ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

現状報告‏

8月18日(火) 天気:曇りのち快晴 気温:23℃ 湿度:62%



そろそろ雨期も終わろうとしているのか、連日強い日差しが照りつけて

いる、ここサンガである。(下界では結構曇りの日が多い)

マンゴーの季節も終わりに近く1Kg:115Rs(140円)もして

きた。

でもマンゴーラッシーは毎日欠かさず飲んでいる。

お陰で、胃腸の具合は絶好調である。

昨日チベットのお坊さん(先生)が訪ねてきて、「今、学生の勉強する

部屋を探している」と言って「銀杏旅館」を視察された。

学生とは多くの外国人で特にヨーロッパの方だそうである。

ここで、サンスクリット語を勉強し「経典を読んで理解する」のが目的

とのこと。

我が家の環境が気に入って、出来れば3~6ヶ月間部屋を借りたいと言

われ「我が家で役に立つのであれば、」といっておいた。

彼は翌日からカナダへ出かけ、生徒を5~6人連れてくると言って、帰

っていった。

何時から来られるのかは分からないが、歓迎したい。



さて、今回は一時帰国を前にしたネパールの現状をお伝えしたい。

総理大臣の選挙は再三延期となり、町ではさまざまな問題が起こってい

る。

例えば「ゴミ」の処理問題や飲み水の問題、さらには停電の問題など、

いつまでたっても解決していない。

今朝(8月17日)カトマンドウで見た光景は「何時もと変わらない」

ニューロード前の風景であるが、「正にゴミの山」である。

画像横にある「大きな鉄の箱」には悲しいかな「日本の援助」で配置さ

れたものである事が書かれている。(ゴミで汚れた日の丸の国旗まで書

かれている)

箱から溢れた「ごみの山」は道路にまではみ出し、そこで「売れるもの

を物色」している数人のネパール人を見ることができる。

彼らはインドで言うところの「アンタッチャブル」の人たちである。

こうした光景は、我々日本人には見るに忍びない。

自分が辱めを受けているようである。

使い方が分かっていない彼ら(ネパール人)には、「ただゴミを捨てる

場所」と言うことだけは分かっているとみえ、誰もが捨てに来る。

これは何処へ捨てられるのか?勿論「川」である。

でも今ではない。だから山になる。

今の川には水があり、流れもある。

雨が降れば下流に流されて行くが、下流と言っても数百キロ離れた「イ

ンド洋」である。

何ヶ月も、何年も掛けて辿り着くのであろう。

使い方を指導されたとは考えるが、一度や二度の指導ではこの状態であ

る。

常に言って聞かせなければ、元に戻ってしまうのがネパールマインドで

ある。

添付写真はニューロード前の「巨大ゴミ捨て場」である。

ちなみに、ニューロードとは日本の銀座に匹敵するメインの通りである。



ネパールの習慣: ネパールの人たちは、タクシーに乗る時必ず助手席に

座りたがる。

勿論シートベルトなるものはしない。運転手もしない。

個人の車でもシートベルトをする人は殆どいない。

ではなぜ助手席に座りたがるのかと言うと、「周りの景色が良いから」

と答える。

日本では反対に助手席は事故が起こった時に一番危険な席である事から

敬遠されるが、やはりここはネパールである。



では次回「ネパール通信」まで

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  1. 2010/08/27(金) 20:55:50|
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一年を省みる

8月11日(水)天気:曇りのち快晴 気温:22℃ 湿度:62%

一時帰国(9月4日関空着)を前にこの一年を振り返り、来年か
らの活動の糧になれば幸いである。

☆支援活動
全体として「労多くして効果少なし」の結果であった。
こんな年も、仕方の無いことと考えている。
昨年10月からスタートした、トゥロパカル村での活動を総括す
る。
まず、以前のラムチェ村に比べて「行き来が極めて困難」な場
所であったが、
18人の子供たちを学校に通ってもらえた事は評価したい。

学費・制服・かばん・スリッパ・ノートや鉛筆などの配布を終え、
4月から自立に向けた活動を始めたが、一体何をして(どんな
仕事で現金収入を得るのか?)自立するのかが全く見えてこ
ない中での活動であった。

これは村毎に向いた仕事が異なるため、各村ごとに仕事を探
らなければならないのが辛い。
毎回(述べ9回往復)、父兄との話し合いや先生との話し合い
をするも、結論は出ず、ずるずると2ヶ月が経過してしまった。
この時、支援する子供を増やす事も考えたが、容易ではあるが
負担が増える事となるため断念し、自立への道を探る事とした。
これが本来の目的でもある「自立支援」だからである。

さらに、学校からの要請によりトイレの新設を含めた学校の修
理作業は、最初考えた予算をかなりオーバーしてしまい、予備
費を使う事となったのは反省材料としたい。
以前学校建設をやってきたが、ネパール人に依頼するだけで
自分の手で作ってきたわけではなかった。
今回も同様で、村人に依頼してきただけであったため、余分な
材料や備品を購入され、あげくには余った備品を持っていかれ
てしまった。
これも9回ほど通った結果、見えたのである。(正直疲れる)

もし、1ヶ月で日本に帰ってしまえば、これも見えない。
殆どのボランティアがそうである。
我が家の建設でも同様であったが、まだ目は届くので被害は少
なかった。
でもトゥロパカル村では長期滞在が出来ず、任せるしか方法が
なかった。
この学校建設には大いに反省すべき事があり、以降こうした支
援は避けた方がよいと考えている。
なぜなら、管理者が私一人では所詮無理な話である。
日本には信用と言う言葉があるが、ここには全く無い。
全てが「すきあらば盗む」の考えであり、「信頼は今日の糧」に
はならないため、無視されている。
我が家の建設では殆どの材料や備品は、自分で購入してきた
から、その値段が分かる。
それでも多くの備品が無くなった。
雨季を迎えたこの時期、マオイストの抵抗もあり、村への行き来
する道が極めて困難な状況になったため、一時引き上げる事と
して村人に宿題(何をして現金収入を得るのか?)を残して来た。
しかし、「自立」に対する人々の考え方は「常に言って聞かせなけ
れば、常に見張っていなければ」元に戻ってしまう。
マオイストの事はここでは割愛したい。
なぜなら政治活動の範囲であり、我々には手の出せない部分で
あるばかりか、危険な部分でもある。
ではなぜ危険を承知で、マオイストの居る山村の支援をするのか?
街にはおおくのお金持ちの学校があり、国民の95%が山村での
生活を余儀なくされている事に加え、大きな組織(ユニセフ・JAIC)
は活動する人の安全のため山奥には入らず街の中での活動にと
どめているからである。
マイティーネパールと言う女性の自立促進を目的とした組織は別
である。
この組織はネパール人女性が立ち上げた、ユニセフと同じくらい
大きな国際的組織でマオイストも手が出せないため、山奥での活
動が出来る。
しかし数多くある山村の全てに、手が回らないのが現実である。
マオイストには多くのボランテゥアが泣かされているのも事実なた
め、後日この被害実態をお知らせする機会を設けたい。

☆「銀杏旅館」の建設状況
一方、我が家「銀杏旅館」の建設であるが、足掛け2年の月日を
掛けてやっと住める状態になった。
まだ、客室の電気配線が残っているが10月以降の仕事となる。
リビングもテーブルと椅子は設置したが、カウンターと鏡も10月
以降となる。
この間にも多くのボランティアをしている方々(延べ20人)を迎え、
「銀杏旅館」を満喫してもらえた事は「ボランティアをする方々の
情報拠点」を目的とする私にとって素晴らしい事であった。

特記事項:先日(8月3日)総理大臣の選挙が実施されるは
ずであったが、マオイストの抵抗で選挙が中止となり、また
また振り出しに戻る。

ネパールの習慣:中国ではオリンピックの開催前に
市民に対し、路上に「唾を吐くな!」との政府命令が
出て、何時もと違う中国になったが、市民にすれば
「なぜ?」の疑問を拭えないのも事実である。
ここネパールでは老若男女を問わず「唾を吐く」。
困った問題である。なぜならタクシーにも乗った事が
ない山岳民族ではバスであろうがタクシーであろう
が同じで、唾を吐くからである。
現在ミナを特訓中である。
我が家では「唾を吐くな!」と言ってある。
洗面所でならOKである。
まだまだ特訓が必要で、頭の痛い問題である。

添付写真は首都カトマンドウに昨年から出来たKFC
と日本のODAで改修中の道路(コテソール近郊)である。


では次回「ネパール通信」まで 



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  1. 2010/08/27(金) 20:54:23|
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苦悩する外国のボランティアたち‏

8月3日(火)天気:快晴 気温:27℃ 湿度:60%



今日は久しぶりに「青い空と白い雲そそして緑の畑」が見

える。

そろそろ「雨季の終わり」が近いかな?



1週間ほど前に道路工事の「ユンボ」が我が家の電話線を

切断したため、メールをする事が出来なかった。

ここの人たちは電話線を切断しても何も言わないばかりか、

「私じゃない」とだけ言う。(切断現場を見ていない限り)

その後電話線は復旧したが、今度はネットのトラブルでま

たまたネットが出来ない始末。

何ともやりきれない。

現在でも我が家からバスで10分ほどのバネパに行き、そ

このサイバーからメールをしている始末である。

7月30日にデンマークの友人(ユッディーさん)から紹

介された方(ドーテェさん)が、訪ねて来られ一晩ゆっく

り話をすることが出来た。

彼女は67歳と言う高齢にもかかわらず、元気に活動され

ている。

だが、ネパールの家族単位で支援活動をされていて「幾つ

もの壁」にぶつかっている悩みを一つ一つ打ち明けてくれ

た。



はじめに、なぜこの家を支援するのか?

そして、増徴する欲求。

病気になった時のお金の支払い方法。

日に日に多くなる、食料の調達など。

一緒に通訳として連れていた「インディラさん:女性」の

事も「安心出来ない」といっている。

インディラが「縫製用のミシンがあれば生活が楽になる」

と言っているので、買いに行ったが1台9000Rsする

と言う。

これを3台買って欲しいとの事である。

店に行ってお金を27000Rs支払うと、店の主人から

9000Rsを「こっそり」受け取る姿を見てしまった。

問い詰めると1台6000Rsだと言う。

怒った彼女は、買ったミシンを店に返し、お金を返しても

らった。

もう買ってやらないと言う。

なぜ?

こんな事から信頼は無くなっていくが、彼らには分からな

い。

ネパール人同士では元々「信頼」なるものは無い。

全てが「どろぼう」と同じと言う考え方である。

しかし、彼女の怒りは収まらず「通訳もキャンセルしたい」

と言っている。

でもここでは当たり前の出来事であり、全てのネパール人に

言える事でもある。

彼女をキャンセルしても、次の通訳も似たようなものである。

彼女は12回ほど来ネしているが、毎回こんな問題だらけだ

と嘆いていた。

次回ネパールに来る時にも、我が家に寄る事を約束してくれ

別れた。

添付写真はドーテェさんと我が家のゲート前とベランダで撮

ったもの。



ネパールの習慣: 習慣とは少し異なるが、ここのバスは凄い

運転である。

急ハンドル・急ブレーキ・急発進は当たり前で、乗客も慣れ

たもので、苦情は一切ないから不思議である。

ジェットコースターにでも乗っているかの気分であろうか?

つり革ならぬステェールパイプにつかまっていても危ない。

天井に頭をぶつけるなどは日常茶飯事である。

乗っているのも力がいる。



では次回「ネパール通信」まで



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  1. 2010/08/27(金) 20:50:58|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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