ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

ある一日‏

3月31日(水)天気:快晴 気温:23℃ 湿度:20%(めちゃめちゃの乾燥)



雨季を前に、気候がバランスをとるための準備をしてい

るのか、乾燥時期があると思えば「嵐のような天気」も

あり、結構頻繁に変化している。



今回は私がここサンガ村で、如何に生活しているのかを

一日の時間を追ってお知らせしたい。

旅行者の目には入らない、多くのネパールの習慣や儀式

と普通の暮らしをしながら見つめてみた。

そのために、まずどんな一日なのかを紹介する。



日本とは気候や文化・風土の異なるネパールでは、日本

の考え方を持ち込んで生活する事は極めて困難であるば

かりでなく、「人間関係の悪化」につながる。

従ってネパールの考え方で生活する方が簡単である。

例えば、

朝食時間は朝7:00に紅茶を飲み一日が始まる。

10時ごろ本来の朝食をとるのだが、しっかりと「ご飯」

を食べる。(丼2杯分ほど)おかずはサックと言う「葉野

菜とじゃがいも」を香辛料で炒めたたり、煮たもの。

これだけである。

昼食は1時ごろに食べるが軽く摘む程度で多くは食べない。

夕食の前に3時ごろカザと言って中間食を食べる。

これは、お茶とチュラと言う「お米をつぶしたもの」日

本の麦のようなものだが、お米を半煮え状態でつぶして

乾燥したものである。

これを、丼に一杯入れ紅茶を混ぜて食べる(いわゆるお

茶漬けである)。

夕食はやはり「ご飯を丼2杯分」とじゃがいも・サーク

と言う葉野菜・マショーラと言う「おからを丸めて乾燥」

したものを一緒に煮てウコンや唐辛子に油を使い「米の

とぎ汁」を入れて野菜の料理を作る。

これが結構旨い。

これが1年中続く、1週間に1度くらいのペースで肉

(鳥・山羊・水牛)を食べるが、野菜料理と一緒には料

理しない。単品で油いためにして香辛料をいれ作る。

これが普通の料理であるが、特別な日にも殆ど変わらな

い。

畑仕事や男性の仕事はこの合間にやることになる。



さて私の一日であるが、

朝6:30起床し洗面の後誰かが作ってくれた「紅茶」

(黒胡椒)入りの紅茶は朝目覚めの悪い時には抜群の効果

で「目がぱっちり」する。

時折、近所の農家から絞りたての牛乳を持って来てくれる

ので、ロイヤルミルクテーにする。

その後30分ほど「木刀」にて素振りをして「パソコン」

を開く。

メールの確認と「ネパール通信」の原稿作成など。

10時ごろ軽い食事(パンや紅茶・コーヒー)を食べて

「寛ぎの時間」である。

屋上の椅子に腰掛けて日陰で「ゆっくり景色」を楽しむ。

日のあたる場所は「とっても暑い」。(11~2月は日差し

が暖かい)

600mほど離れた向こう側の家々からは、子供や親たち

の元気な話し声が聞こえてくる。

目の前の小さな木には「幸せの青い鳥」のような真っ青な

小鳥・「火の鳥」のような真っ赤な小鳥・黄緑色の「岡目

インコ」・その他名も知らない綺麗な小鳥たち・時折、カ

ッコウの鳴き声も聞きながらランタンヒマラヤやマナスル

・ ガネッシュ・ドルジェラクパ・ガウリシャンカールなど

・ の8000m級の山々、近くには最近インド人が建設し

・ たシバ神の巨像とそのリゾートなどを見ながら「時間」

・ を気にする事無く、時の流れを楽しむ。

12時過ぎに昼の食事を考え、キッチンへ向かうが同居人

のミナのお父さんの意向を聞く。(この時期ミナは村へ帰っ

ている:4月中旬にはここに戻ってくる)

30~40分で食事の準備完了。

二人で食事をして後片付けは、ミナのお父さんの仕事である。

この時期(夏を迎える時期)には我が家から、サンライズと

サンセットが見られる。

冬に比べると、朝日もずいぶん北側から昇るようになった。

野菜の過不足を確認し、不足分を補うがサンガ(国道)まで

7分ほど掛けて下る。

午後4時ごろから夕食の準備に入る。

私が作る場合には殆どが日本食で、たまにイタリアン(スパ

ッゲェッテー)であったり、チベッタンの食事になるも、

ミナのお父さんは初めて食べる食事でも文句はない。(結構旨

いのであろう)私が思っているだけかも知れないが?

夕方6時ごろには夕食をはじめ、7時には各部屋で(私は2階

ミナのお父さんは1階)でテレビを見たり、DVDを見たり・

CDを聞いたりしながら過ごす。

ミナのお父さんは午後8時には500ℓのタンクに水を入れに行

き、電気の来ている時刻に1000ℓのタンクに送る仕事を毎日

している。

夜9時を過ぎたころにはベッドに入り、ミナのお父さんに「おや

すみなさい」と言って眠る。

こんな1日が続くが、買い物には殆ど私が行く。なぜならミナ

のお父さんは家造りの仕事があり、行かれると仕事が止まって

しまうからであり、現金を持たせる事への不安からである。(彼

は文字が読めないし書けない)

買い物は、セメント・砂・レンガ・トタン板・パイプ類など数限

りなくあるが、1週間の内2日程度で、後は「のんびり」と屋上

で「読書」をしているか、昼寝をしている事が多い。

もちろん、ゲストが来た時は別である。



ネパールの習慣:ネパールの山村の家では、家の中の一階は「赤土」

で塗られた「土間?」になっているが、ここは彼らにとっては「居

間」である。

従って「土足厳禁」である。

知らない私は山靴で「どかどか」入り込んで囲炉裏で座っていたが

ある時、全員がスリッパを履いていない事に気付きミナに質問した

ところ分かった次第である。



添付写真は朝日に輝く「ランタンヒマール」である。我が家から撮影



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  1. 2010/03/31(水) 21:41:44|
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「人の欲」ってなぜ無くならないのか?

3月20日(土)天気:快晴(星空)気温:19℃ 湿度:52%



雨季を前に田畑の作業が忙しい、ここネパールでは建築ラッシュでも

ある。

なぜなら、外国で稼いで来た人たちが作る家や、土地の値上がりの恩

恵を受けて田畑を売却した人たちが、こぞって家を作っている。

この為か、ここの金利も一考に下がる気配が無い。

しかし、基本的にここネパールで稼いだお金ではないため、使ってし

まえばそれで終わりである。

将来を見越して貯蓄する習慣は、ここにはない。

私が家を作りはじめてから、村の7軒(20軒の集落の内)の家が前

の家を壊して新たな家を作りはじめた。

田畑の仕事の他に家作りの仕事も、村人にとっては大切な現金収入の

道である。

さらに、「とうもろこし」を植える前には、それぞれが飼っている水

牛や山羊の肥やしを村全体の畑に運び込む作業が「大変な仕事」にも

関わらず、男性はその仕事をしない。(女性たちの共同作業である)

本題から少し逸脱したが、村の仕事を理解してもらうために記載した。



さて、極めて難しい課題であるが考えていただきたい。

「人の欲」とは「日本の仏教」で言う108つの煩悩であるが、特に

物欲(金欲)・食欲・性欲は108つ(または八万四千の煩悩)の内、

最も上位のものであろう。

食欲と性欲は年齢を重ねる毎に衰える?しかし「物欲:金欲」は全く

衰える事がない。

だから始末が悪い。

今年65歳になるが、まだまだ物欲から脱し切っていないばかりか、

むしろ強くなっていると感じている今日このごろである。

なぜなら、ここでの生活には慣れていない(結構不安)からである。

先日も、木工の機械(木の角を削る機械)をミナのお父さんが私に黙

って村人に貸したが、なぜ私に黙って貸すのか?と疑問を持ったが、

使った後で返してほしいと彼を訪ねたら、「使った後で、この機械は

壊れた」と言って返してきた。

「それは困るから治してほしい」と言ったら「明日、治しに行く」と

の事。

翌日、夕方彼が「治した」と言ってミナのお父さんに返しに来たが、

「100Rs掛かったから返してほしい」と言って帰って行った。

それをミナのお父さんから聞いた私は「ムカッ」と来て「なぜ私がお

金を払うのか?」とミナのお父さんに聞くと、「修理代のお金は彼が

払った」と言ってミナのお父さんまでもが私がお金を払うのが当然の

ような言い方であった。

この当たりが「考え方の違い」なのか?とまたまたネパールマインド

に悩まされる羽目になった我々の場合には「治してから返す」のが当

然なのだが、ここでは違う。

では、なぜだろう?

外国人は「お金持ち」だから?

今の私には分からない。

だから、「もう誰にも何も貸さない」と言ってミナのお父さんに伝え

たが、反対に「どうして?」とミナのお父さんから聞かれ返答に困っ

た。

後から思えば、「つまらない事で(わずか100Rs:120円)村人

から恨まれるような事をしては自分が不利」と考え、ミナのお父さん

に「また貸してほしいと言って来たら貸しあげて」と以前の考えを正

した。

万事がこんな具合で日々の生活が流れて行く。

この時にも「自分の損得勘定」が働いている事に気付いているが、こ

ればかりは慣れようがない。

慣れるのではなく、考え方を変えねばどうしようもないと知った。

なぜならライフラインの内、「最も大切な生活用水」は私の家を含め

て7軒の家が共同で使っている。

私の家だけは500ℓのタンクが水場にあり、午後8時以降、誰も使

わなくなった時に「満タン」にして家の屋上の1000ℓのタンクに

ポンプで送っている。(村人は水がめを使い、必要な時に汲みに来る)

この共同の生活用水は「垂れ流し」だから「深夜の貯水は問題がない」

と思っていたが、昼間には多くの村人がこの水場に来て、洗濯をした

り、行水をしたり、炊事用の水を汲みに来るが、500ℓのタンクが

一杯なのに自分たちは順番を待たなくてはならない。

この点で、「村人から不満の声が出てきたら大変である」と思ったか

らである。

彼らには500ℓや1000ℓのタンクを買うお金が無いから、(ち

なみに500ℓのタンクは5000Rs1000ℓのタンクは1万Rs)

順番を待つより方法が無い。

こんな事情もあり、「持っている機械」は貸す事にした。

今回は、私の「お粗末な」日常生活の中の一コマをさらけ出した形に

なったが、全ては「物欲:金欲」がこうした失敗を招いたと実感した。



こうした失敗はまだまだ続くであろう。

この歳になってもまだこれでは、情けないばかりである。



ネパールの習慣:道具に専用性はない。

以前にも少し触れたが、ここではキッチンで使う全ての食器から包丁・まな

板まで、何でも使う。

例えば「おわん」で髪を染める薬品を入れてみたり、包丁で大きな竹を切っ

てみたり、はたまた、皿類は砂や土、最後にはゴミ取りに使ったりと大変で

ある。

今まで使った事のない道具?だから使い方が分からないばかりではない。

何でも兼用してしまうここの習慣である。

一つひとつ教えていかねばならない。



添付写真はカトマンドウの街中で見かけた「魚売り」である。

ここでは、切る物を動かして切る。 我が家の水タンク。



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  1. 2010/03/20(土) 18:06:25|
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「迷い」と「決断」

3月8日(月)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:36%



冬季オリンピックも閉幕した日本列島では、また何時もの忙しい生活に

追われていることと推察する。

さて、今回お伝えしたいのは人の心に潜む幾多の思いから「迷い」が起

こるが、果たして誰もが「迷う」のだろうか?

反対に決断するために必要な要素とは何だろうか?

少々抽象的な感を拭えないが、こらえていただきたい。

ここネパールで活動をはじめて、はや5年が経過した。

「活動」の中では「迷い」はない。

しかし生活は別である。

活動には「目的」があるが、生活の目的はといわれると「生きる為」と

しか答えようがない。

だから、どんな生活になるのかは、それぞれの「考え方」により変わる。

今まで生きてきた過程の中で「育まれてきた」「生き方・考え方」なので

ある。

この「考え方」「生き方」が全く新たな局面にぶつかった時に「迷い」

が生じる。

ここネパールでの生活は、たかが5年。

30数年前からちょくちょく来ていたが、「生活に必要な情報」は全く

ない。

この5年でどれだけの情報が「考える基準」として育まれてきたと言う

のだろうか?

殆どないに等しいと言える。

毎日が情報収集であるが、周りの敵(前回の表題の通り:騙す・脅す・

盗む)もあり、思うようには収集出来ないのが現実である。

でも、日本にいての「迷い」は違う、なぜなら既におおくの情報を収集

しているからである。

にも拘らず「迷う」のはなぜか?

多くの人の場合、「誰かの歩いた道」「誰かと一緒に」「誰か・誰か」を求

めて、誰も居ない時に「迷う」。

誰かの道ではない・誰かの生活ではない・誰かの意思決定ではない。

自分の意思決定が必要なのに、「それが出来ない。」なぜ?

一人での決断が出来ないのである。

しかし誰かを見つけても結果は同じである。

そこに「自分の意思」は無いからである。

迷わないが、自分の「決断」ではない処に「逃げ場所」を作っていると

しか言えない。

こうした考え方の日本人の方々が多いのも事実である。

企業においても同じことである。

責任あるポストになればなったで、それなりに大きな「決断」を要求さ

れるのが企業社会であろう。

私自身、現役時代かなり反省しなくてはならない場面があった。



ではなぜ「決断」しないのか?

実に簡単な話である。

「決断に伴う責任」を回避したい、と考えているからである。

政治家(自分で決断しない政治家も居るが)や会社幹部などの「決断を

仕事」としている人たちの批判は出来るが、自分自身の生活となると

「決断」が出来ない。

なんと「情けない」事だろう。



長年、会社において多くの決断をされてきた方々の中には、退職後「も

う決断はいい」と考えておられる方の多いのも事実である。

これには一理ある。

なぜなら「決断は疲れる。」

しかし、今まで時間管理という部分は会社がしてきたが、退職後は自分で

管理する必要性が生じてくる。

これが、なかなか難しい。自分の努力でしかない。



一方、若い方で「決断」の出来ない方はやはり、「責任の回避」でしかない。

誰かの責任にする、自分は悪くない。

こうした考え方は、ここネパール人の考え方と全く同じである。

野生の動物は違う、何時も決断の連続である(決断しなければ生きていかれ

ない)のに対し「動物園の動物」のように最初から、なにも選択の余地のな

い生活をさせられている。

つまり、自らの決断の不要な人生(決められた線路を、ただただ歩けば

いい生活)を過ごしている人々が多い日本である。

少し比喩が過ぎる点はお許し願いたい。

しかし、自分の生活は別であるが、これも出来ない人々が多い。

決断することに、ある種の「ためらい」がある。

政治家や会社幹部の批判は出来ても、自分の事となると思うように決断でき

ない。

決断をする生き方をしてこなかった事が原因であろう。

ある意味、自分に対して「卑怯」であるばかりか「可愛そう」な人たちであ

る。

少しきつい話ではあるが、今の揺れ動く日本経済の中では、特に必要な事で

はないだろうか。

ネパールの習慣:習慣とは少し異なるが「嘘」は普通につく。

例えば、物を壊しても誰かがそばに居なければ、その場では何も言わない。

数日過ぎてから、使う時になって「誰が壊した?」と聞いても。「知らない」

と言う。壊した現場を見られていない限り「私が壊した」とは言わない。

だから、必要な時に使えない事がしばしばあるのが、ここでの生活である。

これは、大人・子供を問わず同じである。



添付写真は現在のネパールの小学校で教えている日本の生活と現在の

ネパールの生活(私に牛乳を沸かしてくれているところ)

よく似ている点が面白い、しかし昔の生活である。

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  1. 2010/03/10(水) 23:47:38|
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だます・脅す・盗む。これが生きる術なのか?‏

3月1日(月)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:55%



今回はネパールの大自然の美しさに比べて、人々の心の中を

紹介したい。

表題の何ともし難い現実を、ご存知ない方が多いため「あえ

て」お伝えする。

ここの貧困は多くの国民(90%以上)が同じ環境のため、

こうした考え方になるのであろうか?

農作業は殆どが女性と子どもの仕事であり、成人男性の仕

事はない。

従って、村の中でもカタマンドウや大きな都市でも「騙す

・ 脅す・盗む」が仕事となり、まともな仕事例えば学校の

先生や警察官や軍隊に入っていても同じである。

1月ほど前に捕まった泥棒はなんと警察官であった。

日本でも同じだが、動機の次元が違う気がする。

安い給料では、家族を養うだけの糧にはならず、表題の考

え方が支流を占めているのが現実である。

信仰心の厚いここネパールの人々だが、日本人からすると大

きな「矛盾」が残る。

しかし、この矛盾もある時を期に理解出来た。

橋を渡る時・お寺の近くを通り過ぎる時・大きなお寺に行

った時など殆どの人々がお祈りをする。

なぜなら、「自分の神様」だからである。

☆自分だけお金持ちになれるように。

☆自分だけ好きな相手と添えるように。

☆たまに、家族が幸せになるように。

☆「SLC」なる国家試験にパスするように。(これは日本

でも同様)

このように、全てが自分のための「神様」なのである。

だから、「騙す・脅す・盗む」がその手段となる。

ここでの生活には、常にこうした彼らの考え方と一緒に

生活しなければならない。

もし、外国人だけでの生活をする時には。

この考え方との戦いの毎日に疲れきってしまう事にな

る。

私の場合にはミナの家族が「自分の身内」同様に扱っ

てくれ、常にガードしてくれているからこそ出来る生

活である。

ミナのお父さん・お母さん・弟・妹らが、交互に支援

に来てくれる。

私一人になる事は、ここサンガの家ではない。

つい先日も、私の家の近くにハウジングカンパニーの

建売が工事を始めたが、「ネパールやくざ」の脅しが

あり、「10ラーク:120万円をよこさないと、工

事をしている人を殺す」と言われ、やむなく工事中止。

ファンデーションの途中でストップした状態である。



ネパールの習慣:カーストは以前に「法律上は無くなった」

しかし、各民族の間には大きな存在として残っているのが

現実であり、カーストは民族の優劣となっている。

従って、ゴミ拾いの仕事をする人々は代々「ゴミ拾い」で

生計をたてている。(チャミ民族)

鍛冶屋は代々鍛冶屋である。(カミ民族)

これを変えるのは教育であろう。

長い時間が必要である。



添付資料は今現在のサンガにおける停電時間帯である。



無題

  1. 2010/03/02(火) 00:26:32|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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