ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

ジョムソン街道の環境変化‏

11月25日(水)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:50%



前々回の通信で、ここジョムソン街道の環境破壊について触れ

たが、今回は具体的な変化と街道沿いの環境変化についてお伝

えしたい。

昨年までのこの街道は全て「歩き」の街道で、ドンキーや羊・

山羊の往来が懐かしい気のする道である。

ムクチナートからゆっくり歩いても3日目には到着するタトパ

ニは、今やバスの中継点となり、昼食場所となっている。

中継点としてのタトパニはまだ良いほうで、休憩場所を道路沿い

(河原)に作り、客の来るのを待っている。

(多くのロッジは10mほど上の道沿いにある)

しかし、まだまだこのバス道開通の情報が行き届いていないた

め多くのトレッカーが行き来する。

中には、このバス路線に講義するトレッカーも居るときくが、

大半は甘んじてこの現実を受け入れ、「土埃」の道を歩いてく

る。

道は舗装工事をしていないため、雨季には多分大きく破壊され

た道が出来ると考えるが、今はそんなことを考える人は(ネパ

ール人)いない。

車の公害は排気ガスに留まらず、多くの土埃を撒き散らしてく

るため、道路の両側の植物や家は「真っ白」になる。

ただ、排気ガスについては1日に数十台のバスや単車やジープ

などが通るのみで、大きな被害などは無いと考える。

でも土埃は大変である。

それでなくても、毎日午後からは強い川下からの風で土埃が舞

い、その上車がさらに舞い上げる働きをする。

緑多い季節などには無残な光景(土埃に汚れた草木)を目にす

ることになる。

多くの村はこの道路による恩恵を受けられず、ただの通過する

村になってしまった。

一部の村では事前に大きなロッジを建て始め、開通に間に合わ

せて開業している多くのホテルを目にすることが出来る。



ネパールの習慣:今回から「ネパール通信」で一つずつお知らせ

していく。

食器の使い道:食器は一般的には食事用に使うが、ここネパール

では何でも使う。例えばご飯を食べる時のお皿などは、ゴミをす

くったり、セメントを運んだり、はたまた土をこねる道具にした

りと、多くの使い道がある。

旅行者はまず問題はないが、ネパール人と共に生活すると当然こ

の問題が出てくる。

しかし、私たち外国人にとっては極めて大きな習慣の違いであり、

この習慣を、直さねば精神的に疲れる事となるが「なかなか」直

らないのが習慣である。

さらに、食器を「地べた」の上に置いて食べるのもここの習慣で

ある。

一般的に日本で「土間」と言われる作りのダイニングキッチンが

普通で、囲炉裏を囲んで食事をしたりお茶を飲んだりする憩いの

場でもある。

ダイニングテーブルなるものが無い生活である。

添付写真は、タトパニから見た環境の変化を見守る「ニルギリ」


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  1. 2009/11/25(水) 10:13:01|
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今回の支援先「決定理由」‏

11月17日(火)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:55%

☆今なぜ「トゥロパカル ジリ」の村なのか?

まず、背景をお知らせしたい。

ここトゥロパカルはラムチェ村とは「父親と母親」のような

関係の村である事。(エベレスト街道から徒歩4時間ほど南に

入った村)

なぜなら、双方の村は2日ほど歩いてたどり着く位置関係に

あり、多くの村が単一家族?のような一族の村であるため、

(ネパールではこれが普通である)村の中での婚姻は極

めて濃い血の結婚となり、難しいと言わざるを得ない。

ネパールの村々では殆どが親族と同様の血縁関係にあると言っ

ても過言ではない。

厳しい山村の生活では、近年までこの血縁関係の中での婚姻が

行われて来たが、政府や外国の指導で現在ではやっと理解が得

られたようである。

しかし、未だに他の種族との婚姻を拒む考え方は依然残ってい

る。

(他の種族つまり、カーストの異なる種族との親戚関係を嫌う

考えで、日本でも同じ差別問題で今でも開放活動がなされてい

る)

ではどのような形で結婚まで辿りつくのかと言うと、双方の

親もしくは親族が、花嫁・花婿を捜しにそれぞれの村へ出向

き、交渉し本人と話し合い結婚が決まる。

これが、一般的な婚姻に至る流れであるが、まれに恋愛結婚

も存在する。

恋愛結婚の多くは、近く(1日か2日は離れている村)の村

の交流(村祭りなどに招待されたり、したり)の中で決まっ

ていく。

トゥロパカル村はそんな関係の村で、ラムチェ村出身の女性

が嫁いでいる家が多い。

反対にラムチェ村でも同じ事が言える。

こうした関係にあるトゥロパカル村であり、ミナの叔父さん

に当たるナイナさんの奥さんがこの村の出身であり、ここラ

ムチェより厳しい環境だから、是非一度見てきて欲しいとの依

頼に応えたものである。

勿論、ミナの依頼でもあるのだが・・

この村(トゥロパカル)の真北にはスンコシリバーを挟んで有

名な「ガウリシャンカール」の高峰が真近に見られる位置にあ

る。

しかし、大変な立地条件の村に内心「不安」が一杯なのも事

実である。(体力的に通う事が出来るのか?)

後、2~3年もしたら良い道もできるであろうが、当面はこ

のままであろう。

こうした経緯から「トゥロパカル ジリ」の支援活動が始ま

った。

先日、学校の制服を「寸法とり」して縫製屋さんに依頼、完成

したとの連絡から再度出向き、子供たちに着せた。完璧!

「孫にも衣装?」後は制服と鞄に取り付ける「銀杏グループ」

の「ロゴマーク」である。

これを付けた子供たちの写真を2~3回後の「ネパール通信」で

配信したい。

この村の標高は、未確認であるが3000mは遥かに超えている。

具体的な「雨期の支援対策」は出来ていないが、彼らが生活して

いるのである。

必ず支援体制を確立する方法はあるはずである。

余談・・ここの村でも多くの男性が2人の奥さんを持っている。

以前にも記載したが、ネパールでは女性の数が男性の数に比べて

約15%は多い。特に村では20%以上である。(女性が多い)

だから、一夫多妻が多いのであろうか?

一夫多妻は「男尊女卑」から来る考え方なのか?

貧困から生まれた知恵なのか?

法律的には「一夫一婦」制であるが、現実的には無理がある。

多くの役人すら一夫多妻である。

マイティーネパールと言う組織がここにあるが、女性解放活動を

主体とした巨大組織で、ここでもこの問題の解決をしかねている。

マイテーとは「故郷・実家」と言った意味である。

添付写真は歓迎のセレモニーである。



では次回「ネパール通信」(ジョムソン街道の環境変化)まで

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  1. 2009/11/17(火) 15:43:25|
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新たな子供たち!‏

11月10日(土)天気:快晴 気温:20℃ 湿度:25%



長い間の「沈黙」をお許し願いたい。

この間、新たな村(トゥロパカル ジリ)の支援活動のスタートや

ジョムソン街道の実態調査など、多くの作業を併せて行ってきた。

新たな村では、やはり過去には外国人が入った事はなく、お米は

出来ないため、下の町(カリチョウーク)まで買いに行くしかない

村である。

ただ、ここでの支援にはかなりキツイものがある。なぜなら雨期

には殆ど陸の孤島になり、周りとの連絡が出来ないばかりか、病人

などは死を待つだけの村である。

ここでも、乾季には担架で病人を運ぶが、これも不足している。

(一台が2000~3000Rsで購入出来る。以前ラムチェ村に送

ったもの)

今回この村を支援するにあたり、この雨期には何回も村に行く事を

試みたが、結局戻って来た経過がある。

しかし、だからと言って捨てておく事は出来ない。

最善を尽くして対応をしたいと考えている。

当面は、学校に掛かる費用や必要な文房具など制服も合わせて置いて

来た。

だが、「これからどうする。」である。

雨期を如何に乗り切るか?

自立の道はあるのか?

将来的には自立を目的とする、私たちの考えを進めなければならない。

ゆっくり、村人と相談しながら進めたい。

さらに、もう一つの村(チョウタラ地区)にも支援の手を向ける予定

である。

後、30人の子供たちは学校に通っていただきたい。

さて、ジョムソン街道であるが環境破壊が?どこまで進んだのかを粒さ

に見てきた結果、経済効果はさておき、さほど大きな破壊はないと判断

した。

なぜなら、車の数が日に50台を超えることはなく、日本のようなスピ

ードを出せる訳でもない。

それより何より、村人のたちの物流効果の方が大きな発展と言えよう。

スリリングなバスの窓から眺めるヒマラヤの大パノラマは、今まで山を

目指したものだけの特権から、多くの老若男女をも受け入れる事となった

ばかりか、宗教的にも重要な位置にあるムクチナートでは、多くの信者が

毎日訪れる事となった。

しかし、多くのトレッカーが口を揃えて「バスは不要!」と訴えている

のも事実である。

今までは、ポカラからの飛行機が飛ばない時にはベニから4~6日歩い

たが、2日で確実にムクチナートまで着く事ができる「文明の力」は凄

いの一言である。

(3857)

添付写真は新たな子供たちである。

では次回「ネパール通信」まで


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  1. 2009/11/07(土) 23:57:24|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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