ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

心の中の「葛藤」!

4月22日(月)天気:曇り時々雨 気温:20℃ 湿度:54%


今回は、支援先の部落やネパール人との関わりから起こる「葛藤」についてお伝えしたい。
ここでは、決して表には出さない感情ではあるが
「どうしようもなく」怒りが込み上げてくる時が月に1度や2度はある。
例えば「時間」である。

先日、カトマンドウの私のよく通うレストランで働いている、ネパールの若い男性が
「ここの仕事は午前中だけで、後の仕事が無い」と聞かされ「銀杏旅館」では働けないか?」と相談を受けた。
私は「銀杏旅館」では間に合っていると答え、「どんな仕事をしたいのか?」と尋ねると
「外国人を相手の仕事であれば、どんな仕事でもOK」と、何でも出来るような話しぶりであった。

以前からカトマンドウに長期滞在している日本人の方に
「誰か品物の買い付けを手伝ってくれる信用の出来る若いネパール人は居ないか?」と聞かされていたため、
「直接会って話してみてくれ」と携帯で連絡して彼を呼び出し、
同時に日本人の方からの「特殊な衣類の布地を持ってくるように」との注文を伝え、時間と場所を指定した。
「必ず何時までに」と念を押したにも関わらずネパール人は来ない。

二人だけの約束であれば我慢もするが、第三者が居る場合には別である。
しかし、来ない。
「怒っても仕方のない」事は十分承知しているが、それでは「仕事」が進まないばかりか、
折角の仕事を得る機会を無くす結果となる事を彼らは知らない。

私と日本人の方とネパール人の場合。
私と日本人が2時間近く待たされる事となった。
話しても彼らには「遅れた事の重大さ」が理解できないのである。

今回の問題は3人で話をする必要性から「時間厳守」を伝えたのだが、
いつものネパール時間でしか待ち合わせ場所(タメルにある、ちくさ茶房)に来なかった。

この日本人の方はアジアン雑貨を扱う方で、ネパール人の彼が私の要求する品物を探せたら、
「今後彼を現地マネージャーとして契約してもいい。」とまで言っていたのだが結果はダメ。
粗悪な品物を提示してきて、「値段は彼の事前に調査した値段の2倍であった。」

1時間も遅れて来て「おはようございます」と挨拶をしただけで、遅れて来て二人を待たせた事の謝罪はない。
彼らに「罪悪感」はない。

ネパール人にとっての「時間」とは、「空気」みたいなもので「ただ」であるとの考えから、
こうした時間を合わせる必要性が理解出来ないのであろう。
それを許せない自分との「葛藤」がある。

私が日本人の方に「お詫び」をして別れたが、何とも後味の悪い仕事の斡旋であったと反省しきり。
「もう決して仕事の斡旋はやらないぞ!」と心で叫んでいた。


一点、朗報をお伝えしたい。
昨年まで支援していたトゥロパカル村で
「日本人の編み物」のデザイナー兼卸販売と、通信販売をされている
「あやさん:フルネームは差し控えたい」から「先日からトゥロパカルの女性たちに仕事を発注しました」との
連絡があり、やはり「素人」の私がやるより「プロ」にお願いする方が確実な事を悟った。
そして「よかった!」と心の中で喜んだのも事実。

「あやさん」にトゥロパカルまで足を運んでいただいて、
村人に仕事を与えてくれた事に感謝せずにはいられない。
彼女も「技術の流出」を防ぎながら仕事が発注できるため、私たちの活動の場まで動いてくれたのである。
今は、少しのお金でも、現金収入の道が切り開かれた事の喜びの方が大きい。







ネパールのお正月に行われる「どろんこ祭り」 IMG_0960.jpg
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/04/23(火) 09:25:28|
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植林現場の「視察報告」

4月11日(木)天気:快晴 気温:22℃ 湿度:40%

ヒマラヤの姿が雲間から時折覗く最近の天気だが、日本のようには「蒸し暑く」なく、
家の中はむしろ「こ寒い」くらいに感じる今日この頃である。

ここの政治はと言うと、相も変わらず混沌としている。
最高裁判所の長官が総理大臣に就任するなど、
三権分立は何処かへ行ってしまったようで「ストライキ」の頻度が高くなるのも頷ける。

今回は私の最も古い友人である「安倍ドクター」のトリスリの活動現場に
「植林の視察」に行って来た報告をお伝えしたい。

「安倍ドクター」のHPは「岐阜ネパール会」のリンク欄に記載されているので
一度開いていただけると幸いである。


「今の時期つまり雨季の直前」が一番大切な時期で「水やり」を怠ると直ぐに「枯れて」しまうからである。
この作業がネパールの人には「なかなか難しい」。
雨の降らないこの時期に「しっかり水」をやらないと数千本の苗木を枯らす事につながるのである。
現に当方が行った時にも「かなり枯れた苗木」を見た。

「安倍ドクター」の依頼で、先日4月4日からかなり強行軍であったが、
7日のバンダ(ストライキ)を避けるため仕方がない。

今回は4日にカトマンドウに移動して、5日の早朝6:15分発ベトラワティー行きのマイクロバスに乗り込み、
現地スタッフのみなさんの出迎えで11:00ごろセンターに到着。

「暑い!」サンガに比べて相当に暑い。
その後、ロクさん(現地の総合マネージャー?)と翌日の打ち合わせや夕食などをいただき就寝。
(午後7:15 いっぱいの蛍を見て眠りについた。)

翌日は6:20ごろ予約しておいたトラックでカウレ村へ向かい9:15ごろ到着。
安倍ドクターが日本の方から依頼され、作成したグンバ(お寺)の中で「お茶」をいただき、
9:30には植林現場へ出発。
約30分後には到着して運んできた「水パイプ」を設置し、村人と一緒に植林現場へ下降。
(結構険しい下り:一番下には急な崖もある)

翌日のストライキもあり、当方はロクさんとミナと一緒に11:40ごろトラックで再びトリスリまで戻り
(これがとんでもなくキツイ乗り心地で地獄であった)
午後2時15分発カトマンドウ行きのマイクロバスに乗り込み(みかんやリンゴを持ち込んで)
揺られる事3時間半。
まだ明るい内にカトマンドウに着けたので、すぐにタクシーを拾いサンガへ戻って来た。


安倍ドクターの活動は25年を超え、当初苗木であった小さな木も今は「森」を形成している。
それが一つや二つの山ではない。
視界に入る山並み全てである。
30年前には(当方がランタンに通っていたころ)「はげ山」ばかりであった。

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今まで「水」が無かった村にも「飲める水」が出だし二次効果が表れ、
村人も「びっくり」であったろうと推察する。
「凄い」の一言である。

この近郊では「安倍ドクター」を知らない村人は皆無で、老若男女とも熟知している。
農道の舗装からかなり傾斜のある山道やチョータラ(休憩場所)まで、多くの村々の整備を手掛けている。
勿論、これも植林作業を行う上で必要な「村人との友好関係」や機材の運搬に必要だからでもあろう。
しかしである。

膨大な広さの範囲を「植林」するエネルギーと執念には、「脱帽」の一言である。
大きな組織でも出来ない仕事を一個人の力で継続するには、それなりの「執念と意地」がなければ出来ない。
それを成し遂げ、自立に導く指導は今も続いている。

トゥプチェ村の植林センターや周りの植林には
「マンゴー・ライチ・ジャックフルーツ」と言った果物も多く植林されていて、季節になれば「出荷」して
センターの運営資金にもしている。

安倍ドクターは「現代のしし神」でもある。
(しし神とは宮崎駿さんのアニメ:もののけ姫の森の神の事)

極めて得ることの多い「視察」であった。




現地での「水やり」作業
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参加した村人たちIMG_0928.jpg




では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/04/11(木) 08:58:12|
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まさに「諸行無常」!

4月2日(火)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:48%


今回は、ここネパールでの生活で痛感(思い知らされた)した出来事を紹介したい。

この時期、まだまだ「雨」は少ない。
しかし、ヒマラヤは雲に隠れて見えない事が多い。
野菜は「どんどん」出てくる。
値段は下がる。
ありがたい時季である。


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野菜の形もいろいろあるが、「味」はそれぞれの個性豊かに育っている。
ミナの兄弟姉妹の成長振りを見ていると「凄まじい」ものがある。
はじめてミナと会ったのは彼女が6年生のころである。

妹のラスミは3年生でいちばん下の弟が1年生のころであった。
パトネ&サロジは4年生と5年生と、学年が近寄っているが
ここでは就学年齢は「まちまち」で家庭の事情で遅れたり学校が嫌で行かなかったりと、
日本のような具合にはいかない。
「ミナ」も2年ほど就学年齢が遅れている。
彼女の場合には「学校が嫌なわけでなく、家庭の事情」が許さなかった事を付け加えておく。

当初、まだ「子供こども」していた5人(ミナ・パトネ・サロジ・ラスミ・アシス)は
7年も経過すると「立派に成長」し、銀杏旅館と私のボランティアの仕事の手伝いをしている。

ここでは、毎日が「サプライズ!」である。
たった今も、我が家の近くで「山猫」が野良犬を噛み殺してしまい、家の前には「血」が一杯に飛び散っていた。
ここでは、山猫の事を「タイガー」と言って恐れている。

今後は我が家の「太郎君」は、フリーでの散歩は禁止!
昨年も村の「牛」がタイガーに襲われて亡くなった。
これらは、相当に大きな「山猫」だったろう。
明日は雨の予報なので、外出は控えて写真の整理でもと考えているが
「明日の事」が決まらないのがここでの生活である。
一応の予定であって未定でもある。

勿論、ネパール全土のストライキもあるが、そればかりではない。
個人個人の考え方も大きな理由である。

昨日も、ある日本人の方とカトマンドウの一角で「午前8時」に待ち合わせて
「あるパーティー」に出席する約束をしたが、
ここサンガの銀杏旅館からカトマンドウまではローカルバスで約1時間かかり、
そこから待ち合わせの場所まではさらに15分はかかる。
そのため、6時45分ごろには銀杏旅館を出ないと間に合わない計算になる。
しかしである。

身支度をするのにも「逆算」してしなければならないのだが、なかなか支度にかからない。
仕方なく「お父さんは先に行っているよ」と言って銀杏旅館を出たが
バス停で10分ほど待っても来ないため「一人でバス」に乗った。

途中30分ほど経過してから「携帯にミナからの連絡」が入り
「お父さん、今サンガに来ている、お父さんは何処に居るの?」との問いに
「お父さんはコーサルタール近く」と答えると「ミナはお金を持っていない、どうするの?」と聞いてきた。
「知らない」と言って跳ね付けて携帯を切った。
約束に対する「考え方」を教えるのが目的である。
結果、30分遅れてカトマンドウで合流、無事パーティーに出席した。

また、先日も銀杏旅館の「お風呂」を作っている「ミナのお父さん」が夕方になって
「今日はラムチェ村に帰らなければならない、なぜなら村人が亡くなったから」と言って帰り支度をしだした。
ミナのお父さんは「お坊さん」でラムチェ村にとっては大切な存在なのである。

ミナやパトネ・サロジのそれぞれの仕事も分業制で
ミナは総監督・パトネは技術関係・サロジは管理仕事のような感じである。
雨期に入る前には、いろいろやらねばならない事が多い。

今回は、ここ「銀杏旅館」での生活の一部を紹介した形だが
子供たちの成長の速さに驚き、自分の老いを忘れさせてくれる。





トレッキング先のジョムソンで見かけた珍犬
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風見鶏
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アヒルの散歩?
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/04/03(水) 08:56:07|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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