ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

2013年前期総括

6月29日(土)天気:曇り 気温:24℃ 湿度:62%


今回は、7月15日から一時日本へ帰国するにあたり、昨年9月から今までの総括をお伝えしたい。

はじめに、今期のメールダラ訪問は合計で8回の訪問となりベルギーの仲間や日本のみなさんにも来て頂き、
延べ人員17人にもなった。

特に今期はテレビ朝日・テレビ東京と言った取材もあり、
多くの日本のみなさんに「メールダラ」の存在と子供たちの現状を知ってもらう事が出来、
今後の活動の「活力」に繋がった事は大きな進展である。

さて、最終回(8回目)のメールダラ訪問時までに、
「新たな子供たち」10名が「学校へ通ってもらえる」事となり、
合計で27名の子供たちが「通学」してくれる事は「大きな成果」と考える。

一人ひとりの「親や子供」との話し合いから導き出した「人数」は極めて「重たい」ものがある。
この「説得から学校へ通ってもらうまで」の間が「私の目的であり仕事」でもある。

この時の村人や子供たちとの話し合いの時、多くの家庭事情が得られ「自分磨き」が出来るのである。
さらに「支援」が決まっても学校へ来られない環境であれば、再度「話し合い」に出かける。
これも「自分磨き」である。

簡単ではない「説得」、これこそ「もし学校に来ない子供が、自分だったら」と立場を変えて考え
「自分を鍛える」事ができる。

ただ、この小学校では「水道設備」が不備で、我々が行った時だけ、
遠くからパイプでタンクに入れてくれていたが、通常ではない。
従って、授業中でも「喉の渇き」があれば往復20分もかけて「水場」まで行き飲んでくる始末。
これでは「勉強に支障」が出ることは明らか。

さらに、この小学校では以前の「通信」にも記載したが、カーストの違う子供たちが一緒に勉強しているため、
ロアーカーストの子供たちとミデアムカーストの子供では「食事事情」が異なり、
授業が始まって1時間もすると「お腹を空かせた子供たちが一斉に「水場」に走る光景を目にする。

聞けば朝食も無く学校へ来て、10:00~15:30まで水以外、何も口にする事無く、
4歳~10歳の子供たちが「がんばって」いる。
(年齢が合わないのは、就学年齢が来ても学校へ行かなかった子供たち)ある。

授業中「寝てしまう」子供も多いが先生が「歌」などで優しく起こすのを見て、またまた「どうする!」と思案。
これはロアーカーストの子供たちである。(詳細はネパール通信を参照)

学校を休んでいる子供たちは、親は仕事に出かけ、子供たちだけで山に食い物を探しに出かけているのが殆どで、
やっと見つけた子供の、「穴掘り」をしている現場へ出向き
「学校へ通って」とお願いした自分に何とも言えない「恥ずかしさ」さえ覚えた。

なぜ「穴掘り」か、と言えば「蔓:つた」の下にある「芋」を掘っているとの返事。
(季節によって収穫するものが変わる)
それが彼らの「食事」となる。

チュラやディロなど「とても口に出来ない」ロアーカーストの子供たちを見るにつけ、
「どうする!すじた!」が頭をよぎる。
(チュラ:米を潰して乾燥したもの・ディロ:とうもろこしの粉をお湯で練ったもの)

問題は2つ、一つは「水場」、もう一つは「カジャ:昼食」であることは明白。
学校へ通ってもらうための「高いハードル」が出現。
しかし「やらねば」ならない!

私たちはこの2点の問題を解決する方向で検討に入った。
ミナやパトネは「水場:飲料水」の確保を優先した方が良いと考えている。
私は「お腹を空かせた子供たち」を考え「カジャ:昼食」の配布を考えた。

二つを同時にやる「予算」はない。
来期はどちらか一つである。

もちろん、27名の子供たちの学校に必要な「文房具や制服・かばん・スリッパ」などは当然の話である。
二者択一を迫られ、思案すること1週間、ベルギーの仲間から
メールダラの学校に「フェンスを作るお金をネパールに送った」との連絡があり、
初めて「もう一つの仕事」がある事に気づく。

ベルギーの仲間たちは年末にしか来られない。
その前に「フェンスを作るのは私たち」である。

「マハデップタハール村」でのソラーシステムの設置も忘れてはならない。(今年11月中旬に設置)
8月に戻って、すぐにも着手しないと時間がない。





宿泊先の民家で、私の帽子が気に入って「遊ぶ」子猫IMG_3320.jpg
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/06/30(日) 15:07:43|
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職業選択の自由

6月25日(火)天気:雨 気温:24℃ 湿度:65%


はじめに、メールダラへ「湿疹」治療に出かけた報告をさせていただき、ネパールでの就活に触れてみたい。

6月19日(水)の早朝から「雨」いや~な感じで「軟膏・石鹸・タオル」などを持ってスクテに向かう。
途中昼食にドラルガルに下車し、1時間後再度バスに乗った。
しかし、「雨」は止まない。

吊り橋を渡る時には「小雨」程度であったが、また降り始めた。
仕方なくパトネと私は、それぞれ30Kg程度の荷物を担ぎ山道を歩き始めた。
途中水場に来た時には「雨」は上がり、
うっすらと雲が切れて行くのが確認でき「良かった」と思ったのも束の間、
突然「どっば」とまるで「バケツ」をひっくり返したように降ってきた。

傘とカッパに包まって、「雨」の通り過ぎるのを待つ。
40分ほどで小降りになり、再び歩き始めたが山道は「どろどろ」で歩きにくい。

それでも、そこから1時間15分ほどで学校に(午後3:55)到着。
早速先生に「軟膏の使い方」を教えようとするが、先生たちもこの雨の中、
家が心配なので4人居る先生の内1人しか学校に来られないと言う。

子供たちも午後3:30には解散していて居ない。
仕方なく一人の先生に指導して、残りの先生に教えてくれるよう依頼。
軟膏:20本・石鹸:20個・タオル:20本を置いて私たちの泊まる教室に入る。
まだ、小雨が降っている。

我々は夕食の準備に入り、水汲みや野菜を切っていた。
この雨の中では子供たちも来ないだろう、と思っていたが食事の終わる頃には20人近くの子供や父兄が来て
「今か今か」と歌や踊りの出来るのを待っていたから驚いた。
結局、1時間半ほど歌ったり踊ったりして9時過ぎには帰っていった。


次の日も雨、「どうする?」
パトネちゃんに聞くと「今日はトラックも来ない」だから歩いて下る以外ないので早く下りた方がいいと言う。

早朝7:30に「お茶」だけ飲んで急いで下った。
帰りは食糧や支援物資がないため、それぞれ15Kg程度の荷物となり、おまけに下り。
登りは3時間30分ほど掛かったが下りは55分と「めちゃめちゃ」早かったが「滑る・転ぶ」の連続で、
足が「ガクガク」。
無事「軟膏を届けられた」事で「ほっと」一息。


さて、今は世界的に就職難と聞くが、日本も例外ではない。
大学を出ても「自分のやりたい仕事」を選ぶ事は至難の業。
しかし、考えていただきたい。
20年30年前でも、同じような就職環境であった事を。

誰もが「好きな仕事」に付いたら、人材が偏ってしまうのではないだろうか?
また、「好きな仕事」とは自分が持つスキルに合う仕事のことだろうか?
そんな仕事は「何処にもない」と断言してもいい。(芸術家以外は)

仕事とは「キツイ」もの「辛抱」が肝腎「好きになるまで頑張る」と言った言葉が以前から聞かれていた。
「どんな仕事でも」楽な仕事などありはしない。
だからその対価として「給料」がある。
「好きで・楽で・楽しくて」こんな仕事など探すのが困難なことぐらい分からないはずもない。
でも探す・・・・

これでは、就労年齢が終わっても「探せない」だろう。
ここネパールでは大学を出ても「働く場所」がない。
だから「海外へ出稼ぎ」に行くか、「スポンサーを見つけるか」そのどちらかであろう。
「お金持ち」との結婚も選択肢の中である。
それが「外国人」でも・・・・

人間一人の能力で「一体何が出来る」というのであろうか?
「何も出来はしない」と悟るべきである。
「何でもやる」と言う「根性」こそ「仕事が面白く」なってくる秘訣である。
そうすれば、「給料も平行して」上がってくるから面白い。

今回は、ここネパールでの就職活動の困難さをお伝えし、日本の皆さんの奮起を促したいと考え記載した





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添付写真は、メールダラから戻って直ぐ、翌日に「捜索願」のあったアサ・ブジェルちゃんを尋ねて
ポカラへ出向き撮影した画像であるが、学校に通って欲しいと考えても「飲んべ~」の父親の許可が無くては、
それも出来ない。

日本にも同じような境遇の子供は、ニュースなどで聞いたことがあるが、
「採石場」の食堂で働く「7歳の女の子の明日」は・・・?
昔は居たが、今の日本には居ない。
何が贅沢なのかを考えていただきたい。

極言すれば「日本で生活できる事」そのものが贅沢である。


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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/06/25(火) 09:12:11|
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ストライキと市民意識の乖離(かいり)

6月16日(日)天気:曇り 気温:26℃ 湿度:55%

最近、特に多く目にするようになった「ボランティア」と言う言葉。
災害時のボランティア・外国における極貧国でのボランティア・
はたまた、企業ボランティアまでさまざまな形態の活動がある。

しかし、その中身となると、それぞれが全く違う目的を持っての活動であり、
本来「ボランティアと言われてきた活動内容とは、大きくかけ離れた団体が多い事に気づく。

では「ボランティア」と一体なんだろう?(広辞苑を開いてみる)
【Volunteer】(義勇兵の意)志願者。奉仕者。自ら進んで社会事業などに無償で参加する人。
となっている。
端的に言えば「見返りを求めない」活動である。

私たちの「岐阜ネパール会」は正に、この精神の会である。
一切の報酬「見返り」を求めず「支援をさせてもらう」、言い換えれば「学校へ通ってもらう」活動である。
その中で、「子供の衣類や学校に必要な備品及び学校の整備」を「させていただく」活動。
奉仕活動そのものである。
これを常に「頭に叩き込んでの」活動では「驕り:おごり」はない!

しかし、「してあげる」活動には当然「驕り」が発生する。
活動する方々の、言葉のあちこちに「現れるから」不思議である。

これは、最近のいろいろな「ボランティア」と称する団体の目的が異なり、
「利益を得る」団体もあれば「現地スタッフ」に限り利益を得る団体もある。
利益を得る団体では「一般のサラリーマン」と全く変わりわなく、働く場所が違うだけで
「本人に慈善事業をやっている」と言う意識も無いのが通常である。

ただ、こうした団体の中には「私たちはボランティア団体です」と言って「支援金」を集める団体があり、
多くの支援者が騙されているのも事実である。


さて、本題のネパールにおけるストライキとは、
学生団体や政党の起こす「制作制度」への不満が主な理由であるが、
一般市民はと言うと????何も知らないのが現実である。

学生の一部であったり、一政党であったり、はたまた今回のように、
(結局6月15~17日の3日間は役所も学校も休み、16・17日の2日間には交通機関もストップし何処へも行けない)
各政党(大きくは4つ)がバラバラにストライキをやったり、
時には一緒にやったりと、さまざまである。

しかし肝心の一般市民はと言うと「何のこと?」と言うように関心も無ければ行動もない。
つまり、分からないのである。

バス代の値上げ反対!・生活に必要なガソリン・プロパンガスなどの値上げ、
または三権分立の無い最高裁判所長官が総理大臣に任命されたりして、
ここでは日本の常識では、全く理解できない事が平気で行われている。

それらに反対し、学生や政党がストライキとなっている。
「現在は無政府状態!」
それでも一般市民には分からない。

「今日はストライキらしいね?」と、この程度で別に困った様子もない。
新聞を読むのは街の一部の人々、ラジオやニュースも一部の人々、
これでは「国民全体の意思」など出来るわけが無い。

でも何百年もこれでやってきた。
王様が「神」だったころには、さほどでもないストライキだったが、
一部の過激派政党の反政府運動が巻き起こした「改革」路線では、内戦により多くの市民が犠牲となり、
一度に何千人の内戦孤児を作ってしまった。

今年の秋にも計画されている選挙では、またまた「騒動」が予想され、国連の警備も忙しくなる事だろう。
日本の自衛隊のみなさんも「警備の仕方の教育」にここへ来ていらっしゃる。

それでも一般市民は「置き去り」なのが、ここネパールである。





ナヤバネショールのバス停で「私も乗るモ~~と」牛君。
一見「のどか」な風景だが、ここは大きな町の真ん中である。

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  1. 2013/06/17(月) 12:40:32|
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起きて半畳 寝て一畳

6月8日(土)天気:曇り 気温:24℃ 湿度62%


たとえどんな大きな家に住んでいようと、
人は一人が占める場所は、起きているときは半畳、寝るときは一畳あれば済む。
広大な家に住む金持ちをうらやんで、むやみにあくせくしてもつまらないと言うこと。【広辞苑】

以前「知足:ちそく」と言うタイトルで記載した事があった。
「満ち足りている事を知る」と言う意味だが、今の支援部落での状況は極めて悲惨である。

小さな家(3m四方)に、家族5人が小さな2つの手製のベッドで寝ている。
朝起きても「朝食」はない。
顔を洗う「水」もない。
薄汚れたTシャツと破れた半ズボンで、そのまま寝て起きただけ。

「ことわざ」では簡単に表現出来るが、現実はそうではない。
日本は「人として最低限度の生活が保障されている」素晴らしい国である。

「福島の人々」の生活環境を心配して、多くのボランティアの人々が集中しているが、
被災から年数が経てば「忘れさられる」と言う寂しい現実がある。

そんな中、極少数の人々が「何かしなければ」と被災地へ出向いている。
ただ、被災者は「未だ被災当時」と殆ど変らない精神的苦痛と環境激変の中にある。
そして今でも(当時からすれば激減したが)僅かではあるがボランティアの方々が行き来している。

しかしここメールダラの「子供たち」には誰が来てくれるのか?
誰も来ない!!!
誰も知らない!!!
誰も何もしない!!!

私が初めての外国人であった。
福島は日本人の全ての人々が知っている、少数ではあるが駆けつけてくれる人々が居る!!!

ここメールダラは、ネパールの人さえ知る人は極めて少ない。
電気もない・テレビもない・ラジオもない、そんな部落を誰が知っている?

この違いである。
仕方のない現実である。

この地球上には、ここネパールより悲惨な生活をしている人々が大勢居る事は知っている。
今なお、世界各地で戦いの最中に放置された子供たち、その子供たちを「犯す」兵士たち、
でも日本からは誰も行かないし、何もしないし、何も話さない。
ようするに「見ざる、聞かざる、言わざる」である。

外国はさておき「福島」でさえ・・・何とも「寂しい」現実である。
日本の福島は、日本に居る「ボランティア」の方々にお任せして、私はここで「がんばる」以外に方法はない。
身体は一つ。

決して日本とネパールを比較している訳ではない。
活動している場所が違うだけで「やっている事は同じ」ある。

ある方からメールで「貴方は日本人でしょ?福島の現状を救うために、募金活動をしますか?」と聞かれた。
返事が出来なかった。
今の私には「出来ない」相談であった。
なぜなら
ここメールダラには「私一人」しか居ないのだから・・・・・

「たとえ少しでも」との思いから、やれることをやろうと動きだしたところである。
これから、どんな問題が出てくるのか予想すら出来ない。
誰にも相談できない。
自分で選んだ道・自分で選んだ試練であると自分に諭す。


先日、メールダラ村の先生からの連絡で
「子供たちの背中に湿疹」が出来た、何とかならないか?との問い合わせ。
原因はこの「湿気と汚れた身体に栄養失調」であることは理解できる。

昨年暮れにもベルギーの仲間と訪問した折「同様」の「湿疹」を見ている。
次回の訪問時に「軟膏」を持っていく事を伝え「はたと考えた」次回って何時?

今は雨期「牛乳屋さん」のトラックは動くのか?
ミナやパンネちゃんと相談して運転手にモバイルで確認。
すると運転手から「雨さえ降らなきゃぁ」との応えであった。
最もな返事である。

もし、トラックが動かない時には「雨の中を2時間半」かけてスクテからメールダラまで登る事になる。
トホホ・・・・である。

トラックが動き、適当に「雨」が降ってくれればと思うが無理であろう。
雨期だから「身体は洗える」ので、この時期でないと「軟膏」を使うにしても
「汚れた身体」に直接塗る分けにはいかない。

この「雨」を利用して「身体を洗い」その後「軟膏」を塗った方が効果的であろうと提案したが、
「雨頼み」では時間がどれだけ掛かるのか分からない。
軟膏を使用する「要領」を教えてくる事にした。

先生には「雨のタイミングを見て出かける」と連絡し、
今月末で切れる私のビザ取得の進捗状況を見ながら進める事にした。

今回は少し「重たい通信」であったが堪忍していただきたい。



下は「銀杏旅館」から撮影した「濃霧と晴れた」時の写真である。
今の私の「心の中」を表現したつもりである。どれも銀杏旅館からの撮影


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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/06/08(土) 15:50:58|
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本物とは何?偽物とは何?

5月30日(木)天気:曇り 気温:24℃ 湿度:65%

こんな時代だから・・・
人の心も・食べ物も・品物も・「本物と偽物」の区別がつかない。

では如何にすれば本物を手にする事ができるのか?
また、「どうして偽物」ではいけないのか?を考えてみた。


【品物の場合】

本物と偽物の違いは「耐久性?品質?機能性?」だったら価格が安ければ偽物でも良いのではないか?
数でカバーすれば。
商業ベースでの諸問題は別の議論として、以下は個人的にどう考えるかを模索してみた結果である。

例えば100円ライターが10円で買える偽物があるとする。
品質が悪くても10個も買える。(2~3日使えればOK)
マッチにおいては一箱2円で買える。(50箱も買える)
ライターの目的は「たばこに火を付ける・ごみを燃やす時に火を付ける・キッチンのガスバーナに火を付ける」
などなど。
これが100円であろうと10円であろうと「火さえ付けば」いいのではないか?
10円のライターを2~3個持っていれば何の問題もない。
(さらに、そのライターにはトーチも付いている、停電の多いここでは重宝しているのも事実)
今の日本では殆どの方が不要な物になったが・・・

ここネパールではどうだろうか?
その場で支払うお金が少なくて済むから、偽物と分かっていても安いから買う。
偽物と分かって買う場合には「やはり本物」であろう。
本物だと言われ、買わされる偽物は「やはり本当の偽物?」である。
つまり「騙された」場合である。
たった、これだけの事である。

今年のはじめに、カトマンドウの「喫茶店:ちくさ」で
「レイバン」のサングラスを忘れて、20分後に戻って探したが無かった。
愕然・・・

これはベルギーへ行った折、途中のフィンランドの免税店で購入。(安くはなかった)
そこで、カトマンドウの眼鏡屋さんでマレーシア製の「レイバンの偽物」を1200Rs(1400円)で購入。
殆ど同じタイプのものであった。
使い勝手も同じ。

でも、片方は「?万円」で現在のものは1400円。
それを知っているのは自分だけ。(今も使っている)
現実的には何も変わらない。

ならば、それでも良いではないのか?

人に聞かれたら「これ偽物だよ」と言える自分なら。
それが本物である。
その最たる店が「100円ショップ」である。


【生き方の場合】

自分はどうだろうか?
果たして本物だろうか?
日本の社会で生きるためには、「自分の偽物?」でないと生きて行けないのだろうか?
裸のままの自分では、周りからの中傷や攻撃が多いからだろうか?
だから自分を「大きく見せないと:自分の偽物でないと」生きられないのだろうか?
自分を「飾り立てないと」生きていけないのだろうか?

なぜ「偽りの自分」を社会に見せて、本当の自分は「心の奥深くに隠して」生きなければならないのだろうか?
「全く馬鹿げている」の一言である。
つまりは「見栄・虚勢」である。
結果「自分で自分を苦しめる」事となる。

偽りの自分を長くやっていると、やはり偽りでなくなり偽物の自分を「本物」と思い込んでしまう。
本来の自分を見失ってしまうのが常であろう。
さらに、そんな自分を「嫌」になる日々が続けば精神的負担が身体を「蝕む」。
だから「裸の自分」でありたい。


【食べ物の場合】

こればかりは「無農薬野菜でなければ」と言われる方々も多いが、農薬の量にも種類にもよりけりであろう。
昨今の某国のニュースにあるような農薬?では「生命の危険」さえ招く事になるが・・・
最小限の農薬であれば、体内に蓄積しなければ良いのではないだろうか?
完全無農薬の野菜では、膨大な人件費が掛かるばかりか供給が追い付かない事になるだろう。

「自分の糧は自分で作る」これが出来れば問題はないのだが、限度がある。
(精々家庭菜園規模である)

ここネパールでは「殆どが有機栽培の野菜」であり、高価な肥料や農薬などは使えないのが実態である。
ただし、「野菜の形は自由?」である。
いろいろな形をした「大根・にんじん・ジャガイモなどなど」それぞれが「しっかり自分の味」を出している。

雨期には「虫」も入ってくる。
形の悪い野菜は偽物?本物?
肉類の場合には、偽物と分かっていて買う人は少ない。
犬の肉や兎の肉または馬の肉ならまだしも、
ネズミや病死した動物の肉を「牛肉で~す」と言って買わされるのは騙されているのである。
これは、分かっていて買う人は居ないだろう。

売る側の誠意に頼る他ない。
日本人の誠意なら分からなくはないが・・・でもないか?
輸入する諸外国の誠意までは、計り知れないのが現実である。

しかしである。
これだけ世界の物流が「激しさを増して」くると、何処の国の方がどんな食生活(食文化)をしているのかは、
知っておきたいものである。(難しいけれど努力する必要があるのでは・・・諸外国の食物を口にするためには)

そして、日本の食生活も世界の非常識である事を知るべきである。
この地球上では、虫も食べる・ネズミも食べる・生き物全てが食糧となっている事を知るべきである。
その上で「外国からの輸入食材」を口にすべきであろう。
「騙されない」限り「本物」と考えるべきである。

みなさんは如何?


添付写真は「雪煙を上げるダウラギリ:8167m」これは「本物」
しかし邦人女性の「訃報」もあり、極めて危険な山ではあるが美しい。

雪煙をあげるダウ





では次回「ネパール通信」まで。



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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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