ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」人生の「縁」と「タイミング」

「ネパール通信」人生の「縁」と「タイミング」

11月30日(水)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:50%



今回は、人が生きていく過程において遭遇する「縁」と「タイミング」について触れてみたい。

停電の無い毎日が「素晴らしい」と感じはじめている今日この頃であるが、
先日、カトマンドウのタメルにある「ちくさ茶房」において、ある日本の若者と出会った。
彼はインドからネパールに入国し、ここで仕事?をしながら2~3ヶ月を暮らしたいと話していた。

彼のやろうとしている仕事とは、「似顔絵」を画用紙に描いて販売すると言う、露天商のような仕事であった。

彼の「似顔絵」は半紙の大きさで500~1000ルピーと言う値段で
観光客に買ってもらおうとする商売で、「絵の勉強」の一つだそうである。

私も以前、バルセローナでデンマーク人の描く「似顔絵」を見たことがあったが、
僅か5分間ほどで「半紙大の似顔絵」を描いているのを延々1時間も眺めていたのを思いだした。

いわゆる漫画的「似顔絵」で、相手の特徴を見事に捕らえて僅かな時間で描いていた。

それを、「10ドル」で売っていたのである。

1時間ほどで5~6人が描いてもらっていて、結構な収入になっていたのを覚えていた。

彼らはそれが、旅費になり次の町へ移動するのある。

ここネパールにもイヤリングやブレスレットを作りながら売っている若者?も居るが、売れているとは思えない。

路地(道幅が1mも無い)の片隅に「ひっそり」と20点ほどの品物を並べて売っているのである。

一昔前の「ヒッピー」のやる商売である。

反対に「あれで商売になっているのかなぁ~」と心配にさえなってくるのである。

もっとバルセローナのような明るい雰囲気の中でする「似顔絵」や「小物売り」なら
お客も着くが、ネパールのタメルの路地裏でする露天商では???である。

若者に「もっと観光客の居る場所」でやったら?と聞いたが
目立つと警察や嫌がらせがあるので「こっそり」とやっている。との事。

麻薬や覚せい剤の商売をやっているような雰囲気の若者であった。

これでは例え「上手い似顔絵」でも売れないよ。と言うと、それでもいいそうであった。???

何のための露天商なの?

目的もなく、路地裏でやっている露天商とは「一体何のために」やっているの???

こうした若者が居るかと思えば、真剣に自分の将来を考えて
「勉強」をしようとその方法を探している若者も居る。

人それぞれである。

そんな若者の一人に是非ボランティアをしたいので「孤児院」を紹介して欲しいと言われ、
話す時間の無かった私は1時間後に「ロータスレストラン」で会ってお話しましょう。
と言って分かれたが、その若者の姿はレストランには見出せなかった。

彼は騙される事を恐れるあまり、私を信用できなかったのかもしれないが、
人の出会いとは「タイミング」一つで大きく変わって行くのも現実である。

いいも悪いも、ただ「縁」があったか、無かったかだけの事である。

これが人生なのである。

選択は誰でもない、自分である。

しかし、最近は「何のために」やっている事なのかが
分からない仕事をする若者も多いように感じたのは私だけだろうか?

そんなタメルの街中の若者たちを「そっと見ている」私である。


添付写真は首都カトマンドウの雑踏とラムチェ村のモデルハウスの建設状況である。



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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。





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「ネパール通信」プライミニスターの選挙と停電の無いネパールの実現!

「ネパール通信」プライミニスターの選挙と停電の無いネパールの実現!
11月19日(土)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:50%


今回は、ネパールにおける「選挙」の現実についてお伝えしたい。

来年春には、現在のマオイストの党首である「プラチャンダ氏」が任期満了を迎える。
しかし、その後の選挙が実施できないのが目に見えている。
それと言うのも、毎回の事ながらタライ地方(ネパールの西方地域でインドとの国境付近)に於ける
有権者確認作業が進まない事に起因する。

なぜなら、インドとの国境は現実には何の仕切りもなく、
多くの人々が自由に国境を行き来して生活しているためである。

インド人とネパール人との国際結婚?も普通で、
本人も自分はネパール人なのかインド人なのか分からない人々が多い。

さもあろう、国なんて全く生活に関係なく勝手に「線」を引いて知らない人が決めたものであり、
極端に言えば「寝ていても、頭はネパールで足はインド」に置いて寝ている現実を誰もが知っている。
何とか双方が話し合いで「選挙認証」が発行出来る事を祈るのみである。


さて、表題にも記載したが今回は今までの通信の中で、最も大きなニュースである。

何十年と続いて来た、ネパールの電力事情は「先般のインドの大統領のコネ」で大きく進展した。
ネパールに停電が無くなった。何時でも電気がある。

裏の事情はさておき、(日本の力が大きく働いた?)今までインドに供給していた電力は
全てネパールで使える事となり、一挙に「エネルギー事情の改善」が図られた。

つまり、ダサインからティハールの間は毎年停電が無かったが、
今年はそのお祭りが終っても停電は無くなった。
これの持つ意味は、ネパールにとって、過去最大のビッグニュースである。

これにより、ネパールでの「工業」が実現出来、諸外国からの援助により「大きな雇用の場」ができるのであえる。
出稼ぎに行かなくても、そこそこの生活が保障されるのである。
これからは、日本を始め多くの先進国により「いろんな工場」が乱立する日も期待できるのである。
我々、慈善団体も今までの支援方向を変える必要が出てきた事になる。

「鎖国以来、工業の発展を拒まれて来たネパール」もやっと他の東アジアと同様、
世界の工場の一員になれるよう、諸外国の協力が必要になる。
なすべきは、アイディアである。

既に多くの東アジアの国々に先んじられ、
2歩も3歩も遅れている「民度・技術・法律」など多くの国政レベルの改善が急がれる。

しかしである。
先のような、「選挙認証」の発行がままならない今、一刻も早く解決される事を願うのみである。
電気自動車も電気スクーターも、全てがガソリンでなく、電力で賄える時が来るのである。
チトワンでは電気自動車が多く走っていて、クリーンな街作りに一役も二役も担っているのである。

添付写真はチトワンの街を走る、電気自動車と力車である。


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「ネパール通信」一人で憤慨する「から回り」・・・

「ネパール通信」一人で憤慨する「から回り」・・・

11月7日(月)天気:快晴 気温:18℃ 湿度:55%




今回は、何時も悩まされるネパール人のマインドとの虚しい戦いについてお伝えしたい。

ダサイン&ティハールを終えて「やっと仕事が出来る!」と考えていた矢先の出来事である。
事の始まりは、ティハールの始まった初日であった。

家の中に神様をお迎えする、「砂曼荼羅」を「色粉」で書き、
それに蝋燭や供物を備えて家の中までラインを引いて「神様」を家の中に誘導する。

そこには紙に印刷された「シバ神」やヒンズーの多くの神々が居る「神殿?」が
玩具の(失礼)ような日本の神棚の感じで描かれているのである。

これ自身には、ここの文化なので問題はないがその場所である。

今年は「キッチン」の中に神様を祭ってあったのである。
キッチンはヒンズーの神様をお祭りする場所ではなく、食べ物を扱うところなので、「他へ移せ!」と指示。

さらに、彼らのトイレの大きなガラスの窓が割れていたのである。
「誰が何時」やったのか?と聞いても、みんな「知らない」の一点張り。

1時間ほどやり取りしていたが「シバの神殿を他へ移動するまで家出をする!」
と言って、カトマンドウに3日ポカラに3日の1週間の家出となった。
ポカラへは撮影の目的もあった。

問題は、その間のカトマンドウの宿泊先と食事である。

ダサイン&ティハールの最中はカトマンドウ市内は何処も「休み」で、
ある意味ストライキの時に近い状態である。

安宿(お湯のシャワーのない)を2軒ほど周り、スーパーで水とクッキーを購入して空腹を紛らわす。
何とも「惨め」な気持ちであった。(これがネパールマインドに対する抵抗?)
幸いネットは何処でも大丈夫で、ユーチューブを見て一人の夜長を絶えた。


3日目にはカレンキーまでマイクロバスで出かけ、そこからは再度長距離のマイクロバスである。

しかし、このマイクロバスは通常のツーリストバスより、2時間近く早く目的地に到着。

途中から古い友人である「河本さん」に連絡し、「明日お伺いします」と伝え定宿のビューポイントに到着。
朝も昼も大した物を食べていないため、日本食レストランへと直行。
(レストラン青空の揚げ出し豆腐は、すきっ腹に旨かった)

宿へ戻る途中でカメラの乾電池を購入し、部屋へ戻り暖かいシャワーを浴びてベッドでごろ寝。
何時間か眠ったようで、またまた空腹を覚え夕方5時ごろに外出し、今度は近くの「フジヤマレストラン」で
「餃子と素うどん」を食べ、腹ごなしにフェワレイクに出かけた。

夕方の湖畔では多くの観光客が散歩を楽しみ、釣りをやっている人を見ていた。
時々連れる獲物は4~5cmほどの小魚で、大物は掛からない。


翌朝午前6時に、ボートの乗り場にでかけ、予約しておいたボートに乗り込み早朝の撮影に出発。

幸い風は無く、絶好の撮影日和であった。

撮影を終えて、馴染みのブラック&ホワイトに行くもまだ早かったため、、近くのコーヒーショップに入り、朝食。

しばらくすると、日本人の二人が入って来て席を探していた。

私の前の席を示し「どうぞ」と言うと「日本人の方ですか?」と聞かれ
「そうです」と答えると、相手がじ~と私を見ている。
日本人には見えないのかなぁ~と思い、「筋田と申します」と言うと
「やっぱりそうですか」と懐かしそうに挨拶をされた。

もう4~5年も前に岐阜の美濃太田で活動されていた「青山さん」と友人の方であった。
1時間ほど一緒に朝食をとり、それぞれに別れた。


そこからは、レンタル自転車を借りて(1日500Rs)河本さんの家に急いだ。

彼は脳の手術をしてから足の具合も悪くなり、鎮痛剤を飲んでは、
ゆっくりと部屋を歩いているようで、「歩けなくなれば終わり」なのだが頑張って歩かねば。
とシッタの夫である西島さんと一緒に生活しているのであった。

まあ一人ではないだけ良いのか?と早々に引き上げ、インドのプライミニスターが来ると言うので
警備の警察が監視している中を、自転車で駆け抜けた。

家出5日目に携帯のスイッチをONにしたら、直ぐにミナから連絡が入り、
「今何処にいるの?身体が心配だから早く帰って!」と言って来たが、
キッチンを綺麗にしないと帰らないと言うと「綺麗にしたから」との返事。

「明日帰る」と電話を切り、またまた「ごろ寝」。

久しぶりの自転車にちょっと疲れた感じであった。

翌日は通常のツーリストバスに乗りカトマンドウへ戻るも辺縁8時間半の道のりは大変である。
タクシーとバスを乗り継ぎ、7日ぶりの銀杏旅館に戻った。

神様は撤去されていた。




添付写真は晴れた空に突き出たアンナプルナⅡ・夜明け前のフェワレイク
さらにティハールの準備で賑わうアッサンバザールである。

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「ネパール通信」カトマンドウの道路事情

10月27日(木)天気:晴れ 気温:22℃ 湿度:55%

今回はネパールの幹線道路についてお伝えしたい。



さて、当方の癌検診で通っているサンガからカレンキー経由
チトワンへの行き来で得た情報である。(運転手や乗客から)



一昨日、午前中にリビング建設のための機材を購入し
銀行の定期預金の期限が切れるため、更新手続きを済ませ
その足でカレンキーからマイクロバスでチトワンに向かったが、
そのカレンキーの交差点が高架工事のため陸橋が解体され
市内から外に出るためには今までの交差点を左右に折れて、
さらに元の道に出なければならず、タクシーなら最低でも30分はこの交差点で渋滞する事となる。

中国の工事だが、期日までに出来るのかどうか極めて疑問である。

話を聞けば、中国の工事着手した会社は理由は定かではないが、帰ってしまった。との事。
しかし、工事は誰がやるのか???

世界中のあらゆる工事が「頓挫」しているのが、
世界の常識に成りつつある中国経済の状態である。

さらに、カトマンドウからポカラ・チトワン・インドとの国境の全ては
この街道を使う以外方法は航路のみである。


この街道ではチトワンとポカラの分岐点「ムグリン」から
チトワンへの道路は散々な悪路で、幾つもの渋滞がある。

中国は困った国である。


多くの国で頓挫している工事がここでもカトマンドウの街や
幹線道路を破壊したままにしている現実が目の前にある。

カレンキーからバグドールを経由してコテショールに至るリングロード(幹線道路)は
3年は掛かっている拡張工事でこれまた中国の業者がやっているのだそうだが、
これも工事は中断に近い状態で働いている業者の姿は見えない。

また、一昨年まで工事をやっていた日本のODAで建設していたアラニコハイウエィは
カトマンドウ市内からスルジェビナイトまで完成し、
ネパール人たちからは「とっても素晴らしい道路」と好評である。

しかし、そこからコダリボーダーまでは中国がやる事になっていて、日本の工事ではない。
何時から着工するのかも???

ネパールのような極貧国での工事までも食い物にしている中国には、
ほとほと愛想が尽きたのは私だけでないようである。

ネパール人の多くが嫌う国民となってしまったようである。



添付写真は地震のおかげで、初めて多くの観光客の目に映ったタメル地区のお寺と
テハール前の市内の様子・チトワンを走る省エネタクシーのいろいろである。
さらにナベサダのジャズコンサートである。


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「ネパール通信」ダサインのネパールから

「ネパール通信」ダサインのネパールから




10月14日(金)天気:晴れ 気温:20℃ 湿度:60%




少しばかり、配信日が遅れたが祭りの真っ最中である事での
遅配となった事をお詫びしたい。


ネパール最大のお祭りダサイン、そしてティハールが
10月初めから11月初めまでの一ヶ月間続く。
途中2週間ほどは普通の日があるが、殆どは働かない日々が続く。
天候も落ち着いた最近では朝晩のヒマラヤが見られる機会がある。


さて、日本語学校の設立について現状をお伝えしたい。


日本国内では、年々学校の設立が厳しくなり多くのハードルが
「クリアーは無理」と思うほどの最悪条件が乱立する中。
やっと漕ぎ着けた学校の設立である。



しかし、日本政府の考え方;
外国からの若い労働力を受け入れ、国内の景気回復を図ろうとする
安倍総理の考え方。
一方、国内に入る外国人の労働力を、限界まで制限しようとする
「入国管理事務所」との考え方の違いが極限まで乖離。
どちらもその理由は理解できる。


でもそれでは日本の企業にとって、
ほぼ絶望に近い日本の法律は「鉄壁」の如く立ちはだかる。
こうした、政策制度の食い違いにより、
日本の物流企業・介護・サービスなどの業種による人材不足は慢性化してきている。

残された手段は、非合法的な労働力の確保、
つまり、一度日本に入った外国人労働者を「とことん」使って
「使い捨てる」方法が横行する事となる。

一度、入国管理事務所に摑まれば、二度と入国できない外国の若者たち。
母国に戻っても借金だけが残り、生活苦は必死。


こうした悪循環をなくし、日本企業が正常に稼動できる環境整備こそ、
「今求められる政策制度」であろう。
当方も今現在、ネパールにおける日本語学校の設立に動いているが、
日本の環境に幾分左右されながら動き始めた。


と言うのも、日本の日本語学校を終了した後の、
大学進学率が激減している現在(入学金が支払う事が出来ない、日本の労働条件)が
邪魔をして減っているのである。

もっと単純に考えられないのだろうか?


日本は若い労働力が欲しい。
海外では若い労働力が余っている。

だったら、この間だけでも(日本の労働力が戻るまででも)
緩和策を実施する政府行政のてこ入れがあっても良いのではないだろうか?


世界での労働力のアンバランスを調整するのは
極めて難しい事は理解するが、それを「やる」のが行政や政府の仕事であろう。
今回は、「自分に出来ない歯がゆさ」から、愚痴になった事をお許し願いたい。




下記に示したのは、「私の好きな、そして信じる生きさま」である。


人がどんな評価をしようと
何をしたかでなく、何のためにそれをしたか。
が大切である。
結果は後から着いてくるもの。


だから決して諦めない!




添付写真はダサインの際、決まって村人たちが養っている家畜(この場合は豚)を殺して、
食べる肉を配分しているところ(これで豚汁)を作った。と、
道路の側溝にはまったバスで、渋滞が発生。


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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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