ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」「見栄と嘘」は自分を駄目にする。

6月11日


「ネパール通信」「見栄と嘘」は自分を駄目にする。


今回は人生の中で、自分一人がどうしても
「捨てられないものって何だろう」を考えてみた。
「見栄と嘘」は自分を滅ぼす。過去の自分を振り返り、
「見栄」「自分への嘘・他人への嘘」「あらゆる欲」など、
数えれば切りが無いが、努力義務でもあろう。
欲の中には見栄も嘘もある。
しかし、現役時代の欲は家族みんなの欲を背負っての欲であり、
自分だけの欲ではない。
そこで、自分だけの欲を考えてみたい。
ここネパールの生活では「見栄と嘘」の塊である
と言っても過言ではない。
ネパール人のプライドは「天下一品」なのである。
極貧国ゆえに、せめてプライドだけは
大きく持たないと生きていけないのであろう。



しかし、プライドだけではお腹は膨れないし、満足出来ない。
だから、「だます・おどす・盗む」が彼らの生活の術と心得ると理解出来る。
それを知りながら付き合うのであるから、
自ずから神経を使うし、痩せる思いもする。


日本では、隣の人が新車を買えば「我が家も」と競うように買う。
何処かの社長さんが乗るような、
車を欲しがるのも「見栄」の何者でもない。
車だけではない。身の回りの物全てである。
身の丈サイズの生活つまり、個性ある生活こそ、
目標に向けた生活が出来ると確信している。
身の丈を超えると、心の中で「赤信号」が点灯し
不安な毎日となる事が分かっているから、一線を越えない。
しかし、一生に数回は我慢して超えなければならない「身の丈」もある。
安全ばかりでは、成長は限られている。
この時ばかりは、全神経を集中して立ち向かう。


「嘘」は、自分で自分を苦しめる事となる事を悟るべきである。
昔についた「嘘」に、数年後に苦しむ事となる場合が往々にしてある。
人は「ついた嘘」に忘れたころ襲われる。
だから、「虚栄の嘘」は止めるべきである。



ついた「嘘」は直ぐに忘れるから始末に悪い。
覚えていれば、架空の世界が出来る。
つまり、二重人格に近い生活となる。
しかし、現実には信用を無くす事になり、永続出来ない人間関係となる。
人は自分にも嘘をつく。
見て見ないふりをするなどは、典型的な自分に対する「嘘」なのである。
誰が見ていようが、居まいが関係なく
自分が見たままを正直に生きるべきである。
それを自分は見ていないが如く振舞うのは、自分に対する「嘘」なのである。

これを重ねると、醜い自分に気がつくが、
同時に他人も気づくことになり、ここでも人間関係の維持が難しくなる。
自分に正直に生きるべきである。


MSNのニュースで、下記の記事が目についたので、お知らせしたい。

中国の飛行機でネパールに来られる方々も多い昨今、こんな記事は注意したい。
記者が飛行機の荷物を投げて片付けている作業者(申通快逓の作業員数人)
に尋ねたところ、「きちんと包装しているため、通常は破損しない」との答えが返って来た。
ある配達スタッフは「丁寧に扱ってほしければ、追加料金を払えばいい」とも語った。
定められた追加料金を支払えば、荷物は手渡しで運ばれるため、
地面に投げられることはない。
別な言い方をすれば、荷物は投げて運ばれるのが普通だ。
宅配会社作業員の荷物の乱暴な扱いぶりは、
消費者の不興を買い続けてきた。商品の売り主も、
荷物の破損に関して消費者から少なからずクレームを受けることになる。
ただし、追加料金を支払って破損の補償をつけた荷物は別だ。
作業員は注意深く取り扱う。しかし補償がなければ、
荷物に「壊れ物」の表示があろうが関係ない。
そういった表示は、作業員の目には入っていないのだから。

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添付写真はカトマンドウにあるPET-CT・
アンナプルナ・マチャプチャレ・脱輪した観光バスである。

※※帰国日程※※
7月11日~8月1日までの期間、帰国が決定しましたので
ご連絡させていただきます。
           

では次回「ネパール通信」まで


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「ネパール通信」ネパールに於ける歯医者事情

5月28日 


「ネパール通信」ネパールに於ける歯医者事情



今回は、今通っている歯医者と幾つかの歯医者の現状をお伝えしたい。
当方は、若いころから歯医者は本当に「嫌い」で
グラインダーをピューと回転させた音だけで、背筋がゾクっとした。


一度などは、新婚時代(20代)に予約した歯医者に
予定してた時間には出かけたが、先のグラインダーの
「恐怖の音」を聞いた瞬間、受付の女性に
「今日は心の準備が出来ていないので帰ります」と言って、
逃げ帰ってきた事さえある。それほど嫌なのである。


しかし、年をとれば次第に悪くなるのは仕方の無い事で、
「なじみ」の歯医者まで出来るほどである。
ムスカン デンタルクリニック(スマイル歯医者)の意味なのだが、どうも??
今現在は、下の奥歯3本の修理をしているが、
奥歯には三叉状に神経が走っていて、
この一本づつを処理していかねば、最終的な修理は出来ない。
修理中に神経に触れると「ぎゃ〜!」と言ってドクターの腹を叩く。
これを2〜3回やると、一日の作業は終わり。


やっと肩の力が抜けるのである。(とほほ・・・である)
額の冷や汗を拭きながら処置台から降りるが、
まだ残っている歯があるのかと思うと憂鬱この上ない。
ネパールでは歯医者は結構沢山見られる、
日本でも結構あるようだが、ここでは店が集中している。
歯の神様の通りは歯医者でいっぱいである。


話は日本の事になるが、昨年日本に帰国した際
「奥歯」のクラウンが外れたたため、
近くの歯医者に妻から予約を入れてもらってから出かけた。

以前2〜3回来た事があったので、受付でパスポートを出して
診察依頼をしたが、保険証は?と聞かれ「ありません」と答えると
「ちょっと高くなりますが」と心配そうな顔で確認されたが、
「たかがクラウンの接着」だけである。
そんなにしないだろう。と考え
「大丈夫ですお願いします」と答えて順番を待っていた。
ここネパールでは名前を呼ばれる事はない。
「すじたさ〜ん」と名前を呼ばれて診察台へ座り、
先生の来るのを待っていたが、看護婦さんが
「筋田さんは今ネパールに住んでみえるんですね〜」と話かけて来られ、
「そうです、僅か3週間だけの日本です」と答えると「
寂しくありませんか?」と聞かれ「寂しいどころか、毎日戦争です」
と答えるとまだまだ話したり無い様子で先生に交代し、もの5分で完了。
待合室で会計の順番待ちをしていて、またまた「すじたさ〜ん」
と自分の名前を呼ばれるのを確認して受付へ出向いた。



看護婦さんから請求書を受け取り「びっくり」
なななんと「5分の治療で1万4000円」なのである。
国民健康保険の無い当方は、全て自腹の支払いになるため仕方ないのだが、
それでも「高い!」保険で3割負担でも結構高いと考えていたが、
創造を絶する医療費の高さである。

それに比べてここネパールは安い。
クラウンの接着は200〜300ルピー230円〜330円で済む。
日本の病院は「恐怖」さえ覚える。
3年まえの癌の治療でも、ここでは6ヶ月の宿泊食事を含めて30万円で完治したが、
日本ならと思うと寒気がする。



さらに、まだ、国民健康保険に加入していたこの時期に、
この請求を日本の市役所に持っていったが、
「筋田さんこれは毎月提出してもらわないと」と断られ、
だったら、住民票をネパールに移すと言うと、
それが本来の形ですと言われ唖然。
こんなわけで、日本では病院には掛かれない当方なのである。


添付写真は、主治医の若きドクター・ジャカラダのある
ルータリー・さらに露天の野菜市場である。
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「ネパール通信」誰もがやるべき事を求めて「旅している」

5月17日




「ネパール通信」誰もがやるべき事を求めて「旅している」



今回は、ポカラに住む友人が日本から戻ってきたため、
久しぶりの彼の健康状態を確認にポカラに来た。
彼は頭の手術をして戻って来た兵(つわもの)である。
以前の状態より「ぐっと」健康を取り戻していた事は幸いである。


同じ日本人の健康状態は、外国に居ると
遠く離れていればいるほど、気になるものである。
早朝、6時にサンガからスルジェビナイトに出て、
バスを乗り換えカレンキーまで約1時間。
ところが、カレンキーでは何時もと違う雰囲気で、
ポカラ行きのマイクロバスが全く居ないのである。


何人かの集団に聞けば「今日はマイクロバスのストライキ」との事。
うへ~!急いでいるのに、これは酷い。
どうりで人が少ないはずである。
暫くすると、ツーリストバスがやって来てポカラまでの人々を
乗せて行くとの話で、早速交渉し空席を確保した。やれやれであった。


途中マイクロバスが居ないこともあり、道がかなりすいていたように感じた。


何時もの朝食場所や昼食場所を経由してポカラに向かうも、
当方は必ずドライブインの道の反対側にある、
ネパール式の食堂へ出かけて早々に食事を済ませるが、
多くの人々は100人近いお客の居る混み合ったレストランで食事を注文して
食べるため、待ち時間の長い事この上ない。
25分足らずの昼食時間も待ち時間で終ってしまい、
バスの出発のクラクションに急かされて、出てくる人も多い。

今回は予定時刻になっても、戻って来ない乗客が居て、
車掌さんが右往左往してドライブインを探したが居ない。
出発する訳にもいかず、再度捜索したら、
何とトイレで「がんばって」いたそうで、出るに出れなかったとぼやいていた。
その報告を聞いた乗客は全員で笑い転げて
「いざ再出発!」何とも面白い旅となった。



動き出したバスの中では「まだ全部でていないのでは?」
などと冗談をいわれながら、本人も笑いながら
「実はまだ少し残っている気分」だよ。とまたまた乗客を笑わせるのであった。
そんな面白い旅も、午後2時にはポカラのバス停に到着。
この日は、日本食レストランの「青空」で長旅の疲れを癒すために
自分にご褒美の「サラダうどん」を注文してたっぷり「うどん」の美味しさを満喫した。


途中ちょっと「歯」の治療した部分が痛み出して「薬局」で痛み止めの薬を購入して事無きを得た。


翌日、朝食後に美味しいコーヒーを飲みに「ブラック&ホワイト」
に出向き表通りを見ると、何と日本人の女性が小さな女の子?を
背負ってバスを待っているようであったので、思わず声を掛け
「日本人」ですか?と言うと「そうです。」との事。
聞けば、ご主人と3人で約1ヶ月の旅だそうで、僅か1才半ほどの
子供と一緒の旅をされる日本人親子はなかなか居ないので、
「時間があれば旅の目的をお聞かせください」とお願いして
半ば無理やり喫茶店に入ってもらった。


ご主人は、ここネパールで何が出来るのかを調べて、
具体的な支援活動が出来ないかを模索されている事が解った。
西村陽子さんとご主人の光春さんのご夫婦である。


当方の活動状況もお話して、今度来られた時には
「是非、私に教えていただきたい」旨を伝え、
再会を約束して迎えのバスで一足先にカトマンドウに発たれた

旅の最後に、素敵な出会いに巡りあった事を感謝したい。


人は幾つになっても「生きる目的」を捜し求めるもののようである。





添付写真は実の付き始めたマンゴーの木と西村さん親子さらに道路で寛ぐ「のら牛」
「若者のニューファッション?」パンツを下げて穿いているバスの車掌さん。である。



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今年は、7月11日に帰国し8月1日にはネパールに戻る予定。


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで



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「ネパール通信」「ほう・れん・そう」が無いと


5月3日


「ネパール通信」「ほう・れん・そう」が無いと


今回は、日本では当たり前の「報告・連絡・相談」の習慣の無い
ネパールでの幾つかの問題や、苦労している現実をお伝えし、
我々外国人と一緒に仕事や活動をする上での課題を
理解していただきたいと考え記載した。

はじめに、ネパールではよく見かける光景である
「家畜とバスやトラック」における道路の優先権?について
面白い場面を幾つか目にすることが出来るネパールの道路事情に触れたい。


外国人にとっては何とも「微笑ましい」限りである。
狭い道路に「ひよこ」が親鳥に連れられて
道の真ん中を一列になって歩いている場面に遭遇。
すると歩行者が鶏と「ひよこ」を道路の脇へ誘導して
道を明ける場面がしばしば見られる。
広い道路でも、「牛」が道路の脇に「寝そべって」いる
場面などは毎日普通に見られる光景である。
中には真ん中に寝ていて、車が迂回して通行しているのが現実である。
牛はヒンズー教では「神様」なのである。
だから、トラックやバスはゆっくりと迂回せざるを得ないから面白い。


勿論ヤギなども同様で、もし車で「引こうものなら」
弁償をする事になるのである。
以前カレンキー(カトマンドウからポカラへ抜ける道路の交差点)で
ヤギがマイクロバスに引かれて死亡した時には乗客は
2時間近くも保障交渉に付き合わされるはめになった事もある。
こうした場合には、通常で売買する価格より倍の値段はするのが相場だそうである。



さて、本段に入ろう。



「ほう・れん・そう」は、日本人には既に身体に染み付いた習慣として
備わっているが、ネパール人にとっては全く無い。
これが、どんな事なのかをお伝えして彼らと「仕事や活動・生活」
をする上での課題を浮き彫りにし、理解していただけたら幸いである。


朝起きて、はじめて会う家族には「おはよう!」
と声を掛けるが、これが無い。
外国人は「ナマステ!」と言ってあいさつするも、
彼らは???である。
家族同士ではそんな「あいさつは」しない。
元気で生きていればそれで良いのである。
まるで「動物」の生活である。
家畜たちには互いの「あいさつ」はない。
しかし、鼻を擦りつけたり、頭を擦りつけたりする犬や猫は居る。
ましてや、外出する時など「行ってきま~す」何てあいさつは
皆無であり、当然「ただいま~」のあいさつも無い。
何時出て行って、何時帰ってきたのかが全く分からないのがネパールなのである。


先般、朝の8時にアシス(ミナの兄弟の一番下の男の子)
に1万ルピーを渡して「お米を6袋(25K入り)買ってきて」
と依頼したが、夕方4時に戻ってきた彼からは何の
連絡も報告も無く、約2時間ほど待って彼を呼んで事情を
説明するよう求めたら、
「お米は無かった、他の店にパトネ(ミナの下の弟)が探しに行った」と答え、
自分だけ帰って来た事を伝えた。
「お金は?」と聞くと「パトネに預けた」との事。

これは、全て当方が聞いたから出てきた情報であり、聞か
なければ出てこない情報なのである。
彼には、お金を預けたのは私からアシスであり、
その報告はアシスから私にしなければならない事を伝え、
この習慣が身につくまでは「日本は遠い国」である事も伝えた。



彼も日本での勉強や就職を目指している。
この一点でだけで、同様の事柄を理解出来るとは思っていないが、
少なくともこれに近い習慣は身に着けて欲しいものである。


現在の銀杏旅館には3名の女の子が「日本を目指して」
日本語の勉強をしているが、こうした習慣までは日本語の学校では
教えてくれないし、先生(ネパール人)も知らない。
表面だけの日本語では何ともならない。



添付写真はハイウエィを歩く牛と事故に合った牛・道路の混雑・ジャカランダの花
若者のパンツを下げるファッションなどである。

井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。
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「ネパール通信」人生は生きる「旅」


4月24日



「ネパール通信」人生は生きる「旅」


今回は、今までと少し異なる角度から観た
「生き方」について触れてみたい。


人は生まれてから死ぬまでの間に、多くの物事に出会う。
先般、「癌」の検診のために通い慣れたチトワンへ行って来た。
例によって、我が家からローカルバスでカレンキーまで行き、
そこからマイクロバスに乗っての旅で、
目的地に着いたのは夜8時半ごろであった。


この道は現在、昼の通行は遮断され、
夕方から朝までしか通行できないため、
夕方の開門に合わせての出発なので遅くなるのである。
この「工事優先」の考えは以前にも記載したが、毎回苦労させられる。
日本なら夜間の突貫工事で数ヶ月で終わる作業も、
ここでは何年もかかるのである。
治療の時に使っていたゲストハウスへは、
事前に連絡しておいたので門は開いていた。



翌朝ドクター(主治医)の居る病院へ出かけ、
問診を受けた後血液検査・内視鏡・CTスキャンを受けて
主治医の診察まで2日間は、まさに「秒読み」のような忙しさである。



主治医に診察を受けるのも長い行列があり、
それをミナの知り合いの警備員に頼み並ぶ事無く診察してもらっての2日間である。
こうして診察を受けた結果は「極めて良好」で転移を認められなかった。


しかし、最後に主治医が言ったのは
「もし、もっと確実な診断が必要ならば以前カトマンドウで受けた
ペティースキャンをやってきて欲しい」と言われた。
これは、身体の何処の部分でも「もし癌があれば検出」出来るスキャンで結構高い、
確か7万~8万ルピーほどするはずであった。
現在の当方にその価値(ペティースキャン)があるかどうかである。
ミナは受けようと言うが当方は???である。
現在の自分の年齢(73)を考え、まだ思案中・・・・
これと同じような事は、長い人生においては幾つもある。
つまり、費用対効果の考えである。


一体全体、幾つまで(何歳まで)生きるための処置なのか?
入れ歯にしても同様で、以前80歳にもなる老人がダイヤモ
ンドのインプラント処置で2000万円近く払った話や通常
でも何十万円もする入れ歯が「本当に必要なんだろうか?」
馬鹿げた話である。


話を本題に戻そう。
「旅は自らの成長のための学習」でなければ「旅ではなくなる」
それは単なる「遊び」になって、自らの心に頭に何も残らないばかりか
時間の浪費・費用の浪費である。
ただ、旅の間に自立の道を模索している人がどれほど居るのかである。
十何年もの長きに亘り「楽器を抱えて旅」を続けている日本人を知っている。
その方は「今この瞬間を生きていれば好し」とする考えで明日は考えない。
「楽器の演奏家を目指しているのか?」の問いにも
「なぜ演奏家にならなければいけないのか?」と反対に質問が返って来る。
「糧を得るために」と言うと「今の糧が無くなったら考える」そうである。
だから十何年もの間「ハシッシーと共に旅」が出来るのである。

私が街のレストランに彼を誘い自分の食事を終えた彼は、
私の残したチャーハンを「これ要らない?」と聞き、「要らない」
と答えると「では」と言って皿に半分ほど残ったチャーハンを食べ始めた。
唖然!
まだ、34~35歳であろうと思われる青年?である。
「所持金が幾ら?」などと聞く気にもなれなかった。
帰国の路銀など、今の彼らには無意味なのであろう。
これが、彼らの生き方なのである。
私には出来ない「生き方」である。
ただ残念なのは、目的の無い旅では「一時的な休み」は出来ても
将来に繋がる解決策は見出せない。
だから「十何年と言う時間」だけが流れる。
タイトルの「生きる旅」にも、こんな旅もある事を知ってもらい、
反面教師になればと考える。


添付写真は12年前のマチャプチャレとアンナプルナ、ミナと
あやさん、さらに完成したモデルハウスである。
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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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