ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」雨期のラムチェ村で「日本語教育」

「ネパール通信」雨期のラムチェ村で「日本語教育」

8月16日(水)天気:雨 気温:27℃ 湿度:60%


はじめに、約1週間ほど遅配した事をお詫びしたい。

今回は、8月1日から5日までの間、日本の教師による復興
最中のスリーサルソティー中学校での「日本語教育」についてお伝えしたい。

7月31日のTGで来られた、(おなご先生)「Eさん」には、
事前にお願いしていた村の小学校での日本語教師の件は、
災害復興支援でラムチェ村を訪問される日本人が多い事から
校長先生から直接依頼されていた結果である。
本当にタイミングの良い出会いであったと、神様に感謝感謝であった。

1日の早朝7時に銀杏旅館を出発し、バネパまではローカルバスで移動。
バネパに着いて直ぐに、バラビシ行きのバスに乗り換え一路バラビシへ!
途中、復興中のシンドパルチョークの家家を観ながら3時間の道のりである。

トイレを心配しながらの3時間であったが、
途中でサモサなどを買い込んでバスに揺られながら食事をしたが、
何の問題も無くバラビシに到着。
昼食の「焼きそば」を何時ものレストランで食べながら
ラムチェ村まで行くジープとパトネちゃんを待っていた。
彼は、モデルハウスの機材である鉄パイプなど、
屋上の屋根を作る材料を購入してきて約1時間ほど待たされたが準備完了。

いざラムチェ村へ出発!12時半ごろであった。
初めてジープに乗ったEさんは、必死に車に摑まっていたが
「力を入れてる」と疲れると伝え、
揺れるに任せるよう「ジープの乗り方」を話した。
このジープでモデルハウスの前までジープで乗り入れる事ができた。
モデルハウスの入り口へは、道路から2mほど下りなければならず、
斜面を僅かに削ったステップを頼りに下った。

4つの部屋のうちの、一部屋を使って今回の宿泊場所とした。
ここでの食事は、すべてパトネちゃんのお嫁さんであるウルミラちゃんの料理である。
翌朝10時ごろ、ゆっくりと学校に向かい職員室?に入り校長先生と
英語で「何年生のクラスから始めるのか」を確認。
7年生から40分づつ始める事になった。

最初は自己紹介からはじめ、生徒全員の自己紹介が終わってから、
いよいよ本来の勉強がはじまった。
やはり、本物の先生である。
この学校での活動報告にについては、後日の「Eーおなご先生」にお任せしたい。
子供の扱いや、教え方が私とは大きく違う。(これは当たり前だが・・)
丁寧な教え方に関心していたが、
自分の小学校のころを思い出そうとしたが無理な事であった。
それも当然、勉強をした記憶がほとんど無く「遊んだ」事は良く覚えているのである。

何せ、親から「勉強をしなさい」と言われた記憶が全く無く
家で教科書を開いた記憶も無い私だから・・・

そんな私が、今やっている仕事は「子供に勉強をして欲しい」
と親に子供にお願いして村の家々を回るのである。
これは、神様の私に対する「お仕置き」であろう。
さて、こうして学校での教師活動を3日間実施した「E-おなご先生」はやはりプロである。

学校が終了しても、宿舎(モデルハウス)まで遊びに来る子供たちと
夕食時刻まで「折り紙やピヤニカ・リコーダーなどで遊び、
子供たちもしっかり遊んでくれる「E-おなご先生」にべったりの3日間であった。
E-おなご先生には、日本とは違う子供の対応にもめげず、
よくがんばってくれたと感謝するばかりである。
早ければ、次回通信にはE-おなご先生のレポートを配信できるかもしれない。


添付写真は教室内でのスナップである。

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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


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  1. 2017/08/16(水) 10:42:51|
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「ネパール通信」雨期のネパールで「色・即是・空」


「ネパール通信」雨期のネパールで「色・即是・空」

7月26日(水)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:70%


今回は、雨期のネパールの状態をお伝えして「人の生き方を考え」
現在の日本のおかれている国内外の情勢をも見つめ直してみたい。

最近、2週間ほど前から夜明け前の2時間ほどは「雲の中」で、
何も見えない状態が続いている。
時折、雲の切れ間から顔を出す「ヒマラヤ」は、毎日違う
ヒマラヤを見せてくれるから嬉しい。

さて、本題に入ろう。
先般の「雲上の田植え」は無事終了し、急な傾斜の段々畑は
「緑一面の田んぼ」が「命のはじまり」のような感じさえする景色である。
一方、今年はじめから空転している「日本の国会」は結果
「何も生まない」空論だけで終始して、
国民を愚弄したマスコミへの批判だけが残った感がある。

今回の騒動で残ったものは「空しさ」だけであった。
表面に出て来たのは、役人たちの「天下り既得権」争いと、
それを打ち破ろうとする政府の図式である。
野党もメディアもお粗末な結果をさらけ出し、
益々有権者を国政から遠ざけている。

そんな、国内論争をよそに北朝鮮では
「何時でも核を打ち込むぞ!」と言わんばかりの威圧を続けている。

日本は拉致された方々の問題もあり、
必死に対応しなければならない状況にも関わらず
「森そば・掛けそば」論議で終始。

拉致された方々も「現在の憲法」では奪還出来ない事は
多くのみなさんがご存知のはずである。
日本国として一番必要な国民を守る事の出来ないような
日本にはなって欲しくない。

世間では今回の憲法改正は「戦争憲法」とか「天皇不要論」
まで出てきているが、その日本は正に言論の自由な国であり、
この国家は世界でも類を見ない
「一番古くから地球上に存在」する国なのである。

紀元節を思い起こしていただきたい。
私の小学校のころには、勉強の出来なかった私でも
「筆箱」には鉛筆を削るナイフが入っていた。
(今のような鉛筆削りは無かった時代である)
母親に鉛筆の削り方を教えてもらい、小さいころからナイフの
使い方を覚えたものであった。
指先を何度も切って、その痛みを覚えた。
だからナイフは如何に使うかを知っていた。
だが、今は危険だからとそれをしない。
子供に教えないのである。
重要なのはナイフ?(武器)の使い方であって、それを取り上げる事ではない。
取り上げたナイフ?の使い方を、永久に理解されないまま
大人になった子供たちがいっぱい存在するのが、現在の日本である。

抑止力を有効にするための、諸策や法的整備一日も早くを実施し
拉致被害者の奪還や北からの脅威に備えるべきであろう。
彼ら被害者も、もう高齢になってきている。

雲が切れていくに従って、緑の景色が視界に広がっていく姿は
「万華鏡」のような錯覚さえ覚える。
表題の「色・即是・空」は、そんな国の動きには
全く関係が無いような言葉ではあるが、人間の愚かさを「嘲笑って」いるようである。
添付写真は霧の薄れて行くサンガの景色とカトマンドウの市場である。
井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。

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  1. 2017/07/27(木) 00:24:12|
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ネパール通信「雲上の田植風景」

「ネパール通信」雲上の「田植え」風景

7月16日(日)天気:曇り 気温:31℃ 湿度:42%

はじめに、先般の九州地方における豪雨災害で被災された皆様に対し、
心から哀悼の意をお伝えするとともに、現在も避難され不便な
生活を余儀なくされている皆様にお見舞いを申し上げます。


今回は、今月はじめに行って来たラムチェ村での完成間近な
モデルハウスと「田植え」について報告したい。

7月2日に銀杏旅館を出発して、正午にはバラビシに到着。
お茶を飲むのもそこそこに、雨の合間にラムチェ村に急ぐ。

車道が壊れない内にと、心が先にと焦るのが分かる。

今回はコミュニティーセンター用の椅子や(はそり:なべの
大きなもの)食器るいなどを運んだため、重量があり登りが
心配されたので急いだが、通常であればゆっくりでも心配ない。


途中、スンコシ川に取り残された家が傾き出していて、多分
倒れるのではと懸念されるが、どうしようもない。

聞けば、この家の持ち主はシンドパルチョークの中でも1番か
2番目にお金持ちの家だそうであり、この家が崩壊しても他に
何軒もの家を持っているそうである。


今日、朝はモデルハウスの建設状況を調査するため、現地まで出かける。

まだ、完成には時間が必要(約1ヶ月)と感じた。

屋上は柱が出来ていて、それに鉄パイプで屋根の形を作り柱の
鉄筋に溶接して屋根のトタン板を張れば完成。

しかし、地階の2部屋から水が染み出して壁が湿っていた。
これは、部屋の壁が直接土に触れているためであり、空間を設けた
二重に壁を作る必要がある。(現在の銀杏旅館が土に触れる所は、
二重に作ってある)

工事費用の事もあり、後日の検討課題であるが
急がねばシーズンに間に合わない事になる。

さて、田植えの準備はと言うと「進んでいるのか否か」全く分からない。

と言うのも、そもそもその手順なるものを知らない当方では分かるはずもない。

明日田植えをすると言う畑には、「とうもろこし」を収穫して、
地面から20Cmもの「とうもろこし」の切り株が出ている状態で、
どうして田植えが出来るか?

4日朝6時ごろコテージの中が騒がしくなったので目が覚めると、

4~5人の村人(男性)が来ていてお茶を飲み始めていた。

しばらくすると、男性たちが水を張った「とうもろこし」の切り株のある田んぼ?
に牛を4頭連れて集まり、切り株のある田んぼを
「土お越し」に掛かった。

何度かこれを繰り返す度に、切り株は見えなくなり土が
日本の田んぼのような状態に近いものになって来た。

まだまだ、土の塊がゴロゴロしているがこれさえ無くなれば「田植え」
が出来そうな感じである。(素人目)

かれこれ2時間近く「田んぼのあぜ道」に立って見ていたが、
子供が私にと「ムラ」(竹で編んだ椅子)と「こうもり傘」を持ってきてくれて、
これに座れと(ボスノス)言って置いていってくれた。

確かに帽子を着用していても日差しは強く暑い。

また、今は梅雨でいつ何時雨が降ってくるのか心配でもある。

そんな中での「こうもり傘」は非常にありがたい、(ダンネバード)
と言って椅子を使わせてもらった。

これは、ミナのお父さんが私に使わせるために持って来てもらった
ものある事が後ほど分かった。

こうして、「田植え観覧席」が出来上がり、じっくりと観察することが出来た。

「とうもろこしの切り株」毎、(水を張った田んぼの)田お越しをして、
数回繰り返すと今度はT字型の道具の出番で、そのT字型の上に
人が乗り田んぼを走り回るのである。よく見るとそのT字型の

裏側には10Cmほどの歯が数本付いていて、
それが土の塊を無くして行くのであった。

この作業をやっている時には、田んぼの「あぜ作り」も同時に行い、
田んぼの中では4頭の牛が走り回り、周りを「あぜ作り」の人も
居たりと、結構賑やかな「田んぼ作り」である。

1時間ほど4頭の牛が走り回ったころ、
アシス君がコテージ近くで作ってあった「苗」を「コド」(背中に背負う竹で編んだ籠)に入れて
「田んぼ」に運んできて、「苗」に土が付いているのを水で洗い流し
ては「田んぼ」の投げ込んでいった。

「田んぼ」では8人あまりの女性が一列になって手にした「苗」を
植えていく作業がはじまり、誰からとも無く「歌声」が聞こえてきて、
だんだん大きくなって来た。

途中から男性も混じって歌い始め、「田植えの歌声」が途切れること
なくつづく風景は「人を和ませて」くれるものだと、つくづく感じた
のも「この田植え」であった。

夕方5時半ごろには今日の「田植え」は終え、
道具や牛を洗ってコテージへと戻ってきた。

コテージではミナのお母さんとスンダル君のお嫁さん(ウルミラさん)

が地酒であるロキシー(蒸留酒)とチャン(発酵酒)さらに、「つまみ」
を準備して待ちうけ、狭いコテージは田植えを終えた村人で満員になった。

そんな狭いコテージの中を「素足で走り回る竜馬」が居る。
子供も大人も入り混じっているが、誰もが子守をしてくれるため、
竜馬(パトネの息子)も「張り切って」遊んでいる。

ここで面白いのが、男性が少ないことである。

なぜなら、男性は牛を扱う仕事だけで、後の仕事は全て女性の仕事だけである。

だから女性は強い!

男性が5人と女性が10人ほどだが、男性5人の内3人はミナの身内で外部
の助っ人は2人のみ、だから絶対数としても女性が多いため男性は隅に追い
やられ、「ちびちび」とロキシーを飲んでいるが女性は「ガンガン」飲む。

歌に話に圧倒されたような男性陣であった。
最後まで女性指導の宴会が続いたが、三々五々引き上げる村人をよそに宴も
終盤になったころ、最初から話していた二人の女性だけが残った。お父さんが
「そろそろ終わろうか?」とは言えないのがネパールの習慣で、
気の済むまで飲みまくるのが通常。

全てが終わったのは午後8時、
早朝から本当にご苦労様の「田植えの一日」であった。

添付写真は昔懐かしい「田植え風景」の数々と「倒れ掛かった家」いえである。

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  1. 2017/07/16(日) 19:21:17|
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「ネパール通信」命を「いただだきます」


「ネパール通信」命を「いただだきます」



7月6日(木)天気:曇り時々雨 気温:24℃ 湿度:60%




今回は毎日の雨と雲の中で思っている事を、少しでも理解していただけたらと考えお伝えしたい。
昨日の朝「ギャーギャー」と言う泣き声に目が覚める。
銀杏旅館の下にある「ぶた小屋」の前で、「解体作業」が行われていたのである。
3頭の「ぶた」の内ブチの毛並みの「ぶた」が大人の男性4人に押さえられ、
一人が大きな「ククリ:ネパールのナタ」で「ぶた」の喉を切って血液を大きなバケツに入れているのである。
(これは後から腸に入れてソーセージとなる)
血液がバケツに一杯になるころ、再びククリで頭を切り落とすのである。
それでも「ぶた」は「ギャーギャー」と叫んでいるが、次第に声が小さくなって行くのが分かる。
こんな作業が、私の寝ている「物置の部屋」の直ぐ下で早朝6時ごろから行われているのである。
(写真は撮ってあるが配信はご勘弁願いたい。)


窓から覗けば作業を上から見る事になり、作業の進捗状況が一目で分かる。
この作業から約2時間後には、「ぶた」の各部位ごとに分けられ、ほぼ均等に
その部位が30等分に分けられる。
ただし、小さな部位つまり内臓は肉のオーナーが持って行く事になる。
一袋2.5Kで500ルピーである。
冷蔵庫の無い各家々では、直ぐに調理(火を入れる)保存出来るようにするのが常である。
特に「脂身」はサイコロに切ってフライパンで炒めて塩味だけで
「おやつ」代わりに食べるのが普通である。(結構美味い)



まだ、二匹の「ぶた」が居るが、何時まで生きていられるかは全く分からない。
しかし、その「ぶた」は毎日一生懸命「食事」に余念が無いのが
「悲しい」と思うのは、その「ぶた」を食べる人間だけであろう。
野菜も果実も根菜も、然りである。
人が「食べ物」としている物は全て「命」なのである。


そろそろ本格的な雨期に入るが、これが次の「命」を育む季節となるのである。


もう一つ、我が家銀杏旅館に「珍客」が住みつき「糞」を落としている。
「つばめ」である。
ここネパールでは野鳥も人を恐れない。
すずめやもずと言った野鳥もテーブルの上に置いてある食事や果物を、
人の居ない時を見計らって食べにくる。

食べ残しであれば、そのままにしておくが、これから食べる食事などは困る。

ここネパールの選挙結果は、まだまだ先にならないと出ない。
なぜなら、山奥の投票用紙を運び出すのに時間がかかり、
集計に時間がかかりと、日本のような具合には結果は出ない。


一方、日本の都議選はというと一部の過激派の指導による
安倍政権の団体による抗議活動が激しさを増し、投票結果への影響が懸念される。
たかが地方選挙、なれど国政と同じくらいの力の入れようである。


イギリスのEU離脱選挙などに見る、有権者の「遊び心の投票結果」が
国を大きく方向転換させている現実を見てきてるではないか。



マスコミ誘導の情報操作による選挙結果は過去のもので、
今は各個人の判断が優先される時代になったのである。
日本の場合にはこんな馬鹿げた選挙はしないと確信するが、
現実、世論に曲げられる政府指針を隣の国で見てきているので、多少は心配もある。

それだけに「遊び心の投票」で私一人くらい自分の思いと違う投票をしても
と考える「愚かな」行動はしないことであろう。

もし、自分に候補者が理解できなければ「白紙投票」でもいいではないか。

棄権するより「自分の意思」がそこにあるから・・・
自分の国なのである。


一方、活動現場での報告であるが、今は農繁期で学校は休み

「子供たちも田植えや子守」など多くの仕事が待っている。



7月2日にラムチェ村の田植えの様子とモデルハウスの進捗状況の確認のためラムチェ村へと出発した。
田植えの様子は次回詳細に報告するとして、早朝から夕方までの1日で
「とうもろこし」の刈り取られた畑が「立派な田んぼ」になり、1日中その作業を見学させていただいた。


7月5日の朝6時にラムチェ村を出て徒歩で45分の下りは、快適な山歩きであった。
途中、ところどころ道が変わっていて、回りの住民に聞きながら下ってきた。


添付写真は田植えの様子と雨期のヒマラヤと一頭少なくなった「ぶた小屋」で、青いドラム缶の横で解体作業が行われた。

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井戸の外からとネパールの習慣は当面割愛させていただきたい。


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  1. 2017/07/07(金) 00:05:29|
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「ネパール通信」「ほたる」の季節・・・

「ネパール通信」「ほたる」の季節・・・



6月26日(月)天気:曇り 気温:24℃ 湿度:62%


今回は、一斉に「湧き出した蛍」の乱舞の季節の楽しさや
困難をお伝えして雨期での暮らしぶりを知っていただきたい。


この時期、移動には必ず傘が必要になり、もし忘れたりすると必ず「雨宿り」をする事になる。
傘を持ってても「雨宿り」はする、なぜなら小さな傘では足元が「ずぶずぶ」になるため、
小雨になるまでの「雨宿り」である。


今年はこの時期に選挙が実施されていて、ネパールの東側半分では既に終わったが、
西側半分が住民のストライキで延期となっていたため、
今月末に再度設定されて実施の運びとなっているのである。


このストライキの原因は「議員定数」の問題でこのタライ地方の定数が少ないとの
抗議デモなのであるが、有権者数も不確定なこの地域では選挙の度に同じ抗議活動が実施され、
かなり危険なデモも実施されている。
抗議活動が実施されると、カトマンドウや多くの地域への燃料(プロパン・ガソリン)の供給が止まり、
安定した生活が出来なくなる。

つまり、道路封鎖が実施されるため燃料の運搬ができないのである。
何とか収まってくれればいいのだが・・・


さて、我が家「銀杏旅館」では9割ほど進んだ改修工事の様子をお伝えする。


ここでお伝えしておきたいのは、現在改修工事を行っているのは、
以前私が寝泊りしていた場所が地震で崩れて政府の役人から「使用禁止」
の張り紙を貼られたための改修工事で、決して新たに作っている訳ではない。



そのため、私の今の部屋は「物置」で生活している始末である。
そんな部屋も大きな骨組みは完成し、残るはお内装や備品の搬入であるが、
これがちょっと変わっていて面白いのでご紹介する。




以前にも少しは記載したが、例えばテーブルや椅子などは初めに大工さんとどんな
デザインの物を何処へ置くのかを決め、サイズや形と材質を決定してから材料を購入し、
その間取りに合った寸法のテーブルや椅子ができるのであるが全て現場での作業なのである。



出来合いを持って来る事はない。(この方が数が多い場合は安い)
従って、サイズも間取りに合った物が出来ると言うわけである。


中には「へたくそ」な大工も居て、通常の3倍もの時間が掛かっていながら
まともな製品が出来なかったりしたが、そんな大工は即刻「くび」にしないと、家が出来ない。



この時期は毎日のように「雨」が降る。
しかし、仕事は室内の仕事ばかりで何の支障もないが、
働く人が銀杏旅館まで上がって来るのが問題になるが、
彼らは雨ぐらいでは何の問題も無く急な坂道を上がってくるからありがたい。
傘も持たずに「雨に濡れて」も平気で普段と変わりなく歩く姿は
昔の日本のような「春雨じゃ~濡れていこう」のようである。



こうした作業者は数多く居るが、「質」の問題である。
全ては「出来高払い」であるが、期間は目安だけで確定ではないのが、ここのルールでもある。
それほど、期日に「こだわる」仕事はネパールには殆どない。
反対に期限に「こだわる」と自分だけが「空回り」することとなり、
無駄なエネルギーを費やす事となる。
あげくに、「こんな国いやだ~」となる外国人が多いのもこのあたりが、原因なのである。
こんな雨期でも雨の合間には「ヒマラヤ」が顔を出すから嬉しい。
これを書いてる時にも、刻々と変わる雲の様子を見ていると白い山々が見える。


さらに、この時期にはマンゴーの季節でもある。
まだまだ安くは無いが200ルピーも出せば1Kgで100ルピーで買えるから嬉しい。


この雨の最中に「田植え」が真っ盛り。
その田植えが兎に角「楽しそう」なのである。
女性が一列になり、「田植え歌?」のような歌を唄いながら植えていくのである。
男性は苗を準備したり、子守をしたりとこれも忙しそうに立ち回っている。
この歌のハーモニーがまたいい、暫くは聞いている。

夜ともなれば「ほたる」の乱舞が見られる、そんな季節である。



添付写真はそんなマンゴーと新銀杏旅館の全景である。

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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