ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

一歩前進・半歩後退の繰り返し!

2月18日(月)天気:晴れ 気温:10℃ 湿度:55%


今回は、ここネパールで何か「仕事」をしようとする時の「心構え」についてお伝えしたい。

多くのボランティアの方々が体験しているのは「設定された」計画に基づき行動する「体験」であるが、
実際にはそのために準備する期間が必ず必要であると言う事である。
そして、その準備作業はネパール人に依頼する以外にないと考えている人たちが多い。

しかし、その準備作業こそ「曲者」で、一体幾らで購入したのかが定かでなく
「改ざん領収書?」はネパール語で書かれたものを見せられても全く分からないため、
大きなお金が彼らの懐を満たす。
でもそれが彼らの収入であり、生活費となっている事を考えれば
「まぁいいか~」となる団体・個人も多いのも事実である。

大きな団体でも然り、有名な団体でも同様で、ここではそれが「職業?」となっている事も頷ける。
日本人の感覚で、物事を計画実行すれば必ず失敗する
そのため、下準備が如何に大切なのかを知る必要があるが、
多くの個人・団体とも、どんな準備作業が必要なのかも分かっていない。

例えば

・支援先の調査(人口・軒数・貧困度・村の環境・など)

・支援内容の決定

・支援先の協力者?の有無

・メンテナンスが可能か否か?

・現地の誰が何処までメンテナンスするのか?

・購入品目の市場調査(何処が安くて良いものか?)

・購入品目の保証期間の調査

・支援先への搬入方法と時期の調査

などなど、事前調査しなければならない事項は尽きない。


事前準備が無ければ、決して計画通りには進まない。
そんな「職業ボランティアの」「ネパール人や日本人?」からの「搾取」を無くし、
正しい価格(交渉後の価格)で支援作業の手助けをと考えて、
いろいろなボランティアの方々のサポートを目指して現在に至る。

100万円の支援金も実際には50万円以下しか支援先に届かず、
それでも分からない諸外国のボランティアの方々は満足?して帰国される。

翌年同じ支援先へ行き、確認すれば「何で?」と言うことばかりである。
メンテナンスがされていないからに他ならない。
設置しても、その後のケアーが無ければ機材は朽ちて行く。
ネパール人には自分からケアー(無償の)する人は居ない。

ではどうするのかと言えば、これも事前に選任して「多少の給料?」を支払い、
メンテナンスを仕事としてやってもらう事が重要であり、それを忘れると折角の支援が無駄になってしまう。


これは、ここに住んでいるからこそ出来る「支援活動の一旦」と考え行ってきた。
ベルギーの方たち、日本の方たち、4年ほど前にはスリランカの女性(個人)やスペインの絵描きの方から、
支援作業のサポートを依頼されてやってきた。

我々が今やっている「全ての子供に学校へ通ってもらう」活動とは全く別な活動でもある。
時間と交通費さらに食事代などは当然持ち出しである。
それでも彼ら(依頼人)の喜ぶ笑顔が「大きな救い」でもある。


ネパールでの仕事のスピードを知っていただくために、
少し内容は異なるが「我が家」での出来事をご紹介しよう。

先日、我が家に「水のタンク」を設置し、「太陽光の湯沸し」機器を取り付け、
多くの来客にも対応できる「お湯」の量を確保すべく(お風呂の作成)仕事を発注。

5000ℓの地下タンクを作る作業に掛かった。
「穴」は4日ほどで完成し、その後4日間は「乾燥」させ「もう大丈夫だろう」と
5000ℓの水を運んで(タンクローリーで)投入。

20分ほどで5000ℓを入れ終わってタンクを覗くと
「水位」がかなり下の方で「本当に5000ℓを入れたのか?」と聞くとタンクローリーを指さし
「これは5000ℓのトラックだ!」と粋がって答えた。

しかし肝心の「水」は2時間もしたら完全に無くなり「底のセメント」が見え出した。

翌日、タンクにパトネちゃんが入り調査を始めた結果、
「お父さん、底のセメントにクラックがある」と言って上がってきた。
どうする!

しばらく考えていて、パトネちゃんが「セメントだけで発生したクラックを修理しよう!」と言うことになり、
再度パトネちゃんが20フィートを潜った。

40分ほどで全てのクラックを修復し、2日間乾燥し再度点検に20フィートを潜る。
結果OKであることを確認して、500ℓの水を入れて「水漏れ」の点検を2日後に行った。
結果良好。

それを受けて「水を注文」したが生憎「土曜日」で事務所は休み、
仕方なく翌日日曜日に配達してくれるようお願いした。
でも、これも雨のため道の具合が悪いので途中まで来て帰ってしまった。
で・・・月曜日に期待?する以外にない。

こんな状況では、初めに考えた日程?など何もならない。
どの過程でトラブルが在るのか分からないだけに「立ち会って」いないと
予定の作業進行は無理と言うことである。

一つ完成してから次に移ると言う、極めて非効率的進め方で進める以外方法はないと悟った次第である。
ここで見ていて初めて分かる「ネパール人の仕事」である。

かなり「いいかげん」な仕事であっても、彼らは「ごめんなさい」とは言わない。
(責任感や職人気質が全くない)
つまり日本人が「立ち会って」いないと、どうなるのか分からないのがここのボランティアの実態である。

でも多くのボランティアは1~2週間で帰国され、後に残された仕事は一体誰がするのか?
誰も何もしない。
だから、放置状態で「朽ちて」いくのが現実である。

1年後、再び支援先に訪れたボランティアの方たちが「唖然」となる事もしばしばあり、
「物だけ送っても」後の運営や、ランニングコストを掛けなければ、彼らネパール人は誰も、何もしない。

少し強く言い過ぎた感もあるが、決して誇張はしていない。





我が家の「水タンク5000ℓ」
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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/02/18(月) 22:57:55|
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ネパールにおける結婚とは

2月7日(木)天気:晴れ 気温12℃ 湿度:60%


中国の汚れた空気が日本列島にまで飛来して来て、
驚く日本では「核汚染」は忘れられた過去になりつつあるのだろうか?
「核汚染」だったらとは考えないのだろうか?

今、世界最大級の「原発建設」を国が決めて推し進める中国のエネルギー政策は、
不完全な技術や粗悪な部品の寄せ集めで建設され、極めて隣国の日本にも確実に影響を及ぼす。
自ら招いた禍と、隣国から来る禍に「正に挟み撃ち」の日本列島である。

誰も止めることが出来ない隣国と自国の「原発建設」、
さらに「汚染物質」の処理は、如何に処分すれば良いのか、見通しすら立っていない。
残念であり「愚か」の一言である。



さて、今回はミナの弟のパトネちゃんの結婚に伴い、家族関係の大きな変化と経済的効果を通して、
見えてくる彼らの「結婚観」についてお伝えしたい。
これは日本でも「大きな行事」ではあるが、昨今「地味婚」とか「本人たち」だけでの結婚が目を引く。
これも不況の影響なのか?

ここネパールでは、一つの「結婚」が大きな家族構成を率いての結婚となり、
一度に30~50人の「親戚?」が発生するのが通常である。
特に山村では、集落はそのまま「親戚関係」と言っても過言ではない。

先般パトネちゃんの結婚に伴い、今までの親族関係が一気に広がり、
「誰が誰なのか?」全く分からない状態である。(やっと覚えた家族関係なのに・・)


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そんな中、いきなり「銀杏旅館」に新婦のお母さんや兄弟8人が「自家用車」で訪ねてきて、
ウルミラちゃん(パトネちゃんの奥さん)の親戚とのとこと。
ミナは慌てて「お父さん外に出てこないで!」と言い残しゲートを開けに行った。

全員を屋上に案内して、サロジ君がテーブルや椅子をセットしていた。
こうした光景はここでは当たり前の事で、事前連絡などと言う近代国家の習慣はない。

しかし、ここではこうした「親戚関係」が将来の仕事に大きな意味を持つことになる。
異なるカーストとの結婚の場合には、相互の家に入る事ができないばかりか、
その後の生活にも影響がでるのが通常である。

「銀杏旅館」のすぐ下にある家の娘さん「ランジュさん」は、
一つ下のカーストの男性と結婚したため(10日間ほど家出して結婚して来た)新郎も家には入れず、
20mほど離れた所で「ウロウロ」して、新婦ランジュさんを待っている姿を目にした。

この場合、子供が出来ても同様で決して「子は鎹:かすがい」にはならない。
日本であれば「子供が出来れば許しあう親戚関係」(出来ちゃった婚が)殆どであるが、
ここネパールの場合には「厳格」に守られている。

従って多くのネパールの女性が「恋愛結婚」に躊躇する事となるが、
最近ではこうした「家出結婚?:駆け落ち?」が結構多いと聞く。(血縁関係の弊害防止?)

ネパールの人にとって「結婚」は「子孫繁栄」ばかりではない。
しかし、子供が出来ないと2番目の奥さんを貰う習慣も実在する。
この場合、最初の奥さんは別の家に移り一人で生活するのが普通で、
勿論生活費は、ご主人が毎月か半年毎に支払うと言う。

別の家の無い場合もあり、「銀杏旅館」のすぐ下の家などは1軒の家を半分にして、
一人ずつ奥さんを住まわせている。
この家の場合は「生まれてくる子供」が「全て女の子」だったため、
2番目の奥さんを貰ったが「やはり、女の子」ばかりで、合計5人の女の子が出来てしまった。
ミナでさえ「可愛そうに:ビツアーラ」と言っているのを聞いて「笑い出したい」のを堪えた記憶がある。

ネパールでの「男尊女卑」の考え方は昔の日本そのままである。
出来た子供も別々の部屋で生活しているが、やはり奥さん同士は仲がよくないのが普通で、会話も殆どない。
でも相互の子供たちは一緒に遊んでいる。
何とも「奇妙」な関係であるが、彼らは普通に生活しているように見えるから不思議である。

起業するにしても、商売をするにしても「親戚関係」のコネクションしか「頼るところ」がない。
他の仕事となると「賃金は格安」で「重労働」が普通である。
特に女性の仕事は皆無に等しい。

農作業か家事手伝いぐらいが通常で、会社の事務や銀行業務、
さらには医者や看護婦になれるのは、極めてラッキーと言える。
外国人の支援で「医者や看護婦」になっても、ネパールで働く人は極めて少なく、
ほとんどが外国へ出てしまうのが通常である。

なぜなら「投資した金額に見合う収入」が得られないのが大きな理由であり、
外国の方が遥かに「高級」が得られるからに他ならない。

私の友人でもある元JICAのスタッフであった「スシルバッタチャンさん」は、
自分の娘さんを外国(バングラディッシュ)で勉強させ、現在はネパールで医者をやっている極稀な方である。

これも需要と供給のバランスから言って仕方のない事なのだろうか?
かく言う私も、その安い医療費で治療してもらっている一人である。

政府の補助など一切ないここネパールでは、こうした技術者?医者は育たないのが普通である。
これも仕方のない事実である。

ここでも「土地」を持っている者が極めて強い力を持つのは日本と同様であるが、
最近の日本では「税金」のため「土地」を手放す人も多いと聞く。

しかし、ここでの「固定資産税」は極めて安く、日本とは比べ物にならないほど安く、
因みに「銀杏旅館」の固定資産税は年間「15ルピー」で、
支払いに行くバス代が往復で30ルピーと、バス代の方が高い。
山村では、10年も20年も税金を支払っていない家もあると聞く。

それより何より「税金って何?」と言う村人も、かなり居るのが実態である。
田畑の無い人々にとって「田んぼや畑」を借りて作物を作り、収穫の半分を地主に支払うのが普通で、
いわゆる「小作人制度」である。

銀杏旅館に居るミナの兄弟も同様で、農繁期には村へ帰り、田畑を借りて作物を作って居る。
一昨年、日本の方々の援助で「少しばかりの田畑」を購入できたが、
1年中の主食を得るまでには至っていないのが実情。
しかし、以前に比べて遥かに豊か?になった事は確かである。



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では次回「ネパール通信」まで。



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  1. 2013/02/07(木) 13:41:44|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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