ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」「ほたる」の季節・・・

「ネパール通信」「ほたる」の季節・・・



6月26日(月)天気:曇り 気温:24℃ 湿度:62%


今回は、一斉に「湧き出した蛍」の乱舞の季節の楽しさや
困難をお伝えして雨期での暮らしぶりを知っていただきたい。


この時期、移動には必ず傘が必要になり、もし忘れたりすると必ず「雨宿り」をする事になる。
傘を持ってても「雨宿り」はする、なぜなら小さな傘では足元が「ずぶずぶ」になるため、
小雨になるまでの「雨宿り」である。


今年はこの時期に選挙が実施されていて、ネパールの東側半分では既に終わったが、
西側半分が住民のストライキで延期となっていたため、
今月末に再度設定されて実施の運びとなっているのである。


このストライキの原因は「議員定数」の問題でこのタライ地方の定数が少ないとの
抗議デモなのであるが、有権者数も不確定なこの地域では選挙の度に同じ抗議活動が実施され、
かなり危険なデモも実施されている。
抗議活動が実施されると、カトマンドウや多くの地域への燃料(プロパン・ガソリン)の供給が止まり、
安定した生活が出来なくなる。

つまり、道路封鎖が実施されるため燃料の運搬ができないのである。
何とか収まってくれればいいのだが・・・


さて、我が家「銀杏旅館」では9割ほど進んだ改修工事の様子をお伝えする。


ここでお伝えしておきたいのは、現在改修工事を行っているのは、
以前私が寝泊りしていた場所が地震で崩れて政府の役人から「使用禁止」
の張り紙を貼られたための改修工事で、決して新たに作っている訳ではない。



そのため、私の今の部屋は「物置」で生活している始末である。
そんな部屋も大きな骨組みは完成し、残るはお内装や備品の搬入であるが、
これがちょっと変わっていて面白いのでご紹介する。




以前にも少しは記載したが、例えばテーブルや椅子などは初めに大工さんとどんな
デザインの物を何処へ置くのかを決め、サイズや形と材質を決定してから材料を購入し、
その間取りに合った寸法のテーブルや椅子ができるのであるが全て現場での作業なのである。



出来合いを持って来る事はない。(この方が数が多い場合は安い)
従って、サイズも間取りに合った物が出来ると言うわけである。


中には「へたくそ」な大工も居て、通常の3倍もの時間が掛かっていながら
まともな製品が出来なかったりしたが、そんな大工は即刻「くび」にしないと、家が出来ない。



この時期は毎日のように「雨」が降る。
しかし、仕事は室内の仕事ばかりで何の支障もないが、
働く人が銀杏旅館まで上がって来るのが問題になるが、
彼らは雨ぐらいでは何の問題も無く急な坂道を上がってくるからありがたい。
傘も持たずに「雨に濡れて」も平気で普段と変わりなく歩く姿は
昔の日本のような「春雨じゃ~濡れていこう」のようである。



こうした作業者は数多く居るが、「質」の問題である。
全ては「出来高払い」であるが、期間は目安だけで確定ではないのが、ここのルールでもある。
それほど、期日に「こだわる」仕事はネパールには殆どない。
反対に期限に「こだわる」と自分だけが「空回り」することとなり、
無駄なエネルギーを費やす事となる。
あげくに、「こんな国いやだ~」となる外国人が多いのもこのあたりが、原因なのである。
こんな雨期でも雨の合間には「ヒマラヤ」が顔を出すから嬉しい。
これを書いてる時にも、刻々と変わる雲の様子を見ていると白い山々が見える。


さらに、この時期にはマンゴーの季節でもある。
まだまだ安くは無いが200ルピーも出せば1Kgで100ルピーで買えるから嬉しい。


この雨の最中に「田植え」が真っ盛り。
その田植えが兎に角「楽しそう」なのである。
女性が一列になり、「田植え歌?」のような歌を唄いながら植えていくのである。
男性は苗を準備したり、子守をしたりとこれも忙しそうに立ち回っている。
この歌のハーモニーがまたいい、暫くは聞いている。

夜ともなれば「ほたる」の乱舞が見られる、そんな季節である。



添付写真はそんなマンゴーと新銀杏旅館の全景である。

IMG_2428.jpg
IMG_2425.jpg



井戸外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで

HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita
スポンサーサイト
  1. 2017/06/26(月) 20:04:23|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ネパール通信」雨期のネパールへ

「ネパール通信」雨期のネパールへ



6月17日(土)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:70%


はじめに、長い間の無配信をお詫びしたい。
決して体調不良によるものではなく、
日程的に移動の多い日本滞在であったがための無配信であった。

さて、今回の日本滞在の主たる目的は、
長野の古い活動の仲間(A氏)の体調を懸念しての見舞いと情報交換、
「ひえ」の種の入手、さらにはご支援をいただいている「花巻」のみなさんへの
お礼、そして福井の「ネパール会」のみなさんへの活動報告であった。
もちろん、地元岐阜での活動報告や写真展の開催は例年通りに実施してきた。


定例となったJR岐阜駅・ハートフルスクエアーの会場では40人超えるみなさんに来ていただき、
「ネパールの今と今後の活動のあり方」をお伝えする事が出来た事は一安心でもあった。


日本到着後2週間あまりは、報告会の準備作業に追われ、
家族で何回も食べに行った「回転寿司」の「美味いこと安いこと」は、
私の頭から離れないものとなった。やはり、日本は「すばらしい!」を再認識。
動かずに食べてばかりで、体重が約3Kg増えた!
残りの滞在ではよほど注意しないと、5Kgは「あっと」言う間に増えるのは確実な状態である。


考えてみれば、つい最近まで「抗がん剤」での治療をしてきた当方にとっては、
嬉しい悲鳴なのかもしれないと考え、自然体での滞在生活を送ることとして、太る事を考えないようにしてきた。


その結果は予想通り、ネパールへ出発する前日には4Kgほど太っていた。
毎年経験する出国の朝は、早朝の出発となりバンコクでのトランジットが18時間にもなった。


今までは長くて5時間~6時間程度であった。
当日午前11時発バンコク行きに乗るために、
我が家を5時20分ごろ出て岐阜経由セントレアへと向かった。
予定通り午前11時には飛んだ。
ただ、バンコク到着が午後の3時では早すぎる。

次の出発が翌日の午前10時30分ごろである。どうする???


バンコク・カトマンドウ間の搭乗券も翌日便であるがため、

セントレアでは発券出来ず現地で取得しなければならない。
多少安いチケットだったのが原因で、こんなフライトになった事を悔やんだがもう遅い。


バンコクに着いてトランジットチェックを受ける前に、
機内で読んでいた「秋山正太郎」の単行本を忘れた事に気づいて近くの係員にその旨連絡、

約1時間半ほど待たされたが、本が戻ったことが嬉しかった。


トランジットチェックを通過して一晩の宿を何処にするかを決めなくてはと、
空港内のソフアーを探すが、考えてみて止めた。

まだ寝るには早すぎるため夕食をするレストランを探すが、
「めちゃめちゃ高い」韓国のインスタント「辛ラーメン」が600円もするである。唖然!

しかしそれより安い夕食がみあたらないため、仕方なく食べたが「美味くない」のは高額ラーメンのためだろう。

空港3階のCゲート近くにあるソファーベッドを発見し、一晩の宿とした。
このために準備してきた、単行本とMP3の「落語」を子守唄代わりに翌朝5時まで「くつろいだ?」・・・・


搭乗券は2階のカウンターに午前7時に来るように聞いたが、
もっと早くても大丈夫だろうと午前5時カウンターへ行けば、既に受付が居て発券していた。


案内所の「7時に来い」は何だったのか???、これが世界の常識なのであろう。
早く行って正解!


問題はこの後である。カトマンドウ行きのゲートが表示されていないのである。
昨日の案内所へ行ってカトマンドウ行きは何処のゲートか?と聞くと、
直ぐにず~っと向こうの「F1-A」だと答えてくれた。
これが、またまた遠くてCゲートから2Kmほどを歩く事になった。
動く歩道はない!不親切である。

当該のゲートに着くと既に15人ほどのネパール人や外国人?が居て、
掲示板に表示されていなくても、バンコクからの出発なら判るのであろう。
定刻通り、10:30発で予定通りカトマンドウに到着と思いきや、これが1時間近く早く着いた。

こんな事もあるんだ~と認識を新たにした。
バンコクをスルーした荷物が心配であった(私一人の荷物がスルー)が無事到着していたし、一番早く荷物が出てきた。


空港の出口にはラスミが待って居て、ガラスの向こう側で手を振っていた。

添付写真は岐阜での報告会会場前の写真展示の様子と

花巻の「飲み屋さん」で初めて見た「スコップ三味線」の妙技?

IMG_2389203.jpg
IMG_2319.jpg


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。



では次回「ネパール通信」まで



HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/
  1. 2017/06/17(土) 14:42:14|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ネパール通信」ネパール人のプライドはエベレスト級

「ネパール通信」ネパール人のプライドはエベレスト級


5月15日(月)天気:曇り 気温:23℃ 湿度:50%


明日の選挙を控え、静まり返った今期最後のネパールからの通信である。
今回はちょっと思考を変えて、ネパール人と付き合うまたは一緒に生活する上で、
必ず「ぶち当たる」彼らのプライドについて触れてみたい。
ここでは男女を問わず非常に高いプライドで生活している民族であり、自分が中心の生活である。


例えば、銀杏旅館のあるサンガ村では常時応急処置の薬を持っている当方は、
村の「藪医者」代わりに考えていて、近所の奥さんが皮膚病(たむし)のようなもので
「痒くて」たまらないから薬を持っていたら処置をして欲しい旨の連絡があり、
皮膚病の万能薬を持って家に入ると、奥さんと旦那さんが家の真ん中に座って待っていた。

薄暗く、患部が良く見えないためヘッドランプで照らしながら
彼女が指差している場所(首筋あたり)を良く見てみようと、肩に手を置いて頭を押した形になったその時、
「ドンタッチ」とかなり大きな声で叫んだ。
当方も「びっくり」して、思わず手を離した事がある。
軟膏を「綿棒に付けて」渡して自分で塗るように言い渡して逃げるように帰って来たが、どうにも腹の虫がおさまらない。
これは、男性が女性に触るのは夫婦間だけで、
他人が見ている前で触れる事はタブーとされているからであるが、
「ではどうして患部を見ればいいのだ!」となるが、特に旦那さんが見ている前でだった事が
彼女に「ドンタッチ」と言わせたらしいとは、後からミナが教えてくれた。



また、以前カトマンドウのあるレストランでの出来事である。
日本人の白いひげを生やされた初老の男性と、
いかにもネパールの役人風の男性がお酒を飲みながらはなしているのが聞こえた。
内容はネパールの「新年からカトマンドウ市内では無闇に警笛を鳴らしてはいけない、
鳴らせば罰金刑が待っている」と言うのであるが、これは当方も知っていた。
しかし、日本人の男性は「これはなかなか守れないでしょう!」と息巻いておられたので、
当方が「いやいや違います。この条例は必ず守られますよ」なぜなら、罰金刑があるからです。
そこで、ネパールの男性が「罰金刑があるから守るのか!」と言って憤慨していました。
私は「そうですよ、ネパールばかりでなく何処の国でも罰金刑が大きな抑止力になっているのです。」


すると、ネパール人はさらに怒りを露にして、
「日本人でも悪い交通ルール違反者はたくさん居る」と言ってさらに食って掛かって来た。
これ以上この人たちに関わったら大変と、「ごめんなさい!」と謝り、店を後にした。
考えてみれば当方が謝るのは変でもあったが、あの場から立ち去るためにはそれしか思いつかなかったのも事実であった。
ネパール人のプライドは「つまらない」ところで威力を発揮するものだと感じた場面でもあった。


添付写真は天気のいい時に撮影したヒマラヤとサンライズである。

IMG_2204_20170516070952de8.jpg
IMG_2202.jpg


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


では次回「ネパール通信」まで

HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita
  1. 2017/05/16(火) 07:10:48|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ネパール通信」2016年から17年の活動総括

「ネパール通信」2016年から17年の活動総括



5月6日(土)天気:曇り 気温:28℃ 湿度:33%

この通信が今年度ネパールからの最後になる。



今回は、5月の帰国に先立ちこの10ヶ月あまりの活動の総括をしたい。



昨年8月にネパール入りしてから、はじめに手がけたのはラムチェ村の子供たちの支援活動である。
27人の児童は日本に帰国する前に決めておいたため、容易に活動が進められた。


14年前に活動を始めた最初の村であった事もあり、村人からの協力で
活動の優先順位も楽に決定できた事は幸いあった。
当時の校長も健在で小学校の先生をやっていて、「お互いに良い年をとった」事と再会を喜んだ。
「もう何処へも行かないで欲しい」との要請に、
「これだけの被災状況では此処だけでもやりきれない」と伝えた。


中でも、多くの日本の支援団体を「ラムチェ村」へ案内出来たことは、
コテージでの生活を「貧しいながらも快適に」暮らすためには不可欠であった。
毎年決まって来てくださる多くの支援団体には、いくら感謝しても仕切れない。

さらに、個人的な支援の方も居て、「聾唖」に近い子供の教育支援を申し出てくださり、
年間2ヶ月間ほど共に生活支援をして下さっている方(若き女子学生)にも頭の下がる思いである。
ラムチェ村でのモデルハウス建設では、多くのみなさんのご支援により
「ほぼ完成」が近く、多くの村人にも見てもらい、
政府の推奨される「掲示板」に描かれたモデルハウスよりも「頑丈」なものが出来上がっている。


震災の現場でもある、ラムチェ村への支援を兼ねた「学び」の目的で、
多くの学生さんたちにもきていただけた事は、これからの復興をより早くする原動力となることは間違いない。
今後、多くの支援団体のみなさんに使っていただき、ラムチェ村の支援の「拠点」となるべく努めたい。



一方、今月行われる選挙では、今までの中央集権的な政治から、
地方への権限移行を含めた選挙となり、地方が力を持つ時代になる。
昨年作った「新憲法」の施行も、この選挙終了後実施されるのである。

多くの「新しい政策制度」が一挙に実施されることになるが、
前倒しで多くの規制も実施されて来て、先進国なみの制度に近づく準備がなされている。


例えば、カトマンドウ市内では無闇に警笛を鳴らしてはいけない。(罰金)
や歩行者の道路の横断は「横断歩道」以外禁止。(罰金)などなど。
考えてみれば至極当然の制度であるが、山奥の村人には???な制度で、
「おのぼりさん」などには、全く分からない制度でもある。


しかし、少しづつ改革が進んで居る事は良い事であろう。
今年度の活動全般に対して、「良」の評価をしている。
自分自身の評価である。


これから、大きく変わろうとしているネパールでの支援活動も、
必然的に新しい形の支援活動が必要になることは否めない。

しかし、私の考え方が間違っているとは思わない。


添付写真は活動現場でのいろいろである。

IMG_2304.jpg
IMG_2302.jpg
IMG_2298.jpg
IMG_2192_20170506115353239.jpg
IMG_2189.jpg
IMG_2175.jpg
IMG_2174.jpg
IMG_2173.jpg
IMG_2130_20170506115346063.jpg


井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


では次回「ネパール通信」まで



HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/

Ichyo Group Sujita
  1. 2017/05/06(土) 11:56:48|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」

「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」


4月23日(日)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:50%



はじめに、フィールドに出ていて原稿を作る事が出来なかったために、
通信の配信期日に間に合わなかった事をお詫びしたい。


今回は、昨今の支援活動のあり方について触れてみたい。

ネパールでの支援活動は2年前の地震以降、「若者の形に囚われない」活動が目立って多くなってきている。
演奏会・支援物資の支給・教育関係、
ここネパールでは無い音楽・運動・絵画やゲームなどなど、見ていても楽しくなる活動である。
昔、阪神淡路の震災復興時にもあった「ルミナリエ」のような捉え方であろう。


ある学校からは、多くの日本人に来て貰っているので
「日本語」を勉強出来る機会を設けて欲しい旨依頼される事もある。
もちろん、今まで通りの世界各国からのボランティア団体や個人も居るが、これは震災前の活動に留まっている。
ボランティアはする側の「勝手」と言う言葉を思い出すが、正にその通りで「自己満足」の何者でもない。
する側にとっての被災者は、する側の「自己満足」を満たす「壊れた積み木」のようなものである。

この「壊れた積み木」はネパールの災害地域や貧困家庭であり、
それに物を与えたり、壊れたものを再建したりする「ボランティアをする側」からすれば、正に「美味しいお菓子」になるのである。


しかし、何かが違う。
「される側」の被災者や貧困家庭は同じでも、ボランティアをする方に違いがある。
そこには、単に「やってあげた」と言う満足感だけを求めるやり方と、
「勉強をさせていただいた」と言う「感謝と学び」の活動との違いである。


当方の考え方は、特に若き日本の青年女子には後者の活動から「切磋琢磨」を見出して欲しいものである。

そこから生まれる「させていただいた」活動こそ生きる原動力となるのである。
この原動力は一生の大きなエネルギーとなり、人生をより豊かにしてくれるから嬉しい。
一人でも多くに方々にこの「させていただく」活動を体験していただきたいものである。


中には、「お金をあげる」寄付や恵む行為が「ボランティア」だと考えている方々もいる。

これは巡礼や托鉢のお坊さんに「恵む」行為と全く同じ事であり、「あげれば終わり」であるが、「ボランティア」は違う。
これは、ある程度身体も知恵もお金も使ってやる「復興支援や復旧支援」
さらには「継続的な生活改善支援」などさまざまであるが、いづれも「させていただく」形である。

多くの若者には、この作り出すボランティア活動に参加していただき、「人間形成」に役立てていただきたいものである。



添付写真は「とうもろこし」に肥やしを蒔くミナとお父さん・肥料を蒔いてから2週間後の「とうもろこし」
・4人乗りのバイク・バネパの野菜市場である。


IMG_2234_20170423110303e63.jpg


IMG_2260.jpg


IMG_2265_20170423110308b54.jpg

IMG_2258.jpg

IMG_2255.jpg



井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


では次回「ネパール通信」まで

HPのご案内

http://gifu-nepal.jimdo.com/


Ichyo Group Sujita
  1. 2017/04/23(日) 11:09:04|
  2. ネパール通信
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ネパール通信 (316)
管理人よりお知らせ (6)

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード