ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

物事の「明暗を分ける」とは‏

2月19日(金)天気快晴 気温:19℃湿度:55%



今回は、長い人生では多くの明暗を分ける場面

に遭遇するが、その時の考え方についてお伝え

したい。

その時には「しまった!」と感じても、数日後

・数週間後・数年後「あれで良かった」と思う

時が往々にしてあるものである。

人の生死や病は別にして、生きる過程における

「明暗」は結局その人の望み続けた方向へ向い

ていくのが多い。



しかし、直感で方向を決めて進む人も多いのは

事実である。

結果は同じであるが、考えた末に出した結論は

時間が問題となる。

期を逸すると「何もしない・動かない・働かな

い」のと同じになってしまう。

私はここでの「家作り」で毎日のように実感し

ている。

言葉が通じない人たちとの「コミュニケーショ

ン?」を如何に取るかが至難の業である。



先般も、いつも「たばこをくれないか?」と言

うミナのお父さんに、何時もの

好意から「たばこを1本くれ」と言われて「た

ばこ」を10箱渡した。

10箱と言っても210円である。

(1箱:20Rs:21円)

すると、何を勘違いしたのか「私がは怒ってい

る」と判断して「明日は村に帰る」と言い出し

た。

これには「まいった」そして「しまった」お父

さんを怒らせてしまった。

帰ると言う「ミナのお父さん」をなだめるのに

1時間近く掛かった。



しかし、これを期にミナのお父さんは「たばこ

と酒」を止める事を決意。

まだ3週間ではあるが禁酒禁煙は続いている。

ミナによれば「これは良いことだ」との事。



また、昨日カトマンドウからの帰りに見た事故

は、大きなダンプカーと単車の事故であるが、

単車のドライバーと同乗者は即死。



(ここネパールでは毎日のように事故があり、

車が横転したり立ち往生した車を目にする)



単車はダンプカーのお腹の下に入っていて、

とても見られた情況ではなかった。

このドライバーは私と顔見知りで、この事故に

遭う1時間ほど前にタメールのレストランで一

緒に食事をした直後、彼は友人と会い共に単車

でバネパへ帰る時の事故であった。



もし、友人と会わなければ・もし、私ともう少

し長く一緒に居れば「この事故には遭わなかっ

た」かも?と考えると「人生は、何処に死が待

っているのか分からない」現実から逃れる事は

出来ないと実感した。



従って、悔いのない人生をすべきと再確認した

次第である。



ネパールの習慣:「つば」を吐き・「手鼻」をかむ

この習慣は老若男女を問わず、何処でも行う。

山岳民族のミナも同様で、この前などはタクシー

の中で「つば」を吐いたため運転手に怒られる

始末である。

オリンピックの始まる前の中国でも同様であった

が、開催中は守られていてもオリンピックが終わ

ればまた元のように戻っている。

我が家でも多くの職人が出入りして、彼らが吐く

「つば」は家を作っている時は仕方ないと諦めて

いるが、完成してもミナの家族がこの習慣を直せ

るかどうか極めて疑問である。

添付写真は、ゆっくり進む「家造り」の様子(ゲートの取り付け)


15656.jpg

スポンサーサイト
  1. 2010/02/21(日) 02:28:50|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

お知らせ

我が家からの、ゴザイングンドの雪景色を送ります。
昨日は昼から雨でした。
一昨日にはまだ白くなっていませんでしたが、
今は全て真っ白です。 すじた

222222222.jpg

7777777.jpg

2424245.jpg
  1. 2010/02/10(水) 22:27:11|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

新たな支援村(トゥロパカル)

2月 5日(金)天気:快晴 気温:12℃ 湿度:50%


今回はラムチェ村に代わる新たな支援村:トゥロパカル
について報告したい。

トゥロパカルの位置であるが、エベレスト街道から南へ2時間ほど東
に入った所にある。
勿論過去に外国人に入ったこともなく、全くの孤立した村である。
小学校の生徒数も55人と少なく、家の数もかなり広範囲に数十軒
があるのみで、ほとんどが親戚である。

はじめに、ここを紹介してくれたのはミナの「おじさん」であるナイナさん
である。彼の奥さんがここの出身で是非一度見てほしいとの依頼から
出向いたが、あまりに奥地なので気後れしたのも事実であった。
校舎はあるが、壁や屋根がひどく痛んでいて、肝心のトイレもない
状態であった。

予算上多くの子供を支援することが出来ないため、はじめに何人の
子供が学校に通っていないのかを聞くと、40人以上だという。
少しづつではあるが、ここの子供たちも「全て学校へ」通ってほしい
と伝え、最初は18人にした。

ここでの親の仕事は畑の他には全くなく、如何にして現金収入を得る
かが問題であるが、それは後の事、まずは子供たちに学校に通って
もらう事とした。
さらに、校舎特に職員室の建物の破損がひどくトイレもない状態であった
ため、職員からの要請もあり、校舎とトイレの修復を行うこととした。
しかし、地理的にかなり奥地な上に道路の整備も遅れている事から
修復機材の運搬にはかなり困難が伴うこととなった。
こうした工事も1月の終わりには完成して(我が家はまだまだであるが・・)
竣工式兼支援物資の引渡し式を1月27日に実施できた。
ここでの支援体制を整えるために調査に入ったが、どこの家にもトイレは
なく、と多く離れた1軒のみトイレらしいものがあるだけであった。
仕方なく「学校の先生」にゲスト用のトイレを作りたいが、場所の提供を
してくれないかと依頼。
すると、「何処でもいい」との事で宿泊施設のないここでは、ミナのおじさん
の家の近くに自費で作る事とした。
約1ヶ月後完成したが電気がなく、「電気を付けてほしい」と要請。
そして完成した。
ここでの女性の仕事を考えるのはこれからである。

ネパールの習慣:食事はほとんどが「ダルバート」と言われる野菜中心
の食事だが、「ごはん」の量が尋常ではない。
日本の丼にゆうに2杯分はあるが、瞬く間にたいらげてしまい「お代わり」
をする。
もちろん、右手だけで食べる。
米は日本米と違いでんぷん質が少ないインデラ米のせいか、多く食べても
太らないからいい。
「おかず」は「じゃがいも・にんじん・キャベツ・カリフラワー」などが入っていて
香辛料も辛くなく、極めて食べやすい。
ダルと言われるスープは豆のスープで薄塩の飲みやすいスープである。
これをお腹一杯食べるのが「ネパールの食事」である。
旅行者も結構食べられるが、やはり食べすぎ」の傾向があり、腹八分目
を目安に食べた方がいいだろう。
添付写真は、新しい制服とかばん・ノートを手にした子供たち


65461646.jpg
  1. 2010/02/06(土) 13:58:21|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (323)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード