ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

7人の敵?‏

4月20日(火)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:58%



今回は、忙しい日本のみなさんに少し休養をとってもらおうと考え

表題のテーマを選んだ。

よく外で働く人の周りには「7人の敵」が居ると言うが、果たして

そうだろうか?

天候不順の続く日本では、新学期や新年度に入ったが、以前と少しも

変わらない毎日であろう。

ただ、人事異動や年度・月が変っただけで、他は何も変りはしない。



7人の敵とはなんだろう?

疲れきった神経に触れる「心無い一言」が敵に思える事が実に多い。

普段であれば何でもない事が、自分の神経が「疲れている」時には

とても「不愉快」な思いをさせられる。

これは、「自分の神経に問題がある」と考えるべきである。

こんな時には「まず神経を休める」ことを考えていただきたい。



☆最近、「朝日や夕日」を見たことはありますか?

☆最近、夜空の星を最低10分間ほど連続で見たことはありますか?

☆最近、家の前の小さな草花に「美しい」と感じた事はありますか?

☆最近、家の庭やベランダの花をしみじみと見た事はありますか?



名も無い雑草の小さな花でも「じ~と」見てみると「欄」の花のよう

に美しくみえから不思議である。

欄の花は大きいから見えるが、小さな花は見てもらえない。

日本の「露草」をご存知の方は多いと思うが、この花は薄紫のとって

も可愛い花である。

何処にでも咲いているが、「じ~と」見ることはない。

一度「じ~と」見てください。

そのためには、「心にゆとり」が無いと見ることが出来ない。

ただただ忙しい毎日で、時間と日にちだけが過ぎていく。

そんな生活が日本の生活であろう。

でも、そんな時「7人の敵」と戦わなくてはならないのが宿命のよう

になっている。

悲しい事である。

この敵は、先にも記したとおり、結局自分が作っていると考えても過

言ではない。

疲れきった神経が作り出す「7人の敵」である。

何も遠くへ行く必要は無い。

玄関の前や家の周りの草花に目を向けて「じ~と」見てみる「ゆとり」

が必要である。

無理にでも見ると自然と「心が和むし、ゆとりさえ出てくる」から不思

議である。

きっと綺麗な可愛い花が見つかる。

そして、自分の神経が平常に戻った時、「7人の敵」は「力強い味方」に

変身する。



ここでは、7人どころか回りは全て敵である。

そんな所でどうして「心を和ます」のかと言うと、周りの山々や多くの家

畜(牛・ヤギ豚・鶏)や満天の星空・飛び交う人工衛星・無数の美しい野

鳥たちの「さえずり」である。

やはり、自然が一番「心が和む」。

添付写真は、今咲き出した薄紫色のジャカランダの花・カトマンドウにて



ネパールの習慣:ネパールのバス

ここでは、何処でも停留所である。路線バスの通る道路で待っていれば

「手を上げれば」必ず泊ってくれる。

反対に何処でも降ろしてくれる。

時折、満員の場合には黙って通過するから要注意である。

停留所はある。ここで待てば必ず乗れるが、席があれいいが無い時には

屋根を指差し「上がれ」と言う。これがまた楽しい旅になる。

過去にバスの屋根に多くの乗客を乗せた写真を配信したが、これは何時

でも見られる。

さらに料金はと言うと、大体はきまっているものの、小銭のない時には

「ツァイナ」(ない)と言って、あるだけで済ますことも可能である。

勿論2~4Rsくらいの事であるが、降りる直前に支払う。切符などはない。

ちなみに、我が家(サンガ)からカトマンドウまでは片道20Rs(25円)

で1時間の旅である。

現在の円・Rsレートは10円が7.4Rsくらいである。



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  1. 2010/04/20(火) 14:13:05|
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情けは人のためならず。‏

4月8日(木)天気:快晴(いっぱいの星空)気温:21℃ 湿度:32%



昨日は「我が家:新銀杏旅館」の仏教旗(ダルチョ)

の設営儀式を執り行ったが、当初、ただ旗をたてる

だけかと考えたが、さにあらず。

ほとんど一日がかりでの読経と、私を含めたミナの

家族の災いを除くお経とのことであった。

(添付写真参照)



さて、表題の言葉を、耳にされた方も多いと思う。

「人に情けをかけておけば、いずれめぐりめぐって

自分のためになる。

だから人にはどんな時にも親切にしておいた方がよ

いと言う事」(広辞苑)

注釈で「情けは人のためにならない」と解釈するの

は誤りであるとも記載してある。

しかし、この意味は日本や他の先進国だけに通用す

る事かもしれない。

ここでは、情けは「当然」なのだから。

反対に、「情けを貰ってやる」くらいの考え方の中

での活動にもかなり慣れた。

ヒンドウーもモスリムもチベット仏教もみんな同じ

である。

ただし、各宗教とも「富める者は、来世のために貧

しい者へ恵むべし」との教えは説いている。

でも誰も(お金持ちは沢山居るが)従う者は居ない。

支援する方が、むしろお金に困っている方々を多く

見かける。

ヨーロッパの仲間の中にも、不況に苦しみながら支

援を続けている人が居る。

ここでの活動は、彼ら(ネパール人)にとって「貰

って当然」と言う考え方の中で働かなくてはならな

い。

感謝を求める「慈善事業」ではやっていけない。

基本的に「感謝の心」はないと考えないと「前に進

まない」のがここでの活動と言える。

つまり、「支援する側の勝手」「感謝を求めない」

で支援のみする事である。

結構疲れるのが「本音」である。

しかしである。

与えるだけの支援は、単に一過性の「自己満足」で

終わる。

例え、一時生き延びても後の保障はない。

個人的な支援は、ここが支援の限界であろう。

「自立支援」こそ支援の根幹と考える。

それだけに「時間とお金」さらに「我慢と忍耐」が

要求される。

そのためには、ここに「根」を張らねば活動出来な

い。

言い換えれば、患者の病気治療とリハビリを兼ね備

えた支援である。

カンフル注射だけでは「一時的に元気になるだけ」

である。

自分の足で歩けるように支援(リハビリ)をしてい

かないと後が続かない。

と「自分に言い聞かせる」毎日である。

でないと、「憎らしく」さえなってくるから活動

にならない。

この時点で、多くの日本人や外国人が活動を止め

たり、休憩したりしている。

つまり、「自分との戦い」が活動を続けるのに必

要な最小限の条件である。



「甘やかせば付け上がり、怒れば泣くか・逃げるか」

である。

正面からぶつかる事はしない。

こんなマインドを治す事などできるはずもない。



「自分磨き」の何者でもない。

これが支援活動なのか?と疑問さえ出てくる。

唯一「子供の笑顔」だけが救いである。

こんな毎日であるが、

大自然の中での生活には、素晴らしいものが「い

っぱい」ある。



ネパールの習慣:笑う事は殆どない。

街で楽しそうに会話をしている若者たちでも声を出

して笑う事は殆どない。

私が声を出して笑うと「何で?」と質問が出てくる

始末である。

従って、笑みは良いが「爆笑」は避けた方がいいと

考えた方がいい。



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  1. 2010/04/09(金) 16:40:20|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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