ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」ネパール人のプライドはエベレスト級

「ネパール通信」ネパール人のプライドはエベレスト級


5月15日(月)天気:曇り 気温:23℃ 湿度:50%


明日の選挙を控え、静まり返った今期最後のネパールからの通信である。
今回はちょっと思考を変えて、ネパール人と付き合うまたは一緒に生活する上で、
必ず「ぶち当たる」彼らのプライドについて触れてみたい。
ここでは男女を問わず非常に高いプライドで生活している民族であり、自分が中心の生活である。


例えば、銀杏旅館のあるサンガ村では常時応急処置の薬を持っている当方は、
村の「藪医者」代わりに考えていて、近所の奥さんが皮膚病(たむし)のようなもので
「痒くて」たまらないから薬を持っていたら処置をして欲しい旨の連絡があり、
皮膚病の万能薬を持って家に入ると、奥さんと旦那さんが家の真ん中に座って待っていた。

薄暗く、患部が良く見えないためヘッドランプで照らしながら
彼女が指差している場所(首筋あたり)を良く見てみようと、肩に手を置いて頭を押した形になったその時、
「ドンタッチ」とかなり大きな声で叫んだ。
当方も「びっくり」して、思わず手を離した事がある。
軟膏を「綿棒に付けて」渡して自分で塗るように言い渡して逃げるように帰って来たが、どうにも腹の虫がおさまらない。
これは、男性が女性に触るのは夫婦間だけで、
他人が見ている前で触れる事はタブーとされているからであるが、
「ではどうして患部を見ればいいのだ!」となるが、特に旦那さんが見ている前でだった事が
彼女に「ドンタッチ」と言わせたらしいとは、後からミナが教えてくれた。



また、以前カトマンドウのあるレストランでの出来事である。
日本人の白いひげを生やされた初老の男性と、
いかにもネパールの役人風の男性がお酒を飲みながらはなしているのが聞こえた。
内容はネパールの「新年からカトマンドウ市内では無闇に警笛を鳴らしてはいけない、
鳴らせば罰金刑が待っている」と言うのであるが、これは当方も知っていた。
しかし、日本人の男性は「これはなかなか守れないでしょう!」と息巻いておられたので、
当方が「いやいや違います。この条例は必ず守られますよ」なぜなら、罰金刑があるからです。
そこで、ネパールの男性が「罰金刑があるから守るのか!」と言って憤慨していました。
私は「そうですよ、ネパールばかりでなく何処の国でも罰金刑が大きな抑止力になっているのです。」


すると、ネパール人はさらに怒りを露にして、
「日本人でも悪い交通ルール違反者はたくさん居る」と言ってさらに食って掛かって来た。
これ以上この人たちに関わったら大変と、「ごめんなさい!」と謝り、店を後にした。
考えてみれば当方が謝るのは変でもあったが、あの場から立ち去るためにはそれしか思いつかなかったのも事実であった。
ネパール人のプライドは「つまらない」ところで威力を発揮するものだと感じた場面でもあった。


添付写真は天気のいい時に撮影したヒマラヤとサンライズである。

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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


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「ネパール通信」2016年から17年の活動総括

「ネパール通信」2016年から17年の活動総括



5月6日(土)天気:曇り 気温:28℃ 湿度:33%

この通信が今年度ネパールからの最後になる。



今回は、5月の帰国に先立ちこの10ヶ月あまりの活動の総括をしたい。



昨年8月にネパール入りしてから、はじめに手がけたのはラムチェ村の子供たちの支援活動である。
27人の児童は日本に帰国する前に決めておいたため、容易に活動が進められた。


14年前に活動を始めた最初の村であった事もあり、村人からの協力で
活動の優先順位も楽に決定できた事は幸いあった。
当時の校長も健在で小学校の先生をやっていて、「お互いに良い年をとった」事と再会を喜んだ。
「もう何処へも行かないで欲しい」との要請に、
「これだけの被災状況では此処だけでもやりきれない」と伝えた。


中でも、多くの日本の支援団体を「ラムチェ村」へ案内出来たことは、
コテージでの生活を「貧しいながらも快適に」暮らすためには不可欠であった。
毎年決まって来てくださる多くの支援団体には、いくら感謝しても仕切れない。

さらに、個人的な支援の方も居て、「聾唖」に近い子供の教育支援を申し出てくださり、
年間2ヶ月間ほど共に生活支援をして下さっている方(若き女子学生)にも頭の下がる思いである。
ラムチェ村でのモデルハウス建設では、多くのみなさんのご支援により
「ほぼ完成」が近く、多くの村人にも見てもらい、
政府の推奨される「掲示板」に描かれたモデルハウスよりも「頑丈」なものが出来上がっている。


震災の現場でもある、ラムチェ村への支援を兼ねた「学び」の目的で、
多くの学生さんたちにもきていただけた事は、これからの復興をより早くする原動力となることは間違いない。
今後、多くの支援団体のみなさんに使っていただき、ラムチェ村の支援の「拠点」となるべく努めたい。



一方、今月行われる選挙では、今までの中央集権的な政治から、
地方への権限移行を含めた選挙となり、地方が力を持つ時代になる。
昨年作った「新憲法」の施行も、この選挙終了後実施されるのである。

多くの「新しい政策制度」が一挙に実施されることになるが、
前倒しで多くの規制も実施されて来て、先進国なみの制度に近づく準備がなされている。


例えば、カトマンドウ市内では無闇に警笛を鳴らしてはいけない。(罰金)
や歩行者の道路の横断は「横断歩道」以外禁止。(罰金)などなど。
考えてみれば至極当然の制度であるが、山奥の村人には???な制度で、
「おのぼりさん」などには、全く分からない制度でもある。


しかし、少しづつ改革が進んで居る事は良い事であろう。
今年度の活動全般に対して、「良」の評価をしている。
自分自身の評価である。


これから、大きく変わろうとしているネパールでの支援活動も、
必然的に新しい形の支援活動が必要になることは否めない。

しかし、私の考え方が間違っているとは思わない。


添付写真は活動現場でのいろいろである。

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「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」

「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」


4月23日(日)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:50%



はじめに、フィールドに出ていて原稿を作る事が出来なかったために、
通信の配信期日に間に合わなかった事をお詫びしたい。


今回は、昨今の支援活動のあり方について触れてみたい。

ネパールでの支援活動は2年前の地震以降、「若者の形に囚われない」活動が目立って多くなってきている。
演奏会・支援物資の支給・教育関係、
ここネパールでは無い音楽・運動・絵画やゲームなどなど、見ていても楽しくなる活動である。
昔、阪神淡路の震災復興時にもあった「ルミナリエ」のような捉え方であろう。


ある学校からは、多くの日本人に来て貰っているので
「日本語」を勉強出来る機会を設けて欲しい旨依頼される事もある。
もちろん、今まで通りの世界各国からのボランティア団体や個人も居るが、これは震災前の活動に留まっている。
ボランティアはする側の「勝手」と言う言葉を思い出すが、正にその通りで「自己満足」の何者でもない。
する側にとっての被災者は、する側の「自己満足」を満たす「壊れた積み木」のようなものである。

この「壊れた積み木」はネパールの災害地域や貧困家庭であり、
それに物を与えたり、壊れたものを再建したりする「ボランティアをする側」からすれば、正に「美味しいお菓子」になるのである。


しかし、何かが違う。
「される側」の被災者や貧困家庭は同じでも、ボランティアをする方に違いがある。
そこには、単に「やってあげた」と言う満足感だけを求めるやり方と、
「勉強をさせていただいた」と言う「感謝と学び」の活動との違いである。


当方の考え方は、特に若き日本の青年女子には後者の活動から「切磋琢磨」を見出して欲しいものである。

そこから生まれる「させていただいた」活動こそ生きる原動力となるのである。
この原動力は一生の大きなエネルギーとなり、人生をより豊かにしてくれるから嬉しい。
一人でも多くに方々にこの「させていただく」活動を体験していただきたいものである。


中には、「お金をあげる」寄付や恵む行為が「ボランティア」だと考えている方々もいる。

これは巡礼や托鉢のお坊さんに「恵む」行為と全く同じ事であり、「あげれば終わり」であるが、「ボランティア」は違う。
これは、ある程度身体も知恵もお金も使ってやる「復興支援や復旧支援」
さらには「継続的な生活改善支援」などさまざまであるが、いづれも「させていただく」形である。

多くの若者には、この作り出すボランティア活動に参加していただき、「人間形成」に役立てていただきたいものである。



添付写真は「とうもろこし」に肥やしを蒔くミナとお父さん・肥料を蒔いてから2週間後の「とうもろこし」
・4人乗りのバイク・バネパの野菜市場である。


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  1. 2017/04/23(日) 11:09:04|
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「ネパール通信」生きざまと逝きざま・・・

「ネパール通信」生きざまと逝きざま・・・



4月7日(金)天気:曇り 気温:16℃ 湿度:60%



最近、天候の不順とでも言おうか曇りや雨の日が多く、中には「ひょう」も降る始末。
一体この地球の気候は、どうなっているのだろうか?
一部で囁かれている「氷河期」の到来が近づいているのだろうか?

かつて、ここネパールでもこの季節にこんな天候はない。


天候ばかりではない、世界の力のバランス、経済のバランスが大きく崩れ始めている昨今、
何時何処で戦争が勃発しても可笑しくない状況である。
テロなどは毎日のように起きている。


さて今回は、生まれて現在までの各自の「生きざま」と人生最後の「逝きざま」について触れてみたい。


これは誰しも体験して考えて生きて来た事を考えれば、
今までの生き方の集大成が今現在の自分である事は明白であろう。

その一番最後に「逝きざま」があるが、本人の意思に反する「逝きざま」と
本人の意思どおりの「逝きざま」なのかは、本人の日常における生活の中に
「如何に逝くか」を考える事があるか否かに掛かっている部分が多い。

ただ、本人が満足出来るかどうかは別である。


例えば、「まるで予知出来ない交通事故」の場合にでも、
「昨日までの生きざま」が自分にとって満足できたものかどうかに、掛かっていると考える。
とすれば、毎日が「期末試験?」と考え「生きる事」こそ、
「自分にとって満足」出来た「生きざま」であれば「それが100点満天の逝きざま」となる。
ただそれだけ。


従って、周り特に家族に迷惑を掛けず「自分に嘘をつかない」、
つまり、自分に正直に生き居る事こそ「安心して逝く事が出来る生きざま」なのではないだろうか。
自分の周囲に対しても同様で、本音の付き合いをしていれば、何時までもよりよい人間関係が継続出来る。

この点、当方は結構廻りに迷惑を掛けているのため、心苦しい限りである。



さて、そんな考えで生きる人生は周りの方々の協力が無くては成し得ない事は確かである。


一方、銀杏旅館の改修工事はと言うと「遅々として進まない」状況である。

その事情については、先の通信でお伝えした通りで「働く人」の質が悪く、なかなか進まない。


また、ミナの兄弟たちの動きはと言うと結構働くのであるが、「お使い」に行っても「お釣り」が返って来ない場合が多い。
一番下の弟であるアシスに於いても同様で、彼には電気関係の仕事をやってもらっているが、
これが結構値段が高い品物を購入するため「本当にその値段?」と疑いたくなる場合もあり、
領収書を持ってくるがこれも店に言って「余分に記載」してもらっているのではと考える場合もある。


先般、そのアシス君が「歯の矯正」をやっていたので、幾ら掛かったのか?と聞いたら
「5000ルピーです」と答えたので、そんなに安いのかと愕いた。
しかし、後からミナに聞くと「そんな値段では出来ない、
2~3万ルピーはする」との事で「何処からお金を工面したのか?」分からない。

また、毎日の「おかず」でもラスミから言われるままにお金を出していたが、
彼らには借金をする事に何の抵抗も無く借りてくる。
後から「お父さんが払う」からとの気持ちが借金を容易にさせているのだろうか?
年々、子供も大きくなり考えも変化してくるため、それに伴って問題も変化してくる。



だったら、借金を何としても「止めさせなければ」銀杏旅館の必要経費は正に「ざる」状態になると思案に明け暮れる日々が続く。

毎日がこんな生活状態の中で、一人で「もがき抵抗」しているのである。
また愚痴が出てしまったが、お許し願いたい。
活動でも、生活でもネパールにおける人間関係でも、日本とは大きくかけ離れた常識であるだけに、
「自分の試練」と受け止めざるを得ないが、結構苦しい。


ラムチェ村のモデルハウスの進捗状況はゆっくりではあるが、進んでいて、
残るのは窓やドアと言った部分と屋上の屋根の設置のみとなった。




添付写真はアッサンバザールの敷石の改修風景、先月のホーリー祭りと久しぶりのヒマラヤ、そしてモデルハウスである。

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  1. 2017/04/07(金) 22:10:44|
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「ネパール通信」3月のラムチェで「土」調査


「ネパール通信」3月のラムチェで「土」調査



3月28日(火)天気:曇り 気温18℃ 湿度:68%



今回はラムチェ村での「日本の鶏糞による土改良」について報告したい。

3月26日早朝(7:30)サンガのバス停で佐々木さん(鶏糞提供者)と
ネパール政府の若き役人のギネスさんをジープでピックアップして、一路バラビシへ出発。

今回は日本からのゲストお二人も同行しての「調査」となった。
日本から送っていただいた、中学生用の「ブラウス」を持ってのラムチェ村訪問となった。

途中、何時もの「朝食場所」であるネパールのローカルレストランで魚のフライとダルバートを食べて休憩し、
11時ごろ再度ラムチェ村に向けて出発。

バラビシで今日の夕食と明日の朝食用食材を購入し再び出発。

ここからは、例によって車の中の人は「芋を洗うような」物凄い「ゆれ」の道を約1時間登り、
やっと学校の見えるところまで辿り着いた。

しかし、何かおかしい・・・

学校の付近に、子供たちの姿が見られないのである。
ミナに確認してもらうと、今日は「試験」の最中だそうで外で遊んでいる生徒は殆どいないとの事。

佐々木さんとギネスさんは、学校の外回りを見ていると言って散策に出かけた。
彼らは学校の子供たちには関心が無く、土の改善に来ただけなので自由にしてもらった。

ほっとして、まずは学校へ出向く。

職員室に入って、校長先生はじめ先生方が「試験の準備中」なので遠慮がちに入って行くと、
既に椅子が並んでいて適宜座って当方の地震による学校の被災状況などを説明していると、
校長先生が「筋田さんは知っているが、他の方の紹介をして欲しい」との要求で、
それぞれ「川口さんと今崎さん」が英語で自己紹介。
校長先生からはお二人に「これからもよろしく」と挨拶があり、
試験が終った頃を見計らって校庭(小さな広場)に降りて「ブラウス」の配付準備をした。

約50人ほどの6年生と7年生の「女子生徒」には並んでもらい、ミナが一人で配布した。

ここへ来る前にパトネちゃんに「6年生と7年生の女子の数」を学校に確認して140人との事で
その人数分を持って行ったが、多すぎたようであった。

しかし、不足するよりはいいと、一人に3~4着ほどのTシャツやブラウスを手にして、
全員が家路に着いた。と思ったら、それぞれ教室で早速手にした衣類を試着。

やはり女子である。

それを横目に、ミナのコテージまで急いだ。

コテージでは、お母さんが「お茶」を作って待っていてくれ、早速暖かいお茶をよばれた。
その間にミナのお父さんがゲストの為のテントを設営、ゲストにそれぞれ好きなテントを選んでいただき、荷物を運んだ。

30分ほど休んだ後、佐々木さん・ギネスさんを伴い試験をする畑(現在はとうもろこしが植えてある)に出かけて、
何処で調査するのかを検討してもらった。

調査場所が決まって、ミナのお父さんとミナが「とうもろこし」の植わっている周辺の土を柔らかくして、
そこに持って来た「鶏糞」をばらまいて行った。

2m平方ほどの敷地に半分だけ「鶏糞」を蒔いて、その比較を調査するのである。

6月後半にはその結果が出るが、その間の「間引き作業」はミナのお父さんにやってもらわねばならない。
(ちょっと心配:間引きと言う仕事を知らない)

後ほどミナに教えてもらうより他はない。

ミナが4人のゲストを連れて例のビッグストーンに出かけたので、当方は水のシャワーで身体を拭きに行った。

約1時間半後全員が帰宅、「ミナのおばあちゃん」宅へも訪問しての帰宅であった。
この日の夕食は、チキンのダルバートと「卵ごはん」である。
サンガから持って来た「醤油」を入れてご飯を入れて食べる「有精卵」は濃厚な味で好評であった。

ちょうど、食事の時間には後ろの「鳥小屋」では雌鳥が卵を7~8個も暖めているのを見ながら
「卵ごはん」を食べているのである・・・・・・複雑・・・

夕食が終って直ぐに就寝とはならず、まだ夕方の6時半である。

雑談の後、それぞれのテントへ移動して就寝。

翌日は朝8時半ごろジープで一路サンガへと急いだ。

サンガ到着は12時ごろであった。

この試験の結果は随時「通信」で報告したい。


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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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