ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

チャリティコンサートの記事が岐阜新聞に掲載されました

10月12日に行われるチャリティコンサートについて
岐阜新聞に記事が掲載されました(9/28 日曜版)

たくさんの方に活動を知っていただくとてもよい機会になりました。

お近くの方はぜひ、足を運んでみてくださいね。

WEBでも記事を見ることができます。


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→岐阜新聞の記事はコチラです

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  1. 2008/09/29(月) 13:41:23|
  2. 管理人よりお知らせ
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編物講師誕生

9月25日(木)天気:晴れ 気温20℃ 湿度:60%

本日、二人の「編み物講師」誕生!ビヌ・レヌカさん。

この二人は、11月20日の開校式に向けて準備を進めることになる。
対象はラムチェ村と近郊の村の人々である。

40人を目標にトレーニングセンターで練習後、仕事をしてもらい、現金収入を得る。



添付写真は「女性の日」にお寺で踊る女性たち。


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  1. 2008/09/25(木) 15:10:47|
  2. ネパール通信
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ホームステイを終えて

今回は、北九州の学生さんお二人のそれぞれの

ラムチェ・ツルチェ村体験報告を掲載していきます。


まずは中村さんの感じたラムチェ村


こんにちは!ネパールでお世話になりました、中村です!
体調も大分回復し、明日からは就職先でインターン再開です。

さて、今回の旅で感じたこと、送らせて頂きますね^^
長文ですし、わかりにくい点もあるかと思いますが、ご了承を><

まずとてもよかったと思うのは、やはりラムチェに行ったこと。
ネパール初日に、筋田さんが「カトマンはネパールではありません」とおっしゃっていましたね。
ラムチェを下りてカトマンに着いたとき、それを実感しました。

夜明けに起きて、家畜の世話をして、食事をして・・・・と、
先進国にいたら考えられないほどシンプルな村での生活が
とても新鮮に、魅力的に思えたんです。
そして、とても無責任な発言かもしれませんが、
「そのままでいてほしい」とも思いました。

どちらが良い、ということは無いと思います。
ミナのような若者が都会に出て行き、
山岳地域の村が過疎状態になっても、
今のままが続いても。

うーん、やっぱり、
わたしが「そのままで。。。」というのは無責任ですね。
村の人たちにとって何がいいかは分かりませんし。

うまく言えないですが、「支援」というものは
絶対的な答えがないものだからこそ、
やり易くもあり、同時にやりにくいものでもあると感じました。
何を基準にしたら良いか分からないし、一方的でもいけない、難しいもの。

・・・それでも、子供たちのあの笑顔を見たら、
また行きたくなっちゃうのかなぁ、なんて。

よく分からなくなってきましたが(ごめんなさい)
考えてたことを再度考えながらつらつら書きました。

次に、残念だったこと、気になったことを少し。
ツルチェに行った時、ただ行くだけでなく、
持ってきた服を渡す瞬間に立ち会いたかったです。
ラムチェに帰る途中、新しい服を着てくれていたのは
見れたのですが・・・・・。
どんな顔して受け取ったのかなーということが気になりました。

それから、日程のきつさです・・・・笑
自己管理できなかった自分も悪いのですし、
2週間という限られた時間も原因なのですが、
真ん中に1日ほど、完全オフの日が欲しかったかなぁと思います。
ラムチェで気を張っていた分、
下山してから一気に疲れが出た感じもあったので。

最後に

全体としては、本当に行って良かった!と思える旅でした^^
体調を崩して、おいしい料理を心行くまで堪能できなかったのが
心残りですが、
今の時期に、あのメンバーでネパールに行けたこと、
たくさんの出会いがあったこと、
たくさんの「初めて」を経験できたこと
そしてラムチェに行けたこと
本当に感謝しています。

世界にはまだまだ知らない場所がたくさんあって
出会っていない人もたくさんいて
自分の知っていることなんてほんの少しで・・・・・・

けど、世界を旅するごとに、そういう気づきがあって、
いろんな偶然に感謝しながら「生きてるって素敵!」って
心から思えることが本当にうれしいです。
自分のことも、また少し分かった気がします。

筋田さん、本当に本当にお世話になりました。
デレデレ ダンニャバード!!
またきっとお会いしましょう^^


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続いて、北原さんの感じたラムチェ村



かなり遅れての報告ですが、無事(?)ネパールより生還いたしました。

ネパール入ってすぐに謎の発疹に襲われ、後半は体調不良。
なかなかいろんな意味で貴重な体験。
あまりに可愛そうなくらいブツブツができたため、
ホームステイ先のお父さん(祈祷師)に
おまじないをしてもらうという貴重な体験もしました。

帰国した日から通院して、太っい注射を打たれながら薬を飲み、

なぜが新しく蕁麻疹まででて痒い毎日ですが、
今日はダンスに顔が出せるくらいまで回復しました。

というわけで、少しばかりアウトプットしておこうと。

ネパール。
行くまで国名と場所くらいしか知らんかった。

私が海外に行く動機は「目的」があってこそだと思う。
会いたい人がいたり、見たいものがあったり。
けど、今回ははっきりとした「目的」がなかった。
予定表を見てもピンと来ないし、「行く」って言う事実だけ。

それくらい予想ができない旅に、期待と不安と半分半分。
結果から言うとね、一般的に言われる「途上国」、「貧困」を見たんだと思う。

難しい話をすれば、グローバル化は幸せの形を画一化してるなって思った。
物質的な豊かさが幸せの判断基準になってて、首都カトマンズは商業やお金の匂いでいっぱい。

間逆の景色は標高4000メートルの村にあった。

電気・水道のインフラなし。
窓のない土で作られた簡単な家。
ゴミを道端や外に捨てる習慣。
お風呂(水浴び)は週に1回という概念。
家畜が家の中を歩き回る。
濁った飲料水。

けど、「途上国」とも思わなかったし、「貧困」だとも思わな
かった。
カトマンズでは見ることのできない純粋な人の心や笑顔、
本当にシンプルな人間の生活の原点がそこにあって、
カトマンズで見れば哀れに見える人の格好も、
ラムチェ村やツルチェ村では「当たり前」のよう。

化粧をする気にもならなかったし、
お風呂に入らなきゃとか、洗濯しなくちゃとかもそんなに思わず。

いかに、私たちが周りの「あるべき姿」の枠に自らはまろうとしているか。
比較対象がなく、皆がその生活の中にいれば気にならないものだ。

途上国と呼ばれる国々は欧米先進国の市場と化し、
様々な商品をはじめとした欧米的価値観が輸入されることで、
それまでの生活は「過去」の産物、「古いもの」になってる。

きっと一部の旅人はそういったことを思っているんじゃないかな。

今回、私は目の前で起こる様々な現象を「異文化」として見てた。
それは上に書いたようなマクロな視点ではなくて、
すごく人の生活に密着した主観的な視点で。

それがいいとか悪いかは別として、
私には今まで見たことない知らない文化を見てるようでしかなくて、
いい意味で、哀れみの目なんかもまったくなくて。

私に彼らの幸せを定義する資格なんてないし、
私たちの「幸せ」の価値観を押し付けてはいけないと思ったから。
「途上国」は、私たちが付けた「名称」でしかない。
「貧困」なんて言葉も、その基準は「誰か」が決めたもの。

個人的な主観で今回の旅を総括するなら、「幸せ」の形は人それぞれだということ。

だから、私も、私の幸せの形を持っていいと思った。

宗教色の薄い日本では、生活の規範はすごく曖昧で、
何が良くて何が悪いのか、倫理的・道徳的な規範もすごく見えづらい。
けれど、個人の権利を主張するわりに、
日本ではやっぱり皆と同じ色に染まったほうが生きていきやすい。

なんだか、日本の社会全体が方向性を見失ってるような、
そんな感覚に漠然と陥った旅でした。

人や情報に振り回されて、私までが方向性を見失いがち。
適度な思いやりを残して、やっぱり自分らしく生きたいなって思う。

今更ですが、私が内定した企業に決めた理由。
直感。

その直感を少し詳しく話せば、
公私がはっきり分けられそうで、
頑張りの結果は手元に評価として戻り、
頑張れるような環境は整ってる。

すごくドライだって思うかもしれないけれど、
こう思ってる人が多い企業で、尚且つ、
技術者のいる現場には私の大好きな熱いドラマがあって。

外資でありながらちょっと日本体質。
私の中の矛盾する要素が混在するような企業で、
すごく共感して、「ここに1年後いるんだろうな」って思った。

会社でやりたいことあって、
条件も待遇も見ずに「やりがい」だけで会社を選んだ人、
すごいなって思うけど私にはできない。

私はまだ着飾ってみたいし、
素敵な造りの家に、大好きな家族と住んでみたい。
海外旅行にだって行きたいし、
ポールスミスのスーツだって着てみたい。

でも、それでいいって思う。

私にしかない幸せの形のヒントって、自分を尊重してあげることじゃないかな。
人に胸張って言えない自分の一面を受け入れれたら、
まったく違う価値観の人まで「それでいいじゃん」って
尊重してあげれるようになったりして。

それで、自分を解放させることができたら、
次は自分のためじゃなくて、人のためにに生きることに専念しよう。

なんかね、無理しない生き方ができるような気がする。


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  1. 2008/09/25(木) 15:10:00|
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一時帰国を前に‏

9月16日(火)天気:晴れ 気温:22℃ 湿度:68%


ラムチェでの「ホームステイ」を体験!


今回は、9月はじめからラムチェ村に来てくれた「世良さんグループ」の報告をしたい。

女性4人男性2人のグループで「活動の現場を見て、参加する」事を目的に来られた。

一昨年の秋にジョムソン街道で会って、私たちの活動の一端を説明。

この時に「次回は是非その現場に行きたい」との話から1年半を経過した今、それが実行された。



ネパール入りして、直ぐにサンガの我が家に直行。

カトマンドウを車中から見ながら、片田舎の「我が家」に到着。

軽くシャワーを浴びて、すぐにバネパの観光と夕食に出発した。

この時、我が家からバネパまではローカルバスの「屋根」に乗っての移動に、

6人のゲストも大喜びであった。

はじめてのネパール・はじめてのネパール料理・はじめてのローカルバスの「屋根」

・はじめての「果物」(サーリーパー・ジャックフルーツ)を食べ、

翌日からの日程説明の後、就寝。

翌日からはじまる登山?に備えた。

4泊5日のラムチェ・ツルチェの生活と登山は、彼らの食欲を増進。

ラムチェまではバラビシから2時間半、そこからさらにツルチェには2時間半の工程である。

したがって1日でのツルチェ村訪問は無理で、翌日の行動となる。

また、ツルチェは4500mの高所であり、「高山病」の懸念もあるが、宿泊しなければ問題ない。

ラムチェ村での「ホームステイ」は、ネパールの本当の姿を観る最善の方法と言えるが、

何せ文明とはかけ離れた生活に、全てが「はじめての経験」で驚いたのも無理はない。

ここでの生活については、後日参加者からの報告・感想を待つ事にしたい。



一方、「新銀杏旅館」の建設は「ゆっくり」と進んでいる。

年末完成の目標ではあるが、1月に来られるスリランカのゲストのために、

何とか完成に漕ぎ付けたいと考えている。



また、チキンプロジェクトの状況は「凍結状態」である。

なぜなら、共同での「学校資金」を作る事への反発が大きく、

個人管理を強く要求しているため、この考え方が変わらない限り中止せざるを得ない。

代わって「ハンドクラフトプロジェクト」を以前から進めてきた。

これだと完全に個人が「現金収入」を得る事になるが、

学費に使うかどうかは疑問が残る。

しかし支援は3年の期限付きである。

「先生の養成→学校の開校→生徒の選択→トレーニング→試験

→仕事のオーダー→依頼商品の作成→商品をラムさんの店に

→現金取得→仕事に応じた配分」

以上がこの「ハンドクラフトプロジェクト」の流れである

チキンプロジェクトの場合、はじめに「鶏とヤギ」を支給しなければ、

はじまらないため、大きなお金が(約18万円)必要であり、

完全に共同組合的考えが根付くまで待った方が得策であると判断した結果

「一時凍結」を決定した。

心残りは多くあるが、現在3箇所の貧困部落からの要請もあり、

明日からポカリナランタン村へ調査に入る。



私の移動日程:10月2日に日本に帰国後、

26日からデンマークへ

11月7日に日本に戻り、

11月13日には再びネパールに戻る。


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  1. 2008/09/17(水) 15:29:22|
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誰がための人生?

9月1日(月)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:70%



最近のここの天気は、次第に晴れる時間が多くなってきた。

今月のインドラジャトラ(雨乞いと反対のお祭り?)も近づき

ヒマラヤが見える時期が近づいた事を示している。



☆ 「うそ偽りと見栄」は心身をも滅ぼす!



今回このテーマを選んだのは、他でもない日本の「心寒い」社会の現状を考えての事である。

子供たちの「殺し合い」、親子で「殺し合い」、夫婦で「殺し合い」、

これが世界有数の発展国日本の現状とは「何と情けない」事か。

ここネパールではこの質問は不要である。

なぜなら考える必要がないからである。

必死で「生きる事」のみを考える人々に「誰の人生?」は愚問であろう。

「誰がための人生」は大きく分けて二つの考え方がある。

ひとつは自分のため。

もうひとつは全体のためである。

しかし、結果的に「全体のためにある」考え方が一般的なようであろう。

なぜなら、「自分には直接影響がなくても、有形無形を問わず、

後から自分のためになっている」仕事?が結構多くある。



ボランティアはその典型的例と言える。



日本社会において「うそ偽り・見栄・我慢の社会」で

「裸」で出来る仕事や活動は、正に「心のオアシス」である。

「うそ偽り・見栄・我慢の社会」ほど健康を害するものはない。

本音で生きる社会、勿論多くの人々との関係を保ちながらであるが、いかに「楽」な事か。

私のここネパールでの生活は、正に「本音」の生活である。

日本の社会で必死に働く毎日、会社人間の多くは考える時間さえない。



しかし、「自分の人生」である。

考えないで生きられる訳がない。

人生の早い時期に何時か考えなければ、ただ時間に流されるだけである。

ただ生きているだけ。

これでは「もったいない!」

「自分を表現出来る場を持つ努力」をすべきである。

今でこそ時間の流れが「観える」ようになったが、

以前の現役時代はと言うと決してそうではない。

ただひたすらに働いただけである。

時折、「自分の人生をどうしたいのか?」と考えるが、まとまらない日々が続いた。

しかし、ある時を境に「観えた」。

それは、あの「阪神淡路大震災」の時である。

家を失った人々の表情の中に、「本音」が観えた。

避難所生活の中で、「プライバシー」を無視したような生活の中で観えた。

何もかも失くしたその時、人は「本音が出せるのだ」と気付いた。

硬い「鎧兜」を脱ぎ去った時、はじめて「本音」が出せると分かった。



お酒を飲んでも、「本音」は出ない。



それは理性を除いただけの事、「本音」とは程遠い。

なまじ、財産を持っているから、それを守るために・増やすために「本音」が出せない人々が多い。

商業ベースにはまり、「多くの物を買い求め」満足している

今の日本社会の「是非」を考えるべきである。

「自分のやりたい事」を見つけるまでは、こうした「考える時間」が必要である。

その機会は「待っていても来ない」

自分の足で探すべきであろう。

今よりもっと「生き易く」なる事は間違いない。

私のここでの生活は周りが「うそ偽り」の世界だけに、

自分が本音で生きていないと、それこそ「自分を見失う」結果となり、それこそ「一大事」である。

かなり「きつい」けれど、疲れ方が違う。

自分に正気な事が救われる。



自分を偽る事ほど「疲れる」事はない。



では次回「ネパール通信」まで

  1. 2008/09/01(月) 13:53:56|
  2. ネパール通信
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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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