ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

スンダルラマ:通称パトネちゃんの結婚!

12月18日(火)天気:快晴 気温:19℃ 湿度:52%

今回は予定を1日アヘッドしての配信になった事をお許し願いたい。
当方の通院(歯医者の都合)


特別報告!
今回は極めて身近なパトネちゃんの結婚式について報告したい。

彼は、長女のミナ(20歳)パトネ(18歳)サロジ(17歳)ラスミ(16歳)アシス(15歳)といった
兄弟の中で「一番頭がいい」だけではなく結構「ハンサムボーイである。

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長女のミナはと言うと、以前からネパール人の若者から幾度となく求婚があったが、
我々の仕事に支障を来す事を考えてか、一向にいい返事をしてきてない。
お父さんもお母さんも「それでは」と言うことで「パトネちゃん」に的を絞って進めて来たらしい。

当然の事ながらミナが一切のマネージメントをして結婚式を進めるため、声も大きく張り上げて指示をしていく。(後日、我が家に帰った時には声がかすれていた)

ここでの結婚式は昔の日本と同様「親が決める結婚」である。
稀に、恋愛結婚(ラブマリッジ)もあるが、多くは「親が決める」
パトネちゃんも然り、1か月ほど前に父親から連絡があり「「お嫁さんの候補が見つかった」との電話連絡で
急いでラムチェ村へ出かけて行った。
そこで、「お見合い?」のような事をして相互の経済状態や生活環境の調査がなされて親同士が「了解」して
初めて本人たちが「お見合い」をする形である。
しかし、ここで新郎新婦のどちらかが「嫌」と言えば成立しない。

今回は相互にOKと返事をして成立に至った。
12月7日に結婚式でその前夜から「お祭り」騒ぎである。

はじめに、新郎側のみで儀式がなされ、その足で新婦の家まで迎えに行く。(往復3~4時間の道のり)
このセレモニーには400人ほどの村人が集まり(遠くはツルチェ村からも来た:約1時間半ほどを歩いて)

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料理も半端な量ではなく、4~5日間ほど毎日400食を超える料理を作らねばならない。
従って、ミナやその兄弟は連日徹夜で料理を作って居たという。

花嫁は「ウルミラちゃん」18歳。
バラビシの小学校で先生をしていた「お嬢さん」である。
ラムチェ村でも稀なくらい近年に無い「盛大な結婚式」である。

IMG_0186.jpg
DSCF8859.jpg

というのも、このウルミラちゃんの家は相当な「お金持ち」で
花嫁がパトネちゃんを見初めたと言うところだろう。
ご存知のようにパトネちゃんの家は「貧乏」の部類に入り、ハイスクールの学費すら困難な状況である。

そんな二人の結婚で、今後この家族の生活環境がどう変わって行くのか、いささか心配でもあるが、
「花嫁のウルミラちゃん」は「銀杏旅館」に行きたいと言っているそうである。

しかし、現在は一部屋に3人(ミナ・パトネ・サロジ)が寝ていて、
そこへウルミラちゃんが来るとなると?????
もう少し様子を見て「屋上のキッチン」を潰して一部屋作る事も可能かなぁ~と考えているが、
本人たちが何と言うかであろう。
当面はウルミラちゃんが来ても、現状のままの部屋で生活する事に????

「変化は世の常」、なるようになると考えないとやっていけないのがネパールである。
こうして、現金収入が無くても結婚する。
扶養家族が増えることとなったからには「具体的な現金収入」を早速考えねば・・・・
一方では「労働力が増えた」とも考えられるが・・・・

今日、12月17日に彼から「エンゲージュリング」の金の指輪を見せられて、
「本当に結婚したんだなぁ~」と感じた次第。
なかなか「ぼけて」いられない!





では次回「ネパール通信」まで。(次回は来年から配信予定)



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  1. 2012/12/17(月) 14:49:00|
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自分と向き合う

12月8日(土)天気:快晴 気温:14℃ 湿度:60%


ここで暮らし始めて、何時も考えることは「これは本当に自分がやりたい事か」である。
自分は偽れない。
右に行きたい自分に「左に行け」と言っても体が嫌がる。
つまり、誰かに指図されて行動するのでなく、自分の意志で動く。
この事が重要である。

しかし、これはかなり「きつい」課題である。
なぜなら、そのために犠牲にしたり・切り捨てたりしなければならない事が極めて多いからである。
さらに責任は全て自分自身にある。

一番初めに、「見栄」を極力無くす努力が必要である。
つまり、裸の自分でぶつかる覚悟が必要なのである。
学歴も収入も国籍も・・・

目的のためには「余分」なものつまり「見栄」を削る努力がいる。
親からもらった自分の体一つで、何処まで出来るのかである。
もちろん、多くの友人の助言や叱咤も「自分の意志」に組み込まれるが、最終的には自分が決断することである。

こんな、僻地(ネパール)で生活するためには「見栄」などどうでもよくなる。
必死で生きる事のみである。

病気から身を守る事。
誰も頼れない地域での細心の注意。
あらゆる中傷にも耐える心構え。
活動に際しては「多くの中傷」があるが、それを跳ね返す心構えが必要である。

さて、ここの生活で一番「辛い」事は、予定がまるで立たない事である。
交通事情もさることながら、考え方として「時間」と言うものに対し極めて無頓着であり、
全ては自分中心の考え方から「何時にここで会いましょう!」と決めても
「絶対と言っていいほど」その時間には来ない。
1~3時間遅くなっても「悪い顔」一つしないのである。
それが、「悪い事」とは思っていないのである。
だから「怒れない」し「叱っても」同じである。
外国人にとっては精神衛生上「極めて良くない」考え方であるが、
それを克服しなければここでの生活はおろか、活動さえ出来なくなる。

今日もミナが「パトネちゃん」の結婚式に出す料理を買うお金が無いので、貸して欲しいと言って来た。
2万ルピーである。
「そんな大金はもっと早く教えてくれないと準備できない」と言うと、明日の朝ATMで下してきてほしいと言う。
12月15日には結婚式のお金(祝儀)が入るから、それで返却するとの事。
前日に分かっていながら、直前にならないと言わないのも「困った」事である。

数日前に月末に「文房具」を買うお金を引き出しておいたのでそれを渡したから事なきを得たが、
手元に無かったら結婚式の料理が出来なくなっていたのである。
パトネちゃんの結婚式は12月7日である。
2日ほど前からミナもラムチェ村へ出かけた。
本来ならば私も出席する結婚式であるが、諸事情から出席出来ず残念であるが仕方がない。

毎日がサプライズの連続で、何もない時ほど「幸せ感」が大きいのもネパールならではである。
日中、屋上で「日向ぼっこ」をしながら読書やコーヒーを飲みながら過ごす時間は「極楽」である。

今回はまたまた「愚痴」になってしまったがお許し願いたい。






先日、「銀杏旅館」へ来られたベルギーの仲間と屋上でゲームをするミナIMG_0080.jpg



料理を作るベルギーの仲間たちIMG_0087.jpg
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では次回「ネパール通信」まで。


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  1. 2012/12/08(土) 20:22:02|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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