ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

メールダラへの建設機材の搬入&心の中の「驕り:おごり」

5月28日(水)天気:曇り 気温:21℃ 湿度:58%

やっと大きな搬入作業が終わり「ほっと一息」と言ったところである。

雨季を前に建設機材(セメント・砂)は雨にあたると「だめ」になってしまうため、(砂は流されてしまう)屋内に収めた。
これは学校(メールダラの小学校)の校舎を修復するための建設材料である。
今の時期に運んでおかねば、雨季の間(6~8月)は仕事が出来ないからである。

今回は、NPOを立ち上げるためにネパールに来ている青年と
東京の一級建築技師の方の2名を伴ってのメールダラ入りであった。

いつものように銀杏旅館を午前7:30に出発しようと準備をしていたが、
パトネちゃんが「お父さん8:30にジープを頼んであるのでゆっくりでいいよ」、との事。

これは大変!NPOの彼には昨日8:00にサンガで待つように話してあり、
それをパトネちゃんも知っているのであるが、なぜか8:30の出発にしていたのである。

ネパールでは8時に集合と言っても8:30や9:00に来るのは普通であり、
パトネちゃんもネパールの感覚で出発時間を決めてジープの予約をしていたのである。
しかし、今回は相手が日本人である。

彼は必ず予定時刻の15~30分前には集合場所に来ている筈である。
私はパトネちゃんに「お父さんたちは先にサンガに行ってジープを待っている」と告げて銀杏旅館を後にした。
彼はやはり日本人であった。

定刻の30分前には集合場所に来ていて、私たちを待っていたのである。
近くの「お茶屋さん」でゆで卵とお茶を飲んでジープを待つこと20分、
やっとサンガの待ち合わせ場所に着いたジープからパトネちゃんが「ごめんなさい」と言って降りて来た。
とにかく、これで全て揃ったわけである。

出発進行!!

途中バネパでセメントを購入してトラックに載せ、我々のジープの前を走ってもらったが、昼食場所でしか会えなかった。
途中のスクテでの新しい橋は、まだ半年近く掛かりそうで、年内には無理かもしれないとの事。
おまけに、我々が戻って来る時に昨夜の降雨で増水したスンコシリバーが「濁流」となり、
橋を支えているパイプが流されていてまたまた完成が遅れそう???

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学校建設の機材搬入も無事終了、学校の校庭まで砂やセメントを運んだトラックが入って来て、
午後7:30まで搬入作業が続いた。
そんな中でも子供たちや村人の社交場である我々の寝る場所は、夜9:30ごろまでダンスや歌声が絶えなかった。

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翌日は雨の上がりの道を牛乳のトラックがゆっくりとスクテに向って下り、午前9:30にはバス停に到着。
カトマンドウ行きのバスに乗って午前11時にはバネパ着、昼食後、銀杏旅館へと戻った。

さて、
今までにも「驕り」については記載してきた。
しかし、今回は誰にも見えない・分からない「心の中の驕り」についてお伝えしたい。

はじめに、村人との話し合いの中(子供に学校へ通ってもらうための家庭環境調査)で感じる
「貧困の格差」から「自然に流れ出る涙は驕りではない」と言う事を知っていただきたい。

それはある意味、自分の心が彼らと一緒になったから起きる「感受性」の表れであろう。
さらに、子供の笑顔を望むのは「驕り」とは違う事を知っていただきたい。

そこから始まる交流こそ、自分にとっても最も有意義な交流になるのである。
ただ、あまり頻繁に交流を続けると「慣れ」が生じ「もっと・もっと」となるから注意したい。

「心の中の驕り」を分かりやすく説明すると、言葉でなく気持ちの問題であると言う事である。
言葉の驕りは周りに分かるし、嫌がられる。
しかし、気持ちも然りである。

人の体は言葉より「表現力」に優れている。
従って、周りの人にも分かると言う事を認識して欲しい。


事件です!
銀杏旅館の「太郎ちゃん:わんこ」が村の「子豚」に噛み付いた!
子豚がギャーギャーと鳴いていたのを聞いていた私は
「また何処かで豚が、人に食べられるために殺されている」のか?ぐらいにしか考えていなかった。
しかし結果は「太郎」が噛み付いたのである。
持ち主から、医者を呼んで助からなければ弁償して欲しいと言ってきた。
当然である。

その日の内に「太郎」は「勘当!」
トラックに乗せて遠い所へ捨ててもらった。
翌日獣医が来て診察した結果、2~3日薬を飲めばOKとの事。

太郎が鶏や豚をかみ殺すのは2度や3度ではない。(過去に数千円を支払っている)
だから「勘当!」せざるを得なかった。





今朝のヒマルチュリとマナスル
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/05/28(水) 13:24:44|
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「今やらねばならない事」と「今出来る事」

5月18日(日)天気:晴れ 気温:27℃ 湿度:42%


今回は、残された時間(命)に「すること」を確認する意味で記載してみたい。

ここネパールと言う極貧国に住んで10年、初めて来た1970年代から
数え切れないほどネパールの山に「のめり込んだ」人生であった。

共に活動した仲間もそれぞれ高齢化してきた今、「人としての生き方」をするために
「どんな目的」で「何」を「やらねば」ならないのか?

私たちの支援活動を、現地で支えてくれた「ミナの兄弟や両親、親戚」の方々の協力なくして
ここでの活動など有り得ない。
もちろん、日本における支援者のみなさんや「妻」の協力あっての活動である事は言うまでもない。

ネパールの子供たちに、学校へ通ってもらう活動は「命ある限り」続ける。
これは私一代の仕事であり、他の方々にお願いするものではないと認識している。

以前から、ネパールで仕事を見つける事は至難の業であり、自分たちで企業するのが確実であるが、
「お金」が無ければ無理である事はお伝えしていたが、「もう10年」である。
具体的な行動が必要になって来ている。残された時間が???

今の私に5人の子供(ミナの兄弟)の就職先を見つけられなければ、作る以外にない。
それが、「新銀杏旅館」である。
ここでの現金収入で、ミナの家族が生活できるようにするのが最も早い方法であろうと考えた。

幸い、ここでの生活が5年ほどの間に「ネパールに銀杏旅館あり」との認識も広まり、
ネパール人やヨーロッパのみなさん、もちろん日本の方々にも何とか行き届いてきたと考え、
今まで「支援活動の情報交換の場」として来たものを「正式に営業」を目的に運営する決心をした。
「支援活動の情報交換の場」はそのまま私の目的で実施するが、
収入は子供たち(ミナ兄弟)の生活費に出来るよう営業を開始するのである。

まだまだ、子供たちが全てのマネージメントが出来るまでには至っていない。1~2回の失敗(赤字)は覚悟している。
多少の埋め合わせは、しなければならないだろう。

旅館経営のために、子供たちにはそれぞれに担当の仕事をしてもらうべく準備も進めている。
ミナは銀杏旅館の総合マネージャーとしての管理者に・・・

パトネは旅行会社の運営と銀杏旅館のコーディネートをしながら、
建物のメンテナンスや維持管理を(お嫁さん一緒に)・・・
現在は離れ離れに生活しているが、これでは結婚したのに???である。

旅館管理をしてくれればいいのだが、村にも仕事があり無理がある。
もし、ラムチェ村での問題(彼女の仕事)が無ければ、ここでやってもらうしかない。
この時の位置づけが(問題)でもある。

パトネのお嫁さんには、銀杏旅館での仕事をしてもらわない方向で動かないと、トラブルの原因ともなる。
結婚した弟夫婦とミナの関係では、当然弟夫婦が主たる経営者とみなされるネパールである。

サロジは軍隊に行きながら、他の兄弟のする仕事をフォローし、
退役(15年後)は銀杏旅館や旅行会社またはこれから作る会社の仕事に従事する。

ラスミは銀杏旅館でのサブマネージャーとしてコックを主に旅館を支えてもらう。
(もちろんお嫁さんに行っても来てもらえるよう)

アシスはこれから高校進学であるが、技術系の学校に行けばまだまだ将来幾らお金が必要になるのか分からない。
旅館での収入で学校に行ければいいのだが・・・

この他にも、2~3の「仕事」があるが、この場では紹介できるまでになっていないため割愛させていただき、
随時報告させていただく事としたい。

別件ではあるが、来週からいよいよメールダラでの学校改築工事に着手する事とした。
雨季がはじまる前に建設機材を運び込まないと、雨季の終わりには完成できない事情もあり、
多少焦りもあるが昨年の雨季での行動を考えれば「やるっきゃない!。」のである。





今が盛りのジャカランダの花IMG_2710.jpg



街のゴミ
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幸せの青い鳥
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新銀杏旅館の建設状況(これで夏ごろまでに出来る???だってネパールだもん)IMG_2706.jpg
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/05/19(月) 09:31:32|
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十年経っても直らないマインド・・・

5月8日(火)天気:曇り 気温:20℃ 湿度:58%


はじめに、先般の当方の入院騒ぎで多くのみなさんにご心配をお掛けした事をお詫びしたい。

5月4日、退院から2週間経過した時点で再度検査を受けるため、病院に行ってきた。
エコー撮影(ここではビデオXレイと言う)を撮影して肝臓疾患の部位と状況を確認のためである。

右肺の状況は、まったく問題なく回復しているとの事。
ただ、この機会にせっかく止めている「喫煙」を再開するのは惜しい気がするのと、
多くの友人から禁煙を勧められている現状を考えれば、年齢的にも当然「止める」べきであろう。

今回のエコー撮影でCTスキャンの結果分かった、
肝臓疾患に「特に問題ない」との医者の判断であった事は幸いであった。
しかし、半年に一回は「肝臓に出来ている水ぶくれ」の大きさをチェックする事が慣用との事。
まずは一安心であった。


さて、本題に入ろう。
ここに住んで十年、「ミナたち」に教えてきた生活習慣について、お伝えしたい。
ちょっと「愚痴」かな?

ネパールに来られた殆どのみなさんが、なぜ?と驚く事の多い国であるが
外国の方々を相手にする仕事では、どうしても「守って欲しい」生活習慣が数々ある。

一つには「何処でも吐き出すタン」とその出す時の「ゲーゲー!」と喉を鳴らす音?は
外国人にとって「我慢ならない音」の一つであろう。
だから、銀杏旅館でも「敷地内」ではしてはいけない!と教えてあるが、洗面所などでは、必ずと言っていいほどやる。
まだ洗面所だけならいいが、庭にもタンを吐くから始末に悪い。
ネパール人のお客も然り。

さらに、ネパールのカトマンドウ郊外のどこのレストランでも同じだが
「カーテンは手ぬぐい」と同じ役目である事から、手ぬぐいは別に下げておくのだが使ってもらえない。
従って、カーテンを止めて「手ぬぐい」だけにするが、これも使って横に置くだけで、元の位置に掛けて置かない。
だから、手ぬぐいを何時も探さねばならない。
日本から持って行った「のれん」も同様!(手ぬぐい同様の扱い)
根気よくやるしかない。

彼らの(子供たち:ミナの兄弟たち)寝る時の服装は、昼間の服装と同じで、そのまま「ふとん」の中に入るし、寝る。
着替えが無いわけではない。
寝具もすぐに汚れる。
風邪は何時も引く。
だから日本から持ってきた「風邪薬」は瞬く間になくなる。

朝起きても、そのまま顔を洗って右手で拭き取って終わり。
まだ雫が付いている状態である。

出かける時にシャワーを浴び、化粧をするため時間が掛かる。
これは男も女も同じである。
深夜12時以降でもをシャワー浴びるが頭は乾かないため、
一層風邪を引く原因になる。

停電の多いここでは、「昼行灯」は何時もで、誰も居ない部屋でテレビと電灯だけが点いているのは、
ほとんど毎日である。
消して回るのも嫌になるが直らない。
現在、電源の集中管理方法を検討中。

「ほうれんそう」つまり報告・連絡・相談は一切ない。
全て事後である。
お金の必要な時だけ、持って行く直前に言って来るから始末に悪い。
出かける時も同様で、突然「ラムチェ村へ帰ってくる」とか、反対におじさんの子供や友人を連れて来て、
狭い布団で一緒に数日間過ごす。
そして、黙って帰って行く。

これはほんの一部(僅か数%)であり、数え切れないため全てを記載できない。
これとの格闘の毎日であり、
そんな中で銀杏旅館の改築工事やメールダラでの活動と学校の改修工事も進めなくてはならないのである。
「古ぼけた頭」でも動かさないと全く機能しないのが現実である。
やはり「愚痴」になってしまったが、ご容赦ねがいたい。





カトマンドウで撮影したジャカランダの花IMG_2689.jpg
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ビルに描かれたユニークな絵IMG_2687.jpg




ラスミとアシスの日本語の勉強風景
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  1. 2014/05/09(金) 09:49:16|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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