ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

今期、最初の仕事がはじまる‏

10月7日(木) 天気:快晴 気温:20℃ 湿度:60%



☆ネパールの近況

10月1日午後12時50分、真夏の太陽の照りつけるにネパ

ールに戻り、やらねばならない仕事は山積するが、一度に多く

仕事は出来ないのがネパールである。

いまだ総理大臣の決まらないネパール政府は、多くの問題を抱

えながら多くの国の救援を得て「道路や河川工事」などを行っ

ている。

間組のODA作業である、「空港からバクタプル」までの幹線

道路の修復作業は順調に進み、2年後には高速道路なみの立派

な道路が完成することになるが、車を運転する方も歩行者もス

ピードに慣れていないここの人々にとって「事故の多発」が心

配である。

現在は道路が悪く早く走れないので問題はないが、埃が凄い。

道路に面した店の多くは、自分の店の前だけを「水まき」をし

て何とか対応しているが、所詮無理な作業である。

商品は何時も「埃まみれ」で、買い手がつくと手で埃を払って

から売り手に渡すと言った具合である。

一般市民はというと、殆どがこの工事に関係なく暮している。



一部の人々が土地の売買で忙しい、なぜなら道路が良くなれば

土地の値段が高騰するからである。

ゼロ金利の日本とは異なり、金利の高いネパールでは借金が出

来るのは、ある程度の元手を持っている人に限られる。

だからお金持ちはさらにお金持ちになり、何も出来ない貧乏な

人々は何時までたっても貧乏のままである。

相変わらず、カトマンドウの町にはストリートチルドレンが溢

れ、仕事の無い人々が町に仕事を求めて集まってくる。

☆支援作業のスタート

換金や支援先(トゥロパカル村)とのコンタクトさらには支援

作業とは違う「野暮用」の数々をこなし、やっと「ネパール通

信」を配信できる状態になった。

今回は、2週間後に出かける今期の最初の仕事のトゥロパカル

村への支援物資の購入や、数の確認など相当な重量になる。

(約30Kg)

18人分のノートだけでも一人20冊×18人分と鉛筆さらに

消しゴムと鉛筆削りで購入も日本とは違い2~3日かかるから

厄介である。

さて、トゥロパカルでの活動はこれからが本番である。

新たに支援する子供の選択と母親の仕事づくりを進めるが、昨

日の

連絡では村にとって将来性のあるものであるとの事。

どんな提案がはじまろうと言うのだろうか?期待したい。



添付写真は道端で「散髪」をしているところ。(彼の家で昨年

亡くなったお爺さんの命日が近いため坊主にしている)いわゆ

る一周忌の作法である。



ネパールの習慣:



では次回「ネパール通信」まで


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  1. 2010/10/12(火) 14:45:08|
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2067年のネパールをあとに・・・‏

9月7日(火)天気:曇り 気温:32℃:湿度:?計測器がない。



岐阜の我が家からの配信である。

今回は、ネパールを出国する前の1週間の間に起きたミナの家族との

諸問題についてお知らせしたい。

はじめにここでの活動を遂行するためには、通訳兼マネージメントが

出来る助手が必ず必要である。

今まで多くの助手を雇ってきたが、どれも「騙す・盗む」が目に付く。

現在の助手(現地マネージャー)であるミナは別である。

そればかりか、私の最大の危機を救ってくれたのは彼女であった。

ここでの活動拠点である、ゲストルームを備えた「我が家」の建設に

あたって「土地の購入・家の建設」さらにはマオイストとの折衝にま

で活躍してくれた。



今、こうしてメールが出来ているのも全て彼女の助けがあればこそで

ある。

しかしである、私一人にする事の危険を避けるためミナの家族が常時

来てくれて「家の管理」をするのだが、ここでの習慣を教えていない

ため、ラムチェ村での生活同様(今まで記載してきた多くの習慣)の

生活形態であるため、かなり苦労している。



彼らにとっては、村に比べて「我が家」での生活は快適そのものである。

例えばお湯の出るシャワーやプロパンガスでの炊事、さらにはフカフカ

のベッドや高級毛布での睡眠、水道の蛇口から出る水など全く別世界で

ある。

そのため、ミナの部屋は連日満員状態で(今日で1週間である)セミダ

ブルのベッド2つで6人が寝て床にマットだけをおいて3人が寝ると言

った状態である。

ミナのお母さん・お母さんの妹とその子供たちや夫、お婆さん・お爺さ

ん、それにミナの弟である。

食費はさしたる事はないが、これだけの人数がシャワーを浴びれば一度

にタンクの水は無くなる。

従って半分ずつに分けて今日はこの5人、明日は残りの5人と言った具

合である。

そのうちにはラムチェ村に帰るとは思うが何時帰るかは分からない。

ミナのお母さんに聞いても「分からない」と答えるだけで「らち」が明

かない。

でも、これで良いのかもしれない。

なぜなら、私が日本に帰ったら「銀杏旅館」の安全は彼らが居れば問題

にならないからである。

1ヶ月の生活費が5人~8人で幾らするのか分からない。

ミナに聞いて11000Rs(約15000円)をミナの弟に預け、電

気代・電話代・食費・毎日支払う保険代(100Rs)予備費などであ

る。

日本と比べれば安いとは思うが、ここでは大金である。

一方ネパールの情勢はと言うと、この1年間全く変化なく、総理大臣の

選挙が再三キャンセルしても一般市民にとっては全く影響なく、政治が

全く機能していないためか、何時までたっても外国へ出稼ぎに行くネパ

ール人が後を断たない。

添付写真は出稼ぎに行くためのパスポートを取得するための「なが~い」

行列が毎日続いている。



ネパールの習慣: 女性のアイシャドーは下瞼にも太い線を入れるため

「目」がはっきりと大きく見えるのが特徴である。

はじめて、こうした女性を見た日本人は「美しい瞳」に魅了される事となる。



では次回「ネパール通信」まで

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  1. 2010/10/12(火) 14:43:31|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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