ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

生きている実感・・・・・

5月29日(火)天気:晴れ後曇り気温:28℃湿度:40%


先日、5月28日(月)にネパールで初めて「憲法が制定」された。

今回は、ここでの生活の中で感じた「生きている実感」についてお伝えしたい。
この世に生を受けて、親や兄弟の愛の中で「すくすく」と育ち社会人となるまでには
如何に多くの人々に助けられて生きて来たことだろう。

「生きる事」とは当然、それぞれ「目的」を持って「生きる」姿を言うのであるが、
ただ生きている人など誰も居ない。何らかの「目的」を持っているのである。
反面「死」も当然付いてくる。

言葉通り「生死」は「表裏一体」または「一つの線上のはじめが生で終わりが死」であり、
その間が「生きる」であろう。
言葉を換えれば、「生きる事」即ち「死」に向かって「生きる事」であることを知らねばならない。

ここでは何時も自分の「死」がすぐ隣にある臨場感があり、人の「死」を見ることも多い。
今日もカトマンドウのビルホスピタルの横をタメルに向かって歩いていたが、
30歳くらいの女性が朝から寝ていて昼ごろになって、同じ道を通ると、
急に病状が悪くなり通行人が「もうすぐ死ぬなぁ~」と言って眺めている。
お金が無いため、病院には診てもらえない。

だから「生きる喜び」を知る機会も多いと言える。
「何時か自分も」と感じるが、反面「今じゃぁなかった」と安堵する事しきりである。

先日トラックの転落事故現場を見たが、数人のネパール人が近くで動いているのが見えた。
(50mほど下の谷?)
ここでの転落事故は、決して珍しい事故ではない。
月に1~2台は「落ちる」のである。(近所で)(私の何時も乗っているバスも)

飛行機にしてもそうである。(これは年に1~2機は落ちている。)
先日5月14日には、私もよく利用している「ポカラ発ジョムソン行き」の軽飛行機(21人の乗客)が着陸に失敗。
この便にはネパール人も居るが、それよりも観光客が多い。

こうした環境の中で「生きる」のは、それなりに覚悟と自己防衛が必要であるが、
日本ではこうした自己防衛は不要な環境だけに、「慣れていない分」ある意味「不幸」でもある。
なぜなら、自然災害の場合でも「何をして良いのか分からない」人々が大多数で、
行政の指導が無ければ「立ち往生」するのは当然である。

しかし、自分の生き伸びる方法まで行政に誘導してもらわねばならない日本人は、
本当に自分で「生きている」のだろうか?
普通の動物なら「すぐ死に直結」する。

ここでは、何時でも「予測できない事故やストライキ」が発生し、
その度に最善の「どうするか」を自分で決めなければならない。
またそれらの情報を如何に早く入手するのかも、生活技術の一つである。
これが、毎日である。

天災・事故・暴動であっても同じである。
私の周りに居るミナを含めた家族とは、当然「危機意識」が違い、
彼らにとっては1~3日以内に出来れば問題ないと考えるが、
我々外国人にとっては「大変」な事で1日が「大切」である事が彼らには分からない。

生きるのは自分であり、自分の行く道は自分で決めるしかない。
日本ではその決断が出来ない人々が多く、決断した人々はすぐに行動に移すが、
出来ない人々は「立ち往生」するか、人の後からついて行くのみである。
それが正しい道かどうか分からないまま・・・

災害時の行政・政府の「救いの手」が来るまでには最低でも1週間は「自分の力」で生きるしかない。
これも出来ない人々は、残念だが「それまで」である。
もちろん、助けてくれる人がいれば良いが何時も居るとは限らない。
日常生活の中で、常に「危機管理」を考えている人々もいるが、ほんの少しである。

日本国民全員が「自分の危機管理」を考えれば、問題はない。
でもそれは無理であろう。
行政や市町村の指示を待っている人が大多数の日本では・・。

なぜ自分で自分の命が守れないのか?
なぜ戦わずして・行動もせずして「死」を待つのか?
理解できない。






添付写真は「事故現場」とルンビニーの「蓮の花」である。
心静かに観ていただきたい。
事故現場

事故現場ー1

ルンビニーの「蓮の花」




では次回「ネパール通信」まで。


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  1. 2012/05/29(火) 21:14:26|
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子供たちの時代に・・・

5月20日(日)天気:快晴 気温:24℃ 湿度:42%


今日はストライキ(バンダ)3日目である。(22日まで)
国道にはバスも車も仕事の車も走っていない。
子供たちがクリケットで遊んでいるのみ。

今回は、今の日本の「社会は・親は」子供たちに「何が残せるのか」について考えていただきたい。
世界には、発展途上国と言われる国々が数多くある。
内戦や異なる宗教・果ては歴史的紛争まで「争い」の原因は数々ある。

中でも、援助と言う名の侵略?は一種の「騙し」でもある。
日本の「経済発展の源」は、こうした発展途上国と言われる国々から原材料を輸入(搾取?)する事から
成し得た発展とも言える。

「ネパール通信」では、こうした国々の内容を極力避けて「ネパール」に絞った形の「通信」を配信して来たが、「ネパール」だけでは説明出来ない状態になりつつある。

インド・中国からネパールが輸入している「生活必需品や石油燃料」は粗悪だが、
彼らの輸入出来る価格で手に入り村々の生活環境を少しずつ変化させて来た。
ただし、石油燃料だけは年々高騰を続けて、今や日本と同じくらいの値段である。
(1リットル当たり140~150円)

闇の値段はもっと高い。
従ってタクシーやトラックまたはレンタカーなどの値段がどんどん値上がりしているのが現実である。
「使い捨てライター」や「携帯電話」は今やどんな田舎に行ってもある。

先日、支援先であるトゥロパカルでは「大きな発見」があった。
「いろり」の火種である。
3~5時間前に使った「火」に「灰」を被せて消しておいた状態から、「火吹き竹」一本で再び「火」を付けていた。
「すばらしい」ことである。
主人に聞いてみた。

「もし、ライターもマッチも無かったら」どうして「火」を付けるのか?
主人は古い皮製品に取り付けられた「金属片と石」を持ってきて「昔はこれで火を付けていた」と言って
見せてくれたが「正に火打石」である。
「今でも使うのか?」と聞けば、当然のように頷いて「使う」と答えた。

私もやってみたが、なかなか火は付かない。
彼らは山へ入り仕事(森林の伐採など)をする時には、必ずこの「火打石」を持っていくそうである。
主人はものの1~2分で枯草に火を付け、小枝から薪へ火を大きくしていった。
「これは何時からあるのか?」と聞くと「知らない」と答えて「昔からある」と答えただけで、
中国製の「使い捨てライター」でタバコに火を付けた。

この「火打石」は、山村の家に行けば必ず一つはある。
日本では考えられない事である。

文明が進んでも昔の方法を捨てない人々に多いのは、例え安くてもお金が必要な方法より、
「ただ」で出来る方法を決して捨てない。

今、日本人が一番考えなくてはならないのは「子供の時代」ではないだろうか?
その上で「何をすべきか?」であろう。

子供たちに一体「何が残せるのか?」
・汚染された国土
・毎年膨れ上がる国債の付け
・物凄い円高
・荒廃した社会構造

これらを整理した上で残したいものである。
全ての大人たちが、この責任を痛感した時こそ出来ることである。
でもこの責任の分からない人々が絶対多数の日本!
残念の一言である。

子供たちが生きていける社会を目指す人々は、「絶対多数の鋭い眼差し」と戦わねばならない。
絶対多数の人々は「動かない」「動けない」

極少数の人々によって「子供の時代」は救われる。
決して「諦めない」人々によって!
何時の時代も同じである。

今からでも遅くない。
子供には「サバイバル精神」を教え実践すべきであろう。
野外授業の形で。

火も点けられない・食べ物も作れない・夜露を防ぐ家?も作る事もできない・衣類?を作ることもできない・
全て与えられるものしか使えない・食べられない人々には、これからの未来はない。
応用のきかない人々には、これからの未来はない。

ナイフは「危険」?
ライターは「危険」?
だから子供には使わせない?
それでは子供たちは何も出来ない。
多少の怪我は、勉強である。
命を守るための・・・・・・・・。





ポカリナランタン(我が家から車で6時間)で撮影した今年最後のラリグラス(石楠花)とタルチョーラリグラスとタルチョー

ラリグラスとタルチョー2





では次回「ネパール通信」まで。


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  1. 2012/05/22(火) 05:38:56|
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2011年後期~2012年前期総括

5月11日(金)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:55%


昨年9月からの総括をしたい。


【活動】

今回は子供の人数も変化せず、(39人)1年分の文房具や制服・子供服の配布と医薬品補填をしたのみで、
現行維持をしたに過ぎなかった。

自立支援に向けた活動としては、日本の「手芸販売店」を経営する女性から依頼され、
トゥロパカル村での練習に踏み切り5日間の練習の後、編み棒と材料を置いてKTMに帰った。
結果は、最初25人の練習する女性が居たが、最終的には10人ほどになり、
製品として使えるものを作れたのは6人ぐらいであった。

絨毯の工場を設置する事も調査したが、とても大きなお金が必要となる事から断念し、
2~3人の女性にやってもらおうと考えて話しを進めたが、費用対効果から断念。
理由は、約1ヶ月間の労働で1枚の絨毯を織り上げるが、その後の作業「洗浄・毛を揃える作業」は分業であり、
その技術者が居ない事も断念の要因である。

しかし、「編み物」の方はこの6人が時間を掛けて他の女性に練習させれば、
きっとそれなりの成果は出ると考えるが、ここはネパール。
あきっぽい・気の向いた時だけ、と言った性格がどこまで日本人の要求に応えられるか不安要素はある。

合計6回のトゥロパカル訪問となった。



【生活と情勢】

一方当方の個人的な部分では「歯医者」へ行った事が最大の注目点であった。(目からうろこ?)
さらに、我々の友人でもあるラムさんの妹の「サラダさん」が、
ここの元旦(4月13日)に結婚したことも付け加えておきたい。

ミナの下の弟(サロジ君)がSLCを終えて我が家に来た(今年4月から4人での生活)事も新しい環境変化である。
現在、3人が「銀杏旅館」からガレッジに通い勉強している。
ともあれ、後2人の兄弟が居る。(5人兄弟)
そのための、進路指導と準備が今後の課題でもあるが、これは容易に予測出来る範囲である。

ミナのお母さんの健康問題があるが、(彼女は5人目の出産の際、体の不調を知った:生理でもないのに出血がある)
何度か病院へ通ってはいるが、治らない。
友人である安部ドクターが、心配して病院から貰った診察結果を持ってきて見せるようにミナに言っているが、
データが何処かへ紛失。再度、病院から貰ってくるよう要請されている。

街の様子は、カトマンドウでは、各所で道路の拡張工事が実施されていて「埃っぽい事この上ない」が、
政府の改革?は市民とのコンセンサスは無く、一方的に道路の拡張工事が行われるため、
「座り込み」や「バンダ:ストライキ」が行われる結果となっている。
家も取り壊され、半分になった家があちこちに点在するのも解体する政府の都合によるもので、
半分瓦礫の中での生活を余儀なくされている。

ある日本人の経営する「風呂屋さん」などは、大家さんから半年前に「この家は息子が使うから出て行ってくれ」と
言い渡され、急遽引越しするはめになったが、そこも道路の拡張工事が行われていて
「いずれ出なければならなかった」と話されていた。

これがネパールである。

街はどんどん変化して行くのに、村では極めて「ゆっくり」としたスピードでしか変化していかない。
10年前と現在では村はそのままで、街だけが整備?されている。

人々は相変わらず「出稼ぎ」に一生懸命で、ミナの下の弟も運転免許を取って、
「出稼ぎ」に行きたい。と言っている。
確かに、学校を出てもここでは就職する企業が極めて少なく、彼の思いも分からないではない。
政治も混迷を続けており、何時正常な議会が持てるのかも不明な状態。

今期に起きた「バンダ」の発生原因は主に、
1:憲法制定における各民族間の意見の相違

2:その制定期日の遵守を求める行動

3:諸物価値上がりにおける抗議行動
 (これは、特にガソリン・プロパンなどライフラインに関するストが多い)

4:ホームレス地区における「バラック」の強制撤去に対する講義活動。
  こうした政府に抗議するバンダの他に、「交通事故」における、
  補償問題と喪に服す意味のバンダも頻繁に発生。

災害は雨季に多く、「がけ崩れ」は頻繁に発生して多くのトレッカーが閉じ込められる事も多いのもこの時期である。
先日5月5日にもポカラから西のジョムソン街道に近い場所で氷河湖が決壊して「洪水」が発生。
多くの人々が犠牲になった。

ここでの暴動やストライキは日常茶飯事で、近づかなければ問題はない。
大使館からの「注意喚起」の連絡はネットから頻繁に受信している。
今月末にはトゥロパカル村へ出向いて学用品や子供の服を置いて来るが、道路の「がけ崩れ」だけが心配でもある。

以上


今回は配信予定日より少し早くなったが、3日間のバンダのため、
何処にも動けず止む無く配信した事をお許し願いたい。








IMG_3258.jpg
この時期(5月中旬)に咲くジャカランダ


IMG_3254.jpg
日本の「藤の花」と同じころに咲く「薄紫」が美しい花






では次回「ネパール通信」まで。


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  1. 2012/05/11(金) 21:13:13|
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「知足」

5月4日(金)天気:快晴 気温:22℃ 湿度:40%


今回は、有り余る物質文明とふんだんに使われてきたエネルギーについて問いたいと考え「一言」のみ配信する。

ここネパールでは「電力」は極めて不足しているが、生きるのにそれほど困っていない。
ガソリン・プロパンガスも同様である。

日本では「本当の闇夜」はない。街灯があり、暗い場所を明るくしているからでもあるが、
本当の暗さは、今まで「見えないもの」を見せてくれる。
夜空の星や満月の明るさである。(人工衛星も)

電気の無い生活に慣れているのである。
現在でも1日12時間以上の停電計画であり、その計画に近い時刻には電気が来る。

表題の「知足」とは「足りている事を知る」と言う意味である。
今の日本に一番必要な言葉であると考える。





我が家から撮影した「幸せの青い鳥?」
DSCF1549.jpg


DSCF1548.jpg



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  1. 2012/05/06(日) 04:51:30|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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