ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

恵みの雨期‏

7月17日(金)天気:曇り 気温:23℃ 湿度:68%



北斗七星は北極星を中心にして時計と反対方向に回転している。

こんな「つまらない?」事までもが「素敵」に思えるここネパールである。

22日には皆既日食が見られるというが天気が心配・・・



今回は前回の貧困に変って「豊かさ」についてお知らせしたい。

物質的貧困は、この国の一部の人たちの発展過程(輸入)があまりにも早く、

大多数が追従出来ていない事も、格差問題を大きくしている要因でもある。

例えば、携帯電話を例にあげれば日本をはじめとする諸外国では

最初、電話機の普及から時間をかけて「公衆電話」から自宅電話

さらには、携帯電話と進んできたが、ここでは「いきなり携帯電話」の普及である。

しかも、中国製品の極悪品質の携帯電話をはじめ韓国・インドなど多くの国から輸入されている。

では、なぜ「いきなり」なんだろうか?

諸外国では、既に行渡った携帯電話の普及に危機感を覚え、

各国が争ってネパールへの輸出をはじめた事が原因である。

手ごろな値段で、若者を中心に多くの種類の携帯電話が輸入されている。

通常の電話に比べ設置工事も極めて安く出来、なにより便利さが

ここの人たちの興味を誘った事は言うまでもない。

電気もつい最近まで無かった山村に、

携帯電話が持ち込まれれば村人たちは、こぞって欲しがる商品でもある。

遠く出稼ぎに行っている人との会話や友達同士の会話など、

話好きな彼らには「正に夢の電話」である。

手にした携帯電話は他人に聞こえるように大きな音量で

FMラジオやMP-3が主たる使用理由でもある。

中にはカメラやテレビも見られる携帯電話もあり、殆ど諸外国の文明?と変わりない。

しかし、ここにはそれらを製造する技術も人材もいない。

アフリカのThe Gods Must be Crazy コイサンマンのニカウさんを思い出す。

単車の普及も著しい、インド・日本・ドイツなどのメーカーが15万円ほどの価格で販売している。

購入者はと言うと、ごく普通の市民であるが15万円の単車は現金では買えない。

従ってローン会社のお世話になるのだが、これが無数にある。

返済出来ないと単車は没収され負債だけが残る仕組みである

一方農業はと言うと、1年に2~3回は収穫できる。(西の地域)

稲刈りをしながら田植えを行う、といった光景が多く見られるのも面白い。

自然の豊かさはそれらの生命力を証明している。

勿論、土の力(栄養豊かな土)はここの人たちの飼っている家畜の糞尿や

人々のする糞尿までが地中深く養分を運んでいる事が原因ではあるが、

畑を作る前には必ず家畜の作った肥やしを混ぜて作っている。

まさに、有機農業である。

野菜もそれぞれに「俺は大根だ!」「私は人参です!」

何て言っているような頑固な味である。(それぞれの皮はかなり硬い)

しかも激安だから嬉しい。

肉類は水牛に山羊・鶏と言ったものが主で豚は少ない。

猪も出回っている。

肉屋さんのテーブルにはそれぞれの肉の「頭」が看板代わりに

置いてあるのも面白い。

肉屋には冷蔵庫を設置しているところもあれば、無いところもある。

それぞれの肉は、生きたまま店先に絡げられていて商品の肉が無くなれば、

店先で始末すると言った販売方法である。

従って、この国では貧しいけれどそれが原因で「死ぬ」事はない。

なぜなら、食料はどんな形にせよ食べる事ができるからである。

(添付写真は日本のODAではじまった空港前の道路拡張工事の様子)

では次回「ネパール通信」まで


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  1. 2009/07/25(土) 22:07:01|
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今を生きるのみ!

7月6日(月) 天気:曇り 気温:22℃ 湿度:67%



今回は、「世界でも最も貧しい国」と言われ各国からの支援金(援助)を受けている

ここネパールでの「何が貧しく・何が豊か」なのかをお伝えしたい。



貧困とは、文明社会から見た物質的不足なのか?

貧困とは、食料や衣類さらには住まう家の形が粗末な事なのか?

貧困とは、人を支える気持ちがない事なのか?

貧困とは、生きたいのに、生きられない事なのか?

貧困とは、心の支えがない事なのか?

貧困とは、働きたいのに働く場所がない事なのか?

これら全てが「貧困」と言う二文字で表現されるが、果たしてそうなのか?

ここネパールでは一応の義務教育を終了すると、

SLCと言われる国家試験を受けるが、これにパスする事は

ネパールに人々にとって一つのステータスである。

しかし、パスしても仕事はなくお金持ちの子女のみ高校から大学に進む権利が与えられる。

これがSLCである。

ただし、このSLCにもお金が掛かる(約15000Rs)

このお金が無ければ受験することすら出来ない。

今、この国に必要な事は「仕事」である。

働く場所である。

外国へ出稼ぎに行く人々が後を絶たないのは、

仕事がないからであり、技術も知識もないネパールの人々には、

単純労働のみが現金を得る手段となっている。

ここの仕事とは、工場らしきものはほとんどと言っていいほどない。

従って、手工芸の仕事や建築の仕事が主たる仕事である。

農業では現金収入にはならない。

自分たちが食べるのみの家庭が殆どである。

銀行や商店・貿易と言った仕事は、極一部の人たちの手にある。

政府の仕事は地方公務員を含め、これも極一部の人たちの仕事である。

こうした国での一番大きな支援となるのは、「仕事作り」であろう。

しかも、家内工業的仕事である。

なぜなら、大きな工場で生産するほどの需要がないからである。

特殊技術が必要な工業、例えば車や単車の生産などは、技術的に無理である。

現在もオイスカと言われる組織で、技術習得の海外研修が行われているが、

殆どが一個人の習得に終わり、大きな工業まで発展しない。

この研修生は日本にも多く派遣されている。

単車の修理工場や車の修理工場は多く見られるが、新車の生産工場はない。

全ての「技術」「物資」は輸入である。

パソコンをはじめ、電気製品・重機械・単車や車やバスは全て輸入である。

もちろん、家庭で使う食器類にしてもプラスティック製品の全ては輸入である。

だから、とても高い。

安いものは、ここで生産可能な生鮮野菜・果物・穀物などである。

一般の人々の利用するバスの料金も安い。

身体が不自由な人々は「街頭での物乞い」になり、

健康な人々も単純労働で安い給料で働き、

何時まで経ってもお金持ちにはなれないのが、ここの仕組みである。

お金持ちも彼ら貧乏な人々が居るから「お金持ち」で居られる。

これは、ここネパールだけに限ったことではない。

隣国のインドでも然りである。

では、どうすれば良いのか?

これは、ここネパールの人々が自ら考える事であるが、

彼らにはそれを考える気力が全く感じられないのも事実である。

ならばどうする!

ただただ、自問自答を繰り返す毎日である。

添付写真はカトマンドウ市内の電線の様子である。

(どの線が何処に行くのだろうか?)


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  1. 2009/07/25(土) 22:03:18|
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ネパールで家づくり(第三話)‏

6月10日(水)天気:晴れ 気温:22℃ 湿度:48%



昨日ラムチェ村から帰ってきたが、詳細報告は後日お知らせしたい。

今回は以前お伝えした「ネパールいろいろ」の内容を思い出していただき、

家をつくる上で困った事を具体的にお伝えしたい。

ここで一つ付け加えておきたいのは、ここでは「計画」なるものがない。

つまり、予測や計画といった考え方が全くないのである。

従って何時完成するのかは「神のみぞ知る」である。

予算も同様である。恐ろしい事でもある。

建築依頼主が「今日から始めてほしい」と言っても20人からの労働者の手配から、

宿泊場所・食事・寝具といった彼らが生活する場から、整えていかねばならない。

もちろん「なべ釜・食器類」は当然である。

彼らは「ご飯」を思いっきり食べるのが普通であり、見ていても「びっくり」するほどである。

女性も然りである。

1日に50Kgのお米が半分になる。つまり、20人で25Kgのご飯を食べる事になる。

はじめに、建築材料を購入する上での問題からお伝えする。

概算でセメントがどれくらい必要なのかを知る必要があるが、

セメントを売っている店で聞いたり、または工事中の家で聞いたりして、算出した。

ここにも、設計技師は居るがとっても高い値段を請求される。

建築費用の50%はもっていかれる事を覚悟しなければならない。

この時にも設計技師は建築材料の値段を公定の値段しか算出してくれないため、

参考にしかならない。

購入する段になって、店の主人は50Kgのセメントが幾らなのか言わない。

昨日までの値段ばかりを言って、今日の値段をなかなか言わない。

実は、昼ごろに行けば市場の値段も決まる(需要と供給のバランス)が、

朝ではまだ情報が不足しているため、値段が決まらないのが普通である。

一般的には公定レートのような値段表があるが、悪まで目安に過ぎない。

いろいろ世間話をしたあげく、やっと値段をはじき出し「一袋:670Rs」だと言い出した。

2週間前に同じセメントを「一袋:580Rs」で購入した私にとっては「とんでもない値段」である。

主人曰く「バンダ(ストライキ)が続き値段が上がった」との事。

これには、なす術もない。

ただ、もくもくと建設作業に立会い、作業の流れを確認していくのが精一杯である。

時々、「屋根は何時出来るのか?」と質問すると、「3週間後」との返事が帰ってくる。

一週間後再び「屋根は何時出来るのか?」と質問すると同じように3週間後との事。

ここでは、「明日」と言う日は極めて「不確かな日を指す」と認識すべきである。

従って、3週間もの先の事など全く想像すら出来ないと認識すべきであると悟った。

計画もなく、予算も立たず、それでいて「家が建っていく」この現実を、

不思議な思いで眺めている、私がここに居る。

(自分の事なのに、不思議の方が先行する)

添付写真は岩を、建築現場の近くにパスしているところである。

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  1. 2009/07/25(土) 21:58:59|
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ネパールで家づくり(第二話)‏

5月29日(金)天気:曇り 気温:21℃ 湿度:51%



日本では、新型インフルエンザが猛威をふるっているようであるが、ここでは全く耳にしない。

大使館の情報はいつもメールで入ってくるが、危険を呼びかけるような状態にはない。

しかし、ここでは毎年この時期(雨期)には風邪や下痢をする人が多いのも事実である。

雨の後には冷たい風が吹き、昼間の暑さとのギャップの大きさから風邪を引く人たちが多い。

昼間には35度を超える暑さだが、雨の後には10度くらいにまで気温が下がるためである。

さらに、マオバティーパーティーから総理大臣になったプラチャンダ氏は失脚し、

新たに「マダブ クマリ ネパール氏」女性の総理大臣が選出されたが、

これで政局が収まるとはとても思えない。

まだ、一波乱も二波乱も考えられるネパールの政局である。



さて、「新銀杏旅館」の建設に関わる日本では考えられない様子を幾つかお伝えしたい。

現在20人の建設労働者を雇っているが、一人一日200Rs(270円程度)で働いてくれる。

ただし、食事と寝るところや寝具は準備しなければならない。

石を積み上げる仕事や、木を切り扉や窓ベランダを作る仕事、

さらには、壁の仕上げ(セメントでの)をする仕事にバスルームを作る仕事とさまざまである。

はじめに、家の材料として木・石・土・セメント・鉄筋と言ったものを揃える事からお伝えしたい。

木を除く材料は購入する事としたが、タライ地方でのストライキ

毎日値段が違うため、まとめ買いが出来るものはした。

タライ地方でのストライキがあると、直ぐに値段が上がってしまう。

インドからの輸入が出来ないからである。

ネパールで自給できるものも、便乗値上げが起こる始末である。

ここで自給出来るものは、木・土・セメントぐらいのものである。

後の材料は全て輸入している。

木は購入すると結構高い値段になるためであるが、この仕事は人手が必要である。

木を切り出すところから、必要な大きさに切断するまで、結構長い時間が必要である。

はじめに、購入する木の持ち主と値段交渉をしてから「木を切る」事になるのだが、

平地であれば簡単なものだが、急な斜面の大木を切り出すのは、危険を伴う。

もちろん重機械などあろうはずもない。

従って、全て人間の「手」だけで切り出してくる。

今回の「銀杏旅館」の建設に必要な木材は、日本円で約15万円ほどである。

時には下痢や風邪をひいて休むが、ほとんどの人たちは働き続ける。

ただし、一ヶ月毎に給料を支払うと殆どの労働者は帰ってしまう。

大金?を手にしたら、次の労働をしないのがここの考え方らしい。

従って、家族の急病などの場合には、給料は支払わないが賃金の枠内で

「前貸し」方式でお金を貸して、給料から差し引く事になる。

添付写真は木材の切り出し風景である。


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  1. 2009/07/25(土) 21:51:12|
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ネパールで家づくり(第一話)

5月20日(水)天気:曇り 気温:24℃ 湿度:25%



もうホタルの時期が来ている。

家の前には20数匹のホタルが乱舞している毎日である。



今回から、ここでの家づくりに関わる多くのエピソードをお伝えしたい。

はじめに、家づくりの手順・工程について記載しておく。



1.土地の購入

2.どんな家を作るのかを検討

3.自分で作図する。

4.どれだけの建築材料が必要なのかを算出する。

5.どんな技能者・労働者が何人必要なのかを算出

6.それの確保

7.現場での電気・水の確保

8.当面必要な材料の保管場所の確保

9.トイレットタンキーの作成

10. 家を作る前の儀式(プジャ)

11. 土台の作成

12.13. 壁の作成と同時に、窓・ドアーの作成(後から窓や ドアーは付かない)

14. 屋上・屋根の作成。この時にもプジャを行う。

15. 内装・外装工事(水タンク・キッチン・バスルーム

16. ・トイレの器具設置とペンキの仕事)

17. 門の工事

18. 庭の作成



以上が大まかな工程だが、この他にも細かい作業が100以上ある。

家づくりで、最も重要なのは全てのマネジメントが出来る人が居るか居ないかである。

なぜなら、建築材料一つひとつの値段をチェックし安く買って来る事が必要だからである。

このとき、決してお金を先に渡してはいけない。

常に一緒に行動して、自分で支払う事が懸命である。

でないと、請求額を「水増し」される事は必然。

さらに、毎日の支出を記録した方がいいのだが、

最初は出来るがだんだんそれが難しくなってくる。

支出の回数が多くなると、領収書の整理だけでも大変である。

私の場合にも同様、1ヶ月くらいは何とか記入できたが、

それからは「領収書」を集めておくだけになっていた。

労働者への賃金の支払いのための「出勤簿」はパソコンで最初に設定しておくのが懸命である。

「正に手作り」の家である。

機械といえば私が仕事を少しでも早くするために買ってきた

「電動カンナ」くらいのもので、後は全て「手作業」による「家づくり」である。

大きな木でも(直径80Cmくらい)鋸で切り倒す。

さらに角材に切、板や柱を作っていくのは見ていても面白い。

でもやる気にはならない。

大きな石(直径50Cm)もドコ(頭で支えて担ぐかご)を使って人海戦術で運搬する。

次回からは、ここで起きたエピソードをお伝えしていく。


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  1. 2009/07/25(土) 21:39:07|
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ネパールいろいろ 第3話

5月7日(木)天気:快晴 気温:24℃ 湿度:28%



日本では長い連休も終わり、再び忙しい毎日だと考える。

ここでは、総理大臣の辞任騒動やインドの国境(タライ地方)のストライキにより、

連日交通マヒやガソリン・プロパンガス食料品などが輸入できない状態で、

多くの物価が値上がりして一般市民の生活が脅かされている。

こんな国だが、国民は一向に動じた様子がないのは不思議である。

弟二話に引き続き、ネパールでの常識?をお伝えしたい。



☆バスは「鶏や山羊、時には子供の水牛」まで乗ってくる。

ここでのバス(勿論ローカルバス)は、全ての荷物を運ぶ。

従って、鶏や山羊は通常荷物として乗せるが、時には小さい水牛さえ運ぶ。

(大きさによって料金も取られる)

先日も、バスの最後部に乗っていたら、後ろのドアーが開かれ

「子牛:水牛」が乗せられて来た。

あわてて、席を替えたが牛が動くため席を替わっても同じことであった。

糞尿をするときなどは大変である。

このときには「尿」をしだして、「はねかえり?」をあびる結果になった。


☆中国からの密輸は頻繁!

中国との国境に近いため、多くの物資が輸出入されているが

一般の人による「密輸」も後を絶たず携帯電話・電化製品・毛布・食品・食器類など

ネパールの生活必需品が主である。

しかし、通常の手続きで輸入するのであれば、税金を支払う事になるため、

バスの床に隠したり、大きな荷物の中にまぎれませたりして運ぶ。

一度はバラビシからのバスに乗った時に、後部座席に座っていたが

「どいてくれ!」と言われて席を譲ると、座席を外して中国から持ってきた

「ジーパン」を200枚ほど詰め込み「座ってくれ」と言われた。

バスが出発して40分ほどの所で検問があり、

警察が乗り込んできて内部を点検しはじめると、

彼は私に、「席を立たないで」くれ。

小さな声で頼んで来た。

特に席を立つ用事もないので、そのまま座っていると警察も点検を終えてバスから降り、

車はゆっくりと動き始めた。

彼は私に「中国のたばこを吸わないか?」と言って一箱差出、

「ダンニャバード」と言って世間話をはじめた。


☆汚水処理は自家製のタンキーで・・・

この国には、汚水処理施設なるものがない。

大都市のカトマンドウやポカラなども然り、

従って各自の家やホテルが自前で「トイレットタンキー」を持っている。

私も家を作り始めて、やっとその処理方法が分かった。

我が家の場合は、2M角の深さ3Mほどの穴を堀、

周りを石で壁を作って「セメントのふた」をするだけである。

水分は石と石の間を通り「土」に染み込んで行く、

さらに糞はバクテリアが処分してくれる。

20年~40年はこのままで使える。との事。


☆バスやタクシーに人数制限や重量制限はない。

ここネパールでは制限なるものがない。

バスでもタクシーでもトラックでも車という車には人も荷物も詰め込めるだけ

「詰め込む」のが通常である。

片荷になったトラックをよく見かけるが、こうしたトラックはカーブで転倒することもしばしばである。

ネパールの車は酷使されていると言っても過言ではない。

これを、見ている外国人には面白いかもしれないが、

実際にその車に乗る時にはかなり苦労する事になる。

もう入れない状態でも乗客がいればバスは止まり「詰め込む」

ここで注意しなければならないのが、「スリ」である。

私も何回か「お金」を取られた経験がある。


☆単車の後部座席に座る人は、ヘルメットを付けると交通違反?

2年ほど前に、単車の後部座席に乗るためヘルメットを購入

したが、直ぐにそのヘルメットは使用不可能になった。

フルフェースのヘルメット二人組みの強盗が発生して、

顔が分からないため捕まえられなかったのが原因で

「後部座席」の人はヘルメットを着用してはいけない事になった。

何のためのヘルメットか理解に苦しむが、これがネパールである。

添付写真は「この木なんの木きになる木」(ネパール語でダルと言われる木)

では次回「ネパール通信」まで

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  1. 2009/07/25(土) 21:33:59|
  2. ネパール通信
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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