ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

誰のために・・・

9月28日(土)天気:晴れ 気温24℃ 湿度:62%


今回は、人の生きる過程(人生)におけるさまざまな困難や障害、また病や家族問題など、
生きる上で必ずと言っていいほど「ふりかかる」難問について「如何に対処」するのが良いのかを、
私なりの生き方を含めて、日本の「激流」で暮らすみなさんの一助になればと考えお伝えしたい。
若干、哲学的にもなるがご辛抱いただきたい。
さらに、公の諸問題についても今回は割愛したい。
個人に降りかかる禍について・・・

さて、一つの物事だけを捉えて「うんぬん」するのはかえって問題をややこしくすることになると考え、
全体で捉えた考え方で事例を示しながらご紹介し、ご理解いただければ幸いである。

生きる上で必ずといっていいほど起こる障害は、全て「自分」に問題があり降りかかる。
これは誰かの仕業でなく「自ら蒔いた種」が目を出したに過ぎない。
(病気すら、自分が蒔いた種や無知から起こる)

特に人の心は「諸行無常」、何時自分が蒔いた種?から出てきた問題なのかさえ分からない事が多い。
だから「他人の責任」としたい気持ちは誰にもあるが、決して他人が与えた禍ではなく、
その根幹は全て自分であると知るべきである。
では、なぜそんな禍の種を蒔いたのか?

本人の知らない内に自分の考え方が他人を苦しめ、相手の「心」を傷付けている場合が多い。
相手を憎んだり、罵ったりしても何の解決にもならないばかりか、自分が傷つくことになる。

そんな時、「自分の考え方を変える」事が最善の策である。
今までの「考え方」を捨てて「禍は全て自分の内なる刃」から起こっていると知り、
「心の刃」を無くす事こそ最善の解決策である。
相手の考え方を変える事など「出来るものでは無い」と悟るべきである。

ならば、具体的に如何に変わればいいのか?
昔から「一期一会」と言う言葉があるが、これこそ、その極意であろう。

「一期一会」とは一生に一度の貴重な出会いであり、一期は一生の意、茶道の心得から出た言葉で、
仮に何度主人と客としての関係を持とうとも、
その日の出会いは一生にただ一度だけのものと心得て交わるべき。
この考え方は、現代の複雑な社会構造の中でも十分に発揮できる。
(人こそ人生の先生である)
つまり、真剣に相手に向かい「もう会えないかも」との立場で接すれば、
必ずや後に禍を起こす事には成り得ない。

先日も、ここ銀杏旅館に「子供の衣類」を運んで下さった岐阜市の女性が
インドのブッダガヤで暮らす青年ガイド?と一緒に来られ、
静かな時とヒマラヤを見ながら・蝋燭の灯りだけで、延々と夜中の2時近くまで
「心温まる」話を聞く事が出来た。
年齢?既婚独身?しかし考え方は「自信に満ちて」いた。

生きる目的を「はっきりと自覚」されていたのである。
仏教に関わるお仕事をされているとの事。(オーナー社長)
たった2日間ではあったが、十分お話が出来た事に感謝したい。

「揺るぎない信念」こそ、人が生きる上で最も重要であり、そのことが「愛」を育むのである。
では、「揺るぎない信念」とは如何なるものか?
それは「愛情に満ちた生き方」そのものであり、誰にも負けない「自信」であろう。

学校の成績や卒業証書・修了証書・競技の勝敗ではなく、
「生き方」における「自信」が「揺るぎない信念」となる。
そのためには、多くの体験や経験を積む必要があろう。
それが「修行」という形で現在も存在し、私にとっては「自分磨き」がそれにあたると考えている。

果てのない「修行」、それが「生き方」と言う形で表現されている。
決して支援先の村人や子供たちだけが「与えてくれる」物では無い。
ここでの毎日の生活(現在は4人の子供と一緒の生活)そのものが「修行」である。

私とて「生きる目的」が無いわけではない。
しかし、漠然とである。
「自分磨き」こそ、生きる目的ではと考えている程度である。
子供たちに学校へ通ってもらうためには、その親御さんの諸問題や家庭事情を知ることが必要で、
一生懸命通訳の話を聞きながら「自分と子供を置き換える」事で「自分の成すべきこと」を考えて来たし、
これからも同じである。
もし、自分がこの子だったら・・・とさまざまな考えが浮かんでくる。

自分がこの村で生まれていたら?
自分はなぜ日本にうまれたのか?
自分のカーストが彼らと同じだったら?
自分の母親が居なくて、この村の子供だったら?
自分の父親が酒飲みで自分の稼いだお金も持って行ってしまったら?などなど、
延々と考え、ただただ考える。

辛さ・苦しさ・空腹・寒さ・体の不調・家族の不在不和などなど。
またまた考える。
そして、決断し実行。

そんな「仕事が自分には合っている」と考えている。
決して誰のためでもない。
自分のためである。
人に教えるものでもない。
ただ自分が「変わらなければ」との一心である。

最近特に「心の眼」で「話す相手を観る」ようにしている。
外見や服装で「観誤らない」ために。
相手の目はしっかり見つめていて、「耳に神経を集中」させて「話を聞く」
すると、外見や服装は見えないし話の根幹を容易に知る事ができるのである。

一度皆さんもやってみていただきたい。

下記添付資料は以前にも数回配布した「世界がもし100人の村だったら」これは、今の自分の位置が分かる。




世界がもし100人の村だったら」 (マガジンハウス発行)

・世界には63億人の人が居ますが、もしもそれを100人の村に縮めるとどいなるでしょう。
100人の内
・52人が女性です。48人が男性です。
・30人が子供で70人が大人です。そのうち7人がお年寄りです。
・90人が異性愛者で10人が同姓愛者です。
・70人が有色人種で30人が白人です。
・61人がアジア人です。13人がアフリカ人・13人が南北アメリカ人・12人がヨーロッパ人あとは南太平洋 地域の人です。
・33人がキリスト教・19人がイスラム教・13人がヒンドウー教・6人が仏教を信じています。5人は木や石 など、全ての自然に霊魂があると信じています。24人は他のさまざまな宗教を信じているか、あるいは何も信 じていません。
・17人は中国語をしゃべり、9人は英語を、8人はヒンドウー語を、6人はスペイン語を6人はロシア語を4人 はアラビア語をしゃべります。これでようやく村人の半分です。あとの半分はベンガル語、ポルトガル語、イン ドネシア語、日本語、ドイツ語、フランス語、などをしゃべります。
・いろいろな人がいるこの村では、あなたと違う人を理解すること、相手をあるがままに受け入れることにより、 そしてなにより、そういうことを知ることがとても大切です。
・またこんなふうにも考えてみてください。村に住む人びとの100人のうち
・20人は栄養がじゅうぶんではなく、1人は死にそうなほどです。でも15人は太り過ぎです。
・全ての富の内6人が59%をもっていて、みんなアメリカ合衆国の人です。74人が39%を20人がたった  2%を分けあっています。
・全てのエネルギーのうち20人が80%を使い、80人が20%を分けあってあいます。
・75人は食べ物の蓄えがあり、雨露をしのぐところがあります、でもあとの25人はそうではありません。17 人は、きれいで安全な水を飲めません。
・銀行に預金があり、財布にお金があり、家のどこかに小銭が転がっている人は一番豊かな8人の内の一人です。
・自分の車を持っている人は7人のうち一人です。
・村人のうち、1人が大学の教育を受け2人がコンピューターを持っています。けれど14人は文字が読めませ  ん。
・もしあなたが、いやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに信仰や信条、良心に従って何かをし、ものが言えるな  ら、そうではない48人の人より恵まれています。
・もしあなたが、空爆や襲撃や地雷による殺戮や武装集団のレイプや拉致におびえていなければ、そうでない20 人より恵まれています。
・1年の間に、村では1人が亡くなります。でも1年に2人赤ちゃんが生まれるので来年は、村人は101人にな ります。
・もしもこのメールを読めたらなら、この瞬間、あなたの幸せは2倍にも3倍にもなります。なぜならあなたに  は、あなたのことを思ってこれを送った誰かがいるだけでなく文字も読めるからです。
・けれどなにより、あなたは生きています。
・昔の人は言いました、巡り往くもの、また巡りくる、と。
・だからあなたは、深々と歌ってください、のびやかに踊ってください、心をこめて生きてください、たとえあな たが、傷ついても、傷ついたことなどないかのように、愛してください。
・まずあなたが愛してください。
・あなた自身と人がこの村に生きてあるということを。
・もしもたくさんのわたしたちが、この村を愛する事を知ったなら、まだ間に合います。人々を引き裂いている非 道な力から、この村を救えます。                 きっと!






最近の銀杏旅館からの景色(そろそろシーズン到来)

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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/09/30(月) 14:06:25|
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出会いと別れ・・そしてまた・・

9月20日(金)天気:晴れ 気温:24℃ 湿度:55%


今回は、東京の女子大生(ともみさん)の1か月間のネパールを私の眼から感じたままをお伝えし、
彼女からのレターを添えてお伝えしたい。

実は、これの以前に今回の「ネパール通信」の原稿は出来ていたが、急遽差し替えさせていただいた。


さて、8月12日にここに戻ってから、ソーラーシステムやフェンス・水道など現地での設置作業を進める上で
必要な事項を書き上げ、実行に移すまで約2週間が必要であった。

そんな中、今回の女子大生がやって来た。
聞けば彼女はまだ19歳。(私の孫娘に近い年齢である)

事前にメールでコンタクトされ、ここでの体験を希望されて、
私と行動を共にする事で「私が何を目指している」のか?自分の目で見たいと言うことである。
であれば、今回の搬入作業を含め見てもらう事が一番先にと、かなり強行ではあったが、実施した。

メールダラではパイプやタンク・セメント・フェンスや支柱などと一緒にスクテまでトラックで移動。
ここからは、トラックが吊り橋を渡れないため数時間かけての移動となるため、
我々は牛乳のトラックで機材を運搬する大型トラックは別の道へと分かれ移動。

メールダラへ到着後「女子大生:ともみさん」は早速学校に来ていた子供たちと溶け合い、遊び始めた。
素早い行動力に驚いたのも事実である。

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さらに、その30分後、今度は子供たちに連れらて、それぞれの家に一人で連れて行かれ、
結局3時間余りの時間を一般の農家で過ごして戻った。夕食直前であった。
この事で「彼女の子供好き」な事は十分理解できる。

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運搬の仕事を終えて帰路でも、「楽しかった」の連続で、
1日おいてのマテ村でも「雨の中の強行軍」にもかかわらず、
外の景色の移り変わりを見ていたかと思うと「車がスリップで動かなく」なっても、
それを「じ~っと」見ていた。
何も見逃さないぞ!との意気込みさえ感じた。

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こうしてマテ村から戻った彼女と「学生団体」のボランティアが会う機会があり、
アサブリの彼らの活動現場まで出かけた。

彼らは、全て自分たちの資金でネパールに学校を作る事を目的に来ていた学生さんたちで、
今時珍しい青年婦人の方たちである。

ところが、かれらの中の女性一人が腹痛を起こし、ネパールサイドのマネージャーも何もしなかったため、
「もし生死に関わる病」の時だったらと考えると「怖くさえ」なった。

翌日アサブリの支援先へ訪ねて行き、ネパールサイドのマネージャーに
「なぜ直ぐに病院」へ連れて行かなかったのか?と尋ねると
「彼女が行かないと言った」と言って「ケロ」っとしていたため、
「支援作業をしている日本人をバカにするのか!」
「例え彼女が行かないと言っても連れて行って病気の対処をするのがマネージャーだろう!」と怒鳴ると、
さすがにビビったのか「お茶を飲まないか?」などと機嫌を治そうと努めだしたが、「今さら遅い」っと退けた。

この事を「女子大生:ともみさん」も見ていて、「全くその通り」と同感の意を示した。
その夜、ボランテァについて「如何に在るべきか・その違いは」などを議論し、相互に納得したころ就寝。

1日おいて、ポカラの支援先(チベット難民キャンプ・ハンセン病療養所の見学・
アサアブジェルちゃんの消息調査など)さらには、友人の河本さん宅への訪問で、
久しぶりにシッタちゃんにも会う事ができ、
聞けばご主人の西島さんもネパールで暮らす決心をしたとの事。

急ぎカトマンドウに戻り、
9月13日にはJICAの総会に一緒に行き、彼らの活動内容を知る事となった。

私はと言うと「教育部会」の中での「ここでの活動内容」を報告させていただき、
みなさんの真剣な眼差しに感謝した次第であった。

彼女(女子大生:ともみさん)にとってのネパールとは何であったのか?
以下に私に当てたレターを原文のまま掲載することで、ご理解いただきたい。





おとうさんへ(私、筋田の事)

1ヶ月、あっという間に過ぎてしまいました。
長いのか、短いのか、時間とは不思議なものです。

約4か月前のあのとき、おとうさんと連絡をとれた私は本当に幸運だったと思うし、
メールをして本当によかったと心から思っています。

銀杏旅館にきた初日から、私はここが大好きになりました。

おとうさんもパネさんもサロちゃんもラスミちゃんもおよめさんも、みんな含めて。
本当の家族のようで、おうちのようで、とても、幸せでした。


ずっと言っていたように、私は日本に居場所を感じられませんでした。
自分の思っていることをこんなに正直に話せたのは初めてです。

私の話をこんなに真剣に受け止めてもらえたのも初めてです。
日本にいるときは、他人の目を気にして生活していました。

外に出るとき、電車に乗るとき、大学に行くとき、買い物に行くとき、・・
服、化粧、髪型、体型、・・

ネパールでは何も気にせず、自然体で、堂々とできました。
毎日すっぴん?昨日来た服?ちょっとの汚れ?・・
日本であったら気にしてしまうものも、全く気にしません。


すごく自由で、拘束されない空間。
そこで自分の将来、やりたいこと、信念、いろいろなことを考えました。

ここでは「逸脱」だなんて思われません。
日本でいう「当たり前のレール」を考えなくてすみます。


ただ、2日後にはそこに戻らなければならない現実が待っていると思うと、逃げたい気持ちでいっぱいです。
でも、「4ヶ月行ってくるだけ」そう思って頑張ります。

4ヵ月間、何があるかわかりません。
目まぐるしく移り変わる日本の中で新たな出会いも発見も、楽しいことも嬉しいことも
つらいことも悲しいことも・・・

その中で、私が私であるために、それを忘れないように精一杯頑張ってきます。
そしてまた、ここに戻ってきます。

そこから再スタートです。
もっとたくさんの村へ行きたいです。
もっとたくさんの子供たちに会いたいです。
もっとたくさんの「未知」に触れてみたいです。
それからでも、遅くないような気がします。

私はゆっくりと自分の道をつくっていきます。

                         ともみ




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  1. 2013/09/23(月) 09:25:28|
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番外編:2013年9月14日


本日午前6時、全てのヒマラヤが見える!
画像を送ります。



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  1. 2013/09/18(水) 09:01:31|
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一日の仕事の終わりに

9月11日(水) 天気:満天の星空  気温:23℃ 湿度:61%


今回は「ボランティアの助っ人作業」の実務を終えて、新しく学んだ物事をお伝えしたい。

今年6月から開始したこの作業は、考えていたより「奥が深い」事に気づいた。
単に日本や諸外国からの「ネパールに、こんな物を作ってあげたい」または、
「この子を助けたい」・「こんな事をしてあげたい」など、
さまざまであるが全て「善意」の賜物である事には違いない。

単なる調査支援などは、時間さえ掛ければ可能であり、
調査する現地に(ピンポイント地域)友人さえ居れば「善意を届ける」事ができる。

しかし、「学校やコミュニティー」に施設を設置する場合は、
地域社会や人間関係(特に信頼のおける友人)が必要なことが分かった。

なぜなら、運んで行く物資の価格が大きいため、それを自分の仕事?にしたい村人が居るからである。
その仕事で「中間搾取」を図り、懐へ大きな金額を入れてしまい、
残った僅かな金額で粗悪な依頼の物件を作るのである。

はたまた、その反対でとんでもない高価な依頼品を作り「お金の不足」を訴えるのである。
これは、現地のネパール人に依頼すれば、多かれ少なかれ起こり得る事である。
彼らはそれで「生活している」のであるから。

しかし、友人や知人から「それとなく」こうした中間搾取を仕事とする人を調べてもらい
作業遂行の時の参考にする事が、無事設置するための必要条件であると知った。

今回は「岐阜ネパール会」も学校に水道を設置する事に取り組んで来て、現地に物品を送り込んだ。
さらに、ベルギーの仲間からは学校のフェンスの作成に必要な物品も運んだ。

こうした中で、当初から我々に多くの要求をして来た村人が居て、しきりに「催促がましい」事を聞かされた。
時には直接ベルギーの友人にメールを送り、ネパール人の銀行口座を伝えて
「ここへ振り込め」と行って来たとも聞いた。
まさに、ネパール版「振り込め詐欺」である。

こうした中間搾取を目的とした「はげたか?」から物品やお金を守り通して
やっと設置にこぎつけられるのである。
「はげたか?」は村人からは「疎まれ:うとまれ」ているが強引な仕事の進め方で指導権を握り、
「如何に我々からお金を」せしめるかを狙っているのである。

こうした「輩:やから」は何処の村にも居る。
現に、最後に悪戦苦闘して「ソーラシステム」を届けたマテ村でも居た。
そして、仕事の主導権を握れないと分かった時には、
村人を先導して「各家々の配線や電球」も設置して欲しいと「付け上がって」くるのである。

しかし、これは村人の意思ではなく「中間搾取をする」悪い一部の人間の話で、
多くの村人は「感謝」の気持ちのみである。

その証拠に、機材を運んだトラックが岐路を泥の悪路に絶たれた時などには
「村人の多くが」寒い雨の中を急斜面で対置往生するトラックを「人力」で押し上げ、
3時間ほどを費やして悪路を通した。
全員「ぐしょぐしょのどろどろ」であった。
我々の休憩している家に戻った村人は「にこにこ」しながら「やった~」と口々に言って居た事が印象に残った。

この時、ゲストの空腹と体調を心配して、村人が(婦人)1時間の雨の上り坂を、
休憩している家まで訪ねて来て、「お肉や小さなジャガイモ」を届けてくれた。
さらに、ゲストの額に手を当てて「かわいそうに」と心から労わりの気持ちを伝えていた時には
「思わず涙」が出たほどである。

これからも、こうした村人の心に触れる事の出来る活動をしてきたいものである。


別件であるが、4日前(9月6日)ポカラのアサブジェルちゃんの捜索と身辺調を依頼され出掛けたが、
結果父親の存在(アル中)が壁になり断念せざるをえなくなった。

しかし、同じ場所で男に騙されて子供を身ごもり出産した
22歳の親子(レスマ タパさんと子供のリーテックちゃん)に遭遇。
アニールモモの親父から引き合わされ、何とかならないか思案中との事。
バグルンから3ヶ月前に親類を訪ねて来たが貧困で助けてもらえない。
夫にはバグルンで逃げられたとの事。

彼女は男が「軍隊」の人で名前は偽名であった事が分かり、子供を抱えた彼女に働く場所などあろうはずもない。
身体を売る仕事には就けず、何時もアニールモモの親父に食べさせてもらっている(約20日以前から)
こうした話を耳にしたが、現在の私には何も出来ないことも事実。
写真だけ撮って引き上げてきた。

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こんなことが、日常茶飯事に発生しているのもネパールである。













では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/09/11(水) 21:31:55|
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ネパールへ来て1週間(Ⅰ)

9月3日(火)天気:雨 気温:22℃ 湿度:70%


今回は8月12日から「銀杏旅館」に来て、私の活動を背中から観ていた、
「朋美さん」の観て感じたネパールをお伝えしたい。



はやいのかおそいのか、時間の流れがとても不思議に感じられる。
初めての一人フライト、乗り継ぎを経験し到着したカトマンドゥ。

空港で荷物を待っている時に出会った私と同い年の女の子。
彼女と私の目的はきっと似ていて、似たような思いを持っていたと思う。

でも、これから経験すること・見ること・感じること・考えることは、
彼女とは全く異なる道を行くと、おとうさんは確信を持った目で見ていたと後から教えてもらった。

私はなぜネパールに来たのだろうか?
海外ボランティアをしたいとずっと考えていた。

はじめは私も、空港で出会った彼女と同じ道をたどろうとしていたが、
おとうさんをテレビで見てすぐに自ら連絡をとり、受け入れてもらえた私は本当に幸運だったと思う。

ネパール通信を読むことで私の中で疑問と葛藤が生まれ、ひとりで悩み考えた。

*私は何のために海外ボランティアをしようと思っていたのだろうか?
*人に「私はこんなことをしてきました」と言うためなのだろうか?
*履歴書に「海外ボランティアをしました」と書くためなのだろうか?・・

そんなことが何になるというのか?・・・
ただの自分の見栄、名誉、欲・・・
抜け出したくても、自分の頭の中でめぐる葛藤は誰にもぶつけることができなかった。

この大きな悩みをおとうさんにぶつけ、では私はどうしたらいいのか、何が出来るのか、
自分を見つめなおすためにネパールへ、銀杏旅館へ来る決意をした。

空港からタクシーでカトマンドゥへ出ると、ガスや砂埃で呼吸するのがつらかった・・
空気は悪い、クラクションはうるさい、信号は無い・・!
ネパールの交通事情について書くと原稿用紙1枚は埋まってしまう・・

おとうさん、けいさん、パネさん、サロジくん、ラスミちゃん、ウルミラちゃん
みんなあたたかく迎えてくれた。

みんな家族、銀杏旅館は私の家!
銀杏旅館のベランダは最高、景色も空気も最高!

とくにおとうさん、まだ1週間もたっていないというのに、本当の娘も同然のように私を心配し、
世話を焼き、可愛がって、たくさん話を聞いてくれた。
誰にも言えず、ずっと抱えていたこと全てをしっかり聞いて、理解してくれる。
裸で構えてくれていることが嬉しくて、私もすぐに裸になることができた。

日本での私は、いつもいろいろなものを身に付け、着飾って、本当の自分を隠して・・
そうしなければ、やっていけなかった.。
ここではいつでもそのまま、ありのまま、私が私でいられる。


【メールダラ村】

私がテレビで見た村、それはおとうさんたちが支援し、子供がたくさんいる小学校がある。
私は東南アジアの子供がほんとうに大好き。
特にきらきらした大きな瞳が。

テレビで小学校の子供たちを見て、なぜだか泣いてしまった。
そのとき私は彼らをかわいそうだとでも思ったのかもしれない。
実際に会いに行くとき、彼らを見たらまた泣いてしまうかもしれないと思った。

でも、メールダラへ行って自分の考えの浅はかさを実感した。
子供たちは、泥で汚れて裾の破れた制服を着て、ぼろぼろのサンダルを履いて、
きらきらした瞳でにこにこ笑っていた。

空気の抜けたサッカーボールで遊び、表紙のはがれた教科書と薄暗い教室で学んでいたが、
彼らはとても楽しいと言った。

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家に帰る子供たちに付いていくと、私の周りを取り囲むように子供たちが集まってきて、みんなで一緒に歩いた。
その中の女の子が、村中を案内してくれた。

「ナマステ」「ダンネバート」、私はこれしか知らない。
それでも、村の人々は温かく迎えてくれ、カジャを出してくれる家庭もあった。

30分で戻るつもりが3時間ほど村の家々を訪ねてまわった。

ネパール語を知らない私と子供たちとの会話はもちろん英語。
英語を知らない村人とは、子供たちが通訳さん。


日本と比較するつもりはないが・・
我々は全部知っている。

今の恵まれた自分たちの環境も、不自由なく暮らせる生活も、
貧困に苦しむ人々や学べない子供たちがいることも、全部知っている・・
彼らはなにも知らない!

毎日お風呂に入る生活も、ふかふかで清潔なベッドも、平らにひかれたコンクリート道路も・・
知っている私が、知らない彼らに何が出来るだろうか。

毎日お昼ごはんを与えてあげることか、きれいな服を与えてあげることか、・・
彼らの知らない世界を教え与えるのではなくて、彼らの世界で彼らが幸せに食べて、学んで、
生活できる手助けをしたいなと感じた。

日本に帰る前に、もう1度子供たちに会いに行きたい。



【マテ村】

とにかく「泥泥泥・雨雨雨・坂坂坂」と大変な道のりでした。
言葉で説明するよりも、写真を見てもらったほうがわかってもらえると思う。
こんなところで生活しているのか、と思うほどの山奥にある村。

ジープで川を渡り、泥坂道を登って下り・・
雨が降りはじめると、地面がぬかるみ車を進めることが出来ない。
男性陣が車を後ろから押して、前から引っ張って・・

それでもジープは村まで辿り着けず、1時間ほど山道を歩いて村へ向う。
5時間ほどで着く予定が、結局9時間ほどかかってしまった。

ソーラーパネルが運ばれてきたこともあるのかもしれないが、
村の人々はやっぱり温かかった。

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雨の中、必死に車を押し、土を掘り、石を担いできてくれる青年たちがいた。
全く言葉の通じない私のことを、とても心配して面倒を見てくれるお母さんがいた。
雨と泥で身体が冷え切っているにもかかわらず、
私たちのご飯を作ってくれる姿には申し訳なさでいっぱいになった。











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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/09/03(火) 20:56:49|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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