ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

それでも人は生きなければならない!‏

8月30日(日)天気:快晴 気温23℃ 湿度:60%



9月の終わりから10月中旬にかけて、遠くシベリアから何千

羽と言う「鶴」がヒマラヤ(ジョムソン街道のカリガンダキ川

上空)を超えてやって来る光景が見られる。

また、この鶴は「冬虫夏草」をも餌にすると言われていて、

鶴の飛んで来る航路?は、この「冬虫夏草」が取れる場所でも

ある。

一筋(ひとすじ)の線のように飛んで来ると言うが、まだ見た事はない。

さて、

長い間、このテーマに触れる事を避けてきたが、この時期に

是非、知っていただきたいと取上げた。

なぜなら、このテーマは極めて理解されにくいテーマであり

精神的に極めて重たいが、「疲れきった身体に鞭打つ、円高

不況下の日本社会」の現実を考えると、今こそ必要と考えた

からである。



* 感謝!を忘れては・・・・・・



今回は日本のみなさんに、「なぜ生きられる」について考えて

いただきたい。

この世に生をうけて、「死に向かって生きる」今の生活には、

多くの難問が待ち受けている。

人が生きるのに「最低限度必要」なものは何だろう?

衣食住の良否は、それぞれ収入や生きる場所または国によって

異なるが、親兄弟や友を除いては考えられないだろう。

日本の社会では、この親兄弟や友の必要性を無視して生きてい

る人たちが、あまりに多い。

つまり、「俺は・私は自分の力で生きている」との考え方

の人々である。

また、この考え方をするのは、仕事の出来る人に多いのも事実

である。(自分の努力の成果に「自己満足」している人)

「自分の努力」と「生きている」事とは別である。

「努力は自分」であり、「生きているは地域社会」である。

「自分は生かされている」と悟るべきであろう。

そこから、「感謝」の二文字が「にじみ出て」くる。



先日、カトマンドウの大都会の歩道の隅で、一人の中年

女性がゴミの中で残飯を探し出し、捨てられた器に残飯を

入れ暖めて食べている光景を目にした。

暖めるのも、食べているのもゴミの中である。

あまりにも無残な光景だが、彼女は平然と食べている。

彼女には友はおろか、親兄弟もいないのであろう。



その彼女が食事を終え、お祈りをしだした時には「どうして?」

の疑問が私の頭を駆け巡った。

それでも人は生きなければならない!



後で「何を祈ったのか?」

と聞くと「神にダンニャバード:感謝」と答えた。

彼女は「神」に感謝をしていたのである。  唖然!



友や親兄弟は、ある意味「自分の分身」である。

自分に出来ない事をやってくれる、または教えてくれる「大切な

指導者」でもある。



あまりにも、身近すぎてつい忘れがちになるが、ここネパール

に居ると連絡はメールか国際電話しかなく、長々と語り明かす

ことも出来ないばかりか、本当に伝えたい時に話せない辛さが

ある。

時間が経てば、「思いも色あせて」真意が伝わらない事が多い

が、直に話せる日本の環境は素晴らしい事である。

顔色を見ただけで健康状態が分かり、「何に苦しんでいるのか」

まで理解できる。



少し本題を逸れたが、「なぜ生きられるのか?」は単純に考え

れば、「家族や友の輪の中」に居てそれを考えなくても相手が、

家族が補ってくれているからであろう。

当然のようにこの関係を受け止めていて、感謝の気持ちを忘れ

ている。



しかし、この関係は壊れる時には「極めて脆く突然、崩れる」

なぜなら、「人の死は誰も予測出来ない」からである。

だからこそ、何時も真剣にその関係の維持に努めるべきであろう。



「人間関係」には「一期一会」と言う茶会の心得があるが、正に

この一言が「ぴったり」である。



家族の関係の場合も友でも「寄りかかり過ぎる」と相互の思いが

食い違い「ぎくしゃく」してくる。

これを何時も考えて関係の維持に努めることこそ、生きるため

の秘策かもしれない。

私自身かなり問題があり、「寄りかかり過ぎる」事がしばしば

である。

「寄りかかり過ぎる」とは「頼り過ぎる」という意味である。

「感謝」の二文字を決して忘れてはならないのが「人間社会」

である。



私もここ(ネパール)に来て、多くのみなさんのご協力やご意見

・ 激励に感謝しない日はない。

だが、日本に残した家族にはそれだけでは済まない事も承知して

いる。

私の「わがまま」である。

今日は、あまりに無残な光景を目にしたため、こうした通信にな

った事を理解していただきたい。

添付写真はルンビニーの「鶴のつがい」である。

「鶴」は生涯同じ「相手」と暮らすと言う、美しい鳥である。

鶴のつがい「ルンビ..
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  1. 2009/08/31(月) 21:05:14|
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明日:(ネパール語でボリ)の意味は?

8月22日(土)天気:晴れ 気温:25℃ 湿度:60%


8月11日にお二人のゲストが「來ネ」された。

日程的に(16日に帰国)トレッキングは無理と判断し、

私の引越しが延びた事もあり、ゲストをお迎えしても差

し支えないと考え、仕事も合わせて一緒にお連れする事

とした。

市内観光とラムチェ村での山村生活の体験をしていただ

いた。

今回の目的がチキンファームの状況確認と子供たちの様

子を見る事にあったからである。

さらに、村人の私に対する対応も気になるところではあ

った。

なぜなら、ここの子供たちの支援を「打ち切り」他の村

にしたことを、どのように捕らえているのか、心配でも

あった。

打ち切った理由については、全ての家庭で自力での通学

が可能である事が分かったからである。

(家庭環境の変化:兄弟や姉妹に収入が出来た)

しかし、今までと全く変らない村人の対応に接し、この心

配は無用であった。(一部の村人を除き:私を騙した村人)



さて、新たな支援地域トゥロパカール(ジリ近郊:エベレス

ト街道)へ合計で4回の訪問を試みたが、いまだに道が悪く

歩いてしかたどり着けない事から、報告が遅れている。

一回などは「徒歩で」とスタートしたが、3時間ほど行った

ところから「雨」になり、宿泊場所もないため断念して引き

返した。



本題に入る。

「何時かは分かってくれる」との希望を捨てず、支援活動を続

づけているが、本当にその日がくるのだろうか?

彼らのマインドに「明日」(ネパール語でボリ)と言うのは、

「今ではない」と言う事だけで、本当に「明日解決する事はない」

と考えた方がいい。

こちらが今日やってほしい時に、必ず「ボリ」と言う。

先日も電話機を修理にもって行き、「何時直るのか?」と言うと

例によって「ボリ」と返事が返ってきた。

翌日出向くとまたしても「ボリ」である。

仕方なく一週間ほど後に行くと、また「ボリ」と応える。

これでは、何時本当に直るのか全く分からない。

結局新たに「電話」を購入することとした。

しかし、これは「断る」または「出来ない」と言う意味に捉えた

方がいいくらいの言葉である。

添付写真は「新銀杏旅館」の看板と壁に描いた会社のロゴである。

もちろん、私自身の手によるものであるが、上手く出来たと思っ

ている。



では次回「ネパール通信」まで

  1. 2009/08/25(火) 23:54:52|
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「涙」ってなに?

8月7日(金)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:68%



そろそろ夏の終わりも近い日本では、衆議院選挙に向か

って全て、メディアが忙しく動き出す。

民主党の優勢が囁かれている今回の選挙は、「日本の歴史に

残る大きな変化」こそ、国民の納得する「改革が可能」であ

ろう。

長い自民党独裁政権下で、現在の日本社会が出来た事は言

うまでもない。

しかし、ある程度まで発展すると後が続かず、国民の批判

が政府に集中する。(仕方の無い事でもある)

さらに、長すぎる政権は多くの「悪い習慣・慣例」を生み

出す。(オンブズマンと言われる方々が、苦労されるのも

このあたりであろう。)

そろそろ「膿を出す」時期に来ているのかもしれない。



一方、ここネパールでは雨期の末期を迎えつつある。

時折、雷を伴った豪雨もあるが近年少なくなった事は事実で

ある。

地球規模の気候変化が、ここにも影響している事は言うまで

もない。

本題に入る。



☆「涙」の必要性・・・



「喜怒哀楽」の激しいここネパールの人たちは、怒る時には

大きな身振りで怒る。

子供を叱る時にも同じで、端で見ていても「ビックリ」する

ような身振りで叱る。

泣く時も、人が居ても居なくても男性も女性も、大きな声を

出して泣く。

翌日にはもう泣かない。

ただし、連れ合いが亡くなった時は別で、家の前で慟哭(どうこく)状態

である。

でも反対に、「笑い声」はと言うとそれほど聞かない。

笑いは「恥ずかしい」事なのか?

私が「笑う」と、みんなが振り向き覗き込むように見入る。

日本では、「くすくす」と笑う事が結構あるが、私が「くす

くす」と笑うと

「どうしたのか?」と尋ねられる事が多い。

まして、移動中のバスの中とかタクシーの中では殆ど「笑い声」

を聞かない代わりに、大きな音量のテープが流されていて、話

し声さえ聞こえないのが普通である。

「涙」は目の乾きを防ぐだけでなく、最大の「感情表現」でも

ある。

昨今、泣く人をさほど見ない日本では、この感情表現が不足し

ているのだろうか?(日本の美徳?とされている、隠れて泣く?

心で泣く?)

それとも、泣く事がないのだろうか?または、我慢しているの

だろうか?

やはり、「我慢している人が多いのであろう。」

しかし、我慢は良くない!

ストレスにしかならない。

でも、今の日本社会では「泣けない」のも理解できる。

精神的にも肉体的にも疲れきった身体では、思うような仕事は

できないばかりか、時に大きな失敗につながる事がある。

昔から、「人間は感情の動物である」と云われている。

だから、「感情豊かな」方が自然ではないだろうか?

泣くときは「一生懸命」に泣く。

そして、すっきりした気持ちで次の仕事にかかる事が出来れば、

失敗も少ないであろう。

出来る限り「我慢をしない」で済むような、家庭や地域・会社

の人間関係を作りたいものである。(勿論、秩序ある社会生活の

中での事であるが)

ネパール語で「涙」の事を(Anshu:アース)と言う。

添付写真は、村での結婚式の様子だが、花嫁はずっとうつむいて

て泣いていた。

右に座っているのが新郎である。もちろん家の前での儀式である。



DSCF0481.jpg
  1. 2009/08/07(金) 16:09:08|
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7月28日(火)天気:小雨 気温:21℃ 湿度:70%



ここに来て早くも5年を迎えようとしている。

しかし、未だに分からないのが今回のテーマでもある

「国税の無駄使い?」である。

世界の国々から見た日本は「お金持ちの国」または「貪欲な

国」あるいは「精神的極貧国」などさまざまである。

決して「世界のリーダーとしての国」ではない。

文明諸外国からすれば、ここネパールは経済的視野に入って

いない事も事実である。

隣国のインドや中国も、大きな市場とは考えていない。

ネパールサイドからの個人輸入が殆どである。

さて、本題の「国税の無駄使い」だが、日本に居る方々

には、なかなか観えない部分に的を絞り考察したい。

やはり、政治を抜きにしてはこのテーマは進まない。

先日も日本の政府から「わが国の役人:国家公務員・地方公務員

が如何に勤勉かを視察研修してはどうか?」と提案があり、数十

人のネパールの役人(何処の部署かは定かではない)が出かけた。

勿論、日本の税金での派遣である。

しかし、この国の役人に日本の市役所や県庁さらには国会を見学

させたところで、何も芽生えないのは明白。

役人の特権である「アンダーマネー」を如何に多く懐に入れるか?

これだけの考えの役人に「サービス精神」のいきわたった?日本

の役所を見たところで、何も学ぶ事はできない。

事実ある役人から「今度、日本へ観光旅行に行ってくる」との話を

聞き、自分は普段から上司に良く働くとの評価が認められ、今回の

観光旅行となった。と聞かされた。  唖然!である。

双方の受け止め方が、全く違うのである。

全く「税金の無駄使い」である。

日本の政府は国内での税金の無駄使いを含めてであるが、海外での

無駄使いも再検討の必要がありそうだ。



添付写真は新銀杏旅館の建設現場である。



DSCF3400.jpg
  1. 2009/08/04(火) 00:26:58|
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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