ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「入院させていただいて」はじめて見えたもの・・・(Ⅱ)

4月28日(月)天気:快晴 気温:23℃ 湿度:32%


今回は前回の「緊急入院」で「はじめて見えた」ものについてお伝えしたい。

はじめに、前回の「ネパール通信」でドリュケル病院でのCTスキャンの料金が
7000Rsを700Rsと間違った金額を記載したことをお知らせして訂正し、お詫びしたい。


・一つには、子供たちの「自立」のために「家計簿」を付けさせて、
月の予算45000Rs何時でも自由に使えるようにしたが、
私の入院で急に自分たちで「自由」に出来る時間が出来て、結果浪費。
何処に幾ら使ったのか分からない状態であった。
愕然である・・・・

私の留守中には自由に買い物をし、飲み食いしていたが、帰ったその日から「無駄使い」がいっぱい露見。
これでは、「財布」は自由にしてやれない事となった。(何時かは渡さねば・・・)


・もう一つは病院内での「携帯電話」である。
これは、ドクターからナースや患者に至るまで、大きな音の音楽で自由に使っているのである。
深夜の病室に「けたたましく」呼び出し音楽が鳴り渡り「安眠妨害」もここまで来ると、犯罪に近い感じがする。


・さらに、夜寝る時には居た「患者」が夜中に「脱走」して、いない事もあった。
お金が無いため、薬が買えず仕方なく夜逃げをするのである。


・かと思えば、お金の無い母親が「赤ちゃん」を産んだので「寄付金」を集めている、
幾らでもいいので出してやって欲しい。と寝込んだ午後9時ごろに病棟に入って来て募金活動がはじまり、
それに伴って患者の中からいろんな出産の苦労話が飛び出し、結局12時近くまで話込んで眠りについた。


・翌日、ミナが同じ付き添いをしている女の子と友達になり、その父親はお金が無いので、
食事も満足に出来ない。と話し出して私に助けてやってくれないか?との事であったが、きっぱりと断った。
こんな所(病院内)で支援活動をする気持ちは、全く無いからである。

冷たいかも知れないが、私の対象とするのは「シンドパルチョーク」の子供たちで、
他の地域は対象としていない。
でないと、西に東に飛び回る事となり、交通費(自腹)がかさむだけで実にならないからである。


・病院の大きさ、これはネパール全土の病院中でも群を抜く規模で、現在もまだ新しく病棟を建設中であり、
大自然の中にあってすばらしい環境である。

・ただ、セメントの建物はCTスキャンなど高価な医療器械を入れるのはいいが、患者にとっては「寒い」の一言である。
勿論ACなどあるはずもなく、これから夏に向うのにこの寒さでは冬場は大変であろうと推察。


・病院食は何処でも同じだが「まずい!」
仕方なく、門の外にあるレストランから買ってくるのが常になった。
でも、1泊2食で400Rsの入院費用では「こんなもんか」と諦めるより他ないのである。


・在庫管理にも問題が分かった。
留守中の食材や食器類に欠品が生じた場合、日本であれば直ぐ補填する行動をするが、
ここでは「「お客さん」が居ないから大丈夫!と補填を全く考えないのである。

お父さん!お客さんが来てから買いに行けばいい。と言って取り合わない。
結果、お客さんが来て欠品を手配しようと「あわてふためく」が入手できず、
メニューを変えての対応を余儀なくされる。
それも、彼らネパール人には問題ではなく、お客が諦めてくれればOKなのである。


これでは、事業の発展は有り得ないと考えるが、先が思いやられる。(トホホ・・)
こうした中、4月25日にはサロジ君がネパールの軍隊にパス!高校を出ての入隊はほぼ幹部候補生との事。
(悲観ばかりではなさそう・・・)






いよいよマンゴーシーズン到来IMG_2673.jpg
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エベレストでの遭難記事IMG_2671.jpg
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/04/30(水) 19:02:20|
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緊急報告 「入院させていただいて」はじめて見えたもの・・・

4月19日(土)天気:快晴 気温:22℃ 湿度:40%


今回は、去る4月12日から1週間の入院を余儀なくされた私自身の健康問題をみなさんにお伝えしたい。

当初、「ひどいめまい」に数回襲われ、最後に「大きなくしゃみ」で骸骨:がいこつが破損。
呼吸が困難になった。
これは以前にも経験があり、2~3日で完治すると確信していた。
しかし「痛み」は無くなったが呼吸困難なのは同じままで、正に酸欠状態が4日間ほど続いた。

「これは今までの体験ではない」と感じ、パトネちゃんに「バネパの病院」へ連れて行ってもらい診察を受け、
X線写真を撮り点検した結果「右肺」のパンクが判明。
直ぐにその足で「ドリュケルホスピタル」の救急患者専用の入り口へ駆け込んだ。


病院到着から僅か2時間半ほどで「手術」に入り、
部分麻酔で肋骨の間にチューブを30cmほど入れ込んで行く手術で、
「ちょっと痛い?」かもとのドクターを信用せざるを得ない私の立場は「正にまな板の鯉」の心境。

しかし、「痛いものは痛い」結構大きな声で痛いのを訴えたがお構いなしに「ぐいぐい」チューブを差し込んできて、
約15分ほどで完了。
右のわきの下からチューブが出され、1mあきほどの長さのチューブの先には2ℓあまりのポリタンクが下がっていた。
これから、このタンクとは好き嫌いに関わらず寝食を共にする事となるのである。

ほとんど入院する準備のしていなかった私に、看護婦さんが「問題ない」と勇気付けてくれたが、
この看護婦さんが後から「地獄の鬼や天国の観音様」に見えて来るから不思議である。

手術を終え、車椅子で「ポストオペレーテッドルーム」へ運ばれ、
痛み止めのタブレットと、一番嫌な「注射」をされて、ベッドに掘り込まれた。
お隣さんも「緊張」しっぱなしで、話どころではなさそう・・・・

しかし、2日目ともなると多少体力も戻って来て、回りを観察する元気が出てきた。
この病院では看護婦さんの数が「めちゃめちゃ多い」のが目につくが、
半分は研修生とか看護学生の実習などで、
1日の内早朝5:30から午後9:30まで、2時間毎に「脈拍・体温・血圧」を測定してくれる。

それに加えて、正規の看護婦さんによる注射や点滴交換・ベッドメイクや患者の爪きり・
体の汗も拭き取ってくれるから「ありがたい」事この上ない。

7人ほどの患者の部屋に常時3人の看護婦と学生の研修生が入り混じった状態で、
結構混雑に感じたが、時が経てば慣れて親しみすら覚えるようになるから不思議である。
いやいやこれは、私だけではなく全ての患者(男女とも)が同じ気持ちであった事を後で聞いた。
この病院だけでなく、ネパールの病院は全て同じシステムで運営されているため、その一部を紹介したい。

はじめに、診察を受けるためのノートを購入(緊急入院はこの限りではない)し、受診する。
ドクターの記載要求した、X線やエコー・CTスキャン・血液検査などの検査を終えて、
そのレポートを持って再度ドクターに診察してもらい、
最後に「投薬」の名前と数を記入した紙切れを渡され、薬局へ行き薬を手にして終わりである。

当方の場合には若干異なり、いきなり手術から入ったため(手術に必要な機材や薬品は予め購入)
2日間ほどは購入する薬もなかった。

しかし、3日めになると痛み止めや栄養剤・点滴・酸素吸入用のチューブや点滴のチューブが不足し、
買いに走る事になった。
薬局には薬だけでなく機材もおいてあり、点滴に必要なチューブなども置いている。
しかも「安い」。
X線などは胸の写真1枚で380Rsほどと激安。

一番高いのはCTスキャンの費用で撮影代と撮影時に必要な薬品を合わせて700Rsほどあった。
これで、人間の輪切りが撮影できるのだから「安い」ものである。

入院から1週間でほぼ完治。
残りの、全ての費用を算出してもらうのに1時間ほど待って2500Rsを支払い全て終了。
総経費(ジープでの送迎や外食費用を含めて)2万5000Rsほどでまぁ~こんなもんか・・・・と帰って来た。
(入院費1日あたり400Rsほどで食事付き)

しかし、2週間後に再度完治状況の確認のため病院へ出向くが、これは特に問題ではなく、
今回のCTスキャンで別の「悪い箇所」が判明。
「肝臓」に疾患があるようである。

病院では再度入院してオペをするよう薦める方向だが、私は「漢方医療」で時間を掛けて治していきたい。
(実は切られるにが怖い)

添付写真は広大な病院全体の写真と、病棟内での私や部屋の患者と看護婦さんたちである。

今回は単に報告に終わったが、次回にはここで学んだ事を紹介したい。




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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/04/20(日) 09:00:28|
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「空しさ」の果てに・・「何も持って逝けない」

4月8日(木)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:44%


今回は現在の日本社会での生活で、幾ら努力しても報われない現実を踏まえて、
ここネパールでの活動を透かして観て見たい。

多くの若者(学生を含む)や現役のサラリーマンの皆さんにも幾つか「身に覚え」もあろうかと考える。
仕事で「疲れた体に鞭打って」自己研鑽に勤めるも、思うような結果が得られないばかりか、
努力しないような身近な人が昇進出世して行く不合理の数々。

しかし、それは自分を中心にして考えた場合であり、会社組織や人間関係においては至極当然の成り行きであろう。
昇進や出世を望むから「自己研鑽」するのでなく、その前にいい仕事をするための「自己研鑽」でなければ、
「空しさ」だけが残るのは当然である。
出世や昇進は「不可抗力:運が良ければ」と考えるべきである。
その方が「気が楽」であろう。

多くの人員の中で管理職たる人が、全ての人の「良い所・悪いところを理解」するのは
極めて至難の業と悟る方が理に適っている。
ではどうする!
見てもらえるよう「立ち居振舞う」だけであろう。

方法はいろいろあろうが、やはり正々堂々と正攻法で目立つ方が後に禍根を残さないであろう。
それでも「空しい」場合が多々あるのが現実である。
認めてもらう事そのものを捨てれれば、問題は無いのだが・・


ここネパールでの支援活動を遂行してくのに「避けて通れない」「空しさ」についてお伝えし、
「なぜ活動をするのか」の疑問に答えていきたい。

ここでの支援活動は教育を除けば、全てが「空しい」部類に入る。
本当の「感謝」の気持ちが伝わって来ないのが通常であり、望むべきでもない。

・物を大切にしない!(だだくさ・モバイルは別)

・停電で困っている?のに無駄な電力を使う。(昼行灯やテレビだけが動いて誰も見ていないのは毎日)

・水に困っている?のに「だだくさ」な使い方。

・「ひもじい思い」もするのに、食べ物は残したり捨てたりする。

・食器は「使い分け」しない。ボールで揚げ物などなど・・

・食べた食器は次に使うまでそのまま・・・

・嘘は何時でも・・

・時間は勝手に動いているだけ、自分が左右される事はない。

・約束はない! などなど上げれば切が無いネパールマインドである。


明日の「夢」など持てる訳も無く、「今が元気で食べ物があれば幸せ」との考え方からは「仕方の無い事」かも・・・
日本で100年掛けて発展して来たが、ここでは僅かに10年ほどで日本と同じ文明を使っている。
しかし、前記のような考え方・・・・

ではなぜ?やるのか。
感謝されない・認めてもらえない・理解されないと分かっていて・・・

「目的」を「望み」を変えれば訳はない。
富める者から貧しい者へ施しをさせて頂く・・ように。
この場合「おごり」があってはならない!
であれば、相手からの感謝やお礼は全く不要となる。
貰って頂いたのだから・・・・

「やってあげた」から「させてもらった」

「学校へ通わせてあげた」から「学校へ通ってもらった」

「学用品をあげた」から「学用品をもらっていただいた」

しかし、これにはそれまでの「過程」つまり、相手との話し合いや交流が無ければ目的はなかなか変えられない。
所詮、人生の最終章では、「何も持って逝けない」のである。
身軽になるために・・・・・・・である。

以前、「世界がもし100人の村だったら」と言う私の活動の指針ともなった「言葉」を掲載させていただいたが、
正にこの「言葉」に尽きる。
今回は自分の生き様を再確認するために記載させていただいたので、反感を抱く方も多いかと考えるがご容赦願いたい。


因みに、4月7・8日はチャイタ ダサイン(4月のダサイン)で休日???
全ての役所は休みである。これではなかなか進まないのが当然とも言えるが、
今から100年から200年前までは4月にダサインの祭りが実施されていて
夏に向かう季節に「肉類」を食べて「下痢や食中毒」を起こしていたため、
現在の 秋の祭りである、10月~11月に掛けてのダサインに変更されたようである。




「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス発行)

・世界には63億人の人が居ますが、もしもそれを100人の村に縮めるとどうなるでしょう。

100人の内
・52人が女性です。48人が男性です。
・30人が子供で70人が大人です。そのうち7人がお年寄りです。
・90人が異性愛者で10人が同姓愛者です。
・70人が有色人種で30人が白人です。
・61人がアジア人です。13人がアフリカ人・13人が南北アメリカ人・12人がヨーロッパ人
 あとは南太平洋地域の人です。
・33人がキリスト教・19人がイスラム教・13人がヒンドウー教・6人が仏教を信じています。
 5人は木や石など、全ての自然に霊魂があると信じています。24人は他のさまざまな宗教を信じているか、
 あるいは何も信じていません。
・17人は中国語をしゃべり、9人は英語を、8人はヒンドウー語を、6人はスペイン語を6人はロシア語を
 4人はアラビア語をしゃべります。これでようやく村人の半分です。
 あとの半分はベンガル語、ポルトガル語、インドネシア語、日本語、ドイツ語、フランス語、などをしゃべります。
・いろいろな人がいるこの村では、あなたと違う人を理解すること、相手をあるがままに受け入れることにより、
 そしてなにより、そういうことを知ることがとても大切です。

・またこんなふうにも考えてみてください。村に住む人びとの100人のうち
・20人は栄養がじゅうぶんではなく、1人は死にそうなほどです。
 でも15人は太り過ぎです。
・全ての富の内6人が59%をもっていて、みんなアメリカ合衆国の人です。
 74人が39%を20人がたった2%を分けあっています。
・全てのエネルギーのうち20人が80%を使い、80人が20%を分けあってあいます。
・75人は食べ物の蓄えがあり、雨露をしのぐところがあります。
 でもあとの25人はそうではありません。17人は、きれいで安全な水を飲めません。
・銀行に預金があり、財布にお金があり、家のどこかに小銭が転がっている人は一番豊かな8人の内の一人です。
・自分の車を持っている人は7人のうち一人です。
・村人のうち、1人が大学の教育を受け2人がコンピューターを持っています。けれど14人は文字が読めません。
・もしあなたが、いやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに信仰や信条、良心に従って何かをし、ものが言えるなら、
 そうではない48人の人より恵まれています。
・もしあなたが、空爆や襲撃や地雷による殺戮や武装集団のレイプや拉致におびえていなければ、
 そうでない20人より恵まれています。
・1年の間に、村では1人が亡くなります。でも1年に2人赤ちゃんが生まれるので来年は、
 村人は101人になります。
・もしもこのメールを読めたらなら、この瞬間、あなたの幸せは2倍にも3倍にもなります。
 なぜならあなたには、あなたのことを思ってこれを送った誰かがいるだけでなく文字も読めるからです。
・けれどなにより、あなたは生きています。
・昔の人は言いました、巡り往くもの、また巡りくる、と。
・だからあなたは、深々と歌ってください、のびやかに踊ってください、心をこめて生きてください、
 たとえあなたが、傷ついても、傷ついたことなどないかのように、愛してください。
・まずあなたが愛してください。
・あなた自身と人がこの村に生きてあるということを。

・もしもたくさんのわたしたちが、この村を愛する事を知ったなら、まだ間に合います。
 人々を引き裂いている非道な力から、この村を救えます。
 きっと!





ダサインの手土産の「鶏」を持ってバスの中に・・・IMG_2636.jpg



アッサンバザールのダサインの祭りの様子IMG_2637.jpg

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バネパの町で見かけたグレートデン。ここでは珍しい。(以前、日本で飼っていた犬種である)IMG_2610.jpg







では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2014/04/09(水) 09:50:00|
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ミナのお母さん「脱走!」

4月1日(火)天気:星空 気温:20℃ 湿度:40%


今回は急遽起こった事故で、ミナのお母さんをラムチェ村からサンガに連れて来たのだが、
村にはパトネちゃんの「お嫁さん」一人なのを心配(家の仕事)して朝、みんがそれぞれの仕事に出かけた後
サンガから脱走!(私が居たが黙って)
お嫁さん一人に村の仕事(鶏・ヤギ・水牛の世話など)が出来ていないのではとの心配から村へ戻った。

こうした話は、日本でもあったような気がする。
しかし、家族に心配を掛けてまでする事ではないと考えるが、
「私が居なけりゃ!」の思いからとは言え「お嫁さんに任す」事が出来ないと、
お嫁さんも何時までも村での生活に慣れないのではと思う。

お嫁さん(ウルミラさん)はバラビシの町の女性で、草刈や動物の世話などやったことがない。

事の起こりは、ラムチェ村で一人で留守番(パトネちゃんの怪我を心配したお嫁さんがサンガに来ていた間に、
草刈に行ったお母さんが上から落ちて来た「木材」に「頭部を強打」され、倒れた。

村人がお母さんを担いで家まで運び、様子を見ていたが本人が「頭が痛い」と訴えて
4~5人でバラビシまで運び小さな病院へ入れたが、
やはり大きな病院でないと正確な事は分からないとカトマンドウの病院へ連れ込んだ。

結果、1ヶ月間の貰ってきた薬で治療し、最低でも2~3日は安静にするよう言われたが「脱走!」翌日、
ここでの仕事も一段落したため、ミナのお父さんがラムチェ村へ行きお母さんの様子を見る事になった。

ミナのラムチェ村の家は「トタン板」が古く「雨漏り」がしている状態で修理が必要な事から、
お父さんには工事の仕事で賃金も支払っていないため、私がその費用を負担。
トラックに積み込んで出発していった。
お母さんの怪我は、まだまだ油断出来ない状態である。


さて、以前にも記載したがここネパールでは家畜は大切な「財産」であり、
鶏1羽(うずらほどの大きさ)でも殺したら1000Rsは取られるから要注意である。

お母さんの状況は分かり次第「ネパール通信」で報告させていただくが、今は仕事の多い時期。
一つひとつを確実にこなして行かねばならない。
今、すべき事を!


ネパール人の考え方は以前からお伝えしている通り、どんなに「施して」も彼らに「感謝」の気持ちはない!
表面では「感謝している振り」をしているが、本音は「施しされて当然」との思いしかない。
これは、どんな民族でも殆ど変わりは無いのである。

親子兄弟親戚の間でも、持てるものが出すのは当然との考えから、一人がお金持ちになれば親族がそれに群がる。
またお金持ちのスポンサーを確保出来れば、確保した本人の親族親戚は勿論、その村人までが群がってくる。

銀杏旅館の場合には、それを利用してミナの兄弟のみにスポンサーしているため、他の村人は来ない。
これがネパールである。

極貧生活や精神的肉体的苦労は「体験しなければ解らない」
見聞きしただけでは、「知っている」事にはならない!

ミナの兄弟の中でも、これを体験しているのは「ミナ一人」である。
それだけに、そんな人間関係に苦しんでいる場面も多い。







3月30日のコテショール(空港近郊)の風景IMG_2603.jpg
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バスの中IMG_2604.jpg
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  1. 2014/04/01(火) 08:59:27|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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