ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

命の値段・・・・・

7月19日(火) 天気:雲の中のち晴れ 気温:23℃ 湿度:60%

このタイトルは必ずしも当っていないが、今更ながら思い知らされた「生死を分けるお金」の価値を、
ある病人の発生から再認識したため、強いて使った事をお断りしたい。

日本でも、災害や事故による「人の死」があるが、病院でお金が無くて死亡する人は極めて少ない。
しかしネパールでは極普通に「お金が無いために死亡」するケースが多い。
むしろ病院に行けない人々の方が多いのが実情である。
今回はネパールにおける、親族の病気が引き起こすさまざまな問題についてお伝えしたい。



ネパールでは街に住む「お金持ち」は別にして、
多くの人々が「病」と言う「金食い虫」に土地や財産を失くす人々が後を絶たない。

病院の前には、手術に必要なお金を「物乞い」同然に親族が・本人が籠を前に坐っている光景が見られる。
なぜなら、ここには保険制度なるものが無く、どんな病気も「現金払い」なのである。
ここでの保険は、事後半年あまり待たされてやっと支払った金額の30%くらいが戻って来る仕組みである。
しかも、これは一部の「お金持ち」の事である。
通常「山岳民族」の人々には「銀行口座」や「保険加入」など無縁のものなのである。

先日、ミナの叔父さん(我が家建設時に建築作業に従事)の息子(プドケァさん32際)のお嫁さん
(ガザリさん27歳)が、子宮癌で3週間ほど入院。
彼女は今までに、3回の出産で6人(3回とも双子)の子どもを出産したが生後1年未満で全て死亡。
その後2回の出産で2人の子ども(6歳と4歳)をつくったが、
6歳の子どもは3際の時に崖から落ち左腕を骨折損傷。肘から先は骨と皮のみの障害を持った。
こうした環境下での奥さん(ガザリさん)の入院である。
病名は「子宮癌」である。

日本では早期発見であれば「摘出」すれば完治するが、ここでは手術代を支払う事が出来ない人々が多い。
現在までに8万Rsを借金して病院に支払ったが、これは全て薬代である。
先日、とうとう借金する所も無くなり薬代を支払えない情況に陥り、
病院からは「直ぐに出て行け」と通告されたと言う。
ご主人のプドケァさんは病院からの「夜逃げ」も考えていると言う。

今年2月に、約10万Rを借金してカタールへ出稼ぎに行ったご主人(プドケァさん)は急遽帰国。
僅か4ヶ月ほどで戻る事となった。(この場合4ヶ月分の給料約4万Rsは手にするが、10万Rsの借金は残る)
プドケァさんの家は決して村では貧乏ではない。
なぜなら土地を持っているからである。
しかし、この時期土地を売る事は作物を捨てる事になるから売りたくないのが真情である。
でも売らねば病院の支払いが出来ない。
結果格安の値段で土地を売り、今までの病院の支払いに回すのがやっとである。

奥さんの医療費は、手術代を含む総額25万Rsとの事だが、彼らにはその現金が無い。
今週中には病院を追い出される事になる。
治療をせずに病人を人質にして、土地の買い手を見つけ現金を持って奥さんを引き取りに行くそうである。
25万Rs約27万円は「命の値段?」なのだろうか?

今回の病気入院で彼らが最初にした事は、家にあるまたは身につけている「金」を現金化し、
次いで友人知人に借金を申し込むことであった。
そうしてかき集めた現金が8万Rsである。このお金も後日返さねばならないお金である。
そのため急いで土地の買い手を捜すのであるが、山の土地では一般の街の人は買わない。
土地を買うのはラムチェ村の人に限られているため、極めて難しい。

ミナの近くにも彼の土地があり、5万Rsでとの事だがまだ結論は出ていない。
多分もっと安くするつもりなのだろう。
それでも奥さんが完治すればいいのだが、入院を途中で中止して家に引き取るのは「死を待つ」だけである。
奥さんもそれを望んでいると言うから、壮絶な死を覚悟しての事だろう。

ミナが「お父さん1万3000Rsを貸してあげて下さい」と言って来た時には、
病院を途中で出る覚悟で借金をしている時であった。
後日(約1ヶ月後)の返却をミナに約束させて1万3000Rsを貸した。
(でも戻るだろうかと、疑問が頭を持ち上げる)

薬漬けの日本に比べれば、どちらが良いのかは理解できない。
人は何れ「死ぬ」のである。
何時死ぬのかは分からない。

だから一日一日一生懸命生きる事が、大切なのである。


我が家の「あさがお」たち 002
銀杏旅館の「あさがお」たち



ネパールの習慣: 毎朝顔を洗う時、両手に水を受けうつむいたまま両手の水を顔にかける。
このとき周りに一杯水が飛び散る。
洗面台の周りは水浸しとなるが、彼らは洗面台に飛び散った水滴を拭くことはない。
我が家でも同様で、何度も「顔の洗い方」を教えたが辛抱強く教える以外にない。




スポンサーサイト
  1. 2011/07/19(火) 13:43:15|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

雨・・・

7月9日(土) 天気:曇り 気温:24℃ 湿度:65%


日本の災害後の復旧作業が、遅々として進まない現状を踏まえ、多くの被災者の方々の思いや、
復旧作業の方々のご苦労を思うといたたまれない気持ちであるが、こんな時だからこそ知っていただきたい
「食べ物」の大切な事を・・・・・・・・
今回は雨期のここサンガでの生活と活動をお伝えし、日本の現状に少しでも疑問を持っていただければ幸いでる。


ネパールでの雨期は日本の梅雨とは異なり、1日中雨が降る事は極めて少ない。
ここサンガでは、一日の内午後2~3時ごろには50%の確立で雨が降る。
朝から2時間ほど降っている場合にも、午後にも降る。
しかし、極めて局部的な雨も多いのが特徴である

例えば、3K~4Kしか離れていない別の場所で振っているのにサンガでは降っていない事が何時もある。
(局所の雨)
ネパールでは「雨は直ぐに止む」と言う考え方があり、洗濯物も取り込まないのが普通で、
(勿論絞ることも少ない)晴れれば1時間で完全に乾く。

雨期の様子 002雨の中の洗濯物


この時期には「ほたる」もいっぱい飛び回っていて「満天の星空?」を見ているようであるが、
村人には全く関心がない。

野菜は値段も安くなり、3~4Kほどの野菜を買っても150Rsほどで購入出来る。(インゲン・十六豆・人参・
きゅうり・なすび・キャベツ・かぼちゃ・ねぎ・ジャガイモ・など)キャベツは1K:5Rs/7円でめちゃ安でる。

形はいろんな形があり不揃いであるが有機栽培のせいか、全て「俺は人参だ!キャベツだ!なすびだ!」と
言っているようで旨い。

マンゴーも1K:50Rsと少しずつ安くなった。
バクタプルヨーグルトが1K:105Rsで両方で155Rs、これでマンゴーラッシーを2ℓ作り冷蔵庫へ入れる。

さらにこの時期「白菜」も出回っていて、「浅漬け」を頻繁に作る。
これはネパール人にも好評で2Kgの白菜の浅漬けを3~4人で一度に食べてしまうほどである。
(唐辛子・にんにく・塩・切った白菜を2~3時間、重しを載せて置いておくだけ、後はかるく水洗いをして完成)

南米原産の「マカ」も甘酢に漬けて食べれば結構「旨い」。
日本の赤カブのような形をしているが、切ると「指を切ったのでは」と間違うほどの「真っ赤」な汁が出てくる。

浅漬けと甘酢漬けを常時作っておけば、食事が楽しい。

これで、何時でもマンゴーラッシーが飲める。(これがあると安心)
清涼飲料水も多くあるが、ほとんど飲まないようにしている。
もちろん、生水もである。

この季節には多くの病原菌が発生して「コレラ・デング熱・赤痢」など
大使館でも情報と予防喚起のメールを頻繁に配信している。
野菜も米も肉類も需要と供給のバランスによって値段が変わるが、
旬になれば「安くて旨い」野菜が一杯食べられるから嬉しい。

韮も毎朝「有機栽培したものを持ってきてくれ、一束10Rs:12円と破格の値段である。(日本の一束の4倍ほど)
雨が降る前には多少曇り空になり、15~30分後には「ポツポツ」と降り出し、5分後には「土砂降り」の雨なる。

こんな時には、家の軒下で休憩して雨をやり過ごすのが通常。
山村ではこれからが忙しい季節で、一ヶ月ほど前に刈り取った麦を脱穀し「メリケン粉」にしたり、
そのまま「麦焦がし」にして食べる。

とうもろこしも背丈が1m50cmほどに成長し(サンガでは50cmほど)1ヶ月後には収穫して、
その後「田植え」が始まる。(しかし、水のある所のみ)
「とうもろこし」はもぎったばかりのものを湯がいて食べるが、「もっちり」していて旨い。

この時期の「雨」は正に生きるために必要な「雨」となり、緑いっぱいの目に優しい季節である。

お米は田植えの時期が近いと値段が上がるが、これは品不足から来る値上げで仕方が無い。
ネパールでは価格調整は無く、品物が多ければ安く少なければ高い。
考えてみれば、極めて自然な物流価格である。

どこかの国のように「作物を捨ててまで、価格維持」をするのとは違い
「納得」
できるのもネパールならではである。

価格維持は本当に必要なのだろうか?

日本における一次産業が苦しいのも理解しながら、心の中では「疑問」の二文字が暴れるのを、押さえきれない。
ただし、健康管理はやはり自分自身で努めるべきである。

一方支援活動はと言うと、学校は昨日で終了し(6月15日)、長い農繁期休みに入る。
このため、学校に派遣している先生も終わりとなり、我々の支援活動も一時休止となる。
活動の再開は10月はじめになるが、ダサイン・ティハールが終わってからとなり、10月も半ばを過ぎてからになる。


我が家の庭に咲くダリア 003銀杏旅館の庭に咲くダリア


我が家の庭に咲くダリア 005銀杏旅館の庭に咲くダリア




ネパールの習慣: ここでの女性のマニュキュアについてお伝えしたい。
殆どの女性がマニュキュアをしている(結構おばあちゃんでも)が右手の爪には決してやっていない。
なぜ右手だけはしないのか?と尋ねると「ここでは手で食事をするから」との事。
手で食事をするのはネパールだけではないが、ここの人たちは食事の前に手を洗う事をほとんどしない。
だから病気が多いのも否めない。





  1. 2011/07/11(月) 14:20:08|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (318)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード