ネパール通信

ネパールでのボランティア活動報告を通して、生きた現地情報をお伝えします。

「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」

「ネパール通信」作り出す支援活動から「学ぶ」


4月23日(日)天気:曇り 気温:22℃ 湿度:50%



はじめに、フィールドに出ていて原稿を作る事が出来なかったために、
通信の配信期日に間に合わなかった事をお詫びしたい。


今回は、昨今の支援活動のあり方について触れてみたい。

ネパールでの支援活動は2年前の地震以降、「若者の形に囚われない」活動が目立って多くなってきている。
演奏会・支援物資の支給・教育関係、
ここネパールでは無い音楽・運動・絵画やゲームなどなど、見ていても楽しくなる活動である。
昔、阪神淡路の震災復興時にもあった「ルミナリエ」のような捉え方であろう。


ある学校からは、多くの日本人に来て貰っているので
「日本語」を勉強出来る機会を設けて欲しい旨依頼される事もある。
もちろん、今まで通りの世界各国からのボランティア団体や個人も居るが、これは震災前の活動に留まっている。
ボランティアはする側の「勝手」と言う言葉を思い出すが、正にその通りで「自己満足」の何者でもない。
する側にとっての被災者は、する側の「自己満足」を満たす「壊れた積み木」のようなものである。

この「壊れた積み木」はネパールの災害地域や貧困家庭であり、
それに物を与えたり、壊れたものを再建したりする「ボランティアをする側」からすれば、正に「美味しいお菓子」になるのである。


しかし、何かが違う。
「される側」の被災者や貧困家庭は同じでも、ボランティアをする方に違いがある。
そこには、単に「やってあげた」と言う満足感だけを求めるやり方と、
「勉強をさせていただいた」と言う「感謝と学び」の活動との違いである。


当方の考え方は、特に若き日本の青年女子には後者の活動から「切磋琢磨」を見出して欲しいものである。

そこから生まれる「させていただいた」活動こそ生きる原動力となるのである。
この原動力は一生の大きなエネルギーとなり、人生をより豊かにしてくれるから嬉しい。
一人でも多くに方々にこの「させていただく」活動を体験していただきたいものである。


中には、「お金をあげる」寄付や恵む行為が「ボランティア」だと考えている方々もいる。

これは巡礼や托鉢のお坊さんに「恵む」行為と全く同じ事であり、「あげれば終わり」であるが、「ボランティア」は違う。
これは、ある程度身体も知恵もお金も使ってやる「復興支援や復旧支援」
さらには「継続的な生活改善支援」などさまざまであるが、いづれも「させていただく」形である。

多くの若者には、この作り出すボランティア活動に参加していただき、「人間形成」に役立てていただきたいものである。



添付写真は「とうもろこし」に肥やしを蒔くミナとお父さん・肥料を蒔いてから2週間後の「とうもろこし」
・4人乗りのバイク・バネパの野菜市場である。


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  1. 2017/04/23(日) 11:09:04|
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「ネパール通信」生きざまと逝きざま・・・

「ネパール通信」生きざまと逝きざま・・・



4月7日(金)天気:曇り 気温:16℃ 湿度:60%



最近、天候の不順とでも言おうか曇りや雨の日が多く、中には「ひょう」も降る始末。
一体この地球の気候は、どうなっているのだろうか?
一部で囁かれている「氷河期」の到来が近づいているのだろうか?

かつて、ここネパールでもこの季節にこんな天候はない。


天候ばかりではない、世界の力のバランス、経済のバランスが大きく崩れ始めている昨今、
何時何処で戦争が勃発しても可笑しくない状況である。
テロなどは毎日のように起きている。


さて今回は、生まれて現在までの各自の「生きざま」と人生最後の「逝きざま」について触れてみたい。


これは誰しも体験して考えて生きて来た事を考えれば、
今までの生き方の集大成が今現在の自分である事は明白であろう。

その一番最後に「逝きざま」があるが、本人の意思に反する「逝きざま」と
本人の意思どおりの「逝きざま」なのかは、本人の日常における生活の中に
「如何に逝くか」を考える事があるか否かに掛かっている部分が多い。

ただ、本人が満足出来るかどうかは別である。


例えば、「まるで予知出来ない交通事故」の場合にでも、
「昨日までの生きざま」が自分にとって満足できたものかどうかに、掛かっていると考える。
とすれば、毎日が「期末試験?」と考え「生きる事」こそ、
「自分にとって満足」出来た「生きざま」であれば「それが100点満天の逝きざま」となる。
ただそれだけ。


従って、周り特に家族に迷惑を掛けず「自分に嘘をつかない」、
つまり、自分に正直に生き居る事こそ「安心して逝く事が出来る生きざま」なのではないだろうか。
自分の周囲に対しても同様で、本音の付き合いをしていれば、何時までもよりよい人間関係が継続出来る。

この点、当方は結構廻りに迷惑を掛けているのため、心苦しい限りである。



さて、そんな考えで生きる人生は周りの方々の協力が無くては成し得ない事は確かである。


一方、銀杏旅館の改修工事はと言うと「遅々として進まない」状況である。

その事情については、先の通信でお伝えした通りで「働く人」の質が悪く、なかなか進まない。


また、ミナの兄弟たちの動きはと言うと結構働くのであるが、「お使い」に行っても「お釣り」が返って来ない場合が多い。
一番下の弟であるアシスに於いても同様で、彼には電気関係の仕事をやってもらっているが、
これが結構値段が高い品物を購入するため「本当にその値段?」と疑いたくなる場合もあり、
領収書を持ってくるがこれも店に言って「余分に記載」してもらっているのではと考える場合もある。


先般、そのアシス君が「歯の矯正」をやっていたので、幾ら掛かったのか?と聞いたら
「5000ルピーです」と答えたので、そんなに安いのかと愕いた。
しかし、後からミナに聞くと「そんな値段では出来ない、
2~3万ルピーはする」との事で「何処からお金を工面したのか?」分からない。

また、毎日の「おかず」でもラスミから言われるままにお金を出していたが、
彼らには借金をする事に何の抵抗も無く借りてくる。
後から「お父さんが払う」からとの気持ちが借金を容易にさせているのだろうか?
年々、子供も大きくなり考えも変化してくるため、それに伴って問題も変化してくる。



だったら、借金を何としても「止めさせなければ」銀杏旅館の必要経費は正に「ざる」状態になると思案に明け暮れる日々が続く。

毎日がこんな生活状態の中で、一人で「もがき抵抗」しているのである。
また愚痴が出てしまったが、お許し願いたい。
活動でも、生活でもネパールにおける人間関係でも、日本とは大きくかけ離れた常識であるだけに、
「自分の試練」と受け止めざるを得ないが、結構苦しい。


ラムチェ村のモデルハウスの進捗状況はゆっくりではあるが、進んでいて、
残るのは窓やドアと言った部分と屋上の屋根の設置のみとなった。




添付写真はアッサンバザールの敷石の改修風景、先月のホーリー祭りと久しぶりのヒマラヤ、そしてモデルハウスである。

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  1. 2017/04/07(金) 22:10:44|
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「ネパール通信」3月のラムチェで「土」調査


「ネパール通信」3月のラムチェで「土」調査



3月28日(火)天気:曇り 気温18℃ 湿度:68%



今回はラムチェ村での「日本の鶏糞による土改良」について報告したい。

3月26日早朝(7:30)サンガのバス停で佐々木さん(鶏糞提供者)と
ネパール政府の若き役人のギネスさんをジープでピックアップして、一路バラビシへ出発。

今回は日本からのゲストお二人も同行しての「調査」となった。
日本から送っていただいた、中学生用の「ブラウス」を持ってのラムチェ村訪問となった。

途中、何時もの「朝食場所」であるネパールのローカルレストランで魚のフライとダルバートを食べて休憩し、
11時ごろ再度ラムチェ村に向けて出発。

バラビシで今日の夕食と明日の朝食用食材を購入し再び出発。

ここからは、例によって車の中の人は「芋を洗うような」物凄い「ゆれ」の道を約1時間登り、
やっと学校の見えるところまで辿り着いた。

しかし、何かおかしい・・・

学校の付近に、子供たちの姿が見られないのである。
ミナに確認してもらうと、今日は「試験」の最中だそうで外で遊んでいる生徒は殆どいないとの事。

佐々木さんとギネスさんは、学校の外回りを見ていると言って散策に出かけた。
彼らは学校の子供たちには関心が無く、土の改善に来ただけなので自由にしてもらった。

ほっとして、まずは学校へ出向く。

職員室に入って、校長先生はじめ先生方が「試験の準備中」なので遠慮がちに入って行くと、
既に椅子が並んでいて適宜座って当方の地震による学校の被災状況などを説明していると、
校長先生が「筋田さんは知っているが、他の方の紹介をして欲しい」との要求で、
それぞれ「川口さんと今崎さん」が英語で自己紹介。
校長先生からはお二人に「これからもよろしく」と挨拶があり、
試験が終った頃を見計らって校庭(小さな広場)に降りて「ブラウス」の配付準備をした。

約50人ほどの6年生と7年生の「女子生徒」には並んでもらい、ミナが一人で配布した。

ここへ来る前にパトネちゃんに「6年生と7年生の女子の数」を学校に確認して140人との事で
その人数分を持って行ったが、多すぎたようであった。

しかし、不足するよりはいいと、一人に3~4着ほどのTシャツやブラウスを手にして、
全員が家路に着いた。と思ったら、それぞれ教室で早速手にした衣類を試着。

やはり女子である。

それを横目に、ミナのコテージまで急いだ。

コテージでは、お母さんが「お茶」を作って待っていてくれ、早速暖かいお茶をよばれた。
その間にミナのお父さんがゲストの為のテントを設営、ゲストにそれぞれ好きなテントを選んでいただき、荷物を運んだ。

30分ほど休んだ後、佐々木さん・ギネスさんを伴い試験をする畑(現在はとうもろこしが植えてある)に出かけて、
何処で調査するのかを検討してもらった。

調査場所が決まって、ミナのお父さんとミナが「とうもろこし」の植わっている周辺の土を柔らかくして、
そこに持って来た「鶏糞」をばらまいて行った。

2m平方ほどの敷地に半分だけ「鶏糞」を蒔いて、その比較を調査するのである。

6月後半にはその結果が出るが、その間の「間引き作業」はミナのお父さんにやってもらわねばならない。
(ちょっと心配:間引きと言う仕事を知らない)

後ほどミナに教えてもらうより他はない。

ミナが4人のゲストを連れて例のビッグストーンに出かけたので、当方は水のシャワーで身体を拭きに行った。

約1時間半後全員が帰宅、「ミナのおばあちゃん」宅へも訪問しての帰宅であった。
この日の夕食は、チキンのダルバートと「卵ごはん」である。
サンガから持って来た「醤油」を入れてご飯を入れて食べる「有精卵」は濃厚な味で好評であった。

ちょうど、食事の時間には後ろの「鳥小屋」では雌鳥が卵を7~8個も暖めているのを見ながら
「卵ごはん」を食べているのである・・・・・・複雑・・・

夕食が終って直ぐに就寝とはならず、まだ夕方の6時半である。

雑談の後、それぞれのテントへ移動して就寝。

翌日は朝8時半ごろジープで一路サンガへと急いだ。

サンガ到着は12時ごろであった。

この試験の結果は随時「通信」で報告したい。


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  1. 2017/03/30(木) 21:51:02|
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「ネパール通信」3月の雨と期待


「ネパール通信」3月の雨と期待




3月20日(月)天気:星が見えない 気温:12℃ 湿度:60%

これを書いている時刻は午前4時半である。



過去10数年に亘り、この時期の長雨など経験がない。

ヒマラヤでの雪は何度もあるが、平地で続く長雨など全くない。



さて、表題に入りたい。

この時期に家の改築工事を実施しているところは多く、この雨に???どうする???。
ただでさえ進まぬ改築工事の足を引っ張る「長雨」である。

銀杏旅館でも以前からあった屋上の表面のセメントを削ってタイルを張るべく準備をしていたが、
タイル職人が「酒びたり」で仕事が進まず、新館の階段に雨水が染み出してきて焦った。

今は、職人不足でよく働く職人は高給で引き抜かれて行く。


例え、今働いている現場があっても他の現場で高給を払ってくれるとなると、
工事の途中でも「さっさ」と止めて行ってしまうから始末に悪い。
勿論、事前の相談などあろうはずもない。

突然、居なくなった職人の後任探しが始まるのである。

地震の前まで「1フィートスクエアー:約25cm四角」の面積のタイルを張るのに
35Rsだったのが、今は50~60Rsにもなっている。

高い上に働かない職人に嫌気がさし、「くび」にするも後任が見つからず工事は途中でストップする始末。

そこへ、この時期(3月)には珍しい「長雨」である。

そのタイル職人の仕事が終らないとアルミサッシの仕事も、ペンキの仕事も出来ないのである。


このタイミングで、初めての「実験」を試みる作業がある。

実は、日本のある企業から「鶏糞肥料」のサンプルを、ネパールで剣道の普及活動をされている女性「佐々木さん」から入手。
日本からの輸送費をODAを使ってネパールへ送り、化学肥料の入っていない土に「活力」を復活させるための試みである。
この結果が今後、日本から送られる肥料が有効か否かの政府へのレポートにもなるのである。
それによって、毎年何十トンもの「無料の肥料」が日本から送られて来る事が可能になるのである。

ネパールの鶏糞もあるが、餌が違い栄養が無い、牛の堆肥も同じである。
やはり、餌の栄養の有無によって肥料の栄養の有無が決まるのである。
そのためには、実績を出さなくてはネパール政府の輸入許可は下りないのである。

事前に、ラムチェ村の土地の成分を分析していただき、化学肥料が入っていない事を確認してから、
鶏糞との配分量を決めるため現地に「その道の専門家」に同行していただき、
それぞれの「畑」の鶏糞配分量を確認する作業である。

3月の最後の週に実施すべく、日程調整や装備の準備などを進める。

このレポートは「大きな期待」と共に4月の最初の「ネパール通信」から配信し、随時お知らせしたい。

添付写真は以前にも添付した、ラムチェ村のミナの畑の一部である。

これが実験現場となる。

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「ネパール通信」銀杏旅館の改修工事・・・


「ネパール通信」銀杏旅館の改修工事・・・

3月7日(火)天気:晴れ 気温:16℃ 湿度:50%



今回は、旅館の改修工事の進捗状況についてお伝えしたい。

考えてみれば、ネパールに来て殆どの日にちを「家の建築」に当てていた事に気付かされた。

最初は「初期の銀杏旅館」でネパール様式の建築で「石と土」を使った(一部セメント)建物であったが、
土地の購入から整地、旅館の施工に仕上げ工事と外回りの工事、さらには電気配線や電話、
インターネット配線などなど、土地探しから始めて約3年の歳月を要した。

この間もカトマンドウから引っ越して、近くの借家を借り
「旅館の建築状況」を見守るために現場に通い詰めなければならない。

やっと完成した「初期の銀杏旅館」ではあったが、問題続出。


雨期を経験してはじめて解る問題である。

元々、段々畑の土地であったため、1階の壁は隣の土地の側面を使う事になり、
雨の量が多い時などには、壁から雨水が染み出してくる始末。

この作り方では、周りは完全に土と離れていなければ、家に水が入って来る事が解った。

ミナの部屋などは、夜中に雨の降った時には部屋中が浸水した事も度々であった。
(隣の土地と離れている2階から上の客室では問題ない)


そのため、客室とキッチン・ミナたち子供の部屋を作り変えなければならない事は完成当初から解っていた。

3年ほど我慢して使っていたが、雨期の現状を見るにつけ急いで建てなければとの思いが強くなり、
生活費を多少我慢してでもと、まだ建て始めてから5年半ほどで解体と再建が始まった。


この時には、リビングに子供たちが移って、
そこがキッチンであり居間であり寝室で、当方の部屋はその上である。

その間約1年半ほど、子供たちには不便な生活を強いた。

やっと完成した「新銀杏旅館」は旧銀杏旅館のリビングを併用しての運営となった。
段々畑の構造は側面を二重構造として(壁が2枚の構造)で問題回避。

しかし、半年後には例の地震で旧のリビングと私の部屋はクラックが入り
「使用禁止」の張り紙がされ、止む無く客室の一つに「緊急避難」する事となった。


この時、新館でのい被害は殆ど無く、当方の部屋とリビング(こたつの部屋)だけが改修を必要とした。

使用禁止になったリビングも造り替えなければ「旅館」の機能が失われる事から急がねばならなかったが、
ネパール全土が「建築材料不足」で思うように手配出来ない日々が続いた。


当然、ミナの村(ラムチェ村)でも家屋は全壊で、全てがコテージ(バラック)での生活である。

ラムチェ村の再建工事はパトネに担当してもらい、建築材料のみを村に搬入。

当方は、当面「銀杏旅館」の再建に没頭。

工事をする人も材料も全てが値上がりしたが、
働く人の「質」も落ち、酒びたりや怠け者が多くて、工事は一向に進まない。



さてはて、何時になったら完成するのやら・・・

既に、解体工事から1年が経過している・・・
8割程度は完成しているが、まだまだ未完成。
当方だけが「空回り」状態が続いている毎日である。
物置きと化した当方の部屋(客室)も、まだまだ使わせて頂かないと・・・とほほ・・・

添付写真は二重構造の基礎工事と新銀杏旅館の工事現場である。

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プロフィール

筋田 雅則

Author:筋田 雅則
20代半ば、岐阜県山岳連盟の
カシミール遠征隊へ招聘
その帰り、初めてネパールへ立ち寄る。

その後、ネパールの同宿の山仲間と、
「学校づくり」を開始し約30建設
ネパール支援を何十年も繰り返し、
定年退職後、ネパールへ移住。

現在はカトマンドゥ在住、
ラムチェ村を中心にボランティア活動を行う。

ブログでは、ネパールでの
ボランティア活動報告を通して
生きた現地情報をお伝えしていきます。

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