って教えてくれない。
しかし夫婦も娘も「根気の良いこと」この上ない。
暇なのかなぁ~


さて、本題に入ろう。
「自分の心の中には常に善悪」の心が存在し、何時も戦っている。
自分が行動すれば、必ず左右どちらかを選択する場面があるが、
日本の常識から考えて左右の決断出来るものはいい。
しかし、決断しかねる場面も多いことは確かである。

例えば、横断歩道でのお年寄りの手を引いてあげる事は用意だが、
もう一人の自分が「そんなもの捨てておけ!」と言う。

また、通勤電車に座っていてお年寄りが前に来られたら「どうぞ」と言って席を譲る自分と
知らぬ顔で居眠りをする自分。

どちらも同じ自分である。

「自分に負ける」とは何もしない自分の言う事を聞くと言う事である。
そんな時、もう一度考えてみることが大切である。

そして、思い返して自分の行動を修正する「勇気」を持つ事である。
「はずかしい?」「他人が見ている」などの余分な「見栄」は捨てる事が慣用。

誰も見ていない?そんなことはない。自分が見ている。
頭では分かっていても行動が伴わない場合は「自分に負けている」と考えて、もう一度考え直す勇気を奮い立たす。

少し前にローカルバスでカトマンドウへ買い物に出かけた折、
途中のティミと言う小さな街で瀬戸物を購入するため下車、買い物を済ませ再びバスに取り込むとバスは満席で、
立っている人達も多かった。
残り20分程度だからとそのまま立っていると「ボスノス バジェ」と若者が席を譲ってくれた。

「ダンニャバード」と言って座ったが、考えてみれば自分もかなり老人に見られている事に気付き、
素直に座った自分が情けないとさえ感じたが、自分がどれくらい老人なのかを思いしらされ。
これでは老人である自分を認めざるを得ない。

自分に「負けることなく」生き抜く人生こそ、すばらしい人生と言えるのではないだろうか?






【ネパールの習慣】

ネパールでは顔を洗うとき、不浄の手(左手)は使わず右手だけで顔に水を掛けて片手で洗うため、
洗面所が水浸しになり、前に掛けてある「鏡」も「ごしょびしょ」の状態である。
何とか銀杏旅館に居る時には止めて欲しい習慣である。








IMG_3693.jpg
IMG_3695.jpg
IMG_3697.jpg
IMG_3698.jpg
IMG_3699.jpg
IMG_3701.jpg
IMG_3702.jpg






では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita
















  1. 2014/10/20(月) 10:54:04|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ー武士道の精神ー

10月11日(土)天気:濃霧 気温:20℃ 湿度:70%


はじめに、この度の御岳噴火により被災され亡くなられた多くのみなさまに対し、
心からご冥福をお祈りすると同時に、多くの負傷されたみなさまに対しお見舞いを申し上げます。

日本では御嶽山が「活火山」であることは誰もが知っている。
しかし、ここまで大きな噴火が起きようとは誰も予測できなかったであろう。

当方も20年ほど前には何回も登った事があったが、噴火の事など全く頭になく、
ただ山頂の景観を楽しみに登っていただけであった。

日本における自然災害は台風・地震・津波などは一般に認識され避難訓練もされているが、
噴火での避難訓練は多分「鹿児島の桜島」だけではないだろうか?

富士山の噴火で避難訓練など聞いたこともないし、噴火する事も考えていないのが普通で、
ただ「美しい山」としての富士山でしかない。

日本にはまだまだ多くの「活火山」が存在し、同じような危険が潜んでいる事も確かである。


さて、本題に入ろう。
日本の政治を論評するつもりなど、全くない。
数百年の昔から育まれて来た「武士道の精神」こそ、日本が世界に誇れる「生き方・物の考え方」ではないだろうか?

映画「ラストサムライ」での切腹シーンが強烈な印象を与えたのかも知れないが、
作者からすれば最も訴えたい場面でもあったはずである。

「切腹」だけが残忍な形で「世界に一人歩き」したようではあるが、
本来の意味を知れば、決して残忍でもなくむしろ日本人特有の「名誉」に等しい行為であった。

もし、切腹を許されなければ「恥」をさらす事になり、罪人同様の扱いで、打ち首獄門の恥をさらす事になる。
また、切腹をした方の背後から「首を落とす」行為は「安楽死」の何者でもない。

決して軽薄な行動ではなく、将来を見据えた行動であり、潔さ(いさぎよさ)・
不動の精神から生まれる「優しさ」などは現代でも十分通用する物の考え方ではないだろうか?

その具体的な例として一つご紹介しよう。

第二次世界大戦の真っ只中、フランス海軍の戦艦が沈没し乗り組員が太平洋に投げ出された。
そこへ日本海軍の駆逐艦が通り、フランス軍兵士を全員救助して本体へ返した。

この事は戦後70年の年月を経てやっと表面に出てきたが、
当時は極めて難しい判断で「戦闘能力のない敵兵は、
既に敵ではない」との判断からこれを救助した経過がフランス側から発表された。
これなどは典型的な武士道精神そのものであろう。

だからと言って「切腹」を奨励している訳ではない。
現代には現代の「潔さ:いさぎよさ」がある。
これらが全て「武士道精神」の中に凝縮されていると考えている。
弱きを助け、理不尽な暴力に立ち向かう勇気こそ、「誉」の何者でもない。

何もしない・何も見ない事こそ「罪」ではないだろうか?
自分の国を「卑下」する行為は、国民である事を自ら止めれば済む事である。

特に新聞社ともなれば、社会的責任が伴うのは当然。
こうした自らの国を否定する方の「日本における立場」は何とやるせないものであろうか?

そんな「新聞社を個人を」大きな心でただ「見守る」国は何と寛大な心であろう?

しかし、国民でありながら国を「卑下」するのはやはり、日本の戦後教育が一方的な考え方に偏り、
教えられた結果であはないだろうか?

どこの国でも自国の立場の正当性を教えているのが、教育のあり方だが、
日本では自分の国を正当化せず、寧ろ「悪」とさえ卑下して教えてきた。
これが大きな間違いではなかったのか?

歴史認識の違いは「立場が違えば」当然反対の考えになるのが当たり前である。
(某国の場合には、この理屈も当てはまらないが)

以前、「集団的自衛権」についての私的な考え方を記載した事があったが、
これは当方と直接的な友人でもある自衛官からの臨場感溢れる「声」を聞いている私にとって、
至極当然の考え方であった。

しかし・・・

例えば大学と言う日本での最高学歴を持つ若い方から、こんな意見をいただいた。
原爆を落とされても何も文句が言えないのは、
日本が最初に真珠湾を攻撃したから」と言う「とんでもない」考え方は、日本国民を止めればいいのである。

被爆者にはどんな罪があると言うのか!
激しい憤りさえ感じる考え方である。

まだまだ若い彼女には、戦争の善悪など判るはずもなく、
その経緯を細部に亘って調査研究してはじめて判る事ではあっても、端的に善悪を判断するものではない。

誰もが戦争を憎む人は居ても、望む人は居ない。
彼女からの問いで、もし戦争になって戦場に赴けば、やはり銃を手にして戦わなければならのだろうか?
との問いに対し、「貴女は徴兵で召集された兵隊ではない。だから戦う事はあり得ない。」
なぜなら、日本には軍隊としての徴兵制度は無いからである。と答えておいた。

これを書いた後に「日本にも徴兵制度があれば・・」とふつふつと考えたことは確かである。

8年ほど前、ここネパールでイスラエルの女性(20歳の徴兵期間を終えた)に出会い、
一緒にインドを旅した事があった。(たった2日間を列車の中で・・)

彼女は18歳で軍隊に招集され、その収入で東南アジアを旅しているのだと言っていたのを思いだした。
さらに、このカメラマンを目指している女性からは、
福島での災害復旧活動では「自衛隊の方の仕事ぶり」を撮影して感謝状をいただいたと
「誇らしげに」言われたのには「唖然」となったものである。

誰に観てもらう「記録写真」なのだろう??
感謝状を得るための記録写真なのだろうか??

本来なら、無償で支援活動に来ている全国から来られたボランティアのみなさんこそ被写体となるべきであって、
感謝状をいただくために撮影した「自衛隊員」の写真ではなかったはず・・・・お粗末な話しである。

自衛隊員のみなさんも当然のことながら「仕事」として捕らえた災害復旧現場ではあるが、
一般の復旧支援者は善意の「塊」である。

これを撮影せずして、「日本のカメラマン」と言えるのかどうか、はなはだ疑問である。
自分はカメラマンで「手は汚さず」撮影に専念する姿勢は、被災者から見れば「物見遊山」の何者でもない。
であれば、戦場カメラマン同様「命を削った戦場での撮影」をすべきであろう。

以前某写真雑誌の中で、若い僧侶が素足で雪の降りしきる被災現場に立ち、
無心に祈っている姿を見たことがあるが、これなどは「心打たれる」写真であろう。

私が、ここネパールで身をおいて活動するのは「手を汚さない部外者」であっては物事が進まないばかりか、
信頼関係すら出来ないかである。

自分も「どっぷり」と同じ環境の中に身を置いた時に、
初めて見える・初めて出会える人間関係が「自分を磨く」と確信している。

日本の文明社会と大きくかけ離れたネパールでの活動は、誰のためでもない「自分」のためにやっている活動である。
だから、挫折はない。

驕りがあれば、ネパールでは挫折につながる。
これだけは確実である。

ずいぶん以前、「ボランティアはやる人の勝手」とまで言われた事があったが、正にその通りである。
何人もの挫折者を見てきて、何が彼らを挫折させたのか?と考えた結果、
お礼を求める心であったり、してやったと言う驕りがあるから挫折した。
お礼もいらない。(自分のためにやっている事であるから)「してやった」と言う驕りもない。

「させていただいただけ」だから挫折はない。
再度自分に言い聞かせるつもりで記載してみたが、くどい言い回しはご容赦願いたい。






まだ小さかったころのラスミ(ミナの妹)
頭に教科書をい乗せたラスミちゃん


ダウラギリ・ダサインの準備に忙しいアサンバザールの人々IMG_3499.jpg
IMG_3498.jpg
IMG_3497.jpg



日本で勉強出来る事を訴えている日本語学校のチラシ
IMG_3503.jpg






【ネパールの習慣】

兄弟家族で収入の多い仕事に就いた者があれば、全員がその人の元へ集まり、共に生活する事になる。
甥でも弟でも同じである。
長男が仕事を終えて帰るまで、食事は全員が待っている。











では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita
















  1. 2014/10/14(火) 16:25:56|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

あるがままを受け入れる

10月1日(水)天気:星空 気温:20℃ 湿度:65%


今回は、ここでの活動で一番「苦労」している部分でもあるネパールマインドとの葛藤についてお伝えしたい。
はじめに、「あるがまま」と言う事は「どんな事」なのかを知っていただきたい。
今までの通信の中にも数多く記載してきたが、彼らの考え方を受け入れると言う事は、
今まで日本で培って来た生き方や考え方を「捨てる」に等しい事である。

村での停電時の事。
活動現場での出来事で、ある日本人男性からどうして停電になったのか?と質問され
「発電所のヒューズが飛んだそうです」と答えると
「ヒューズの飛んだ」停電であれば「直せばいいのでは」と「日本での直し方」を提案し、
実行するばかりの勢いで、言われた事があった。

村では長い停電で若い方々が、携帯電話やアイホン・スマホ・アイパッドと言った通信機器が使えなくなり、
日本では「パニック」にもなりかねないと、修理したいばかりの発言に対し
私は仮に直せるとしても「ここから直しに行く事は3~4時間も山を下り
「ぬかるみの中を数時間歩き、大きな発電所の中に入り直すと言う事で、
家庭のオーバーロードの場合とは違い、一般の我々の出来る事ではありません。
だから直るまで蝋燭で対応しています。」と言葉を強くして伝えた事があった。
すると、「分からないから聞いているのであって、他に言い方はないのか?」と怒りを込めて言われた。

また、雨でミルクのトラックが動かない場合には「歩いて山を下る事になる」と伝えると、
私は歩くのが遅いから下山予定を1日早めて今日から下りたいが、いいか?とこれも今から下山する勢いで言われる。

「ここでは団体行動なので、明日トラックが来るかどうか確認してから行動したい、
貴方一人では下山でするのは危険です。」と言うと、
「今下山ルートを見てきたから問題ない。」

それに対しても「一人での行動は止めて下さい」と言葉を強くして伝えたら、
やはり「喧嘩を売っているのか!」と憤慨され、その場を去られた。

どうやら、私の「名古屋・岐阜弁」が関西弁に比べて強く聞こえるようである。

参考までに、この場所は「メールダラ」と言う山の上の村で、対岸の村までは数時間は山を下り、
歩かねば行けない場所でもあったのと、
先般の土砂崩れで発電所まではバスが通れず3時間ほどの「ぬかるみ」を徒歩で通過する必要があった。

しかし、こうした安易な考えを「柔らかく受け止める心」に欠けていた自分を反省している。
まだまだ人間が出来ていない証拠である。

若い方でなく、その方が「パニック」になられている状態であったのと、
相次ぐハプニングに私自身、心に余裕が無かった事が原因ではと、十分反省した。

若い方は、それなりの準備もして「充電器やバッテリー」の電気を使わないよう注意されていた。
彼は日本の感覚そのままを、ここネパールに持ち込んで対応しようとされているのである。

「あるがまま」とはこうした事を素直に受け入れると言う事であり、
それを「回避」しようとせず今の状況を受け入れる事に他ならないのである。

「私を信頼してください」とこれだけ言って、この話は終わったが、彼には理解されなかったようである。
でも仕方のない事である。
多くの日本の方々がそうである。

「ありのまま」を受け入れる「旅行者」は皆無であって、
彼は日本の「居間」からネパールのメールダラを見ている旅行者にすぎないのである。

しかしもう一面、彼は「老後を過ごす場所」を探しに来られた方でもあり、
もう少し予備知識が必要であったのかもしれないと反省しきり。

私と同様に英語もネパール語もできない上にパソコンも出来ない状況では事前に調査研究も出来ない。
多少無謀とも思える今回のネパール行きではあったが、そんな彼がここで生活出来ないかと調査に来られ、
私の接客の悪さから、ここでの生活を断念されたのは明らかである。
申し訳ない事をしてしまったようである。

しかし、彼に「決してめげない強い信念」さえあれば世界中何処でも生活は出来ると考えるが、
快適な生活化どうかは疑問である。

ここに居て、何かをしようとする場合には「はじめに相手(ネパール)の考え方を受け入れないと」何も出来ない。

これは日本でも同じことであるが、職権や権力・地位と言ったものが、無理やり「ねじこむ」ので問題が起こる。
しかしこれは日本では普通に起こっていることであり、十分に理解していただける事だと考える。

でも諸外国では「何も出来ない」ばかりか反発しかないのが普通である。ネパールでも同じ。
1か月や2か月では見えないネパールマインド。
何年と暮らす中で見えてくる考え方である。

今回は纏まりが無い通信となり、読みづらい文体になった事をお詫びしたい。





【ネパールの習慣】
今回は家の中の掃除について、お伝えしたい。
ここでは、床も土間もベランダもテーブルの上も全て1本の「クッチョ」で対応する。(クッチョ:ほうき)
それぞれ幾種類かのクッチョがあり、名前も違うが「ほうき」は押しなべてクッチョである。
それを清掃場所により、使い分けているのが日本の文化習慣であるが、
ここでは土間もテーブルの上も同じクッチョで掃くため、見ていて不潔感が拭えない。
そのため、何とか使い分けてくれるよう指導?お願?しているのが現実である。






ず~と以前日本でも・・
ダサインを目前に花作りが忙しい
ポカラでのパラグライダー1 (2)
ポカラでのパラグライダー1 (1)
チトワンの夕日







では次回「ネパール通信」まで。



HPのご案内
http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita













  1. 2014/10/01(水) 13:20:25|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (323)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード